第4話
辺りはすっかり夜で、チラチラと雪が滲みながら降っていた。
僕は泣いているんだな。
肌の表面が真冬の気温のように冷たいからよくわからないけど、すれ違う人のアクションから泣いてるんだと推測はできる。
何せ今日はイブだ。
日本では楽しく恋人と過ごす日なんだ。
ただただ、疎外感に打ちのめされそうなくらい楽しそうなクリスマスソングが僕を通り抜けていくだけ。
沙耶香と豪志とすごした数々のクリスマスの思い出が、そのノスタルジックな音によって郷愁とともに蘇り、さりとて僕の心の穴を通って滑り落ちて消えていく。
薄い雪の上を歩けば歩くほど、その足跡は暗い穴を開け、そこに吸い込まれるようにして、僕の中の儚い夢と信じた愛が無限に解けて溶けて綺麗になくなっていく。
「あ……。はは、いや、いいか…」
そういえば、指輪を置いてきてしまった。
少し恥ずかしいな。
まあ、高く売れはしないだろうけど、適当に処分してくれるだろう。
決して当てつけではないのは、わかってくれるだろう。
そうして見上げて見れば、街を彩る幻想的なイルミネーションが、輝きを放っていた。
よく見れば電飾の玉が電気で光ってるだけで、壊れているのか、点いてない玉が所々あって、僕みたいにフられて、光るのを止めたみたいに見えた。
多分今日の幸せの裏に、そんな悲しみもまた多く存在してるのだろう。
それくらい光は強く、影を掻き消すんだ。
離れて見るか、近くで見るか、人はその感動の距離を無意識に調整してるんだよと、恋は見たいものと見たくないものを分けるんだよと、君だけじゃないんだよと、僕の心に同調してくれてるみたいだった。
あの二人の態度、最初の緊張した様子から、おそらく明日、僕は別れを告げられるんだろう。
実は俺たち私たち、そんな風にして抱き合う二人から残酷に告げられたんだろう。
二人のことだから、とても辛い顔をして、僕にそんなことを言うのだろう。
はは、心配しなくとも邪魔はしないさ。
さよならを告げる方が辛いって、僕は豪志から学んでいたからね。
「部長、お疲れ様です。今お時間よろしいですか? はい、いえ、例の件、受けさせてもらえませんか? お断りしたのに調子のいいことではありますが…もしよろしければ、はい、いえ、そういうわけではないのですが…はい、はい。ありがとうございます──」
はぁと吐いた息に舞う、その雪の結晶みたいにして、僕の恋と愛と友情の25年間は解けて溶けた。
賑わう街並みには多くのカップルがいて、楽しそうで、幸せそうで、汚れた灰色とまやかしのイルミネーションの空に、手を伸ばしてその幻想を捕まえようとしていた。
その奥に広がる墨色に濁る僕の心みたいな空を見ないようにして。
どれだけ多く集めても、解けて溶けて掴めないのに、みんな楽しそうだ。
でもそれは、いつかの僕と沙耶香と豪志と同じだった。
「……」
時計を見ても、たかだか三時間くらいしか経ってないことに驚く。
ああ、25年間なんて、たかだかこれくらいで溶けちゃうのか。
ははは。
さっきまでの自分との落差に、つい恨み事でも言いたくなるけど、おそらくこの幻想の光や溶ける雪と同じでその無意味さに虚しくなるだけだろう。
「さよなら、沙耶香、豪志。メリークリスマス」
だからまたすぐに飛行機に乗って、せめてこの舞い散る雪よりも高く、濁った空を突き抜けたところに行きたいなぁって、僕は思った。
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