爽やかな朝に、胃痛を添えて
小学校教師の朝は早い。
その日は登校指導当番だったので、六時に起床して身支度をし、七時には家を出て、少し肌寒い十一月の横断歩道に立っていた。本当は保護者当番も一人来るはずなのだが、子供が手紙を渡し忘れたのか、それとも故意に無視しているのかは分からないが、いなかった。
児童たちが近づいてきたのを見て、わたしは笑顔を貼り付けて黄色い旗を持った。
「あの先生、背高いね。誰だっけ」
「僕の隣のクラスの担任の先生だよ、清水先生」
「えー、おれしらん。山田せんせーがよかった!」
声が大きい。わたしはため息をついた。
けれど悪意がない分、まだマシな方ではあった。高学年になってくると、声を潜めて悪口を言い始める者が出てくるので最悪である。まあなんにせよ、ガキは好きではなかった。
脳内の表にチェックを打った。十二班目。あと一班見届けたら、教室という暖かい地獄に戻れる。
黒い自動車が通り過ぎていった。次は白。黒。白。赤。同級生が就職したメーカーの車があることに気づいて、胃がキュッとしまった。
家を出る直前に流し込んだホットコーヒーが、わたしの中で存在を主張している。
教師になって一年と八ヶ月が経過した。休職した同期を尻目に、わたしは意外にも普通に働けていた。
わたしのことだからすぐに根をあげるだろう。そう思っていたのに続いているのは、この仕事に一ミリの夢すら持っていなかったからだろうか。思っていたより少しだけ高かった給料で、学費を返済するために労働する毎日である。
わたしの祖母は中学で数学を教えていた。それぞれ営業マン、薬剤師をしていたという父と母はわたしの物心がついた頃には既に死んでいたので、わたしのロールモデルとなり得る人は祖母だけだった。あんなに追いかけたくないと思っていた祖母の背中は結局今も見えていて、それが少しダルい。
わたしには疲れた表情しか見せない祖母が、学校では明るくて面白い教師だと知った時の虚しさを覚えている。両親のいないわたしから祖母までも奪った教師という職業が心底嫌いになった。
「なんやかんや言って、あんたも教師になるんじないの」。退職してからすこし若返った祖母の、愉快そうな顔が呪縛だ。
滑り止めで受験していた大学の文学部に進学したわたしは、就活時のアピールのために教職課程を取ってしまったのだ。
そして就活に失敗して、今に至る。
ウケる。そうヘラヘラ笑う想像上の同級生に、わたしはため息とともに「ウケない」と返した。
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