第23話 闇に蠢く者達

「すみません……敵を取り逃しました」


 最後の爆発があった後、心配した二人の元へ無傷の――人の姿に戻ったナキがカネルの居た娼館から倉庫まで続く屋根峰を跳ね回って降り立つ。


「まさか護衛の一人が主を巻き込んで自爆するとは思わず……油断しました」


 ぶらぶらと手に掴んだモノを捨てながらナキが独り言ちる。

 紗雪とマイが雑にポイっと捨てられたモノを何とも言えない表情で一瞥し、ナキと視線を合わせる。


「色々言いたいことはあるんだけど……」

「……取り合えずあの"脚"は何?」


 ナキが掴んだまま戻って来たモノ――それは逆関節が特徴的な脚。

 簡単に予想は着くが、一応二人が質問する。


「『不可視の人攫いボギーマン』のです。掴んだとこまでは良かったんですが、あの自爆の拍子に脚一本を残して消えました」


 どうやって逃げたんだか――と不満気に口にするナキを二人が沈黙で迎える。

 二人の様子が違うことにナキも当然気付いている。

 

(――ちょっとやりすぎたか)


 二人の反応に困り頬を掻く。

 大量に人を殺し、脚を持ち帰って来る男など引かれて当然だろう。

 あれだけの騒動があった影響で遠くから人の騒めきが耳を打つ中で静寂が三人の間に漂う。


「……これからどうしましょうか?」

 

 意を決してナキが改めて二人に声を掛ける。

 居心地悪そうにするナキからの問いに紗雪とマイが揃って、それはもう大きな溜息を零す。


「……増援が直に来る。それまでは待機」

「そうね……今回の騒動で表通りは混乱してるだろうし、死体と捕虜の回収、生徒達の親族の説明、蟲の卵やらなんやら……色々ありすぎて後始末がとんでもないわね」


 人手の足りない今の月光蝶では対応出来ることはたかが知れているだろう。

 だが、ここまで大きな事件になったことはある一点のみでは幸運だったね三雄さん、とマイは他人行儀に考える。

 

 「……騎士団も動いてくれるだろうから大丈夫」


 霊王に仕える国の守護者――「ベーラトール騎士団」は総勢五十名足らずと数が少なく、それ故に協力関係にある月光蝶に都市の治安維持を一任し、普段は国の検問と迷宮の入口の管理を担当してくれているのだ。

 互いへの信頼関係も強くあって今の采配になってはいるが、そんな彼等は国の一大事には月光蝶へ全面的に協力してくれる心強い仲間。

 今回も必ず力になってくれるだろう。


「それなら此処でゆっくりしてましょうか……」


 「あー、どっこいしょ」っとオヤジくさい声と共に屋根の端に座るナキ。

 紗雪とマイの二人もそれに見習ってナキに並んで座り、隣に座ったナキの肩に紗雪が手を乗せる。


「……後で話がある」

「まー、当然よね」


 何を言われるのか、想像は着く。

 先程の居心地の悪い空気を吹き飛ばすように、わざとがっくりと肩を落としたナキを見て、二人は共に笑い合うのだった。



―――――――――――――――――――――――



 アンスローの秘密の隠れ家、その最後の一つが蜂の巣を突いたような大騒ぎになっていた。

 ベーラトールに長い年月と労力を掛けて作った三つの拠点。

 一つは迷宮内に作った誘拐した人間や捕らえたモンスターを閉じ込めて置く為の拠点だったが、何者かに完全に破壊されており、その場にはモンスターの死骸と瓦礫のみとなっていた。

 もう一つは今日、つい先程敵の手に落ちた計画の要になる物資保管所だった。


 そして、そこに潜み歓楽街で人を物色していた大幹部――カネル・クランドが死にかけの護衛に連れられて片足を失う重症を負って隠れ家に逃げ込んで来たのだ。

 アンスローの医療チームが集結し、隠れ家に着いた後に事切れた護衛を放置して慌ただしくカネルを医務室に運び治療が始まる。

 

 「何があったんだ!」


 痛みで何度も失神と覚醒を繰り返していたカネルの耳に同じ大幹部でありながら上司であり「姉御」と周囲から慕われる妙齢の女性――ガレット・マーキュリーが医務室に飛び込んで来る。


「……あ、ねご……」

「カネル!」

 

 ここまで来るまでに多量の血を流し、失血死寸前の容体のカネルが朦朧とした意識の中でガレットの呼び掛けに再び飛びかけた意識を繋いで目を開く。

 意識のある今の状態がそう長くないことを自覚するカネルが掠れた声を絞り出す。


「倉庫が……すまねぇ……決戦前なの……に……部下も全……員、死んだ……」

「――何があった……誰にやられたんだ?」


 騒ぎを聞きつけた組織の精鋭が医務室に人垣を作り注目を集める中、カネルは残った気力を振り絞る。


「倉庫に敵が三人……初めて見る連中だった……すぐに制圧されて卵がバレて、罪業武器も全部破壊された……」

「……そうか」


 カネルの報告を聞いたガレットは一切取り乱すこと無く一言だけ返事をする。

 彼が起きていられる時間が短いであろうことを悟り、カネルに好きに喋らせる。

 

「俺と……部下達を殺ったのは一人だ……」

「一人……!?」

「あぁ……そい……は俺の腕が見えて、た……ばけ……ものだった……」

「カネル……そいつはどんな奴だった!? カネル!」


 もはや自分が起きているのか寝ているのか判別が付いていない程に意識が薄れるカネルはガレットの言葉に反応することが出来ず、ブツ切りに最後の独白を口にする。


「姐……黒い、化け物……逃げ……ろ……」

「黒い化け物――? カネル……カネル!」


 意識の途絶えたカネルを心配してか、声を上げるガレット。

 会話中も治療を受けていたことで止血は済んでおり、値の張る回復薬(ボーション)を使われたカネルの腿から下は肉が盛り上がり傷口は塞がれていた。


「気絶したようです」

「そうかい……ゆっくり休ませてやりな」


 医療チームに声を掛けて医務室を後にしたガレットは幹部達の待つ大部屋に戻る。

 大部屋の中では決戦の日を間近に最後の詰めをしていた五人の男女が一斉にガレットを見る。

 五人の中の一人……カネルと同じ鳥人族で幹部の一人がガレットに声を掛ける。

 

「ガレット。カネルはどうだった?」

「片足を失ったが死にはしない。今は眠ってるよ」

「そうか……」


 鳥人族の男が安心したように呟くと隣にいる緑髪の女性の肩へ手を回し力強く抱き寄せる。

 抱き寄せられた女性も慰めるように抱きしめ返して男の胸に頬釣りし、男も愛おしそうに彼女の頭に一つキスを落とす。

 普段は人目を憚らない恋人達だが、今は悲しみが勝つのか、普段よりも控えめに睦み合う。

 

「で、何があったんダ?」

 

 対面に立つガレットの豊満な身体から血走った目を離さない一番の巨体を持つスキンヘッドの人族の男が麻痺して回らない舌で質問を投げながら、机の上にあった麦酒の酒瓶を仰ぎ飲む。

 自身に獣欲を向ける男へガレッドが憎悪の眼差しを送るが男はそれを楽しむように笑う。


「……倉庫がやられた。罪業武器は全損。当然、卵もバレて、カネルは片脚欠損の重症……倉庫番の面子とカネルの護衛精鋭達は全滅だ」

「何ダと!? 倉庫番とカネルの護衛デ二十人は居タんだぞ!」

 

 スキンヘッドの大男がガレッドの報告を聞き、机に酒瓶を叩きつける。

 酒瓶が割れ、机を麦酒が汚す。


「……それだけの被害を出して、カネルちゃんも重症なんて。ガレットちゃん、もう無理よ……ここで撤退しないと全滅するわよ」


 恋人に抱き締められながら緑髪の女性が恐怖に眉根を寄せてガレットに進言する。

 二十人死亡……それは現状で彼等が今使える全戦力の半分の喪失を意味する。

 それはつまり、手薄になった月光蝶を相手にアンスローが現存戦力の倍がいて漸く勝てると判断した故に遺していた戦力だったのであり、現状での鐵紗雪強奪は絶望的であるということ意味していた。


「元から今回の作戦はカストロとカネルちゃんの二枚が主軸のものだった。やっぱりカストロが殺された時点でこの都市から逃げるべきだったのよ」

 

 反勇士が捕まり迷宮深層に存在する反勇士用の大監獄『セリフォス』に送られればどんな末路を辿るのか、知らない反勇士は居ない。

 監獄に送られれば一生掛けても味わうことの無い地獄の責め苦を受け続ける。

 罪人の大半は監獄内で死に、刑期を終えて出てきた者も皆精神をやり、壊れた生き人形となるという。

 アンスロー側としても過去、数度の月光蝶と抗争で何人も捕まり大半が監獄内で『死刑踊り食い』に処されるか、運の悪い者は『セリフォス』に今も収監され続けている。

 そんな、死すら生温い未来を辿るかも知れないのであれば躊躇するのも仕方が無いことだ、とガレットが一人納得し、同情・・する。


「残った戦力は二十とちょっと……調べた限り、月光蝶も二十程度。カネルちゃんも万全じゃない……博打なんて話じゃないわ」


 この絶望的状況に緑髪の女性はガレットへ作戦中止の意図を含ませる言葉を投げかける。

 

「……正直、私も悩んで――」


 ガレットも同じく思案し、自身の考えを素直に吐露しようとするが――


「ふざけルな!!!」


 話している途中だったガレットの言葉を大声で遮り、大男が喚く。

 周囲の人間の表情を不快気に歪ませた大男は大粒の唾をその大きな口で飛ばし憤懣を露わにする。


「今日の計画の為ニ兄貴が殺されてるんダぞ!! 仇をうタせろ!」

「黙れバルトロ。今回の作戦総指揮はガレットだぞ」

「黙ルのはお前だアレハンドロ!! 兄貴が負ケる訳がねェ!! 絶対に卑怯ナことヲされたんだ……アイツラハ許セねぇ!」

「――月光蝶がカストロさんをやったとは限らんだろう! 今回は被害が大きすぎる。撤退も考えるべきだ」

「うるセぇ腰抜け! そんなだかラ部族から捨てらレたんだよォ! 俺にアイツラをこロさせろ! 兄貴の仇を討たせねぇつもりならまずはテメェ等をぶっ殺してやル!!」


 品性も欠片もない大男――バルトロ・デル・デストロと鳥人族のアレハンドロ・クロキシンの怒声が室内の外に漏れる。

 険悪な空気漂う中、バルトロに逆鱗・・を逆撫でられたアレハンドロが腰に掛けた細剣(レイピア)に手を掛ける。

 

「オぉ? 幹部風情が大幹部の俺とヤル気か? おまエを殺してオーリヨを俺の女にしてヤるよ!」

「キサマッ!!」

「やめな二人共!!!」


 二人の間に張り詰める一触即発の空気をガレットの怒鳴り声が吹き飛ばす。


「不快な口を閉じろバルトロ! 悩んではいたが、やはり作戦の中止は無い! このまま続行する」

「……ふん、なラいい」

 

 ドカリと荒々しく腰かけた椅子が二Mメテルを超えるバルトロの脱力した体躯を受け止めて鈍い悲鳴を上げる。

 反勇士は元来、利己的で他者の損失に無関心なもの。

 それぞれが自由に生きる為に同じ組織にいるだけの関係――故にこうした衝突は日々のありふれたものだ。

 事実、バルトロは"兄殺し"の犯人を捜す為に無断で何度も都市を探し回り、それを止めようとした部下を何人も手に掛けている。

 協力しているのも目的の為、限定的なものだ。

 空気が多少和らいだ中、バルトロに次ぐ巨体……最後の幹部ペドロ・マッキネスが顎に手をやり思案する。

 

「……ガレットが言うなら我も従おう。しかし、このタイミングで倉庫が潰されるとは……」


 あの倉庫は数年前から利用されてきた組織の拠点の中でも古株だったものだ。

 それが直前に襲撃を受けるなどタイミングが余りにも悪すぎる――何者かの作為悪意を感じる程に。

 バルトロ直属の部下であるペドロをガレットが問いただす。

 

「ペドロ……お前はカネルと同じ倉庫番だったな。今日は何をしていたんだ」

「夕方、倉庫に居た我を「こんな所で時間を潰すなら兄貴を殺した奴を探すの手伝え!」と言って無理矢理バルトロに連れてかれたのだ……」

 

 組織にいる全員が潜伏しなければならない今の状況で連日、バルトロが犯人捜しに明け暮れていることを知っている。

 先にあれだけ喚いたバルトロが幹部を連れ去り、結果この状況を招いた――全員が厳しい目を向ける。

 

「何よバルトロ。結局アナタのせいで計画が――」

「待ちなオーリヨ。バルトロを責める前にカネルから聞いた話を聞け」


 緑髪の女――オーリヨ・ホルンの言葉をガレットが遮って止める。

 口論が続けば逆上したバルトロと殺し合いが起こりかねない上に、これ以上の責任の擦り付けは無駄なこと。

 むしろこれ以上喧嘩が続けば癇癪を起した幹部同士の殺し合いにもなりかねない。

 件の当人が目を覚まさなければこれ以上会議をしても無駄だろう――であれば、これ以上の衝突を避ける目的もあってガレットがカナルの残した情報の共有を済ます。

 

「見知らぬ三人組の男女……たった一人で護衛を全滅させてカネルの脚を千切った男……」

「結局、月光蝶の連中なのかしら?」

「さあね。少なくともカネルが目を覚まさないと詳しいことは何も」

「これ以上は話をしても無駄ってことだね……」

 

 想定していた予定と状況は全くと言っていい程に異なり、情報も足りない。

 今彼等が出来ることは少ないが、やることは変わらない。

 アンスローは計画の為に人も金も全てを投げ打った。

 今も地下では月光蝶との激突が続いているだろうが、長くは持たないだろう。

 若いとはいえ、六大クランに選ばれる組織というものは甘くないのだ。

 思考を纏めるべく、ガレットが目を瞑る。


 (カネルも明日には目を覚ますだろうね、計画は変わらない……迷宮に戻れば上がって来る敵とかち合って終わり、この街に逃げ場も無い。もうやるしかない)


 「アンタ、高い金を払ったんだ。明日はちゃんと働いて貰うよ」

 

 幹部達が机を囲む中、一人部屋の端でローブを目深に被り顔を見せない人物へガレットが確認がてら声を掛ける。

 ガレット達が今回の為に雇った助っ人……ローブの"男"は返事をする気が無いのか、それとも目の前の醜い喧嘩に呆れているか。

 真意はガレットには掴めなかったが、ひらひらと片手を振って返事をする。


 やる気があるのか、無いのか。

 雇ってから数ヵ月経つがガレットにその思惑を一切掴ませない男へ、訝し気な視線を一度送ったガレットは近くにあった椅子に座り、背凭れに身体を預け目を瞑る。

 

 

 涙腺は枯れ果て、幾度血の涙を流しただろうか。

 恥辱と痛みと絶望に塗れた自身の半生が瞼の裏に蘇る。

 今日、これまでの人生であの日々の事を忘れられた日は一度も無かった。

 制御できない激情に駆られ同情しながらも何度も汚辱に手を染めたのだ。

 もう、やるしかない。

 やるなら今回しか無いのだ。


「決行は二日後だ。私達を囮に、最悪壊滅してでも、カネルに『異端異形エルテーミス』をらせるよ……!」


 昏く深い闇を携えた瞳で、ガレットは歪に嗤って見せた。

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