第24話 古兵

「――どうなっている三雄。今回の件、紗雪が関わっているなんぞワシは聞いて無いぞ」


 初老の角刈りの男が大きな机でその厳めしい大きな刀傷が遺った腕を組み眉根を寄せる。

 朝焼けが東の空を昇る中、月光蝶クランマスター日野将志が副クランマスターである大船三雄に問い掛けた。

 彼の口調は落ち着き払ったもので批難の色は無い。

 あくまで報告を受けていなかったことへの確認程度のものだった。


「私も予想外さ。あの子がこうも早く動くとは……若い頃の君にそっくりじゃあないか」

「ワシはああも向う見ずでは無い。せめて三雄に一報入れるとかあるだろうに……全く」

「ハッハッハ! 子供の頃から見た目に反して矢の様に飛んでいく子だったからね」

 

 可愛いもんじゃあないか、と朗らかに笑う戦友を前に将司が眉間に寄った皺を摘まんで解す。

 愛娘が外部の協力を得て自由を許したことは三雄から報告されていたが、危険な今、僅かな手勢でクラン関係者に報告も無く、敵拠点へ逆に襲撃を掛けて都市を揺るがす火種を見つける――等とは予想もしていなかったのだ。

 

「甘やかすなと何度も言ってるだろう。あの子は理想ばかりで危機感が足りないと何度も何度も言ってるのに……」

「ただ老いていく僕等と違って日に日に育っていいじゃないか……君も年を取って説教臭くなったねぇ」

「茶化すな三雄……で、捕らえた連中は何か吐いたか?」


 紗雪達に捕縛された反勇士と学府生達は全員クランハウス地下の牢獄に収容され、一人一人が今も尋問を受けている。

 尋問は覗見衆が行っている事から上司である三雄にまず知らされる。

 三雄がこのクランマスター室にいるのは彼等の漏らした情報を将志へ伝える為だった。


「下っ端だからね。大した情報は無いが、卵は二か月前から娼館を中心に蒔き始めたようだね……罪業武器に関しては製作者を誰も知らなかったよ」

「まぁ、だろうな。所詮、使い捨てか。ふむ……生徒達は?」

「彼等は本当に何一つ知らなかったようだね。哀れだけど犯した罪が重すぎる……生徒という立場を考えて家族は免れるだろうが、本人達の都市からの永久追放は免れないだろう」

「……自分の注意不足が招いた結果だ……生徒とはいえ全員が成人済みだったのなら自衛して貰わねば。生徒達の家族には私が伝えよう――――日野だ。生徒達の親族招集の手配を頼む」


 共鳴石を手に短くどこか連絡を取る将志。

 月光蝶として、遺族や家族へ正式に通達を出すことも彼等の仕事の一つだ。

 

「他に情報は?」

「無いねぇ。死んだ護衛達なら持ってただろうけど、下っ端の彼等をこれ以上痛めつけても何も出ないだろう……反勇士達は全員『セリフォス』に収容しておくよ」

「手配は頼んだ。……しかし、死んだ護衛達、か……」


 クランの長たる老兵の口から呟きが落ちた。

 小さな声で発せられた言葉は二人だけの室内では透き通り、獣人族やアルブ族では無い三雄の耳でも容易に聞き取れた。

 

「どれも途轍もない膂力での肉体損傷が死因……最近の両断事件はやはり"大畔君"だったか……」

「予想通りだったね。隠す気が無さ過ぎるのが困りものだけど……でも、まさかあの"ナキくん"が僕等に協力してくれるとは、"彼女"に感謝しないとねぇ」


 将志と三雄はクランと、自分達と関わる事を嫌うナキの事情を知った上で、銀の狼人族ベルカに橋渡しを頼み込むことにした。

 結果は上手く行き、闇に潜む恐ろしい計画の一端を知ることが出来た訳だが――。


「地下残党の殲滅は直に終えるだろうが、卵を蒔かれた歓楽街の調査をどうしたものか……捜索範囲は歓楽街全体と不特定多数の利用客……とてもじゃないが、我々だけでは調査出来んぞ」

「ああ、それと二ヵ月経って卵が孵っていないのも気になる……枯木蟲の卵は"耐久卵"だ。適した環境で無ければ孵化しないが、生物の体内に入ると急速に成長を始め、そこから五日程で孵るはず。なのに蟲に関する報告も事件も一切起こっていないのは『異常』だ……これは、提携クランだけじゃ人手も精度も足りなさそうだね」


 都市の秩序構築、維持を望んでいるのは当然ながら月光蝶だけでは無い。

 勇士組合とは言っても迷宮制覇だけでなく、この都市を愛し守りたいと思うクランも多い。

 月光蝶程の力は持っていないが、志を共にし信用できる所とは提携を組み、都市の平和という一点でのみ協力関係を結んでいるクランも少数だが存在するのだ。

 

「ふむ、確かに。ならば、今回に限っては「剣心屍塚けんしんとつか」に依頼するしか無いな……」


 将志の言葉に三雄が丸い目をさらに丸め、小さく驚く。

 

「おや、思い切るね! いいのかい? また雪ちゃんとの縁談を条件にしてくるよ」


 月光蝶と同じ六大クランの一つ「剣心屍塚」。

 あらゆる武芸に精通し、年端もいかない子供の内から人を斬る事を教示する"対人戦最強"として名高いクラン。

 クランメンバー全員が血族であり、優秀な血を取り入れることに貪欲な彼等は、紗雪に対して事あるごとに縁談を要求し続け、これまでに二桁以上の求婚が行われている。

 あまりにもしつこすぎる求婚に過去、キレた紗雪が剣心屍塚にカチコミ一悶着あって以来、関係を絶っていたが都市の緊急時とあれば仕方が無い。

 依頼をしようものなら間違いなく、縁談を要求してくるだろうが、この都市を蟲の巣にする訳には行かないのだ。

 

「問題無い。"戸塚"の連中も自分達の側で蟲が湧くのは気分も悪いだろう……恐らく二つ返事で良い返事を貰えるはずだ」

「娼婦関係なら「浄化槌ダージナス」が適任、なんだけどねぇ……」


 クラン「浄化槌」はあの歓楽街で一番の娼館を運営する月光蝶、剣心屍塚に並ぶ六大クランの一つだ。

 都市一番の娼館を運営するだけあって、巨大な歓楽街で最も影響力のあるクラン。

 あの辺りの情報に精通した彼女達を娼婦関連で頼るのであれば、一番とも言えるのだろう。

 しかし、二人がそれを思いついたとしても実行に移すことは無い。


「……あそこは駄目だ」

「だねぇ。他の六大も「滅炎」は迷宮攻略、「皆老衰して死ねキノトグリス」は激務で人手が割けないだろうし、「戦闘女傑アマゾ・マキア」は下はともかく、主力面子は血の気が多すぎて調査には不向き……というか血が無駄に流れるね、うん。剣心屍塚以外は無理だね!」

 

 三雄が明るく答える。

 他の六大クランは戦力的には一切の問題は無いが、どこも個性的――否、良い意味も悪い意味でも尖り過ぎているのだ。

 三雄が可能性を探るも、剣心屍塚以外は面倒事を増やす未来しか想像出来なかった。


「そっちも僕がやっておくよ」

「助かる。なら次に必要なのはクランハウスここの防衛だな……どうするか」

「それについては手紙これを、彼女が送ってくれたよ」


 ここで指す彼女とは勿論ベルカの事だ。

 三雄が将志に手紙を渡し、開封して目を通す。


「……襲撃は二日後……いや、時間を考えると明日か!」

「彼等も倉庫で大打撃を受けただろうに……。それでも来るとは、決死行という訳だね……僕等も戦う準備をしておこうか」

「ああ。だが、それは最後の手段だな……。若者から成長の機会を奪いたくない」

「……そうだね。幸い敵戦力は今回の件で大きく数を減らした。相手の下っ端には下級勇士達を当てるとしようか」


 今回の戦いでも・・反勇士に殺されてしまう仲間も出るかもしれない。

 だが、勇士とは太古の昔から命を賭けてモンスターや反勇士と戦う者達だ。

 死の恐怖に打ち勝てないなら、戦いに怯えるのであれば勇士になるべきでは無い。

 それが、勇士が最初に持つ心構えの一つなのだ。

 

 こうして組織のトップ達が話す中、クランマスター室の扉を小さなノックが三回鳴る。

 

「入りなさい」

「失礼します。クランマスター」


 許可を得て入室したのは三雄専属の秘書、瞳だ。

 

「副マスター、こちら明日の防衛戦術立案書になります。ご精査ください」

「うん。ありがとう瞳くん」


 将志と三雄は若者の育成を第一に考えて行動する。

 それは時代の先駆者となり駆け抜け、老いた自分達が次代に遺せる唯一の財産だと確信しているからだ。

 現場で鍛え、試み、幾度の失敗を得た老兵達は勇士を育てる事に関しては超スパルタ。

 だからか、こうした危機的状況でも若者の成長を促し続ける。

 今、瞳が三雄に渡した物は明日のアンスロー襲撃の際の防衛戦術を瞳が考えたものだ。

 

「ふむ、相変わらず大胆だね瞳くん」

「はい♡ 貴方の前ではいつも大胆にさせられちゃいます……♡」

「そ、そういうことじゃないよ……(震え声)」

 

 立案書を読みながら一言漏らし、いつものコントを始めた三雄の後ろから興味を持った将志が覗き込む。

 

「……後始末は大変だが、味方を守るのであれば良い案だ。大畔くんにはワシから作戦概要を伝えておこう」


 三雄と将志が顔を見合わせ、一度頷く。

 

「採用だ。準備を進めてくれ」

「ありがとうございます。準備に紗雪さんを使う予定ですが問題ありませんか?」

「大掛かりなものだ、構わない。周囲の民間人には今日のうちに注意喚起、明日朝には避難勧告を出すように」

「かしこまりました」


 丁寧に頭を下げた瞳が将志へ一言告げ、三雄の目の前で立ち止まる。

 その手にはどこから取り出したのか、桃色の風呂敷が掴まれていた。


「三雄さん、お弁当です。食べ終わったら容器を返してくださいね」


 堕とすことに余念が無い瞳はこうして胃袋を堕とすべく、愛妻弁当(自称)を毎日三雄の為に作って渡すのだ。

 三雄としても、恋愛感情はともかく、折角作ってくれたからと好意として受け取っているのだが、問題は場所を選ばない――否、選んでこういう場所で渡してくることだ。

 

「う、うん。いつもありがとう、瞳くん」

「いえ♡ では、失礼します」


 再度丁寧に頭を下げ、退室した瞳を三雄が脂汗を浮かべながら見送る。

 その丸い背中を乾いた視線が突き刺す。

 一連のイチャイチャを見ていた将志が一言、何度も三雄に言い続けた台詞を口にした。

 

「いい加減貰ってやりなさい」

「将志!?」

「男だろう。あまり女性に恥を搔かせ続けるもんじゃあ無いよ」

「き、君くらいは僕の味方になっておくれよ!」

 

 煮え切らない戦友を反目で睨む。

 変に遠慮してしまうのは三雄の悪い癖なのだ。

 

「三雄は戦いのやり取りは達者だけど、恋のやり取りは昔から本当に下手糞のままだな」

「将志!?!?」

「いい加減、お前の子供をワシは見たいぞ」

「や、やめたまえ! 聞かれていたらどうするつまりだい!?」

 

 真面目な会議をする空気では無くなった室内を老兵達の談笑が漏れ出る。

 

 二人の会話をクランマスター室の扉の前で、盗み聞きしていた瞳の紅を差した唇が吊り上がる。

 結果は上々。計画通り……!、と瞳は戦術が刺さったことを実感しほくそ笑み、その場を後にする。

 彼女の既成事実作りは終わらない……これからも三雄の受難ならぬ女難は続くのであった。



 ――――――――

 三雄と瞳の関係が好きすぎて今回もやり取りを書いちゃいました(予定に無かった)。

 それくらい毎日イチャイチャしてるってことで勘弁してください。


 ストックが切れそうなので、もう少ししたら更新頻度が落ちると思います!

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