第22話 天井に張り付く怪物

 (紗雪さんは何やってんだ?)


 倉庫の天井に張り付き様子を伺う男――ナキが紗雪を見て首を傾げる。

 二人が順調に戦う中、音も無くゆっくりと壁をすり抜けて侵入し、紗雪に迫る"変な色の腕"を上から眺めていたナキが目で追いかける。

 変と言えばマイもそうだ。

 護衛なのに紗雪を庇い素振りも見せず、そのままってことは相手を誘ってんのかなー、と緩く色々考えながらナキは取り合えず作戦通り、行動を起こさず状況を見守る。

 死角とはいえ、あんなに分かりやすく「変な手」が伸びて来ているのに気付いた素振りの無い彼女達を観察を続けるナキだったが、やがて一つの可能性に行き着いた。


 (――本当に気付いて無いのか……?)


 倉庫ここへ来る前に、紗雪からは「【機巧鳥】で周囲に警戒網を引く」とナキは聞かされていた。

 その上で身分を隠す為に能力を縛って戦い、相手に二人だと思わせつついざという時の為にナキは隠れて、戦力を偽る。異変は感覚の鋭いナキが知らせて対処する――それが作戦を立てたマイの指示だった。


 じっくりと"腕"を観察する。

 紗雪達から離れた倉庫の端から入って来た腕は、積まれた木箱や倉庫の柱をすり抜けて紗雪の無防備な背中へさらに迫る。

 

 大した速度は出せないようだが、アレは一切音を出さず、どれだけ伸ばし質量を増やしても空気が揺るがず、危機に敏感な勇士の中でも最高クラスな彼女達が何も感知出来ない程の隠密性を秘めているようだった。


 (……誰も知られない、気付かれない……もしかして"アレ"が――)

 

 緊急時の備えとして控えていたナキだが、今がその時なんだろう。

 倉庫天井の鉄骨を足場に頭から逆さに、ナキは鉄骨が歪む力を込めて真下へ跳ねた。



―――――――――――――――――――――――

 

 「――ナキさん!?」

 

 自身の頭上で鳴った異音を認識したと同時に床に深い亀裂を成して降りて来たナキに紗雪が珍しく声を張り上げ後ろに勢い良く振り返る。

 実力が未知数である彼には緊急事態に備えて貰っていたはずだった。

 何かあったのかと思いきや【衛星】や【機巧鳥】は異変を察知しておらず、自身の知覚にも感じ取れない。

 自分には分からない何かを感じ取ったのか分からないがマイは何かを感じただろうか、と紗雪が自身の護衛へ目線を送った。


 「――ん~??」


 そのマイの表情は何とも困惑したものだった。

 急に降りて来たナキにでは無い……そのもう少し下を見てそれは不思議そうに顔をキョトンとしているのだ。

 彼女の表情に釣られて注意深く紗雪も同じ方向――ナキの足元の深い"亀裂"へ目を向ける。


 (…………何、"アレ"?)


 彼が作った深い亀裂は亀裂なんてモノでは無かった。

 亀裂とは強い衝撃により発生するものだが、どうやれば着地した場所に腕の形・・・の凹みを作れるというのだろうか。

 二人の目には何も視えてはいないが、ナキの着地の衝撃をモロに浴びたであろうソレは折れ曲がり変形した歪んだ形を倉庫の床に残している。

 

『ぐあああああああああああッ!!!』


「……やっぱりあっちか」


 遅れて遠くから聞こえて来た人の悲鳴を鋭い聴覚を持つナキ耳にだけ届いた。


「すみませんね。見えてなかったようなんで今が緊急事態かなーと……」


 誰にも見えていないソレを掴んで立ち上がるナキ。

 逃がさないように掴み続けていたが空気に溶けるように消えていく毳しい色の腕をナキの目が捕える。


(かなり強力な能力だが痛覚を共有してるのか……響いた悲鳴と腕がすり抜けて来た方向も一致するな)

 

 位置が分かった以上、タダでは逃がす訳がない――ナキの目がその方向へ向けられる。

 

 「助けてくれた……んですよね。 まだ状況は分からないけどありがとね!」

 

 親友を助けてくれたナキへ向けて感情を隠さず、嬉しそうに感謝を述べるマイ。

 紗雪も遅れて声を掛けようとするが、彼女がその言葉を発することが出来なかった。

 紗雪が何かを喋る前に、ナキの身体が内側から出てきた"黒い油状物質(タール)のようなナニカ"が覆いつくす。

 人間を黒い何かが覆っていくという風景を見て絶句する周囲を置いて、ナキの姿が人型の獣に似たナニカ――マイと紗雪が見た"あの姿"に変異する。

 

「――――――――――ッ!?!?」

「――――――――――嘘ぉ!?」

 

 驚愕が彼女等を襲う。

 

受け手ディフェンス――――攻め手オフェンスで」

「ちょっ……! 待って!」

 

 その場の全てを無視して言い放った言葉に合わせ。最初に紗雪とマイを爪のような指で差し、続けて自分を指差す。

 その後、返答も聞かずに黒い獣の姿になったナキが飛び上がり、倉庫の天井を突き破り空へ身を投げ出す。

 跳躍の最中であるナキの仄かに黄色に光る丸い目を悲鳴の上がった先へ向け、数KMケテム先……一番大きな娼館の屋根上にいる男を捉えた。

 

 その男こそがあの腕――能力【右手の頭陀袋バンダースナッチ】を持つ敵の主力。

 アンスロー大幹部の一人。そして紗雪とマイが軟禁状態にされることになった原因――月光蝶が最大級に警戒する反勇士。

 誘拐特化能力を持つこの男の手で正確な数が不明ながらも、その被害者数は恐らく数千人とされ、老若男女問わず社会の闇へ売り捌いたと言われる大犯罪者。


「見つけたぞカネル・クランド」

 

 写真で見た姿と一致する長髪で黒髪の猫背。

 人の腕に鳥の翼と逆関節の脚を持つ鳥人族ワーヴィスと呼ばれる獣人族の男――「不可視の人攫いボギーマン』が自身の左手を抑えて蹲っていた。

 痛みに悶えるカネルが喚きながら屋根を突き破って高く飛び上がったナキを指差す。

 彼の周囲に控えている、数にして二十の反勇士達が指示に従い屋根を伝ってナキの元へ距離を詰め始める。


 倉庫の屋根を足の形そのままの凹ませて着地したナキが尾を弛ませ、迎え撃つかの如くカネルの元へその巨体には見合わない凄まじい速度で侵攻を開始した。



 

「もうっ――また無視して!! 絶対後で問い詰めるんだから!!」


 ナキが移動した事を屋根上から伝わる音と衝撃で察したマイが不満を吐き出す。


「何が受け手ディフェンスよ! もう"終わった"わよ!」


 "恐らく今も気絶から目を覚まさない学府生達や己の身を敵から護れ"ということだろうが、彼等の作戦を文字通り踏み潰し、奇怪な姿に変異して飛び上がったナキの姿に酷く動揺した彼等を無力化することは一分と掛からなかった。

 

「……あの時助けてくれたのまさかのナキさんだった」


 全員を縛り上げた紗雪が反勇士達を一纏めにする。

 ナキの姿はあの日、遠巻きにながら紗雪も見ていたが、あの時はマイと同じく新手のモンスターだと初めは警戒したものだった。

 

「あれがナキさんの能力……身体をモンスターに変えてるのかな?」

「……わからない。色んな能力を見て来たけど、あんなの初めて見た」


 会話をしながら倒れた生徒達も拘束していく。

 気分は乗らないが、彼等もアンスローの反勇士に並ぶ犯罪者なのだから。

 数分程度で自分達以外の全員を拘束し終えた二人がナキの破壊した天井の穴から躍り出る。

 ここを護るのであれば倉庫の上からでも十分。

 相手がもし二人の想像通り『不可視の人攫い』なら援護が必要になる――そう思い彼が飛び出した方向へ紗雪が兵器を取り出し構える。

 

 

 そこから見た光景は二人の想像を絶するものだった。

 彼がここから飛び出して僅か数分。

 その短い時間で十を超える反勇士の死体が量産され、建物に引っかかるように事切れていた。

 死体を視線で追えばその先には黒獣と化したナキが飛び掛かってきた女を掴み潰し、さらに新たな死体を産み出した所だった。

 

「――あの死体……」

 

 隣で口を閉ざすマイを尻目に紗雪がその瞳をこれでもかと見開き、その表情を誰でも分かる程の驚愕で象る。

 ナキの作り出した数々の死体は今殺された女の反勇士以外が"途轍もない力で千切られている"。


 『……証拠は無いけど、過去に数件報告があった犯人不明のあれ。被害者全員が反勇士であり、その全てが途轍もない力で千切られた死体が見つかる両断事件。最近国内で姿が確認された事もあって、カストロが犯人だと言われてたけど……違ったみたい』

 

 紗雪の脳裏に以前自身が話した言葉が鮮明に再生される。

 続けて連結する紐を辿るが如く、水中から浮き上がる泡のようにさらなる記憶を呼び覚ます。

 

 『全身打撲に骨折、裂傷、体内に深く食い込んだ石片、潰された腕、そして――』『なんか、よく分からないんだけど……見えなかったんだよねぇ……』『 実際に映像を見てみないとなんとも……ちょっと待って』『 「たぶん……違う。姿が見えないならカストロにも見えていないはず』『さっすが紗雪!! こんな小さな光よく見つけたね!』『直接的な死因になった無理矢理引き千切られたであろう身体……』


 走馬灯の如く連鎖して蘇る会話。

 そして――。

 

 『あのカストロが殺されたなんて信じられない!』


 ――自身の疑念を確とする記憶を呼び起こす。

 

 「……まさか、ナキさん……ッ」


 脳裏に再生される記憶と=(イコール)で結ばれた事実に紗雪が唖然と立ち尽くし、男が齎す殺戮を整理が付かない頭のまま揺れる瞳で見つめていた。



 一方のマイは紗雪とは別の理由で立ち尽くす。


(なに、あの動き……)


 技術もへったくれも無い体捌きとそれを必要としない膂力が敵を襲う。

 顔が地面に触れ、火花を散らす程の低姿勢でグルグルと何度も滑りながら回転したと思いきや、跳ね回って相手を玩具のように掴み殺す。

 その体捌きは彼の見た目通り人間のものでは無い。

 かと言って獣のものでも無い。

 恐らく彼独自の、規則性の無い無秩序……技術も知識も無く、感覚のみでその身体を動かしているのだろう。


「――強い」

 

 マイが無意識に呟く。

 強さに厳格な"英雄"大船三雄が「恐ろしく強い」と称するだけはある。


(彼をこのまま紗雪の側に置くのは拙い……強さだけじゃない……)


 一人、また一人と彼に襲い掛かり、命を散らす。

 近接戦闘を生業とするマイですら予測出来ない高速機動はナキが動く度に死体を量産していく。

 

 (……怖いくらい、"殺し"慣れている……そんな傭兵、真っ当な人間な訳無い……!)

 

 普通では無い――これまで関わり彼に抱いた感情はその程度だったが、流れ作業の如く殺戮を行う彼を"護衛"としての自分が危惧を発する。

 三雄が頼った男だが、護衛として一勇士としても大畔ナキという男を信用できなくなっていた。

 凡そ人間の動きでは無いがモンスターの動きでも無い――人間でもモンスターでも無い異物――自分の中で既に"友達"として区分されていた男に対してそのような錯覚を受けてしまう。

 隣にいる紗雪のとは異なる理由で息を呑み、遠く離れていくナキの姿を視界に収める。

 

 二人が見守る中、蹲る『不可視の人攫い』の側に控えた二人以外の反勇士全てを殺戮して見せたナキがついにカネルに肉薄した。

 数回娼館を衝撃が揺るがし噴煙が彼の姿を隠した後、大規模な爆発が立ち込めていた煙ごと娼館の屋上を吹き飛ばした。

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