第21話 罪業抹消
不快な嗤い声を上げるクダルの相手をマイに任せ、紗雪は木箱を並べて
罪業武器の怖い所は基本的に何が起こるのかわからない点と、触れただけでその悍ましい機能が作用することだ。
「醜悪な悪意を持った反勇士が武器屋に寄生モンスターを生きたまま加工した罪業武器を紛れさせ、気付かずに手に取った客が宿主にされて破滅としか言いようがない末路」を辿った事件はベーラトールが蟲毒と呼ばれる時代に乱用された反勇士達の戦略でもあるのだ。
この武器は見ただけで分かるような気味が悪い形に作られているのもあれば、パッと見ても分からない程普通の武器に見えるように作られていて見分けるのが難しい物も存在している。
罪業武器であると感じた時は、物理的に距離を取ることが安全策の一つなのだ。
今回の罪業武器は後者の物だが、二人が瞬時に見分けられたのは偏に"経験"によるものだろう。
先の事件は一時期、毎日のように都市内で起こり、全ての鍛冶屋が休業せざるを得ない程、ベーラトールを騒がせたが、幸運な事にそれを解決した張本人――紗雪は今この場にいた。
「【
紗雪の細い小さな手首に青い金属の腕輪が巻き付く。
近くにある罪業武器に反応して震える腕輪を手首から外し、罪業武器に向けてポイっと雑に放り投げる。
罪業抹消がキンッと冷たい音を立てて武器に触れた直後、腕輪が浮き、赤い光が罪業武器に向かって放たれた。
放たれた赤い光が罪業武器を包むと、武器そのものがボコボコと泡立ち一瞬の内に小さく爆散する。
この罪業抹消は罪業武器をこの世から消す為、そして当時標的にされた生産職人達を守る為に作った特殊な魔道具だ。
近くに罪業武器があれば自動で検知、震えて着用者に知らせ、腕輪を武器本体に触れさせれば高出力の電磁波を高周波として放ち一瞬で武器を爆散させる、という代物だ。
この世から罪業武器を一つ抹消し、役割を果たした腕輪がコロコロと転がり紗雪の足元に転がる。
「……消しても消しても反勇士はすぐ罪業武器を作る。やっぱり製法を完全に消し去らないと駄目」
それを拾い二本目も処理した後、最後の一本を処理しようと腕輪を拾った紗雪が周囲を張らせている【
紗雪の態勢が整ったのと同時に倉庫の壁が外から吹き飛び、クダルの警報を聞いてやってきた反勇士十人の増援がドタドタと慌てた様子で崩れた煉瓦を押しのけて倉庫に入る。
彼等は中の確認も後にして、木箱へ目を向ける。
「……もう遅い」
紗雪が親指で背後を指す。
罪業武器に触れた腕輪が赤い光を放っている――もう僅かな猶予も無くこの場にある負の遺産は消滅するだろう。
「罪業抹消……!? 何故娼婦がそんな物……貴様、娼婦では無いな!」
「他の二本は!? あれで最後なのか!」
「クダルは何やってんだ!! さっさと女も餓鬼共も殺しとけよ」
「あの三本を用意すんのにどれだけ金が掛かってると思ってんだボケ!!」
口元を覆面で隠した耳の長いアルブ族の女が紗雪の眉間に剣を突き付け、彼女を筆頭に十人が紗雪を取り囲む。
全員が己の得物の切っ先を向けるその中央で紗雪は自身を囲む彼等の顔を見る。
どれも見覚えの無い反勇士……取るに足らない下っ端構成員であろう相手を前に紗雪に油断は無い。
ここは敵の縄張りなのだ。こちらの認識外から敵主力がこちらを補足しているのかもしれない。
他にもさらなる増援の可能性、ワープ能力らしき強襲、テイムしたモンスター、別の組織による介入、アンスローが新たな手を打ってくる可能性……今、紗雪達はあらゆる危険の中にいる。
先日は油断して、恥ずべき不覚を取ってしまった。
だからこそ今は気を引き締め、尚且つ、相手に正体がバレるような戦いをする訳にはいかない――紗雪が拳を握り構える。
前回してやられた反省を活かし、身分を明かさず、【機巧鳥】を潜ませ緊急時の備えにしているのだ。
ここは
反勇士達が構えを取った少女らしき娼婦を見て得物を強く握り直し、腰を落とす。
彼女の素人らしさの無い堂の入った構えを見て殺意を強めたのだ。
「死ねや
反勇士の一人が剣を振り下ろす。
首を狙った殺意しか無いソレを避け、紗雪が反撃と言わんばかりに軽く男の胸を掌で押す。
「ぬおおっ――!」
技術の欠片も無い押し出し……それだけで男が他の反勇士を巻き込み派手に地面に転げる。
「……近接戦闘、ほぼやらないから加減が分からない……」
「コイツ……強いぞ! 全員で掛かれ!」
アルブ族の女の号令で反勇士が紗雪に群がり、手に持った得物を幾度となく彼女へ振り下ろす。
だが、捕らえられない。むしろ不用心に近寄った者が反撃に合う。
堂の言った構えの割にヘロヘロな重心がなってない拳に殴られ歯が吹き飛んだかと思えば、次の一撃はペチっと痛みの欠片も無い拳が反勇士にぶつかる。
「か、加減がわからない……」
「ナメてんのか女風情が!!」
最上級勇士たる紗雪の身体能力は耐久面こそ脆いが、筋力は同じ最上級勇士の中でもそこそこある方なのだ。
それこそ、全力では無い拳でも中級勇士程度なら一発で殴り殺せる程に。
しかし、紗雪に彼等を殺す気は無い。
(……ここで全員捕まえて、卵と罪業武器製作者の情報を吐かさないと……)
捕まえるのも数人では駄目だ。どんな些細なものでも彼等全員の口から聞かなければならない。
普段護衛三人を含めたチーム四人の中で後衛を務める紗雪は、勇士になる前の元の身体はそれはもう酷い運動音痴だった。
準備運動で息が上がり、球技をさせれば顔面にぶつけて鼻血を出して「ボールは敵」と公言し、真面目に踊れば「生命力が奪われそう」と言われ、走れば何故か独特な走り方になる。
彼女にとって運動とは苦痛でしかなかったのだ。
当時、毎日の様に「勇士になりたい」と夢を語る彼女ではあったが、運動だけは大嫌いで射撃訓練には毎度顔を出す癖に他の身体機能向上訓練には一切、参加しなかった。
今の身体は運動神経で言えば、むしろ動ける方だが、中遠距離で常に戦ってきた紗雪には致命的に近距離戦闘の経験と技術が足りず、過去のトラウマからか運動が出来る身体になっても訓練には顔を出さないでいた。
そんな彼女でも最上級勇士になるまでに昇華し続けた肉体の操作加減を誤れば彼等を殺してしまうだろう。
「……困った。いつもマイとの訓練逃げてたから……」
「だから苦手でも近距離戦闘訓練をサボるなって言ってたのよ!」
どうしたものかと悩む紗雪の目の前にいた反勇士が蹴り飛ばされる。
紗雪とは違う完璧な加減の元、洗練された技術から繰り出された蹴りが反勇士の男を吹き飛ばしながらも適格に意識を刈り取り、容易に戦闘不能にした。
クダルを片付けたマイが紗雪の元に合流した。
「あっちでクダルが死んでんぞ。女一人足止めも出来ないとか役立たねー」
「でかい音出せるから警報役にしてたけど、やっぱり蟲の繁殖に使うべきだったわね」
「武器に変えちまっても良かったなァ! ガハハハハ!」
「バーカ! あんなの素材にもなんねぇよ!」
紗雪に十人掛で一度も攻撃を当てられなかった自分達を置いて、道徳も倫理観も無いことを口走る男達。
彼等にとってはそれが冗談なのか本気なのか……仲間の死を汚い爆笑に変える様を紗雪とマイが嫌悪の視線を送る。
「反勇士ってのはどいつもこいつも……糞ったれのモグラ共が」
「……もう殺しちゃダメ。ちゃんと吐かせないと」
マイが男達を口汚く罵る。
クランメンバーを大切に思う二人が仲間の死を平然と笑う彼等に怒りを向ける紗雪とマイ。
「わかってる! 全員セリフォスにぶち込んでやるんだから!!」
怒るマイが反勇士達へ早足で近寄る。
このまま戦えば怒りに燃える長身の方の娼婦の手で全員が一瞬の時間で無力化されるだろう。
だが、これで良い――一人仏頂面でいたアルブ族の女が目を弧にしてほくそ笑む。
(私達が煽ってるのはこうして注意を向ける為……相手がどのクランの奴か知らないけど情報を持っている私達は絶対捕らえたいわよねぇ……!)
今の事態になったこと、倉庫に侵入されたこと、計画がバレたこと、全てが予想外――なんて所では無い。
良心的に店を運営して上手く立ち回って評判を集め過ぎず、けれどある程度利用される店にした……どこにも計画が露見していない筈だったのだ。
実際、月光蝶の連中が毎日のように娼館通りへ見回りに来て念入りに路地も調べていたが、この倉庫を素通りするばかりで警戒すらしていない事を毎日確認していた。
だから、ありえないことだったのだ。
それでも、今の"この"状況は
どうせ反応のしようも無いだろうが、それでも注意がこちらに向いているだけで"勝てる"算段があるのだから。
そろそろだろうか、と女が覆面の下で静かに、得意げに笑った。
そして女が予感したその通り。
壁をすり抜け、誰にも知られず……衛星も機巧鳥の監視網にも、最上級勇士二人の直感にも気付かれず。
二人の内……最も近い紗雪の背中へ壁をすり抜けた"視えない手"が伸ばされていた。
――――――――――――――――――――――――
紗雪とマイは別に筋力が低いわけではありません。
マイは最上級勇士にしてはちょっと低いですが、紗雪はむしろ高い方です。
二人共力を込めて殴れば、中級勇士程度までなら「ところてんマグナム」になっちゃいます。(知らない人はggってね)
なので9Pで二人を肉体強度が低いと言ったのは"くっっっそ耐久力が低い"という意味です。
平均的な肉体強度を持つ最上級勇士なら同じランクの勇士に殴られても軽い小さな痣が出来る程度ですが
二人の場合は骨が折れる、もしくはどす黒い血の滲んだ痣が出来る、最悪致命傷になる程度の差があります。
後、勇士の階級差は攻略した階層によって分けられます。
いつか本編に詳しく出ますが、最上級勇士は百階層を超える……つまり百階層の門番という強力なモンスターを倒さないと駄目なわけです。
また、小さな大陸並みの広さを持つ階層を一つ一つ進むので迷宮内ではとてつもない戦闘経験を得られます。
下に行けば行くほどモンスターも生存競争を生き抜いた強力なものですので、それらと戦い生き抜いたという経験を得続け、結果、最上級勇士に認められる頃には言葉通り一線を画す勇士になります。
余談ですが、別に迷宮のモンスターじゃなくても人や別の何かと戦っても成長できます。
強くなるのに大切なのはモンスターと戦うことでは無く、生死を掛けた殺し合い、もしくは恐ろしく強い感情の起伏等が次のステージへ上がる条件です。
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