第17話 裏路地へ

 ナキに押し込まれ、目当てにしていた小売店の隣の細い路地を三人は突き進む。

 路地に敷き詰められた腐葉土を踏みしめ、道を進めば常に活気ある歓楽街であっても人の気配が極端に減る。

 小売店に繋がるであろう裏の搬入口を通り過ぎ、路地に転がる男女や薬でトんだ人々を三人は視界に留めず奥へと歩を進める。

 そうして歩み、人目が無くなった辺りで路地に入ってから俯いていた紗雪が口を開いた。


「……ここで大丈夫」


 その言葉を聴いて立ち止まった三人は体を離す。

 数歩前に出た紗雪は俯いたまま地面を見渡し、裏の搬入口から続く痕跡・・を見ながら確信を持つ。


「……間違いない。ここをユクッドが通ってる」

 

 その場でしゃがんだ紗雪が硬く踏み固められた路地の土を摘まみ上げる。

 指を差し込んでみた所、そこそこの深さがあるようだった。

 ベーラトールは公園や菜園、学府の周囲等の必要な場所でも無ければ都市内で土を見る機会は余り多くない。

 この城塞都市は土の下に埋もれた、都市よりも大きな超巨大な岩をそのまま石床として利用しているからだ。

 では何故、この歓楽街の路地裏に土が敷き詰められているのか。

 詳細は不明だが、どこぞの娼館を営むクランが歓楽街緑化計画を立て土を敷き詰めたものの、"靴や嬢の足が汚れる""虫が湧くから嫌だ"という声が多く寄せられた結果途中で頓挫。

 計画を立てたクランが責任追及を逃れて蒸発してしまい、処理をするのに大変な労力が係ることから敷き詰められた土はそのままになっている為だった。

 

 地面を眺めている紗雪がカシャカシャと数回、無数の足跡に瞬きシャッターを切るする。

 多数の人間が踏みしめられた通路は足跡が混じり合い、常人では判別することも難しいだろうが紗雪はそれの判別を可能としていた。

 

「人の足跡だけでそこまで分かるなんて流石ね紗雪」

「……そうでもない。この足跡は学府指定の靴と特徴が一致する。こんな所に学府の生徒がいる時点で選択肢は殆ど無い」

「ふーん……そうなのね」


 褒めはしたがその過程に興味は無い気分屋なマイは気の抜けた適当な返事はしたが既に興味が他へ移り無数に残る足跡を辿っていく。


「マイさんは本当に素直ですね……」

 

 二人の熟れたやり取りに耳を傾けながら周りをキョロキョロと見渡していたナキがついつい思ったことをそのまま吐露する。


「……あれがマイの良い所……ナキさんは目が良いって言ってたけどこの足跡はどこまで見えてるの?」


 先頭に立ち先に進むマイをナキと紗雪が足跡を見ながら並んで追いかける。

 

「足跡である程度、身長なら当たりをつけられるかと……ですが、学区指定の靴のことは知らなかったんでこの中に彼の足跡が混ざっていることは分かりませんでした」


 ただ……、とナキは続ける。


「どの足跡を見ても靴幅がスリムと言うか、学府の生徒ってのもあるんで全員が絞られた身体をしてるはずなんです」

 

 学府は勇士を中心に迷宮に関わる人材を育成する機関なだけあって、全ての生徒が戦闘訓練を日常的に積む。

 鍛冶職や薬師等のクラフターも例外では無い為、どの生徒もある程度引き締められた戦いに必要な体付きになり、自分で体重管理も行う。

 動きが鈍く無駄にでかい太った勇士なんぞ迷宮では只の餌でしか無いからだ。

 紗雪が地面から視線を外してナキを見上げる。

 話を続けろということだろう。

 

「この土、本人達の身長に比べてかなり深く足跡が沈んでいるように見えるんですよね」

 

 もう一度紗雪が屈み足跡の深さを見ると、確かにかなり深くまで靴が土に沈んでいるようだった。

 柔らかい土とは言え、何度も、何年も踏み固められた土が人一人通っただけで深く沈み込むとは到底思えない。

 

「……確かに。ユクッドの身長は恐らく一七〇半ば。専攻も勇士だから太ってるはずが無い」

「恐らくユクッド達はあの小売店に荷物を搬入してるんだと思われますが、店に並んでいた商品は香水のような小物ばかり。一番大きな物でぬいぐるみのような軽い商品ばかりなのにここまで足跡が沈んでいるのは不自然に感じます」

 

(……なるほど)

 

 ナキの話を聞いた紗雪は静かに胸の中で、目の前の青年に対する評価を改める。

 三雄が彼の事を話したがらず「強い」ということだけしか分から無かったが、実際に一緒に行動して大畔ナキという傭兵が確かに使える人材であると理解出来た。


(……あの短い時間で店内に多数並ぶ商品の傾向を調べ、足跡だけで私が気付かなかった情報を導き出して見せた。本当に観察眼が良い……)

 

「……なるほど、何を運んでいるのか……これは本当に臭くなってきた」

 

 警戒心を強めた紗雪が一度指を鳴らす。

 バチリ、と一筋の小さな稲光が走り虚空から五体の機械の鳥が現れ空へ飛び立つ。


「……くっ! 男心を擽る……ッ。今のは?」


 妙にソワソワし始めたナキが飛び立った鳥を指差す。

 

「……【機巧鳥バード】……監視用。ちょっとだけ戦闘能力も付けてある」


 機械の鳥にはそれぞれ役割を持たせてあるのだろう。

 飛び立った鳥達の姿が確認出来ないが、五体の内二体は少し離れた建物の上でこちらを真っ直ぐと見つめている。

 

「昨日もそうですが紗雪さんの出す物は見たことが無い物ばかりで本当に凄いですね」

「……私に出来ないことは無いから。世界最高額の賞金首なだけはあると思う……【衛星】起動。ステルス状態で待機」


 【衛星】が打ちあがり、透明になって空中で停止したのをナキが物珍しそうに見上げて観察する。

 出来ない事が無い――この言葉を当然のように吐けるのは世界に多数存在する数多の種族を含めても恐らく彼女だけだろう。

 今も目の前で「迷宮店舗クラフトロード」でもお目に掛かれない程の精巧な魔道具らしきものを打ち上げた紗雪を見て前日に見せて貰った超技術の結晶を思い出す。

 彼女が作り出したこのアイテム達を見ればその言葉を疑うことは出来ず、出会ったばかりのナキですら恐らく本当にその通りであろうことを実感させた。

 

 続く足跡を追って進む三人だったが、足跡の終着地点に辿り着いた。

 三人の目の前には大きな倉庫のような建物があり、そこで足跡が途絶えていた。

 

「うわー、こういうのって運が良いのか悪いのか……それとも"やっぱり"って言うのかしら? アタシ的には大歓迎だけど」


 足跡を追って辿り着いた建物だが、三人には酷く既視感のあるものだった。

 マイが"やっぱり"と口にしたが、それは他二人も同じことを感じていた。

 ナキが持ち込んだ例の手紙には潜伏拠点の写真以外にも大まかな座標も地図に記されていたのだが、あの小売店へ進むうちにその座標に近づいて行く為、三人の脳内には「あれ、もしかして?」という予感が少しずつ強くなっていた。

 

「……悪いことは連鎖する。赤い煉瓦の大きな倉庫……あの手紙にあった写真と同じ。アンスローの潜伏拠点ね、ここ」


 ユクッドの足跡を追って辿り着いたのは奇しくも調査依頼が終わり次第カチコもうとしていた潜伏拠点だった。



「中に誰も居ませんね」

 

 三人が倉庫を外から見ていると、ナキが突然口を開いた。

 驚いた二人がナキを見るも彼はソレを気にせず続ける。

 

「何があるのか漁りたいですが、待っていれば反勇士が来る可能性もあるんでまずは張りましょうか」


 戦力分析は大事ですから、と付け足したナキが先頭を切って少し離れた物陰へ身を潜める。


 物陰に隠れたナキの後ろに付いた二人が驚きをそのままにナキの肩に手を掛けた。


「……どうして誰も居ないことが分かったの?」

「人の気配が無かったでしょう? 物音も匂いもしなかったんで」

「匂いって獣人みたいなことを……え、実は獣人だったり……?」

「いや普通の人族です。半獣人(ハーフ)でも無いけど鼻もいいんです」

「……どうして傭兵が気配なんて読めるの? 色んな傭兵を見て来たけど貴方みたいな人見たことないけど」

「色々感覚鋭いんですよね、俺。感覚派です」

「それちょっと意味違うでしょ」

「……外からでも建物内部の音を聞き分けられるくらい耳もいいの?」

「勿論。感覚派なんで」

「擦んのやめなよ」

「……他にどんなこと出来るの?」

「色々出来ます」

「感覚派だから?」

「はい」

 

 普段から浮気や素行調査で張り込みをやっていることだけはあるのか……張り込む姿が様になっているナキを二人が質問攻めにするがこの調子なら他にも驚くようなことを隠していそうだった。


((本当にこの人何者……?))


 二人の思考が一致する。

 "あの"三雄が強いと明言し、目も耳も鼻も人族とは思えない程良い傭兵。

 勇士としてトップランクに立つ二人としては、ここまでくれば話に聞いた実力を是非とも見たいものだった。


 期待の大型新人を見つけたかもしれない二人はナキから少し離れてコソコソと小声で話し始める。

 

 「紗雪、この人月光蝶うちに勧誘出来ないかな?」

 「……どうだろう。クラン嫌いらしいし……」

 「アタシ達の後輩にして護衛にしたら役立つと思うけど? 実力は分からないけどあの五官は頼りになるでしょ」

 「……一回誘ってみよっか」


 紗雪とマイが互いの顔を見合わせてコクリと頷いたその時――

 

 「聞こえてますよ。二人共」

 「……っ!!?」

 

 耳も良いことを忘れていたのか、背中を向けて内緒話()をしていた二人はビクリと大きく背を跳ねさせ勢い良く振り返った。

 

 「耳も良いんで内緒話は気を付けてくださいね」

 「「は、はい……」」

 「やれやれ……それよりあれを」

 

 視線を倉庫から離さず声を掛けたナキが物陰から倉庫の方へ指を差す。

 紗雪とマイが縦に並んでこっそりと指差された倉庫に顔を出して見てみると――


「あ、ユクッドくんだ」


 奥の通路から倉庫へ向かって若い――凡そ十六から二十歳程度の青年の男女八人の集団が現れ、中には三人の捜していた調査対象である作業着を着たユクッド・クレイトンの姿がそこにあった。

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