第16話 ???「喜ぶかなって……」

「……ナキさ~ん。もういいよー……」


 据わった目をしたマイが静かに声を掛ける。

 その声を聴いて部屋に入るナキだったが――


(なんか……睨まれてんな……そりゃああんな恰好は嫌だよな)

 

 直前までは大人しく従ってくれていた二人がこちらを据わった目で睨め付けられている理由を勘違いしたナキが一人納得しつつ変装した二人を見る。

 ジロジロと観察するように見るも、二人共元の姿からはかなり懸け離れた姿に変装出来ており、これなら「異端異形エルテーミス」と「翡翠白兎ペレスバニー」だと気付くどころか、連想することも難しいだろう。

 爪先から頭頂部てっぺんまでじっくりと観察しその出来に満足でもしたのか微かに数度上下に頷く。

 

「~~っ!! ナキさん、似合いますか?」


 羞恥心か、将又怒りが原因なのかは不明だが言葉の端々が震えているマイの言葉をナキは冷静に受け止める。

 ――受け止めてしまった。

 

「えぇ。立派な娼婦に見えます」


 カァーっと、羞恥心を上回った怒りに顔を染め上げたマイがその憤りを隠さず発露させる。

 

「ふざけんな変態! バカ!」

「いや、これなら周りの目も完全にごまかせますよ。うん」

「初対面の異性にこんな格好させてる自覚ある!? ちょっとは申し訳なさそうにしろ! というかなんでサイズぴったりなの!? 普通に気持ち悪いわよ!」

「……変態、ロリコン、褐色肌フェチ、スケベ野郎、初対面性癖ナスリ男、エンマちゃんに言いつけてやる」


 あくまでも冷静にマイの怒りを受け流し、まるで破廉恥な恰好をした妙齢の女性二人を前に何も感じていないかのように振舞うナキへ、女性としてのプライドに無用な傷を付けたのか。

 紗雪までもが怒りをもって暴言を投げつけ始める。

 二人も別に好かれたい訳でも無ければその実力の真偽以外に興味は無い。

 が、それでもこんな姿をしているのに男が情欲の一切も無く、落ち着いて客観視してくることに不満や女のプライドが無事なハズも無いのだ。

 

「待て待て待て待て! 暴言凄いな!! 交流出来立ての異性にそれ言われんの結構キツイしこれは俺の性癖じゃねぇ! あそこの女達に変装しつつ絶対バレない為ならそうなるでしょうが!! 後エンマに言うのだけはやめてくれ!!!!」

「じゃあなんでサイズぴったりなんですか! こんな衣装をすぐ用意出来てるのもおかしい!! 趣味でしょえっち! 普段からこういうの買ってるんだ!!」

 

 羞恥心と共に怒りも爆発したのか顔を真っ赤にして捲し立てるように罵詈雑言を浴びせる二人。

 マイは余程嫌なのか手で身体を必死に隠そうとしながらも地団太を踏んで猫が威嚇するように毛を逆立たせているがトップクラスの勇士の地団太は談話室の床を易々と踏み砕き目を吊り上げて怒りを露わにする。

 紗雪もマイの影に隠れて体を隠しつつ、普段の数倍冷たい目で顔を赤らめながら武器クルージーンを構える始末だ。


 このままでは拙い、本当に変態扱いされて逮捕されてしまう――男として、兄としての尊厳の為にナキは自信の正当性をこれでもかと強く主張する。

 

「その衣装用意したの俺じゃねぇよ! 女性用の変装道具は全部"助手"が用意してんの! その中からサイズが合うの鞄に詰めただけ! サイズは目が良いから見ただけで『色んなこと』が分かるんで勘弁してください!!」


 男の尊厳を賭けた必死の叫びが届いたのか、談話室が静寂に包まれる。


「……『色んなこと』って、例えば?」

「骨格とか筋肉量とか……結構色々……外からクランハウスの地下に幾つも空間があるのも視えてました」

「嘘っ!? 透視能力か何かなのそれ!? ってか色々って……服透けて見たりしてるんじゃ……もしかして体重とかも!?」

「透視じゃないからそういうのはちょっと。体重はまぁ、普通にわかりますよ」

「――女の敵! ありえない!!」

「お、落ち着いて! 一旦話を聞いてください!」

「むしろ何で落ち着いてるの!? これ普通にセクハラよ!?」


(勘弁してくれ……なんでこんな目に合わないといけないんだ……ん? 洒落かこれ)


 "目"が良いだけに……と疲れてそうな割には余裕があるのか。

 ボルテージが上がり手が付けられなくなっていくマイを放置して寒いダジャレが過る。

 下らないことを考えてしまったが、このままでは調査依頼とか言う前に護衛としての信頼関係に致命的な罅が入ってしまうだろう。

 どう説明すれば落ち着いて貰えるのか、とナキがひっそりと頭を抱えていると、ついに彼へ助け舟が入った。


 「マイ、落ち着いて」

 

 属性盛り盛り(ケモ耳+ロリ+イカ腹+踊り子)な衣装に身を包み、その未成熟な矮躯をマイも身体を何とか隠したがっている中、その護衛の体で隠していた卑劣様紗雪がついに口を開いたのだ。

 

 「……どういう能力なのか気になるけど視えてしまうのは仕方が無い。彼は何も意図的に私達の肉体情報を盗み見た訳じゃないと思う」


 そうでしょ? とマイの後ろから顔だけ出して視線を向け、言葉を発さずに問いかける紗雪。

 ズッ友である彼女を犠牲に自身の保身に走る姿は反応に困るものだが、ナキに取ってこの援護は正しく天から垂らされた蜘蛛の糸であった。


「その通りです。俺の目は、俺の意識無意識に関係無く視界に入ったモノのことが分かってしまうんです……決してお二人を辱めるような意図はありませんし、私欲を満たす為に視た訳ではありません」

「……嘘は言ってないと思うの。この人さっきから一切私達の体を見ないで目だけを合わせてくれてるし……それはそれで本当に失礼なんだけど」

 

 味方だと思っていた紗雪が相手男側に付いたことで頭が冷えたのか。

 数度深呼吸をして冷静さを取り戻すマイ。


 そう言われて思い起こせばこの男、ナキは初対面の頃から現在に至るまで殆ど目を合わせて常に会話してくれていた。

 二人は注目され続けた半生から他者から集まる視線には無頓着にはなったが、それでも女性である以上その視線の位置には当然気付く。

 自分達を前にした異性は大抵胸や脚や唇をちらちらと、歴の長い男性勇士に至っては大胆に見てくる者ばかりだがナキはそうでは無かった。

 視線も普段の男性勇士や市民から向けられる色情の籠った嫌なものでは無く、よく言えば無味無臭……悪く言えば無関心な友好とは縁遠いものだった。

 目の前の男は本当に自分達に色欲を抱いておらず、常識を疑うが効率を求めてこの恰好をさせたのであろうとマイは認識を改める。


「……ごめんなさいナキさん。ちょっと恥ずかしさとか警戒心とかで頭がおかしくなってたわ」


 自身の非を認め、素直に謝罪を口にし頭を下げたマイ。

 先程の様子からも予測できるが、この娘はとても素直で裏表の少ない人柄なのだろう……今回はその真っ直ぐな部分が暴走してしまったが、彼女のこの気質はナキからすればとても小気味の良いものだ。

 彼女等との付き合いは今だけの一時的な関係ではあるが、その短い間を過ごす隣人、友人としては申し分無いだろう。


「気にしてませんので、謝罪は大丈夫ですよ。ソレは護衛として必ず持っているべきものですし、そも、そんな恰好させたのは俺ですから」


 むしろ、俺の方こそ気遣いが足りず申し訳ない。とマイの謝罪を快く受け入れつつ自分からも詫びを口にするナキ。

 恐らく年上であろう青年の大人らしい寛容さを見たからだろうか、その素直さや冷静に友を諫める様を見たからか。

 三人の関係になんとか致命的な溝が出来る前に、信頼関係というものが築くことが出来たようだった。

 

「……マイ、取り合えず明日は恥ずかしいけどこの変装をしよう」

「……そうね。カチコミの為に我慢しましょ!」

「調査依頼優先でお願いしますよー」


 三人の誠実さが実を結び、騒乱だった談話室に温かい空気感が流れる。

 喧嘩をした後に仲直りをすると、普段よりも強く情を感じてついつい口が軽くなることは良くあることで、この空気感に解されたのかマイがつい、軽口を叩いてしまった・・・・


「明日はこの恰好でいますから、あんまり見ちゃダメですからねナキさん!」


 普通の男ならこの言葉一つでもドキリと胸を弾ませ、ドキドキやらなんやらが混じって軽口を返す所だろう。

 だが、目の前の男は見目麗しい女性が破廉恥な恰好をしていても目線が泳ぐどころか心に波風の立たない変な男なのだ。

 この男はまたしても、反省したばかりの気遣いの足りない言葉を口にしてしまった。


「俺、年下興味無いんで大丈夫ですよ。"子供"も勿論論外です」


 と、想定する中でも最悪の言葉をあはは、と笑いを交えて言い放った。

 ナキとしては女性を安心させつつも返せる軽口を選んで言ったのだが、どう考えても悪手であることは火を見るよりも明らかだった。

 義妹エンマが居れば女性としての立場を活かしつつ彼のフォローをしてくれただろうが残念ながら今はいない。

 ビシリッーーと温かい空気感だった談話室に物理的なのか、心理的なのか――確実に罅が入り、少なからず彼女等との友情と額に大きな血管欠陥が生じたことは説明するまでも無いだろう。


 

 そんな件があり一日経った現在、三人は夜になっても変わらず活気のある歓楽街奥の娼館の並ぶ周囲の気まずくなる景観の通りを進んで行く。

 

 ここら一帯は長い迷宮生活で性欲を持て余して帰って来る勇士達の獣性を慰める為に作られた色街。

 性を解放する為の場所ということもあって通りを挟む店には卑猥な形をした道具が外からモロに見え、布面積が少なく肌を過剰な程露出した美麗な娼婦や男娼が通行客にこれまた過剰な程密着して堂々と店に連れ込む。

 娼館通りと呼ばれる爛れた大人の街を出会ったばかりの男一人と女二人――エンマやなつきが見れば顔を真っ赤にしそうな如何わしい景観の中を如何わしい女性二人を侍らせている(ように周囲からは見える)ナキだがその表情は無そのもの。

 同じく無表情(一人は元からだが)な二人と並んで前日にナキが下調べ済みのユクッドの目撃例が何度もある小売店へと向かう。

 三人共この空気感を何も感じていないように振舞っているが、内心はそれぞれ違う。

 

(ここに二人妹達を連れてきたら反応が面白そうだなぁ……いい反応してくれそうだし今度やるか? いや、母さんにチクられてガチ説教エンドだし、教育にも悪そうだな……)

(うぐぅ、恰好もそうだけど、身内以外の男と来るの初めてだけどこんなに気恥ずかしいのね……目のやり場に困るわ……春人と湊くんと警邏で来た時は全然恥ずかしくなかったのに……)

(……チッ。私だっていつか……ッ! 前の身体と同じくらいに……ッッ)


 上から、本当に何も感じていない男、内心恥ずかしがってる護衛の生娘、(豊満な娼婦達を見て)怒りに震え第二次性徴を夢見る生娘(二十二歳児)である。

 精神的に図太い紗雪には気まずさは皆無のようだが、一般的な感性に近いマイは出会って二日の男とこのような性が開放的な場所に共に居ることへの羞恥心に内心身悶えしていた。

 

 「二人は歓楽街に慣れてるんですね」

 

 彼女等の内心に気付きもしないナキが二人へ気軽に声を掛ける。

 

 「マッまぁ、ここには良く見回りで来るから……」


 声を僅かに上ずらせ詰まらせたマイが平静を装う。

 歓楽街という犯罪の温床になり易く学府に近い歓楽街は月光蝶でも警戒しており、二人は他の護衛二人を加えた四人で何度も見回りをした経験があった。

 

 「……ここ」


 紗雪の声に娼館通りを進んでいた三人が足を止める。

 三人の前にあるのは周囲と比べれば異質な、しかし娼館通りには珍しい一般的・・・な雑貨屋。

 アレなものが1つも無い、主に娼婦への贈り物用かぬいぐるみや香水等の女性向けの雑貨の並ぶ小綺麗なこの店こそが三人の目的地だった。

 

 「ナキさんの依頼だから指示に従うけど、これからどうするの?」


 体を男に寄せ店の前で甘える娼婦を装いつつ耳元へ小声でマイが囁き掛ける。

 普段は紗雪の分析、解析とマイの機動力であらゆる依頼を達成してきたのだが、現在変装中の二人はその象徴たる能力ちからを一目がある場所使う訳にはいかないのだ。

 自分達の力はいざという時・・・・・・の為に隠し、恥を忍んで体面だけだが娼婦を演じる。

 それを見てナキも侍る娼婦を甘やかすように肩を抱きかかえるように二人の耳を寄せる。

 

 「……ユクッドはいないみたい」


 先に紗雪の網膜に十字の照準レティクルが浮かび店内を隅々まで観察する。

 この程度の僅かな身体変化程度ならば周囲にバレる危険性も少ない――自慢の解析を行い店内の様子を見た紗雪が肩を抱かれたままナキを見上げる。

 意識したものでは無いだろうが、これも幼い娼婦が精一杯甘えているように周りには見えているだろう。

 先日の様子から一転して仕事になれば割り切り、私情を見せない二人に内心驚きながらも感心し、思っていたより遥かに仕事が楽に片付きそうな期待に演技を込めて下卑た笑みを浮かべる。

 

「――ならさっそく、傭兵らしく張り込みと尾行でもやりますか」


 ナキが二人の肩をより強く抱き込み、盛った男が買った娼婦を引き込むように細い路地裏の奥へ身をねじ込むように物陰へ忍ばせた。


 ーーーーーーーーーーーーーー

 ナキが娼婦の衣装を選んだ理由は、先回りで事務所に帰っていたベルカが置手紙を残して指定したものでサイズだけナキが合わせた形になります。

 ちょっと拙いかなーと思いつつも、今回だけの関係だしどうでもいいか!とかなり適当に選んだ結果となります。

 

 あ、言い忘れてたけどマイはヒロインじゃないよ。

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