第15話 傭兵らしい作戦

 ベーラトールは世界中から毎日夢追人が移住して来ることもあって世界一の人口を誇る……と言うか、一日経つ度に記録を更新し続けている訳だが、その割には過去一度も都市が人口飽和で溢れたことが無い。

 周囲が広大な平原と海しか無いこの都市は人口が逼迫する度に都市そのものが拡張され続け、毎年ベーラトールそのものが成長を続けているからだ。

 

 都市で古くから語り継がれる伝説によれば、ベーラトールは太古の時代、まだ世に認知されず陰に潜んでいた「虚の枝」から突如山をいくつも吹き飛ばして地表に現れた一体の巨大なモンスターを撃退し、地の底に追い返した古代の勇士達が「虚の枝」の調査の為に簡易的な拠点を築き村とも呼べない小さな人の集まりだったが、時代と共に人が集まり急成長を続け、今の巨大な城塞都市になったと言われている。

 そんな成り立ちが要因か、都市の拡張という本来は一大事業になるであろうそれは季節事の祭りの様に定例的に数ヵ月に一度行われ、拡張される度に八方位の地区も比例して広くなっていく。

 拡張の際はどこから聞きつけたのか、耳聡い霊王が市民の求めに答えて住宅や売店等の施設が建設されていくのが毎年の通例となっている。


 そして、人が生きている限り欲を満たす為にあらゆる物が必要になる訳で……要は人が多い分、需要に伴って求められる娯楽も相応の規模のもの。

 都市東西地区から南西地区一帯――都市全体のおよそ三割を占める歓楽街と西地区の学府傍に立ち誇る闘技場アンフィテアトルムはベーラトールの住人にとっては欠かせない娯楽の集合地帯だ。

 歓楽街入口周りの浅い場所には劇場、遊技場、飲食店といった大人も子供も楽しめる娯楽店が、

 しかして奥へ進むと子供禁制な怪しい道具を売る店や娼館等が並び大人達の憩いの場が日夜、夜空を明るく照らしている。

 

 都市が拡張される時は迷宮攻略の要である北東地区の「迷宮店舗クラフトロード」の次に優先されて開発が進む歓楽街。

 この歓楽街の奥――娼館が多く並ぶ『娼館通り』にナキ、紗雪、マイの三人は場末も場末なナキの傭兵事務所にやってきた仕事――とある依頼の為訪れていた。

 知名度が高く都市中で顔を知られている紗雪とマイはナキの提案で変装をして歓楽街にやってきたのだが――。

 

「くぅ……っ! 布面積が狭いっ……やっぱり肌出過ぎよこんなの……!」

「……そ、想定が、甘かった、男の視線がとても不愉快。ナキさんも下着一枚になってこの恥辱を味わうべき……ッ!」

 

 夜遅い時間帯ということもあり、酷く混雑する通りで美しい情婦(情夫)達がその肢体を魅せ付けて客引きをする――そんな雑多な人混みの中をナキと紗雪とマイの三人が体を寄せて歩く。

 一般的な普段着の一見男性客に見える男……ナキを挟む二人が腕に枝垂れかかる姿は今の姿も相まって、誰が見ても娼婦にしか見えないだろう。

 二人の変装した姿はそれほどまでに煽情的なものだった。

 マイは金髪のカツラを被り肌を小麦色にし、胸や腰以外を過剰な程露出した異国風のスケベな踊り子に、

 紗雪の場合は赤髪のカツラと獣の耳と尾を付け口にマスクを着け、同じく体の機械のような部分に布を巻き、胸や腰以外をこれまた過剰に露出したケモロリイカ腹踊り子という属性盛り盛りな姿に、

 それぞれが変装させられていた。

 その見た目や服装も相まって向けられる視線は普段の好奇の目とは異なる婬情に染まったものばかりだ。

 『事前の打ち合わせ通り』の状況だが、ねっとりとした邪な注目を実際に受けて羞恥心と苛立ちが綯い交ぜになっているのだろう。

 有言実行と言わんばかりにイカ腹踊り子がナキのパンツに掴みかかるように手を掛ける。

 

 「ほら、脱ぐ……ッ!」


 パンツと下着の間に指をしっかりと食い込ませ、力尽くで着衣を剥こうと腰に取り付く。


「……パンイチにしてやる」

「ちょ……さゆ――ん"ん"っ、アンタ、何してんの!」


 反射的に名前を呼び掛けたマイが慌てて紗雪の両手を掴み止めようとする――が、紗雪の手を掴むということはマイの手も必然的にナキの腰に密着するということ。

 つまり、周囲を見る、そういうことをヤりに来た人々に当然な『勘違い』を招く訳で――。

 

「や、やめ……ッ! 急に癇癪起こしてズボンを引っ張るんじゃない! 昨日はむしろ賛成してただろっ、このっ、ちょっとは状況を考えろっての!」


 ナキが慌てて制止の言葉を口にしたが、一歩遅かった。

 いくら娼婦(に見える)といえど公衆の面前で男を脱がし始めれば視線を集めるどころの話では済まなくなるのは明白。

 注目が興奮へ転換し、ナキとマイの動揺が周囲のざわめきへと変じる。


「……えっっっっ!」

「あの客を同業者が奪い合ってる? ……そんなに具合がイイのかしら?」

「大通りで3〇とか……スケベがオープン過ぎるだろ……っ!」

「小さな子なのにえっち、なんだねぇ。どこの娘かな?」

「見たこと無いけど……あんな娘ここらの店にいたかしら?」

 

 紗雪に平常心が少しでもあればこのような暴挙に出ることは無かっただろうがそのようなことは後の祭り。

 羞恥心やら怒りやらで我を忘れている彼女達(一人は巻き添え)の耳にも周囲のざわめきが聞こえたのか、大袈裟にビクッと体を跳ねさせナキから距離を取る。


 「「………………」」

 

 一人からは逆恨み甚だしい恨めしい目で、もう一人からは申し訳なさそうな目で見られるナキは己の不幸を嘆くように目を手で覆い天を仰ぐ。


 (あーめんどくせぇ……なんでこんなことに……)

 

 

 三人が娼婦と男性客に変装している理由は前日の昼頃、ナキが月光蝶に訪れていた時まで遡る。

 二人に渡したベルカからの手紙には、「アンスロー」の残存戦力の詳細や地表の"潜伏場所"等の多種多様な情報が詳しく記されていた。

 「アンスロー」殲滅の為に数ヵ月間念密に調査を行った月光蝶側ですら知り得ない情報が多数存在する中、その手紙の最後にはナキへ向けられた「学府に通うとある生徒の素行調査依頼」という、何とも傭兵(雑用係)らしい勇士では普段受けることの無い依頼が書き添えられていた。

  

 「仕事の手伝いってこれのことね……」


 マイが値踏みするように手紙を手に取り、紗雪と二人仲良く顔を寄せて内容を黙読する。

 依頼人は調査対象である生徒の祖父母。

 調査対象は学府に通う来年卒業予定のお孫さんこと、ユクッド・クレイトン。

 普段は毎日寄り道せず帰宅し、老いた祖父母に代わって家事手伝いをしてくれる程真面目な青年だったが、数ヵ月前から毎日夜遅くに帰宅しており、近所の人から孫が娼館通りの奥で怪しげな連中と一緒に働いているところを目撃したことを耳にし"偶然"出会ったベルカへユクッドの素行調査を依頼したとのこと。

 

 見かけ上は普通の素行調査雑用に見えるが、ベルカがこのタイミングで持ってきたものがそう"生温いもの"な訳が無いのは当然のこと。

 初めはそのあからさまな雑用紛いの依頼内容に少し表情を怪訝なものへ変えたが、その後に綴られたユクッドの目撃情報の座標を見て二人の表情は険しいものになる。

 

 「……この生徒の目撃場所……娼婦通り裏の倉庫密集地って……手紙に書いてある潜伏場所の一つと一致してる」

 「後、倉庫密集地近くの小売店でも何度か目撃されてるみたいね……。将来の為に、ハニトラ対策に娼館で女の扱いを覚えようとして、骨抜きにされて色々こき使われてるのかしら?」

 「……だったらこの手紙と一緒に入れられてない」

 「冗談よ、冗談。前に「アンスロー」の連中が歓楽街で子供を使って薬や違法の武器をバラまいてるって話をうちの連中から聞いたけどそれかしら?」

 「……相手の思惑はともかくこの依頼、今の私達がやるには丁度良いってことね」

 

 そう、これはベルカが月光蝶の為に用意した絶好の機会チャンスだ。

 素行調査なんて書かれてはいるが実物は敵潜伏拠点への特攻作戦と認識して良いだろう。

 ナキとしては見慣れたベルカらしい催促(意:お前ちょっと行って潰してきてよ)だが、この無茶振りを初見の二人がどう思うのかがナキは唯一の懸念点だった。


 この依頼をナキとしてはどうしても受けて欲しい事情があった。

 反勇士の拠点破壊、素行調査なんてものは正直、ナキ一人でも依頼の達成は容易だろう。

 しかし依頼を一人で終わらせてはナキの想定する今回の騒動が終わった後の状況・・にはならない。

 下手に恩を着せれば繋がりが出来る、恩を受ければ繋がらなくてはいけなくなる。

 あくまで対等な状態で全てを終わらせ、全てを綺麗さっぱり清算してクラン彼等とは縁を切る――それこそがナキの狙いだった。

 このまま護衛任務を引き受けたままでは恩を着せることになるが、代わりに仕事を手伝うのなら、という条件を付けて形だけでも対等にすれば後は口でどうとでもなるのだ。

 

 「――要は悪い連中に利用されてる人達を止めて、ついでにせこせこ造った秘密基地も敵ごとぶっ壊せってことですよ」

 「いいわねぇ! そういうの大っ好き!!」

 「……どうせ最後は攻められるんだから、今度はこっちが先手を打つ番。カチコミ最高」

 

 全然ナキの杞憂だった。

 二人はこれでもかと晴れた良い笑顔で乗り気になっていた。

 襲撃カチコミを「楽しみね!」と互いの手を取りながら小躍りを始めた二人の姿は命知らずどころか自殺志願者と呼ばれる勇士のトップ、最上級勇士の鏡というものだろう。

 

(勇士ってこんな奴ばっかなのかな……)

 

「じゃあ早速ユクッドが働いてるとやらの場所を偵察しに行きましょうか!」

「いや、そういうのは本職の俺が。傭兵らしく脚使ってこれから色々調べて来るんで今日は休んどいてください」

 

 鼻息荒めに意気込むマイをナキが諫める。

 ナキとしても反勇士の潜伏拠点なんてものはさっさと潰したい所ではあるが、今回の前提はまず素行調査依頼を無事に終わらせること。

 本番前の準備だけでも穏便に済ませたいのだ。


(高ぶってる二人と今歓楽街に行くと見敵必殺になるのが簡単に想像できるからなぁ……)

 

 このまま二人を連れて歓楽街に行った場合、ナキの脳裏に浮かぶのは濛々と上がる煙、瓦礫の山と化した潜伏拠点と散らばり倒れ伏した反勇士達と嫌に晴れやかな紗雪とマイ、有耶無耶になった調査依頼に肩を落とす己の姿――というビジョンは果てしなく現実味をナキ本人に感じさせ、正夢になってしまう予感があった。

 

「えー、善は急げっていうじゃない?」

「……殺られたらその日に御礼するのが勇士の常識。先手必勝」

「戦うことしか考えてないんですか……?」

 

 二人がどれだけ強いのかナキは知らないが、都市でも数える程しか存在しない最上級勇士が二人も居れば大した苦労もせず潜伏拠点を潰せるだろう。

 戦闘力に関してなんら問題無いだろう。

 しかし、ナキには一つの懸念があった。

 ベーラトールにおいて、この二人は其処等の国の王族なんかよりも遥かに顔を知られしまっている。

 このままノコノコ相手の拠点に近づけば面倒も一入、敵を刺激し過ぎて素行調査の大きな障害となる危惧があった。


(ここは傭兵らしく行くとしよう)

 

「こっちにも色々用意が必要なんで動くには明日からにして……今日二人には変装の為の衣装合わせをして貰います」


 ベルカと酒盛りをした後、態々事務所に戻り用意"されていた"変装用の道具を詰めた鞄を机に置く。

 二人に向けて鞄を開き中に入った変装用の衣装を見せる。

 "変装"という言葉を聞いて、マイが強く反応を示し、身を乗り出して鞄を覗き込む。

 

「……変装とかやってみたかったりしたんだけど……でも、何よコレぇ!?」

 

 勇士には縁が無い変装という言葉に期待を膨らませていたが、鞄に詰められている変装用の衣装――布切れと言っても過言では無い踊り子の衣装を見てマイが悲鳴染みた声を上げる。


「二人は顔が割れ過ぎです。ガッツリ変装しないとバレて敵と一般人に群がられて依頼どころじゃ無くなりますよ」

「……だからってこれは無い」

「男一人女二人で娼婦通り性を買う所に行くんですよ? 一般人に変装しても女二人が男連れてそんな所に行くのは変だし、逆も然りでしょう? 俺が男娼の恰好をするには容姿が足りません」

「……確かに」

「紗雪は何言ってんの! こんなッ下着より……! 見てこれ布薄すぎでしょ!?」


 マイが怒りか羞恥か、それ以外の何かから来るものなのか。

 顔を赤らめながら衣装を摘まみ上げる。

 ひらひらと摘ままれた指に振られる衣装は彼女等が普段着用する一般的な衣類よりも、遥かに薄いものだった。

 

「あそこの女達はそれよりもっと薄いですよ。それぐらいじゃないと目の肥えた反勇士には一瞬で娼婦じゃないのがバレます」

「アタシ達は娼婦じゃないけど!?」

「娼館通りで娼婦に変装するのは自然かと。相手もまさか危機的状況下で世界的にも高名な最上級勇士が民衆に紛れて娼婦の恰好をしてるとは予想もしないでしょう」

「――マジで言ってんの!?」

「大マジです。嫌でしょうけど我々が自由に動ける時間も余り無いし、この機会を逃す手は無いかと思いますが」

「……くぅ~ッ! そうだけど――!」

 

 頭髪をぐしゃぐしゃと両手でかき回しすマイを無視して扉へ向かうナキ。

 出てるんで衣装合わせしといてください。と冷たく一言告げてナキが談話室から出て行った後、何とか溜飲を抑えたのか、グチグチと小声で文句を言いつつも二人は着替えを始める。

 二人が着た事も無い、想像すらしなかった破廉恥な衣装や共に入っていたカツラ等の変装道具を見に着け終え、赤面しながら着心地を確かめていたマイだったがふと、"有り得ない"違和感に気付いた。


「……これサイズがぴったりなんだけど……丈も腰回りもちゃんと合ってる……」

「……! 私のも合ってる……!」


 遅れて気付いた紗雪が咄嗟のことか自身の胸に手を添える。

 ナキが持ち込んだ衣服だが、どういう訳か二人の身体に合ったサイズのものが用意されていたのだ。


―――――――――――――

 気付いたら8000字超えてたんで二つに分けて投稿しましたけど、

 本作初めの方とか10000字普通に超えてましたね……。

 分け方悩みます。

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