第14話 傭兵とクランハウス
べーラトールは縦長の丸みを帯びた超巨大な城塞都市だ。
都市を四方八方に区切り、北地区には都市の長である「霊王」の住む虹彩の城と「虚の枝」の入口から始まり、北東地区には武具、魔道具等の迷宮内で主に使用される道具を作る産業クラン集合地帯「迷宮店舗クラフトロード」、東地区には港と交易所、東南地区から南西地区には闘技場と歓楽街、西地区から北西地区には学府(ハイヴ)、と八等分にするとこうなり、この中にクランや住宅が点在する訳だが、月光蝶のクランハウスのある場所は何れにも無く、特別な場所――「霊王の所有地」である街の中央に居を構えていた。
蟲毒の時代。
その当時、都市の秩序構築を「霊王」直々に願われた月光蝶はクラン設立時に都市の中央一帯を譲り受け、クランハウスを構えた。
都市の中心にありながら、視界の端にも収まらない広い敷地とそれに見合ったドデカいクランハウス、敷地内を煉瓦で舗装された道と整備された芝生の引かれた拠点はまさに
そのクランハウスの前でナキは大きな鞄を小脇に抱えて、茫然と立ち止まっていた。
クラン関連の情報に一切興味を持たず、聞き流してきたナキでさえ噂を耳にする話題の月光蝶。
都市中央にありながらも、ナキ自身は一度も近くに寄ったことも無く。
都市中から持て囃される噂のクランがどんなものかという気持ちもあって来たが、それは良い意味で裏切られた――否、心の底から驚かされた。
広さとデカさを無視すれば他のクランと大して変わらない石造りの平凡な拠点だが、ベルカ曰く、"イカれた目"を持つナキは月光蝶というクランの"異常性"に気付いた。
(こりゃあ凄い――ってかどこが"
拠点内への侵入を拒む水の流れた堀と舗装された道以外の芝生の下に設置された数々の隠された罠。
罠の数は見ただけでも軽く百以上は設置されているが、舗装された道を鉄柵で制限、案内人が観光客やクランに用のある外部の人が罠を踏まないよう行列整理をして他者を巻き込まないよう徹底。
さらに、クランハウスから向けられる数十の視線が訪れる人を観る"月光蝶の敵"を決して逃がさない監視の目と"侵入者を潰す
クランハウスの全体を俯瞰していたナキが今度は足元を見て靴の爪先で石床を二度叩く。
(……なるほど。地下にも馬鹿広い空間がいくつもあるな……)
これで主戦力が揃っていれば正しく金城鉄壁、守りにおいては盤石といえるだろう。
これほど立派な組合が設立してから今日まで欠かさず、民衆の悩みに付き添い力になってきたのであれば彼等は愛されて当然だろう。
しかし、「愛され過ぎなのも問題だな」とナキは目の前の光景を見て実感し、小さく呟く。
ナキの目の前に広がる光景、それは比喩でも何でも無い人の波。
群れに群れた人の列だった。
「村の近くにモンスターが出て、私達もう怖くて怖くて! 何とかしてくれないかしら?」
「俺勇士になりたいんだよ! 募集してねぇのか? 役に立つぜ俺は!」
「あのね、ペットの猫ちゃんがいなくなっちゃってね。一緒に探して欲しいの」
「おい! 受付の嬢ちゃん、これ食わねぇか! 採れたてで美味ぇぞォ! 代金? んなモンいらねぇよ貰ってくれや!」
行列整理されても溢れる人波がクランの受付前でごった返し、受付係が大忙しで対応する様は見てるこっちが疲れる気がしてくる。
(流石は都市最強勢力の一角―――人気がとんでもない……うーん)
「俺、ここに突っ込まなきゃ駄目なの……?」
こんな列に並んでたら夜になっちゃうよ……共鳴石で連絡先交換しとけば良かった、とナキが肩を落としたその時――
「やっほー、ナキさん。迎えに来たわよ!」
人の波が綺麗に二つに割れ、クランハウスの入口まで出来た道を進んでマイがやってくる。
朝、オズの事務所に来た時は敬語だったマイも今は気を抜いて軽い口調に戻していた。
「マ、マイヤーナさん! 助かりました……凄い人の量ですけど、いつもこんな感じなんですか?」
マイ越しに背後のクランハウスの入口を見るナキ。
視界一杯にギチギチに詰まった人を見て既に疲れを感じているナキに対して、マイはケロっとしていた。
「んー、大体こんな感じかな? それと、ナキさんもマイでいいよ! あの子も紗雪って呼んじゃってOK!」
「……ではマイさんと呼ばせて貰います。予定の時間よりかなり早く来てしまい、申し訳ありません。返事は早い方が良いと聞いておりましたので、急ですがこちらに伺いました」
どこまでも業務的で丁寧な、俗に言う"接客対応"というモノを見て、マイがその新鮮さに目を輝かせた。
(ふぉー! こんなに丁寧な対応されるのいつぶりだろっ……! 勇士って皆失礼な奴ばっかだからこういうの新鮮でちょっと楽しいかも――おっと、ダメダメ。先に案内しなきゃ!)
「こほん、とりあえず中にどうぞ! 紗雪も待ってるよ!」
マイが半身をずらしてナキをクランハウスの中へ招待する。
来た時同様、マイが進めば人の波が左右に割れて出来る道をナキが後ろから付いていく。
(……なんだ、やたら視線が集まってる……?)
マイが現れてからは彼女へ視線が集まっている事をナキも認識していたが、その視線に妙な熱、と言うべきか、並々ならない感情が含まれているような気がしている。
そわそわと落ち着かない様子のナキを連れて、受付の前を通り重く頑丈そうな――城門のような扉を片腕で押し開けて地下へと続く円形階段へ向かう。
そして、円形階段を二人で降り始めてすぐに、マイがナキへ声を掛ける。
「悪いわねナキさん。たくさん見られたでしょ? アタシ達はちょっとした人気者だから外に出ると視線が集まっちゃうのよねー」
地下へと続く空間に二人の階段を降りる靴の音とマイの声が微かに反響する。
その声色は明るく、気楽なものだがナキに対する気遣いを感じさせた。
「いや、お気になさらず……紗雪さんはこの下に?」
「ええっ! すぐそこの地下二階で待ってるから――この扉から出たら本当にすぐよ!」
円形階段の途中にある扉を開き、地下二階の施設へ繋がる通路に出る。
木床に綺麗な赤絨毯の引かれた通路を進んでいると、上客用の客間の前で立ち止まりマイが扉を三度のノックをして声を掛ける。
「紗雪、入るわよー。あ、ナキさんもどうぞ!」
今朝のエンマとの遣り取りの時もそうだがマイという娘は根っからの根明で基本的に砕けた調子で他者と接しているのだろう。
一応礼儀として声を掛けたマイだったがそれも形だけ。返事を待たずにガチャリと勢い良く扉を開け先導して部屋に足を踏み入れてしまう。
「……おかえりマイ。ナキさんもようこそ」
静かな室内で一人椅子に座り待っていた紗雪が二人を無表情で迎える。
今の一連の流れも意識すらしていないのか、自然体のまま流した紗雪達に親交の深さを感じつつナキも客間へ招かれるまま足を踏み入れる。
◆
「……私の護衛依頼を引き受けて頂けると……?」
無表情なのは変わらず、僅かに目を大きく開いた紗雪が驚きの声を上げマイも告げられたタイミングに驚いて目を数回瞬く。
ナキの傭兵事務所から帰ってからの紗雪はソワソワと落ち着きが無く、内に秘めた焦りを誤魔化すように地下の訓練場で身体を動かしていた。
紗雪が勇士になってからの四年間。
常人より多くの戦闘経験と知識を蓄え、考えうる対策を積み続けることでべーラトールでも有数の勇士として名を馳せた彼女がああも容易く不意打ちを受けた事は屈辱と無意識に内に慢心が産まれていたことを突き付けた。
いつから慢心していたのか、三雄に大見えを切っておきながらなんて情けない――無心になろうとしても浮かんで消えない雑念を払うよう我武者羅に汗を流していた彼女の耳にナキの来訪が届いたのはその時だった。
急いで汗を洗い流し、落ち着いた風を装って客間へ彼を招いた紗雪は柄にも無く緊張していた。
返事は夕方と聞いていたがそれより随分と早く訪れたということは返事を期待していいのか、それとも三雄に聞かされていた通り関わりを嫌ってあしらわれるのか、と不安に思う紗雪の気持ちをナキが察したのか。
椅子に座りながらナキが告げた「あ、依頼受けますよ」という開口一番の空気を読まない軽い承諾が二人を驚かせた。
(そんなあっさり――もうちょっとタイミングとか前振りくらいあるでしょ……)
(おじさんがあんなに言うから緊張してたのに……色々台無し)
呆れるマイと安堵する紗雪。
肩の荷が下りたと言わんばかりに身体の力が抜けた二人が次の行動を起こす前、牽制するようにナキが先に口を開いた。
「ただし、二つ程条件を付けさせて頂きます。破った場合はその場で即依頼を破棄。場合によっては責任の全てを"
依頼の承諾こそが前振りだったのだろう、ナキの言葉の最後の一言からは敬語が取り払われていた。
静かな、色の無い無表情。その瞳も凪のように落ち着き二人を鏡のように映す。
その顔を見て、二人の最上級勇士は生唾を飲んだ。
見慣れた"覚悟を決めた戦士の相"では無い、もう一つの見慣れた表情面持ち――熟練の反勇士達が死に際に見せる決死の相に今のナキの表情が限りなく近かったからだ。
条件を違えれば"
紗雪とマイが胸中で気合を入れ直す。
「……それは、怖いわね。条件というのは?」
物騒な物言いをされたが、勇士も他者からの依頼を受ける時に依頼主側と勇士側で交渉し、何らかの条件が付けられることが基本である。
当然条件を破ってしまった場合は違約金等の補償が発生するが、ナキの様子から見てその程度では済まされないことを二人に安易に予想させた。
「正直に言いますが、こちらとしては
良い意味でも悪い意味でも有名であらゆる勢力から身柄を狙われる紗雪。
そんな彼女に一時的とは言え関わることになれば注目されるのは必然。
護衛依頼ともなれば裏の勢力から目を付けられる可能性も十分あるだろう。
それ等が手段を選ばない輩であれば、人質や見せしめとしてナキの家族にその食指が伸びるだろう。
自分達の価値を知る彼女達もそれを理解しておりしっかりと同意を示す。
「ではまず一つ目……俺の身内――母と妹二人を巻き込まず、関わらせずに脅威から守ること。これをまず絶対条件とします。自分の身内なので俺も尽力しますが、護衛をしている間は家族の住む地区から離れることになるのでこれだけはお願いしたいです」
「……それは当然。元から私達でナキさんのご家族の保護を担当するつもりだから、我々の方で用意を進めています」
「当然よね! あたし達が無茶を言って関係を持つんだもの。市民の安全を守るのは
「……それを聞けて良かったです」
ナキとしては一つ目の条件が飲んでもらえただけで万々歳。
家族の安全が保障さえされれば憂いは無かった。
「では、最後の条件、とは言えるものでもありませんが……俺の仕事を手伝いませんか?」
まぁ条件と言えるかはわかりませんけど、と語り二人は未だ目を通していない"ベルカからの手紙"を紗雪へ手渡したナキを前に二人は不思議そうに顔を見合わせた。
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