第13話 昼宴会
二人が今いる場所は深い森の中、木々の生えていない円形の広場。
昔、危険な森に二人で入り、木々を全て抜いて整地し、森に住みついたモンスター共を狩り、躾ることで作り上げた邪魔が入る心配の無い専用の宴会場。
本来なら、夜に行う予定だった宴会の時間を変え、天高く上る太陽の下、これから開こうとしていた。
中央に机代わりの大きく底の浅い切り株と机を挟んだ二つの切り株を椅子にナキが座って腕を組み、酒と肴をベルカが侍女のように丁寧に並べる。
傍目には亭主関白の夫と尽くす妻にも見えるが実際は
加害者側に謝罪の気持ちはあるのだろう、並べられる物はどれも値は張るが、味が良いと貴族でも評判に上がる物ばかりが持ち込まれているようだ。
調子に乗り過ぎた
「こ、これをまず一献」
無言で注がれた酒を飲み、肴を口にするナキは二度頷き無言で腕を組んでおかわりを催促。
意図を理解したベルカが同じ酒を注ぎ、今度は別の肴を小皿に乗せる。
「そのー……こっちの肴はまた絶品で……!」
「……」
「スゥー、今日用意したものはどれも一級品で……この魚卵なんかは貴族や王族が口にするものを用意したから、許して、貰えると……ハハっ」
これでも自分、反省してますよ? と美しい銀の耳と尻尾を
普段の厚顔不遜、快活なベルカを知るナキも多少は反省したのだろう、とこの様子を見ていると痰飲を撫で下ろせるかもしれない。
……いや、嘘だ。
調子に乗った
不満を吐き出して追い打ちを掛けなければ痰飲なぞ下がる訳が無かった。
経験上、ベルカにはこれからも好き勝手にされるのが目に見ているナキは今、このチャンスの間に容赦なく不満を吐き出すことにした。
「カストロの件、その前からも面倒な反勇士狩りを何度もさせられて、前科増やして?」
「うぐっ……!」
「さらにその前は、突然前日に「明日海種族の国に行って要人護衛して、なるはやよろしく」なんて言われて予定全部ドタキャンさせられて? 連絡する暇も無く、何日も帰らなかったから家族に散々詰められて?? お前フォローもしなかったよなぁ?」
「はぐっ……!」
「で、今度は裏社会で超々大人気な『
「……」
「――現在進行形で
「ごめんなさい……」
追い込む度にしなしなに枯れていくベルカと対象的に水を得てどんどん機嫌が良くなるナキ。
このまま泣くまで不満をぶちまけたい所だが、それはもう、真に残念だが、時間が無いので話を進めることにする。
泣くとうるさいし。
「なんで……依頼を俺に持ってこさせたんだ? 強い奴なんてそれこそ「滅炎」か「剣心屍塚」に山ほどいるだろ。特に「剣心屍塚」みたいな対人特化の荒事を生業にしてる武闘派集団に依頼させるのが普通だろ。俺みたいな"
勇士組合と言ってもその全てが迷宮事業のみを焦点に当てた組織では無い。
むしろ、月光蝶のような迷宮探索+α(秩序構築、犯罪取り締まりなど)、といった別の側面を持つクランが圧倒的に多いだろう。
それこそ、話題に上がった同じ六大クランである「剣心屍塚」なら、迷宮探索+武術教練や要人護衛から暗殺などを生業にしている対人戦闘の専門家集団だ。
ナキも護衛経験は数度あるが、心得がある訳は無く、むしろいつもぶっつけ本番だ(ベルカの持ってくる護衛依頼が毎回前日に投げられるから)。
大抵は他の
到底、自分が必要だとは思えない。
ご機嫌取りを辞めたベルカを対面の席に座らせて、酒を彼女の酒器に注ぐ。
「前日に他国の護衛依頼を俺に持ってくるのはまぁ、わかる。そんな依頼、
ナキが真意を問いかける。
「それについては、元から一つずつ説明するつもりだったさ。まず初めに、半年前からのことだ。儂は、月光蝶とごちゃついている「アンスロー」という犯罪組織に潜入して情報を集めているんだ」
不敵に笑うベルカが酒を口に含んで喉を潤し、人差し指を一本立てる。
「敵の内部を探っている内に、其方が要ると判断した訳だが、まず第一、これは単純だ。厄介な反勇士が相手に居て、其方が居ないと
次に中指を立てる。
「第二、ちょっと説明が長くなるが、クラン同士が協力なんぞ今の時代はありえん。
迷宮内で他クラン同士に所属した勇士が協力すれば、権利だ何だのが起きていざこざが起きるからな。"迷宮関連では他クランとは結託しない"っていう悪習があるんだ。迷宮内部で一年の多くを過ごす勇士はこの悪習が染み付き過ぎて、身内以外との協力なんぞ考えもしなくなる……勇士の常識だぞこれは。六大クランも内三つの関係は本当に酷いもんだ。トップ勢は皆、「虚の枝」完全踏破の為に"言葉通り"命を掛けている。殆どのクランは金と権力目当てだが、六大の連中は違う、犬猿の仲なんて言葉が可愛いくらい不仲で連中は顔を合わせると大抵、死人が出ない程度の"殺し合い"に発展するくらいだからな! クハハハッ!!」
血の気が多い獣人族らしく、最後は楽しそうに笑い肴の肉を長く流麗な指で摘まみ上げる。
それを鋭い牙で噛み千切り、切れ端をぷらぷらと振るう。
「それで言うと、剣心屍塚は別の理由で駄目だな。というか、あそこが一番駄目だ。最悪、月光蝶と剣心屍塚の抗争になりそうだ。で、これまた"滅炎"も話が変わる。あそこは強すぎて誰も喧嘩なんて吹っ掛けれんし、誰とでも友好的ではある……たまに他クランの勇士を連れて迷宮に行ってるしな。だが、常に迷宮探索に全力過ぎて、主要メンバーが地上にいることが殆ど無い。今も案の定ほぼ全員が迷宮の中だ。あそこも無理……要は結託なんてのは滅炎が中心にいるか、都市が滅ぶ事態にならんと無理ってことだ……。頭を下げたら相手の思うがままにされるからしたくても出来ないんだよ」
そもそも今回必要なのは量じゃなくて質。量なんぞは後でどうにでもなる。とベルカは続け、薬指を立てる
「んで、これが最後だ。」
残った肉の切れ端口に放り、ちゅっと指についた調味料を唇で舐めとる。
行儀の悪い食べ方だが、所々育ちの良さを含ませる彼女がやると妙に艶めかしい女を感じさせる所作だが、今のベルカを見れば誰もが違う意味で唾を飲み込むことになるだろう。
宴会が始まってからこれまで、喜色が孕んでいた双眸に嘲り笑うような、嗜虐の孕んだ恐怖心を煽る危険な光が宿っていた。
「ここらで一つ、一本釣りでもしてやろうと思ってなァ……」
「――――――――」
ナキの瞳が同じ
瞬間――二人から漏れ出た殺意が森へ伝播する。
草木の隙間から"森の主達"を覗き見ていた化け物達が悲鳴を上げて広場から慌てて逃げ出す。
心地良い鳥の声や草木の靡く音が消え、森が主達の"衝動"に、静寂が押し潰される。
「ここは今、外からデカい犯罪組織の大幹部が二人……一人は其方が仕留めた訳だが、普通なら検問をしている霊王の部下と月光蝶がそれを見逃す訳が無い。そこらの反勇士なら戦闘経験の肥やしがてら、あえて中に入れるが大幹部レベルは取り込むにはちょっとリスクがあり過ぎる。なら、何故そんな爆弾が入りこめたか、なんてのは簡単、裏から手を引いた奴がいる」
肴を啄み酒を片方の手で注ぐベルカが諭すように続ける。
「どうやって入れたか、手法はわからんが霊王の部下……つまりはエルダーが生み出した己の手足たる「使徒」の目を欺ける奴なぞこの大陸でも数える程、悪さばかりする連中に限れば殆ど答えは出てる所だが、確証は必要だろう?」
「なるほど、だから"囮"を守れと……」
したり顔で頷くベルカがナキの酒器に酒を注ぎ、肴の乗った皿を寄越す。
「"奴等"の今度の狙いは、あの
口に入った肴を酒ごと流したナキの表情は疑念が晴れた事で宴会が始まったばかりの頃よりも晴れたものになる。
「それだけ聞ければ十分、依頼は受けよう」
今度はナキがベルカの杯に酒を注ぐ。
和解の証として、互いの杯をキンと軽い音をさせて触れ合わせる。
「で、初めに言った厄介な勇士ってのは? お前が言うんだ。相当出来るんだろ」
「おぉっ! それについてはこれを見ろ!」
ナキの快い返事にベルカが喜色の笑顔を浮かばせ、懐からある物を出す。
机の上に置かれた物はその"厄介な勇士"が映る写真と数枚の紙。
ナキが紙を手に取り、書かれた内容を読み上げる。
「……名前は「カネル・クランド」。二つ名は『
読み始めたばかりだがナキが読むのを中断して、ベルカを見る。
「能力名は書いてるのに、能力の詳細が「誘拐特化」としか書いてないのは、この二つ名の"不可視"ってのが関係してんのか?」
有力な勇士は敵味方問わず、大抵本名や二つ名が知られているが、能力まで知られている者は実はあまり多くない。
能力はそれ一つで戦いの趨勢を左右するものであり、実力ある勇士が
情報は戦いの勝敗を左右する最重要の要素。
クランが他クランと協力しないのは自分達の情報を守る為、という理由が実際の所かなり大きかったりするのだ。
能力がバレているということは、実際に発動している所を誰かに見られているということになり、必然ながら能力の詳細もある程度は判明している事の方が圧倒的に多いはずだが、「
二つ名に不可視とくればその理由もある程度予想が着くものではあったが。
「うむ、二日程前に、実際この目で能力の使用を確認したが何をしたのかが全く分からなかった……。能力名を呟いたと思ったら、気付けば奴の手にどこぞに居た月光蝶の勇士が首を掴まれていたからな」
「どこかに居た……? その攫われたの勇士の位置も見えてたんじゃないのか?」
「いや、「|不可視の人攫い(ボギーマン)」が居たのは迷宮三十層の主戦場になっていた場所からかなり遠い迷宮の端、数
「……最低でも数
大陸中の国々で悪事を働く巨大組織の大幹部共ともなれば、持っている能力も超一級品。
カネル・クランドは常に相手に認知の外から要人を、強い勇士を、女や子供を攫い続けてきたのだろう。
捕まらん訳だ、と心から浮き上がった感想にナキが数度頷く。
「ぷっ、だから変態には
「お前ぶっとばすぞ」
じろり、とナキがベルカを目を尖らせて睨み付ける。
それに対し、ベルカは長い舌をべろんと出して茶化す。
借りて来た猫ならぬ犬のようだったベルカもいつもの調子に戻ったようだった。
「実際の所どうだ? 「
ベルカが問いを投げかけているが、その言葉には揺るぎようの無い信頼があった。
相手の能力はかなりぶっ飛んだ代物だが、目の前の男をよく知るベルカには問いながらも確信を持っていた。
「……実際に見てみないと分からんが、たぶん、殺れると思う……"勘"だけどな」
ナキの口から勘という言葉が出て、ベルカは目を孤にして嗤う。
この男の並外れた勘がこれまで外れたことが無いことを、これまた身をもって知っているからだ。
「其方の勘がそう言うんなら、問題無いだろう。他の情報も全部その紙にまとめてるから、ちゃんと目を通しておけよ」
そう言ってベルカが鞄を肩にかけて丸太から立ち上がる。
「ん――もごっちょっと待ひぇっ! んぐっ、俺も帰る」
切り株の上に残った肴を口に目一杯詰めてナキが慌てて立ち上がろうとするが、ベルカがそれを諫める。
「あー、良いからゆっくり食べろ! 儂はこれから迷宮に戻るから早めに締めるだけだ。代わりにコレは貰ってくぞ」
半分程残っている酒瓶を二本の指で挟み、ベルカはそのまま背を向けて歩き出す。
「全部片付いたらまた会おう、ナキ。今度はいつも通り月を肴にゆっくり飲もう!」
「――おう、またなベルカ。ちゃんと働けよー」
顔だけをこちらに傾けたベルカは楽しそうに鼻歌を歌い、尾を揺らし、やがて木々の影に隠れて姿が見えなくなった。
毎月に数度開く
残り物を鞄に詰めたナキもまた街へ戻るのであった。
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※剣心屍塚が駄目な理由はある理由で紗雪にある事をさせようとしているからです。
過去何度も紗雪に話を持ち掛け、クラン同士が大喧嘩してます。
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