第18話 第三原則

 倉庫へやってきた人族の若者八人組。

 作業着を着た男女全員がナキの予測通り全員がある程度鍛えられた戦う為の体付きをしている。

 中でも一番ガタイの良い男が懐から鍵を取り出し、倉庫の扉を開錠し物陰に潜む三人に気付かずゾロゾロと倉庫に列を成して入っていく。

 

「あれ全員学府生なのかしら? 学府に生徒のこと聞くの忘れてたなー……」

「……ユクッドを調べる過程で分かるかも」

「確かに……ナキさん、ここからどうする?」


 最後に入ったユクッドが扉を閉めた後内側から鍵を閉めたのを確認して二人がナキへ指示を仰ぐ。


「彼等が中で何をしてるのか調べます。倉庫にこっそり入りましょうか」


 静かに頷いた二人を連れ、忍び足で建物の側まで近付き外から中の様子を探る三人。

 防音処理がされているのか、煉瓦で作られた倉庫でも彼女等の耳では中の会話のような小さな音を聞こえないが時折、ナキとの話題にあった重量のある物を運んでいるのだろうか、ドスンという重い音だけは二人にも聞き取れた。

 倉庫全体を見渡すと屋根下に忍び込むのに良さそうな広く開いた喚起窓を見つけたマイが指を差す。

 地面から数Mメテル離れた窓枠へマイと紗雪が飛び上がり指を掛け、こっそりと窓越しから中を覗き見る。


 倉庫の中は外から街灯の光を浴びた宙を舞う埃が二人の目の前を過ぎて喚起窓の隙間から外へ抜けていく。

 倉庫内は随分と埃っぽいようだ。

 真ん中に置かれた長い机の前に六人が座り、可愛い熊のぬいぐるみ側面の縫い目に小さな穴を開けて何か梱包された物を綿を掻き分け詰めていく。

 詰め終わると綺麗に縫い直して木箱に入れ、ユクッドがそれらの入った木箱を倉庫の端へ積んでいく。

 残った最後の一人、ガタイの良い男は男達が入った扉近くに積まれたかなり大きな横長の木箱を担いで奥へ運んでいるのだろうが、かなりの重量なのだろう。

 外からでも聞こえた重い音は彼が運んだ荷物を置く音だったようだ。

 倉庫の半分はぬいぐるみの入っているであろう木箱で埋め尽くされており大きな横長の木箱を全部で三つ程度、ここは見た目通りの倉庫兼彼等の作業場なのだろう。

 

 窓の向こうには二階の通路ギャラリーがあり、全員が作業に集中していることから、物音を立てなければ忍び込むことも出来るだろう。

 侵入した後も大量に積まれた木箱に身を隠せれば中でも情報収集は可能、そして喚起窓の隙間は広く細身な二人は勿論、男のナキでも問題無く通れる分の余裕があった。

 

 いざ忍び込もうとしたその時、二人の動きを止める。

 ナキはどこだ――、と二人の思考がリンクする。

 二人が倉庫の外へ目にやるがどこにも姿形が無く、いつから居なくなったのかも分からない。

 戸惑いながら二人がもう一度倉庫内に視線を戻すと、見覚えある一人の男と目が合った。


 ナキだ。

 いつの間に忍び込んだのか……既に一階へ降り、積まれた木箱の影へ身を隠しながらこちらに手で入って来るよう合図を送っている。


「いつ入ったの……?」

 

 マイが呟く。

 喚起窓は複数ある。そこから入ったのだろうが二人の警戒を抜けて今の今まで気付かなかったことには呆れるしか無かった。

 紗雪の顔に冷や汗が流れる……思う所もあるが、何度もあの変な男に驚いてはいられない。

 静かに素早く高い身体能力を活かして侵入した二人がナキのいる同じ木箱の影に隠れる。


「これを見てください」

 

 小声でナキが話し手を伸ばす。

 ナキが開いたであろうユクッドが運んでいた物と同じ大きさの木箱に手を入れ中に詰められた大量のぬいぐるみうち一体を取り出す。

 指で側面の結び目を千切り、彼等が中に詰めていた"ある物"を引っ張り出した。

 小さなたくさんの茶色い丸みを帯びた錠剤のような物体が厳重に透明なシートで梱包されぬいぐるみの中に隠されていたのだ。


「これが何か、二人には分かりますか?」


 ナキにはそれが何か分からないようだ。

 当然と言えば当然だろう――これは迷宮の中で見つかるものだ。

 迷宮に関係する職の者……中級勇士以上であれば誰でも一度は見た経験のある物。


「これは……」


 別のぬいぐるみを開け包装されたモノを紗雪が息を呑み、恐る恐る取り上げる。

 二人には見覚えのある物だった。

 

 マイの顔が激情に染まり、憤怒の相を象る。

 マイは十二の頃から大人に混じって勇士として活動している。

 幼く物を知らない子供が育ちの悪い大人と共に働き、多くの艱難辛苦を味合わされた経験を経たことで見た目や普段の様子に反して、彼女の内面見た目に比べて老獪で研がれたもの。

 根明だが秘密主義、人当たりが良いが猜疑心は滅法強い。

 出会ったばかりの者を容易に自身の懐に入れるのは、相手を常に疑い、敵となる前に相手の情報を手に入れるためで、良く笑うのはその方が懐に入りやすいから。

 マイヤーナ・ディンギルという女は相手を見て適した表情を意図して使い分けることの出来る、その根明な一面からは想像し難い老獪な一面を持つ。

 そんな女が自制を忘れ、その怒りを露わにする事態が今、この歓楽街の裏で起きていた。

 

 この茶色の物体は迷宮四十層から五十層と広い生息域を持つ悍ましいモノーー殺した生物の体内に入り血を啜り皮を被って迷宮を徘徊して生息域を広げるモンスター。

 皮の下にある本体の見た目が枯れ木を繋げたような奇怪な姿をしたことから名付けられたモンスター。


「――枯木蟲(かれきちゅう)の卵よね、これ」

 

 マイが重々しく呟いた言葉の後、沈国が場を支配する。

 『生物界の存続を何人たりとも揺るがしてはならず、万物の霊長の敵たる迷宮の生物を外に持ち出してはならない』

 これは人類が定めた法の中でも最も残酷な刑が下される『第三原則』と呼ばれる大罪の内の一つ。

 例え意図せず……服の隙間に紛れて小さな迷宮のモンスターが地表に出してしまった場合でも、情状酌量の余地を勝ち取り減刑されたとして、本人とクランの両方に重い罰金と勇士資格の剥奪、クラン解体、一族都市永久追放等々……運が悪ければ"最悪の監獄"と呼ばれる刑務所「セリフォス」に収容される可能性もある重罪。

 意図的に犯した、若しくは未遂であったとしても、その成否に問わず"モンスターに生きたまま食わせる死刑"に処される大罪中の大罪。


 それを学府という未来を背負う若者を育てる機関に所属している少年、青年達が犯している。

 秩序を司る紗雪とマイが険相な顔になるのも仕方が無いだろう。

 

「枯木蟲の卵……確かに気持ち悪いのが中で動いてますね」


 包装越しにナキが卵を見る。

 常人の目では只の茶色の錠剤にしか見えないが、その言葉からしてナキには中見が見えているのだろう。

 

「勇士じゃないナキさんには縁遠い生物よね……枯木蟲はモンスターの一種なの」

「……生物を食べてその皮を着て生きてる、皮の中で卵を育てて孵ると脱ぎ捨てる習性を持つ虫型のモンスター。昔コイツが酷い迷宮災害を起こした」

「迷宮災害……迷宮内でモンスターが起こす大きな被害の事ですよね。何があったんですか?」


 敵拠点に侵入している今の状況で普通なら悠長に会話をすることなどありえないだろう。

 しかし、枯木蟲の危険性知る紗雪とマイはそれでもその危険性を伝えることを二人は最優先にした。

 伝えて、何としてもナキにも協力して貰い、今ここにある卵を全てを処分しなければならない。

 この卵がもし都市内で繁殖を許してしまえば、過去起きた迷宮災害を遥かに上回る被害を出す可能性があるからだ。

 紗雪の手にある包装をマイが取り上げて口を開く

 

「簡単に言うと枯木蟲は皮を被った生物に擬態する性質があるんだけど、当時勇士に取り付いた奴が長い年月を掛けて成長を経た特殊な個体だったの」

「……とても賢い個体。脳を喰わずに自身に取り込むことで記憶を手に入れて完全にその勇士になりきった……。」

「モンスターが人間を完璧に演じたと……!?」

 

 こくり、と重々しく頷いて紗雪が肯定する。


「……当時迷宮に居た誰もが、私達も気付かなかった。それぐらいアレは人間になっていたけど、本性は枯木蟲。正体に気付いた時には彼の皮を脱ぎ捨てて逃げた後……卵も孵った後だった……」

「その個体の知性を受け継いだ幼虫達が迷宮で繁殖して、その時期に迷宮に入っていた勇士達は皆迷宮に閉じ込められたの。件の枯木蟲を全滅させた上で寄生されていない証明をしないと全員殺さないといけないって……霊王直々の命令でね」

「……二人はその場にいたんですね」

「……うん。最初の宿主は月光蝶うちの隊員だったから……。何人も寄生されて殺して、群れを焼き払って、卵も全部潰して、数ヵ月掛けて親である特殊個体も殺したことで終息した」

「私達がトドメを刺したんだけど、その時には寄生しなくても人間の言葉を喋って人間という生物の在り方を理解していた……恐ろしいモンスターだったわ。」


 マイがナキを正眼に捉える。

 

「ナキさん、調査依頼を中止させて。ここは絶対に制圧するわ」


 この広い倉庫一杯に積まれた見渡す限りの木箱。

 前日の昼に見た穏やかな都市の風景をナキが思い出す。

 この全てにモンスターの卵が入っているのであればどうなるのか、この都市に住む住人としても見逃せるはずが無かった。

 思わぬ事態でもナキは落ち着いたものだった。

 

「こんな事があって依頼は続けませんよ……。依頼を破棄、ここの制圧に切り替えます」

「さっすがナキさん! どうせカチコむ予定だったけど一層気合入れましょう!」

「……感謝……で、二人に作戦はある?」

「作戦なんて一つでしょ!」


 紗雪の問いにマイが身を乗り出して答える。

 その顔は自信に満ちたものだ。


勇士アタシ達はね、やられたら即! 殺り返すのよ!」 



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 枯木蟲のイメージですが、

 手足は細いひょろっとした枯木が間接ごとに繋がった感じのが六本。

 胴体は枯れた丸太に虫の胴体(胸から腹まで)を合体させた感じで、

 顔はキモイです。(適当)


 殺した相手の皮を被りますがこの際、骨格にそって体を変化させます。

 四足獣なら前足と中足(真ん中の足)を揃えて前足の変わりに、後足はそのまま後ろ足の機能になります。

 人間も同様です。

 今回は特殊個体の話をしましたが、普通の枯木蟲は擬態と呼べるのは皮を被っている所だけで意味のある言葉は発しませんしそもそも見た目で分かります。

(普通死体を見ると目がどっか向いてたりしてて死体だとわかりますよね?)

 ちなみに枯木蟲は皮を被った後全身から防腐剤の役割をもった潤滑油を出すので腐敗が進みません。

 卵は粘着性のある糸が絡まっており、産んでから数日で孵ります。

 幼虫ですが、生まれた頃から親と変わらない見た目(くそ小さいだけ)をしています。


 当時の迷宮災害では勇士が30人程皮にされました。

 成長した親個体ですが、逃げた後別の人間になりすまし、また月光蝶の調査隊に入り込み幼虫と共に離脱、を何度か繰り返しました。

 結果、色んな人間の知識を手に入れたことで人間特有の手先の器用さまで手に入れ、最後は元宿主達の武器を4本の足で掴み巧みに扱って見せました。

 が、当時既に最上級勇士だった紗雪達(現在名前だけ出てますが、護衛の春人くん)にあっさりと床のシミにされてます。

 厄介なのは生物としての強さじゃないのに下手に人間の知性を手に入れてしまったせいで、正々堂々肉弾戦して処理されたって話です。

(どいつも真っ当な勇士に寄生したので、生物の本懐である生存と繁殖より闘争を求めちゃった。寄生した本虫?が宿主の影響を少しずつ受けちゃってたっていうお話)

 

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