第9話 奇襲ー決着ー逃走

「コイツ等しつこいわねぇ!」

  

 三体のモンスターは訓練されているのだろう。

 弱った『ガレアード』と『深きものディープワン』を硬い甲羅を持った『竜亀タラスク』が庇い、互いの隙を潰すかのような息の合った連携を仕掛けるも、回避しながら攻撃に回るマイへ一度もその鱗や牙が届くことは無い。

 しかし、今も動く気配の無い紗雪への不安、異常事態への焦り、激しく動き続く度に砕けた腕の痛みがマイを蝕み、思うように速度を出せないでいた。


「あぁもーっ! 腕が痛い!! コイツ等仕込んだ奴絶対許さないんだから!」


 思わず愚痴が口から出るが、久しぶりに感じる"命の危機"につい、笑みが溢れるのをマイ自身は感じていた。

 戦闘に支障が出るレベルの怪我をするなど、マイにとっては随分と久しいこと。

 身軽く速い彼女に攻撃を当てることは迷宮百層以下のモンスターでもそう容易な事では無いのだが、今回敵が用意してきた奇策はマイの意表を突くには余りにも十分な代物だった。

 

 危機的状況、親友の身、自分の命――大事なものが懸かっているというのに、殺し合いを楽しんでしまっている自分に呆れてしまう。

 自身に向けられる殺気に胸を震わせ、腹から湧く闘争心で身体を震わせる。

 

 (これだから勇士は危険だーとか言われるんでしょうね……ま、否定はしないけど)


 勇士の中にはモンスターや反勇士と戦い続ける人生の中で、その内に強く消えることの無い闘争心が宿ってしまう者が一定数出てきてしまう。

 殺し続ける日常で人格が矯正されるのだ。

 陰気で気弱だった新人が勇士になって早一年。そこにはあら不思議、酒場で喜々として乱闘し血を流す彼が! なんてこともざらなこと。

 勇士と闘争心は強い結び付きがあり、切っても切れない繋がりがどうしても出来てしまうのだ。

 

 それこそ、その闘争心に脳を浸された勇士が身分を隠し、自分達で犯罪組織を作っている例が実在している。

 迷宮内で勇士との殺し合いはご法度だしヤる気も無いが、命が関わらない戦闘行為は法律的には問題にならない。(クラン同士で抗争になるから普通に御法度)

 ちょっと骨のある奴らとやり合いたいけど仲間クランに迷惑を掛けたくない。

 「せや! ならそういう奴等を集めて非合法クラン(※クラン結成が認められる訳無いのが分かってるから非合法)作って顔隠して迷宮探索中に殴り込もうぜ! ファイッ!」というノリで「迷宮決闘クラブ(全員紙袋を頭に着用)」なる血気盛んな犯罪?組合クランのメンバーになっちゃう勇士もいるわけで。

 そして、マイはそういった組織には入っていないが、闘争心マシマシな勇士の一人だった。

 

 怪我を追った状態で速度を出せばそれ相応の痛みが伴う、しかし、紗雪の護衛をしてきたマイに取っては骨折の痛みは慣れたもの。

 痛みがより闘争心を高ぶらせるというものだが、激しく動き過ぎれば治療に時間が掛かり、次の戦いに支障が出てしまう。

 慎重に戦いながら、一つ一つ駒を落とす必要が彼女にはある。


 とはいえ、激しく動くと砕けた骨が肉に刺さって本当に痛いわけで。

 増援が再び送られる可能性が高い以上、さっさと倒してこの場離れたいところだった。


 「あー、なんとかして紗雪だけでも連れ帰りたいんだけど――ッ!?」


 飛んでくる攻撃を躱しながらもう一つ愚痴をこぼしたその時、ふと、何かを感じたマイが空を見上げる。



 マイが見上げた瞬間、空から降ってきたものが『竜亀』の背後に控えていた『深きもの』の頭部を上から石床ごと粉砕し、さらに『竜亀』が何かに弾かれるように吹き飛び、『竜亀』の象徴とも云える鱗の生えた甲羅から内臓を零しながら共に巻き上けた粉塵の中に沈む。

 声も上げることも出来ずに踏み潰された『深きもの』はさらに追撃にあったのだろう。

 噴煙が晴れた頃には胸に風穴が空き、事切れていた。

 

 (また何か来た……!? ほんとどうなってるのこれ!?)

 

 腰を落とし、身構えるマイは降ってきたものを警戒し、注意深く観察する。

 空から降ってきた者、恐らく、モンスターであろうソレは歴戦の勇士たるマイも見たことが無い新種のモンスターらしき異形。

 "五Mメテルを超える巨体に二足歩行の獣のような見た目、異様に腕が長く指先に向かうほど大きくなっている腕が膝近くまで伸び、

 五指は指そのものが鋭く尖った爪のような形状、全身が黒くツルリとしており、背には尾等は見られず、人の背中に近しい"。

 顔には二つ、仄かに黄色に光る別に丸い目のようなものが見られ、マイを見て、さらに紗雪にも少し視線を送った後、残った『ガレアード』を正眼に捉える。


 そして、『ガレアード』へ目を向けたまま無防備にマイの方へ歩き、ある程度近くまで来た黒い異形はマイへ声を掛ける。


 「動けるならあそこで動けなくなっている子供の保護をお願いしていいですか?」


 暴走するモンスターがいる空間に見た目にそぐわない随分と落ち着いた声色。

 どうにも一目見た時から感じる違和感。

 モンスターのように見えて、モンスターだとは思えない怪物。

 それが何かわからず困惑していたマイは見覚えのない眼前の、恐らく勇士であろうと認識を改め、その"ナニか"を探るような目付きで見る。


 「……貴方はどこのクランの人……人、なの? なに、貴方?」


 声に聞き覚えも無く、見た目も覚えが無いが恐らく能力か何かで異形の身になっているのか、言葉を喋りこちらに気を遣う人っぽいモノ。

 こちらに気を使った言葉ではあるがどこの誰かがわからない以上、信用するわけにはいかないのは当然。

 状況や異常事態が連続して起きている以上、警戒心を強めるマイへナキが口を開こうとした時。


 「――ガァアァッ!!!」


 同じくナキを警戒し、様子見をしていた『ガレアード』がマイの隙をついてナキへ襲いかかる。


 「――下がりなさい!」 


 反射的にナキを庇う為に前へ出ようとしたマイだったがナキがそれを手で制し、襲い来る『ガレアード』へ何事も無い様に歩を進める。


 「俺は大丈夫なんで、早くあっちの子供を保護してください」 


 瀕死の身体に死力を出して襲い来る『ガレアード』を前に腰を落としたナキはそのままを立ち止まり迎え撃つ。

 二体の距離は瞬く間に縮まり、モンスターとナキの身体が衝突する時、ナキが動いた。


 左腕を深々と地面に突き刺し、激しい音を立てて分厚い石床を引きはがし『ガレアード』ごと持ち上げそのまま宙へ放り投げる。

 浮いた『ガレアード』へジャンプして肉薄したナキは空中で身を捻り回転して貫手を繰り出す。


 放たれた貫手は硬い外皮で守られた胸部を容易く貫き、胸を貫いたまま異形は地面へ着地。

 その身体から腕を抜き取る。

 さらに、力無く地面に横たわるモンスターの頭部に強烈なストンプを叩き込み頭部を破壊し、怪物を完全に絶命させた。

 ナキが現れて数分と経たぬうちに、三体のモンスターは制圧されたのだ。


 (コイツ、強いだけじゃない……。 仕留め方からして絶対普通じゃない! 本当にどこの誰よ!)


 腕を払い血を飛ばすナキから数歩距離を取るマイ。

 頭部と心臓を徹底的に破壊する仕留め方は敵に慈悲を与えぬ、"必ず殺す"という意志の表れそのもの。

 強い警戒心を露わにするマイに一瞬、頭を傾げたナキだったが、ふと、意識の外にあった二人の着ている衣服に目玉をひん剥いた。


 (うげっ、この二人月光蝶の勇士……というか俺でも知ってる有名人! 通りで、あの犬っころ――!!)

 「……依頼完了。俺帰るんで、その子のことよろしくお願いしますね。(早口)」

 「はっ? ちょっと待っ――」

 

 途端に早口になった異形――ナキくん(お尋ね者)は大人しくすたこらさっさ、である。 

 二人を見てマイと同じように数歩、後ずさったナキは彼女の返答を無視して一飛びで建物を超え、煙と建物群に紛れ姿を消すのだった。


 「――――もー! なんなのよ!!!」 


 止めようと伸ばした手は虚しく宙を彷徨った後、ガックリと肩から力の抜けたマイは今日一日の己の不運を呪うのだった。


 「マイ」

 

 ビルから飛び降り、ふわりと着地した紗雪が後ろからマイに声を掛ける。


 「紗雪! 身体は大丈夫なの!?」

 「うん、私は大丈夫。マイ、早く戻って治療を受けて」

 

 つい先程まであった全身の痺れが今は完全に消えて動けるようになったらしい紗雪は、骨が砕けてしまったマイの左腕を見る。


 「痛そう……」

 「激しく動くと痛いけど、 この程度は慣れっこよ!」


 モンスターの発生に加え妙な事が起こり続けたこの一件、はぁ……、と二人からため息が漏れ沈黙が訪れた時、遠くから見慣れた団服を着た一段がこちらに近づいて来ているのが二人の目に映る。


 「やっと来た。もう、遅いわよ」


 現場に駆けつけた隊員達の手で無事、クランハウスに戻ってきた二人はすぐに医務室へ自身の足で直行するのであった。



 

 ―――――――――――――――――――――――――――

キリが悪いんで短いんですがこれでご勘弁を。


◆迷宮決闘クラブ

 ボコした勇士は数知れず、反勇士に襲われている勇士を救う事例が何度も報告されている迷宮で神出鬼没の犯罪?組合。なぜか年々組合員が増えているらしく何故か紙袋を被ったその姿ごしに知り合いを空目してしまう勇士が多数存在している。

 ちゃんとクランハウスも存在しているが、全員が常に紙袋(マスク)を被り、見知った相手でも知らない人のふりをしなければならない、というルールが存在する。

 不殺の精神で拳をねじ込み昏倒させた被害者達は責任を持って安全な迷宮の入口まで運んでくれるが、金と労力と時間を掛けて迷宮探索に挑んだ被害者側からすれば相当ブチギレ案件。

 恨みを良く買っているので、捕まった迷宮決闘クラブのメンバーは公衆の面前で紙袋(マスク)を剥がされ、貯金が空になるまで高い飯を延々奢らされる。

(この公開処刑をクラブ員曰く、「リベンジポ〇ノ」と呼んでいるらしい)

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