第8話 予期せぬ罠と銀の計略

 「紗雪ッ!!!!!」


 紗雪が吹き飛び轟音を立てて家屋が崩れ落ち、寸前に【運搬機】が庇い放り投げられ守られた女性に土煙が覆う。

 女性を庇ったワーカーは衝撃で身体がバラバラに四散しているが、一人でにパーツが浮き上がり、一つに纏まる。

 少し小さくなったものの、元の形に修復した【運搬機】が今度こそ女性を背に乗せ、安全な場所へ向けて走り去って行く。

 

 「クッ……マイ、ごめん。やらかした……」


 一方の紗雪だが、攻撃が当たる寸前に展開していたのだろう、盾とは別の紗雪の周りを囲う円形の薄透明な膜のようなものが辛うじて覆っており攻撃を防いでいた。

 しかし、完全には展開が間に合っておらず、突き抜けてきた衝撃で脳が揺らされたのだろう。

 全身を襲う麻痺に紗雪はすぐに動くことができず、膜の中で座り込んでいた。


 

 ここで、さらに紗雪の予想外なことが起きる。



 えっ、と呆けた声が紗雪の喉から出る。

 たった今、それも紗雪の真下から、"新たに現れたモンスター"の腕が彼女の下に積もった瓦礫の床を突き破って膜を両手で挟み込むようにして彼女を掴み上げたからだ。


 「なっ…!? また、どこから――ッ!!」


 紗雪の視界には戦闘前に打ち上げた【衛星オクルス】からのデータが送信され、常に周辺の情報が表示されている。

 【衛星】の役割は主に索敵と情報収集、敵味方の位置、生体反応、熱源や周囲の空間・・の状態等を映したマップを紗雪へと送り続け、戦闘を支援し続ける戦術支援機だ。

 その【衛星】から送られるマップに、どこからともなく紗雪と重なるように敵の存在を現わす赤点が突然表示されたのだ。

 このモンスターは何らかの能力・・・・・・それこそ「次元跳躍ワープ」や「瞬間移動」をしてきたような現れ方だが、空間移動系の能力で発生するはずの特有の空間の揺らぎを【衛星】は一切検知していない。

 だからこそ、紗雪の反応は遅れてしまったのだ。


 動揺した紗雪にモンスターが瓦礫の山をさらに突き破って上半身が乗り出てくる。

 肉食獣の手足が生えた巨大な鳥顔のモンスター『獅雀シジャク』が胸を後ろに反らしながら息を大きく吸う。

 ボンッ、と一瞬にして喉を大きく膨らませたモンスターを前に紗雪はすぐに冷静さを取り戻し、ただ一言、命令を下す。


 「【浮遊剣ソード・フィッシュ】」 


 【衛星】の時と同様、何も無い空間に低い重低音と共に出現した八本の浮遊する片刃の剣がモンスターへ突撃。全身へ深々と突き刺さる。

 大量の血液と共に胸に突き刺さった剣の隙間から吸い貯めていた空気が漏れ、床から上半身が生えたままぐったりと天を仰ぎ血の塊を吐き出し、絶命する。

 

 「………はぁ」


 【防護膜ハベル】を解除した紗雪は息を一つこぼす。

 まだダメージが抜けず立つこともままならない紗雪は、モンスターの死骸に跨り女性が運ばれていった方向へ視線を送りつつ、情報収集に勤しむ【衛星】へ新たな命令を送るのだった。




 紗雪が『獅雀』を仕留めた頃、マイは姿を掻き消していた。

 今、この場に残されているのは、全身を激しく凹凸にへこませた『ガレアード』が一体のみ。

 『ガレアード』が身体を何度も回転させ、両目を激しく上下左右へ動かし周囲を見渡し続ける。

 

 周囲を見渡し続け、全身を警戒で力ませていた『ガレアード』が背後から衝撃を受け、錐揉み回転をしながら吹き飛ぶ。

 吹き飛ばされた怪物は大きな音を立て、空き家に身体が突き刺さる。


 「だぁー! もう!!! かったい! 脳筋種族が脳筋能力見に着けてんじゃないわよ! さっさと死になさい!! ってかあの『獅雀』はどっから出て来たのよ!」


 超高速の飛び蹴りで『ガレアード』を蹴り飛ばしたマイは立ち止まり、怒りを発露する。

 紗雪と同じく、何か罠が張られているだろうことをマイも覚悟していたがその罠は予想も出来なかったものだった。


 「これ私等が把握してない能力を持った奴が反勇士共の仲間になってるってことよね・・・・・。あ”ぁ”ー、最悪紗雪だけでもクランハウスに戻したいけど――まぁ、そう楽させて貰えない――っわよね!」


 愚痴も早々、吹き飛んだ『ガレアード』とは異なる方向から飛来する鋭利なを避け、当たりそうなもの物は蹴り砕く。


 紗雪に危険が迫っていることを背中を向けながらもマイは察知していた。

 何故なら紗雪が襲われたと同時に、マイも別のモンスターに襲われたからだ。

 紗雪の時とは違い、瓦礫の中からでは無く、何もない場所に、まるで今そこに「次元跳躍ワープ」してきたかのようだが、紗雪が気付かなかった以上違う方法で現れたのだろう。


 世界には少数ながら「次元跳躍」や「瞬間移動」能力を持つ勇士――俗に言う、「跳躍ジャンプ能力」保有者は存在しているが、そういう能力は例に漏れず、空間に特有の――水滴が湖面に落ちるような揺らぎのような前兆を起こす。

 これは紗雪がべーラトールにいる「跳躍能力」持ちの勇士全員を犯罪抑止の名目で調査した結果から得た調査結果であり、これまで例に漏れず敵も味方もその前兆のある能力を見に付けていた。


 しかし、もし、紗雪の探知を搔い潜る「跳躍能力」持ちの反勇士がいて、戦力を送り続けられるのであれば。

 ここを突破したとしてもし、時間場所を問わずに送られるのであれば。

 悪い予測は尽きないが、とりあえず今のこの状況は状況以上に"ヤバい"ものだ。


 マイの元へ新たに現れたのは、魚人のような見た目をしたモンスター『深きものディープワン』。

 『獅雀』や『ガレアード』とは違い、所詮は五十層辺りの中層に住むモンスター。

 中級勇士が苦戦する程度のモンスターなどマイからすれば雑魚でしか無い。


 (魚は動き回る私しか狙ってこないから後でいい……。今はこいつを仕留める!)

 

 ガラガラと音を立て、瓦礫を押しのけて出てきた『ガレアード』は先の蹴りが外皮の護りを貫いたのか。

 口から血を垂れ流し、よろめくその姿はまさに満身創痍の風体だった。


 「私達は硬い奴の相手は随分慣れてるからね、悪いけどアンタ程度、街中だから面倒なだけで大したことないのよ」

 (早くこの二体を倒して紗雪を連れてかないと……紗雪が危ない)

 

 紗雪の安全を最優先。

 早く終わらせようとマイが空を走る。

 『ガレアード』の直前で身体を捻り回転したマイは弱って動かないモンスターの顔へ勢いをそのまま踵落としを叩き込んだ。


 

 まさしく致命の一撃。

 敵の頭蓋を粉砕し、終わらせるはずの、死の一撃。

 苦しむ瀕死のモンスターの様がマイをそう、錯覚させた。

 

 踵落としが当たったその時――『ガレアード』の全身に細かい罅が入り、硝子のようにパリンと軽い音を立ててモンスターの身体が脆く砕け散る。


 「なっ……!?」


 唖然としたマイはその時、驚きで僅かに身体を硬直させてしまった。

 細かい破片となり地面に落ちたモンスターの身体、その奥でマイをしっかりと睨むものがいた。


 「―――ヤバッ!!」


 危険を察知したマイが身を翻すと同時に瓦礫の奥から巨大化した腕がマイの身体を掠める。


 「――ッ!!」


 マイは最上級勇士都市最強クラスではあるが、彼女は超速度特化の勇士。

 マイの全能が速度に適しているのか、どれだけ闘争を経てその身を苛酷に投げ出し強くなろうが、その肉体強度は他の勇士に比べられない程に軽く、脆い。加えて、速度の為の体型調整で華奢なマイは掠めただけでも大怪我に繋がる。

 

 僅かに掠めただけの一撃はマイの左腕を歪な形に砕き衝撃で肩が外れ、華奢な身体に重い傷を刻んだ。

 伸ばした腕を戻し、瓦礫から満身創痍の『ガレアード』とその奥から新たに現れた七十層のモンスター『竜亀タラスク』が姿を見せる。


 依然、相手は満身創痍とはいえ、こちらも手負いになり、今は三対一でさらに増えるかもしれない。

 この状況で紗雪が未だに動けない以上、マイは動かなくてはいけない。

 彼女は護衛。紗雪の為ならば囮も殿も、死地への突撃も厭わない。

 今ここでマイがやることは一つ。動いて引き付け、敵を殺すこと。

 畳み掛けるように振るわれる腕と飛来する鱗を腕から伝わる痛みに漏れそうになる声を気合で堪える。


 (さっさとコイツ等倒して、紗雪を担いで即撤収しないとっ!)


 襲い来る敵を前に、全身に力を込め迎え撃つのだった。





 「おーおー、随分速いなあの娘」


 折れた腕を庇いながら攻撃を躱し続けるマイを風にたなびく銀の髪を抑え、牙を剥き出しに楽しげに笑いながら見物する影。


 「攻撃に転じる余裕が無く、痛みを伴いながら只、凌ぐ闘いは肉体的にも精神的にも辛いだろうに……。クハハッ」


 高い石塔の頂上から見下ろす女性。

 視線の先のマイは腕を庇いながら、それでも果敢に挑み攻撃を与え続ける。

 その瞳の強い光は鈍ることなく、むしろより輝く意志を宿していた。

 その眼差しを、一度たりとも後退しないマイを見て、銀の美しい獣人族の女性は頬が裂けるように笑う。 


 「クッハハハ! このままぽんぽん送られては少々面倒だ。ここは一つ、いと尊き我等が聖上の牙たる儂が、救いの一手を授けようではないか!」


 髪と同じ銀毛の尾を機嫌良く振り、手入れされた爪を伸す手を着物の袖に入れて、そこから共鳴石を取り出す。

 鼻歌を唄い気分良さそうに操作する女性は、携帯端末を頭頂部に伸びた狼のものであろう獣耳にぴっとりとあてる。


 数コールの後、相手が通話に出るやいなや元気よく口を開く。


 「――――あっ、もしもしぃ? 儂じゃけどぉ――」


 語尾の発音を上げ、先とは異なる妙な話し方で狼耳女性は相手に話し掛ける。

 しかし――まだ電話がかかって間も無く、ぶつり――と、無慈悲かつ一方的に通話を切られる。


 女性の牙を見せた心から出た楽しげな表情が一転、固まり様子が変わる。

 信じられない……という心境が表情にありありと表れ、心なしか瞳と共鳴石を持つ腕がぷるぷると小刻みに震えている。

 

 再度、同じ番号に電話を掛ける。

 コール音が何度も鳴り続けるが根気良く待ち続け、観念したのか通話先の相手に繋がる。


 「――――のぉ? なんで切ったんじゃ今? ぉ?あれだけ言うたであろう。電話を途中で切るなと、結構心に来るんじゃぞ!――機嫌がいい時はロクなことじゃないって……そりゃあ今回も面倒事ではあるが……待て待て待て! 頼むから最後まで聞いてくれ!」


 美しい切れ長の眉を八の字に曲げ、あたふたと手足をばたつかせる女性は切られてなるものかと矢継ぎ早に話す。

 

 「下衆共の好きにさせるには惜しい者達なんじゃ!――今送った場所に来て助けてやってはくれんか? ほれ、儂を助けると思って!それに、二人共美人じゃぞぉ……フフフ酒池肉り、あ、興味ない……ハイ。いや、儂は無理じゃ。姿を知られるわけにはいかん。助ける相手が相手だしな……。 代わりといってはなんじゃが次の飲みは儂が全額負担しよう!取って置きの地酒も出す! ――頼む。其方しか頼れんのじゃ……頼む頼む!! なー、頼むよぉ! 儂と其方の関係じゃろ? あーお願い! な? な?」


 電話の主は一言呟き、ため息を一つこぼすと――


 「おぉ! 引き受けてくれるか! 助かるぞ! 流石は我が戦友よ。 む、きもい口調? きもいて……なんだ、この話し方は人から好ましく思われやすく、それもかっこいいから良いぞと妹から聞いたんだが……」


 相変わらず上機嫌に、通話する前とは変わった口調で話していた女性だったが相手から辛口のコメントが返って来たのか。

 一瞬僅かに落ち込みながらも、口調を元の凛々しいものに戻す

 

 「 ――また騙されてる? ふむ、ふふっ……あの子は昔から悪戯が好きだからな。まぁ頼んだぞ。儂はそろそろ――婆臭い口調? 其方、今なんと言った? この儂を婆だと? よくも吠えたな垂れ目パンダ……! ふんっ、時間がないから喧嘩はまた今度だ。 少々街が荒れるだろうから覚悟しておくがいい!」


 今度は自分から通話を終え、携帯端末を袖にしまった女性は再度、目下の闘いに目を向ける。


 「……あの様子なら奴が来るまでは容易に保つだろう。護衛としての踏ん張りどころだぞ」


 先程までの古臭い口調は消え、普段使いの凛々しい口調に戻った女性は目尻を優しげに下げ呟くと、今度は楽しげに嗤い、鋭く愉しげに歪んだ目を向ける。


 視線の先にはマイ、ではなく、未だ動けない紗雪がいた。


 「ゲス共が。下らん羽虫は我が戦友が払うだろう……。そこからどうするかは貴様次第だ。仮宿にするも良し、共に歩むのも良し。欝屈な人生に選択肢をやろう、鐵紗雪……」


 妹から教えて貰った"にひるな女は意味ありげに去るむーぶ"とやらを今度は始めた彼女は踵を返し、そのまま姿を晦ませるのだった。





「全く……。あいつから電話が掛かってくる度に面倒事に巻き込まれる」


 共鳴石をポケットにしまいノロノロと立ち上がる垂れ目パンダと呼ばれた男。

 

「お出かけするのお兄さん?」


 人数分のタオルケットの用意をしていた褐色の少女がパタパタと小走りで男に近寄る。


「野暮用が出来たよ。はぁ・・・・・・そんなに時間は掛けないから俺が帰るまで二人の垂れ目パンダを頼む」


 二人の垂れ目パンダ――先程まで兄を枕に、そして娘を抱き枕にして床で眠りこける二人の垂れ目パンダに背中を向け玄関へ向かう男――ナキ。


 「垂れ目パンダ……。ふふっ確かに垂れ目パンダね、これは」


 玄関の扉が閉まる音を耳に、エンマは用意したタオルケットを自堕落で愛しい家族が身体を冷やさないよう掛けていく。


 「電話が掛かると大体お出かけしてるけど、また、危ないことするんだろうな……」


 自分にとって、もはやもう一人の母とも言える美咲の頭を撫でながらふと、思ったことを口にしたエンマだったが、時計を見ていそいそと食事の準備を始めるのだった。




―――――――――――――――――――――――――――

「共鳴石」

不思議な模様の入った拳大の石ころのような形をしている。

石同士を近付け、交信させることでそれ以降対応した番号を入力することで遠方での通話を可能とする迷宮産の資源で作られるアイテム。

通話以外にも位置情報の交換も可能。

見た目めっちゃ石ころな携帯電話。




『――――あっ、もしもしぃ? 儂じゃけど――』

『うわっ……』


 ぶつ――


「……きっつぅー……」


 十コールくらい


 『――――のぉ? なんで切ったんじゃ今? ぉ?あれだけ言うたであろう。電話は最後まで聞けと、結構心に来るんじゃぞ!』

 『やかましい。 何がもしもしぃ↑だ。お前が上機嫌な時は大体ロクなことにならないんだよ』

 『――機嫌がいい時はロクなことじゃないって……そりゃあ今回も面倒事ではあるが……』

 『じゃあな』

 『待て待て待て! 頼むから最後まで聞いてくれ!」

 『下衆共の好きにさせるには惜しい者達なんじゃ! ――今送った場所に来て助けてやってはくれんか? ほれ、儂を助けると思って!それに、二人共美人じゃぞぉ……手篭めにできるかもしれぞぉフフフ酒池肉り』 

 『興味ねえよ』

 『あ、興味ない……ハイ。』

 『何回も言ってるけどそういう時はお前がやれよ……』

 『いや、儂は無理じゃ。姿を知られるわけにはいかん。助ける相手が相手だしな……。代わりといってはなんじゃが次の飲みは儂が全額負担しよう! 取って置きの地酒も出す!』

 『えぇ……でもなぁ』

 『――頼む。其方しか頼れんのじゃ……頼む頼む!! なー、頼むよぉ!儂と其方の関係じゃろ?あー!!お願い!! な? な!!』

 『うわうるさ……。はぁ、わかったわかった。』

 『おぉ! 引き受けてくれるか! 助かるぞ! 流石は我が戦友よ』

 『はいはい。で、その口調何?』

 『む、口調? なんだ、この話し方は人から好ましく思われやすく、それもかっこいいから良いぞと妹から聞いたんだが……』

 『いつもの如く騙されてるぞ』

 『――また騙されてるか? ふむ、ふふっ……あの子達は昔から悪戯が好きだからな。 まぁ頼んだぞ。私はそろそろ――』

 『婆臭ぇ口調で喋ってるのは年を自覚したのかと思ったよ』

 『――婆臭い口調? 其方、今なんと言った! この儂を、"婆"だと! よくぞ吠えたな垂れ目パンダ……!! ふんっ、時間がないから喧嘩はまた今度だ。 少々この地は荒れるから覚悟しておくがいい!』


 ぶつ――


 「……垂れ目パンダ?――あぁ、なるほどな」


 自分の上に乗る二人チラー

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