第2話 クラン『月光蝶』発行パンフレット 『はじめての迷宮ガイド』

 迷宮ダンジョン――。


 世界中でどこからともなく、いつの間にか地表に現れる階層構造上の地下迷宮。

 内部は法則を無視した険しい環境と凶悪なモンスターが侵入者に牙を剝く死と隣り合わせな危険地帯だが、迷宮内でのみ生み出される特殊な資源は人類の文明を大きく躍進させ巨万の富を産み続けるまさに夢の舞台。

 モンスターに食い殺される危険性を代償に手にすることができる富、名声、力は迷宮が見つけられてから数千年経った今でも命知らず達の欲を駆り立て迷宮を探索する者――「勇士」という職業が誕生した。

 この冊子を手に取った君も勇士を目指すその一人だろう。


 全ての生命の始祖たる『宇内の始原獣エルダー・ワン』――『エルダー』から生まれたこの星の生物は、いかなる種族であっても闘争を経てその才能を開花させる。

 戦う相手が強ければ強い程、自身を高ぶらせる程に己の存在強度を高め、才能を開花させ肉体を強化し、その身体に更なる超常の力「能力」に目覚める事もあれば、極々稀に『エルダー』から見初められた者に授けられる、能力を超えた深奥の力「加護」をその身体に宿すこともある。

 まさに、迷宮とは我々に眠る潜在能力を引き出す最高の修羅場、とも言えるだろう。


 しかし、能力というものは善悪問わずに目覚めてしまう。

 それが民衆を護る騎士だろうが、殺しに生き甲斐を感じる薄汚い犯罪者反勇士モールであってもだ。

 奴等は言うなれば人間の頭脳を持ったモンスターのようなもの。

 モンスターに並ぶ迷宮完全踏破への大きな障害だ。勇士になるのであれば、人の形をしているからと手を抜かず、決して慈悲を掛けてはいけない。

 また、勇士になれば通常個体より遥かに凶悪な力を持つ、「名持ちネームド)」と呼ばれるモンスターと出くわすこともあるだろう。

 名持ちネームドは度重なる勇士やモンスター同類との戦闘で強化され、知識を付けた恐ろしい存在だ。

 所感になってしまうが、名持ちネームドはモンスターの見た目をした反勇士モールのようなものだと著者は判断している。

 出会ってしまったのなら、何か異変を感じたその時は逃げることも大切なのだ。

 勇士になり、妙なプライドを持ってしまう者が多い昨今だが、どうか逃げることを恥だと、そんな考えを持つのはやめて欲しい。

 異世界人が齎した素晴らしい言葉「命あっての物種」という言葉を胸に留めて欲しい。


 迷宮を、勇士を、勘違いをしてはいけない。

 迷宮を"最高の修羅場"とここでは言葉にしているが、あの穴はどこまでも恐ろしく我等の命を容易に持ち去っていく。

 若者諸君には、勇士が酷く輝いて見えている者もいるだろうが、勇士は無敵の存在では無い。

 君達にとって勇士の象徴でもある最上級勇士……"最強"と呼ばれる彼等は才ある勇士達の中でもさらに才に恵まれ、そして"幸運"にも愛された稀有な者達なのだ。

 毎年この迷宮城塞都市の総人口の三割近い人間が迷宮で命を落としている事をこれから勇士を目指す君達は心に留めておいて欲しい。


 上述でわかるように、迷宮はいつ死んでも不思議では無い危険な場所である。

 それでもなお勇士を目指すのであれば、私達は迷宮に潜りモンスターを倒すことだけでは無く、人間と戦うことも仕事であり責務で、命を落とす者が決して少なくない、ある日突然友との別れを強制されることがある事を忘れ無いように。


 我々「月光蝶ルゥナ・シー」は、

 この迷宮城塞都市べーラトールに存在する底無し迷宮「虚の枝ギンヌンガガプ」の完全踏破と民の平和を脅かす罪人に正義の鉄槌を下す秩序の徒である。

 清く正しい義の心を燃やすのであれば、気兼ねなく我等のクランハウスの門を叩いて欲しい。

 その心根が掲げる御旗にふさわしいものならば、我々は君に背中を預け共に肩を並べるだろう。


――――クラン『月光蝶』発行パンフレット 『はじめての迷宮ガイド』概要より抜粋

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