第21話

「離してください!」


 葉月の手の甲に竹内のねっとりとした体温が伝わる。

 気持ち悪い! 葉月は慌てて手を引っ込めようとしたが、竹内が葉月の手を掴んで離そうとしない。


「葉月嬢、今からでも夫婦をやり直さないかい?」


 竹内の顔が葉月の手に近づいてくる。まるで手の甲にキスしようとしているみたいだ。


「やめて!」


 葉月はたまらず立ち上がった。

 やり直すって、何をだ。夫婦はおろか、会った事すらないのに!

 ゾワゾワした葉月は、力いっぱい竹内の手を振り払った。逃げるようにコーヒーショップを走り出る。


(なんなの?!)


 駅に集う人たちを避けながら、葉月は走る。その後ろから竹内が「待ってよボクの嫁ちゃぁん」と叫び追いかけてきている。


(やだやだ、気持ち悪い!)


 葉月はもはや泣きそうだった。何故こんな状況になっているのか理解できない。


「あ、ごめんなさい」


 人にぶつかった葉月は相手に謝罪して、相手の落とした荷物を拾い上げた。その間にも竹内の声がどんどん近づいて来る。

 そして――。


「葉月嬢、つぅかまぁえた!」


 中年男性とは思えない気持ち悪い声が、葉月の肩を掴む手と同時に、葉月を振り向かせた。


「やめ」

「やめてください、竹内さん」


 葉月が振り向くその瞬間、男性の声が竹内を遮った。振り向いた葉月の視界に、見慣れたスーツが入る。スラッとした長身の男性が、悪者を懲らしめる王子様みたいに、竹内の腕をひねり上げた。

 その王子様こそ――。


「上屋敷くん!」


 秀は竹内の腕を押しのけ、遠ざけた。代わりに葉月の肩を抱き、秀の元へと抱き寄せる。


「大丈夫ですか、葉月さん」


 秀の声は魔法みたいだ。葉月の恐怖と緊張が一気に解けていく。

 葉月は秀のスーツをきゅっと掴んだ。


「ごめ……怖くて……」


 言葉が出ない。一言もらすのがやっとだった葉月を、秀はさらに強く抱き寄せた。


「すみません葉月さん。別行動した事が仇となってしまいました。でも、もう大丈夫です」


 力強く言う秀は頼もしい。ひどい形相の竹内から身を隠すように、葉月は秀の胸に身を預けて目を閉じた。

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