第20話

 葉月は気持ちを整理しようと、駅ビルの中にあるコーヒーショップに立ち寄った。狭いカウンター席に座って、ぼんやり考えながら珈琲を飲む。


(お父様、怖い顔をしていた)

(もしも竹内の元社長と争いを始めたらどうしよう)

(それに、上屋敷くんは竹内元社長と何を話していたんだろう)

(もし、また、上屋敷くんと竹内元社長が、お父様の仕事を奪おうとしていたら……)


 嫌だ。

 全部、嫌。

 今の生活が壊れるのは嫌だ。

 嫌な気持ちごと珈琲を飲みこんだところで、葉月の隣にぽっちゃりとした男性が腰かける。横目で隣をちらりと見た葉月は、目を疑った。


(え、竹内元社長?)


 そこに座ったのは、さっきまで秀と話をしていた竹内だった。話が終わって帰るところなのだろう。驚きすぎて、目が離せない。


「なんですかな、お嬢さん。ボクの顔に何かついてます?」


 気付いた竹内が葉月の顔を覗き込む。


「あ、いえ。すみません」

「ん? ……やや? あなたもしや、源のお嬢さんでは?」

「えっ」


 竹内はなぜか葉月のことを知っていた。会ったことなど一度も無いはずなのに。


「いやはや、葉月嬢! これは運命の出会いですね!」

「え、いや、なんで、名前……」


 この男はなんなのだろう。葉月は薄気味悪く感じる。


「あの、どうして私の事を?」


 駅ビル内の狭いコーヒーショップ。葉月は至近距離に座る竹内に、恐る恐る尋ねた。竹内は甘そうなフローズンドリンクを片手に、ニヤリと歯をむき出して笑う。


「ボクと葉月嬢は運命で結ばれてるからさ! 当然、何でも知ってるんだよねぇ」


 ぞわっ、と、葉月は全身に鳥肌が立った。「運命」だなんて気持ち悪い。初対面で言って良い言葉ではないはずだ。


「あ、葉月嬢。その顔はボクたちの運命を信じていないのカナ?」


 顔を引きつらせる葉月に対し、竹内が身を乗り出す。葉月は思わず身を引いた。


「笑ってよ、葉月嬢。本当ならキミは今頃、ボクの赤ちゃんを産んでたんだよ。何人かな? 3人が良いかな?」

「はい?!」


 竹内はぽっちゃりした頬を揺らし、ニタニタ笑う。


(あ、赤ちゃん?!)


 気持ち悪い。

 気持ち悪い!

 気持ち悪い!!


 脂肪たっぷりの竹内が、ただただ気持ち悪い!


「やめてください! なんなんですか、一体!」

「何って、酷いなあ葉月嬢は。それが『夫』になるはずだった相手に言う言葉かな?」


 竹内は葉月の手に自分の手を重ねた。

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