第19話

 父行きつけの定食屋を後にして、葉月と父は工場近くまでやってきた。工場の入口が見えたところで、父は突然足を止める。


「竹内」


 父の絞り出すような呟きを聞き、葉月も父の視線の先へと顔を向けた。

 竹内。それはミナモトコーポレーションの主要取引先だった会社と同じ名前だ。秀が買収した企業、株式会社竹内。葉月だって忘れていない。


(嫌な名前)


 父が見ていたのは工場の入口付近だった。

 そこにはぽっちゃりとした40代半ばくらいの男性と、スーツ姿の若い男性が立っている。


「え、上屋敷くん?」


 葉月は思わず声をもらした。スーツ姿の男性は、紛れもなく上屋敷秀である。後ろを向いているので顔は見えないが、見慣れたシルエットを葉月が見間違えるわけがない。

 父が低い声で言う。


「上屋敷専務の隣にいるのが竹内だ。我々の主要取引先だった、株式会社竹内の元社長。何故あいつがここに」


 父はゴミを見るような目で竹内を見つめている。


「葉月、上屋敷専務から何か聞いているか?」

「ううん、何も。『今日は別行動です』って言われただけ」

「そうか」


 父は秀と竹内を見据えている。

 葉月は今日の予定はおろか、父と秀、そして竹内との因縁さえよく知らなかった。ただ、父のただならぬ雰囲気から、いまだ消えぬ遺恨があるのだとわかる。


「葉月、お前は今すぐ帰りなさい」


 父はそう言って、財布から千円札を数枚取り出した。


「でも」

「タクシー代だ。行きなさい」


 裕福でもないくせに、父は葉月にタクシー代を押し付ける。押し返そうとしても、父がそれを許さなかった。よほど葉月に関わって欲しくないのだろう。

 父の想いを汲み、葉月はその場を離れることにした。

 お金を使う気にはなれず、葉月は独りでとぼとぼと駅に向かって歩く。


 こっそり竹内に会っていた秀。

 竹内を見て葉月を遠ざけた父。

 あの日の買収劇は、いまだ葉月に近い所でくすぶっている。

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