第18話

 父と再会してから二週間。

 葉月はいつも通り秀の自宅で彼と二人朝食を取っていた。何も変わらない毎日。変わった事と言えば――。


「葉月さん、珈琲飲みますか」


 秀が立ち上がりながら葉月に向けて目を細める。


(『葉月』さん……!)


 優しいまなざし。名前を呼ぶ声。

 彼の一挙手一投足が、葉月の体温を急上昇させる。


「う、うん。ありがとう」


 返事をする葉月を見て、秀はニコッと微笑んだ。

 父が上京してからというもの、「源」が二人で紛らわしいからと、秀は葉月を「葉月さん」と呼ぶ。


(職場はともかく、この状況で『葉月さん』って、なんだか慣れないのよね)


 葉月はパタパタと手で顔をあおいだ。自宅で、朝、二人きり。まるで恋人同士みたいに感じてしまう。頬が熱い。


(いやだな、完全に意識してる)


 そんな葉月の気持ちはつゆ知らず、秀は珈琲を用意して葉月に言った。


「葉月さん、きょうは一日別行動でおねがいします」

「…………え? 別行動?」


 そんなことを言われたのは、上京以来初めてだ。


(なんで?)


 理解が追い付く前に、秀は「お先に」と部屋を出て行ってしまった。

 葉月の返事も待たずに、パタンと閉じてしまったドアがむなしい。


「って、ちょっと待ってよ! 私は今日、何をしたら良いのよ!」


 叫んだところで返事があるわけはない。

 葉月は慌てて秀のスケジュールを確認した。が、数日前まで入っていたはずの今日の予定が、すべて白紙になっている。


「なんで?」


 秀は一体どこで何をするのだろう。秀のスケジュール管理を任されていたはずなのに、葉月は何も知らない。


「……いや、まあ、いいか」


 葉月はとりあえず、秀の淹れた珈琲をひとくちすすった。

 やることがないという事は、休みという事だ。……たぶん。

 折角手に入れた自由時間なのだから、有意義に使おう。葉月は折角だからと父に連絡し、ランチの約束を取り付けた。



 父の勤務工場は、都心のど真ん中にある上屋敷ホールディングスと違い、郊外にある。

 葉月は父の勤務地近くへ出向き、父と二人でランチを取った。父の話では、遠く四国で働いていた母も上屋敷グループへの転職が決まったと言う。もうじき父の元へ引っ越してくるそうだ。これもすべて秀の差し金である。


「上屋敷専務は良くしてくれているよ、本当に」


 父のその言葉に、葉月も嬉しくなる。

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