第16話
「なんですと?」
葉月と父は同時に秀の顔を見た。秀は淡々とカバンから書類を出しテーブルに広げている。
「新しい事業部の立ち上げに際し、源さんに部の責任者を任せたいのです」
「……なぜ私に」
「以前ミナモトコーポレーションが担っていた製品作りを再開しようと考えているからです」
「なに?」
父の目の色が変わる。葉月も息をのんだ。
会社を潰しておいて、その事業を再開させる?
だったら最初から潰さなければ良かったのに。そんな気持ちが葉月の胸を駆け巡る。
潰さなければずっと幸せだったのに――。
嫌な空気になりつつある中、秀は説明を続けた。
「源さんはもしかしたらお気づきかもしれませんが、5年前、あの時はどうしても買収という手を使わなければなりませんでした」
秀の言葉に父が一瞬動揺したのを、葉月は見逃さなかった。
「ただ、我々上屋敷ホールディングスといたしましても、株式会社竹内とミナモトコーポレーションでおこなっていた事業は継続すべきだと考えています。ですから、『例の件』が片付いた今、再開のために動き始めました」
眉間にしわを寄せ黙りこむ父と、そんな父をまっすぐ見つめる秀。
「『例の件』って?」
葉月が秀の放った単語に触れる。しかし父と秀は説明してくれなかった。
秀は葉月を無視したまま、父に向って頭を下げる。
「この事業を任せられるのは源さんしかいないと考えています。引き受けてください」
「私で良いんですか」
「はい、お願いします」
それから父は秀の提示した条件を受け入れ、上屋敷ホールディングスで働くことに決めた。秀の手はずで、父は現在の会社を退職。その場で一週間後の上京が決まる。
あっという間だった。
結局「例の件」がなんだったのかはわからないけれど、それでも葉月の心は晴れていた。
それはやはり、父に救いの手が伸ばされた事によるだろう。
数時間後。
引っ越し準備のため現地に残る父と別れ、葉月と秀は駅のホームにいた。東京に戻るため、2人で新幹線を待っている。
「上屋敷くん、ありがとう」
「何がですか」
葉月が感謝を伝えたら、秀はそっけなく返事をした。
「父に会わせてくれて感謝してる。あと、父をまたあの仕事に関わらせてくれて、ありがとう」
「礼を言われるような事ではありません。元はと言えば俺のせいなので」
秀が足元へと視線を落とす。苦悩する顔。彼は罪悪感を抱えているのかもしれない。
(そんなに自分を責めなくても良いのに)
葉月は自然と心の中で秀を擁護していた。
「上屋敷くんは強いね」
葉月の呟きに、秀はよくわからないといった顔をする。
「私、上屋敷くんのこと、誤解してたかもしれない」
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