第11話

 慣れてしまえば、葉月にとってこの生活は悪い物ではなかった。

 元々葉月は旅館で女将のような仕事をしていたのだ。早朝からの家事やスケジュール管理、来客対応には慣れている。ただただ給料が3倍に増え、薄くペラペラだった布団がふかふかなベッドに変わっただけの上位互換だ。

 ただひとつ、四六時中、上屋敷秀と一緒にいる事を除いて。


「源さん、珈琲はいかがですか」


 葉月と秀が二人で朝食を取っていると、先に食べ終えた秀がキッチンへ向かいながら言った。


「あ、ありがとう」


 さてこの状況はなんだろう。葉月は返事をしつつ疑問に思う。

 葉月は秀に身の回りの世話を頼まれたはずだ。だから葉月は早起きして朝食を準備した。

 だがなぜか一緒になって早起きしてきた秀は、ゆっくりしていれば良いのに朝食をつくる葉月をニコニコと眺め、ニコニコしながら食事を共にし、食後にはまるでご褒美と言わんばかりに自ら珈琲を淹れにいった。

 キッチンで独り珈琲を淹れる秀はどこか楽しそうだ。


(あの男、『身の回りの世話をしてもらいたい』と言うより、私のその姿を『観察していたい』って感じなのよね)


 秀は毎日毎日この調子なのである。とんでもない男に捕まっちゃったなあ、と葉月は内心思っていた。

 ダイニングへ戻ってきた秀は、相変わらずニコニコしながら葉月の前に淹れたての珈琲を置いた。


「今日はモカをハイローストしたものです。どうですか。良い香りでしょう」

「本当、良い匂い」


 葉月が香りを堪能し珈琲を味わう姿を、秀が穏やかな笑顔で眺めている。いつくしむような眼。優しい笑み。一緒に生活を始めて一か月がたち、毎日毎日浴びせられるこの熱い視線にも、葉月はようやく慣れてきた。

 とはいえ。


「見られてると気になるんだけど」

「すみません。朝から源さんを独り占めしている事が嬉しくて」


 ニコニコ、ニコニコ。

 秀はずっとこの調子だ。ドラッグストアの一件以来、秀は遠慮なく葉月に甘い言葉を吐いてくる。


「そういうの、やめてって言ってるのに」

「嫌です。俺は自分の気持ちに正直に行動したいので、源さんが受け入れてください」

「なにそれ」


 でも、最近の葉月は彼のその強引さを心地よく思っている。


(上屋敷秀は私の仇なのに……)


 彼を少しずつ認め始めている自分が、葉月はちょっとだけ嫌だった。

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