第9話
「いいよ、安いやつで」
「いえ、俺がこれを使って欲しいんです」
秀は有無を言わさず一番高いシャンプーとコンディショナーを買い物かごに入れた。
「ちょっと……」
葉月は戸惑いつつ、胸が熱くなるのを感じた。自分にお金をかけるのは久しぶりだ。自分を大事にする感覚がむず痒い。
「……無駄遣い」
「どこがです? 必要でしょう」
「でも、こんなに高いやつは必要ないよ」
彼の厚意を素直に受け取れない葉月を、秀は真剣な表情で真っ直ぐに見つめた。
「貴女に相応しいのはこの商品です。俺はそう思います」
それだけ言うと、秀はフイッと顔をそらして先に進んでいってしまう。
「ふ、相応しいって……なんなのよ、もう……」
葉月の頬がジリジリと熱くなる。火照った頬を手のひらで冷やし、葉月は秀の後を追いかけた。
歯ブラシや洗顔、メイク落としから基礎化粧品に至るまで、秀はドラッグストア内を一周しながら次から次へとカゴに入れていく。そのどれもが値の張る品物ばかりで、葉月にはそれが嫌味にさえ見えた。
「ねえ、ちょっと待って上屋敷くん。一体とういうつもりなの?」
秀が化粧品コーナーで口紅にまで手を伸ばしたのを見て、葉月は流石に彼を止めた。
わからない。
この買い物も、秘書になれというのも、秀の家で生活しろというのだって、葉月には彼の行動が本当に理解できない。
「なぜ私にここまでするの? まさかこんな事で倒産に追い込んだ罪を償っているつもり?」
葉月はこれまでの恨みを思い返し、秀に対して睨みをきかせた。
給与の話だって破格すぎる。
身の回りの世話だって、秀が本当に困って依頼したようには見えなかった。少なくとも、あの殺風景な部屋は手入れが行き届いていた。部屋時間外手当を払ってまで他人に頼る必要はないだろう。
――優遇されすぎている。
これまで葉月に提示されてきたもの全て、秀にとってはなんのメリットも無い。だからこそ逆に、彼の行動が気味悪く感じた。
問いかける葉月に、秀は怪訝そうに眉をひそめて口を開いた。
「なぜって、俺が貴女を好いているからですよ」
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