第7話
久々の東京は何も変わっていない。
せわしなく歩く人々。時間と情報に踊らされた大人たちが皆おなじ格好で働き蟻のようにビルに群がっている。
「ねえ、秘書ってどんな仕事をするの」
都心にある高層ビル内。中層階にある秀のオフィスに着いてから、葉月は改めて仕事内容について尋ねた。
これまでお世話になってきた長野での生活を清算し、旅館の仕事を後任に引き継いでいたため、時刻はもう22時を回っている。
オフィスに着いて早々、秀は何やらパソコンで作業をしていた。
「基本は俺のスケジュール管理です。予定とタスクは専用のアプリで共有してください。あとは、基本的な身の回りについてもお願いします」
「身の回り?」
「ええ。ついてきてください」
仕事を終えたのか、秀は専用個室の電気を消し、二人揃ってオフィスを後にした。電車に乗りたどり着いた先は、一等地にある高層マンションである。
最上階の一室。玄関には細い金属で書かれた「Kamiyashiki」という表札が掲げられていた。
「入ってください。俺の自宅です」
「自宅……」
促されるまま室内に足を踏み入れた葉月は目を丸くした。
都心の一等地の、20畳はありそうなリビング。南向きの大きな窓からは都内の夜景が一望できる。お洒落と呼ぶか殺風景と呼ぶか迷うようなシンプルなリビングの奥には、個室がまだ数部屋ありそうだった。この部屋はいくらするのだろう、なんて、恐ろしすぎて考えられない。
「可能な限り家事をお願いします。あちこち飛び回っているので見ての通り自宅はほとんど利用していませんが、家にいるときは料理、洗濯、掃除を頼みます」
そう言って秀はダイニングチェアに腰かけた。リラックスするようにため息をついてネクタイを緩める。
が、ちょっと待て。
葉月は理解が追い付いていない。
「えっと、それはどういう事? 勤務時間とか勤務形態がよくわからないのだけど、私はオフィスで働いたあとにあなたの家でも働くってわけ? 正気?」
秘書という者は家政婦みたいな事までするのだろうか。しかも明らかに拘束時間が長い。奴隷契約もいいところだ。
秀はダイニングテーブルに肘をついて葉月を見上げた。
「大丈夫だと思いますよ。源さんの日常生活のついでに俺の分もやってくれれば良いだけですから」
「私の? どういう事?」
わけもわからず立ちつくす葉月に、秀はさも当然といった様子で説明する。
「ですから、源さんには俺の自宅で生活してもらうという話です。源さんだって自分の食事や洗濯をするでしょう? そのついでに俺の分も頼みます。もちろん給与は払います。時間外手当付きでね」
勝手すぎる話に、葉月は開いた口が塞がらなかった。
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