第6話

「帰って、上屋敷くん。私はあなたの顔を二度と見たくない」


 そう言い捨てた葉月はきびすを返し館内へ戻ろうとした。そんな葉月の腕を、秀が再び捕らえて自分の方へと引き寄せる。


「待ってください。俺は源さんを怒らせに来たわけじゃありません」


 うんざりした。葉月は何も答えず手をほどこうとしたが、秀が力強く引っ張るので離せそうにない。


「離して」

「話を聞いてくれたら離します」


 秀の言葉に、葉月は渋々黙って彼の言葉の続きを待つ。秀はひと息ついて言った。


「源さん、俺と一緒に東京へ来てください。俺と共に生きてください」

「……はい?」


 何を言っているのだろう。最低最悪の人生の仇が、一緒に来いだそうだ。笑わせてくれる。一秒たりとも同じ空気を吸いたくなんかないのに。

 鼻で笑った葉月に対し、秀は続けた。


「俺の秘書として東京のオフィスで働いてもらいたいのです。給料は今の2倍出します。いや、3倍でも良い」

「……馬鹿にしてるの?」


 葉月の安月給を馬鹿にしているのか、それとも惨めな元お嬢様をそばで眺めて嘲笑あざわらいたいのか、どちらにせよ悪趣味な提案だと感じた。葉月に聞き入れる気はさらさら無い。


「何故です? 悪い話ではないでしょう。源さんだってご両親の借金を早く返したいのではないですか?」

「それは……そうだけど」


 親の事を言われると胸が痛む。父も母も、葉月には言えないような仕事をしながら弁済のために生きている。


「住居はこちらで用意します。各種手当、賞与も予定しています。休日は……俺が多忙なのであまり多くは与えられませんが、そのぶん収入にはなりますよ。どうですか? 考える余地もなく受けるべき提案だと思いますが」


 そう言いながら秀は腕時計を確認した。「早く決断してくれ」とでも言いたそうに葉月を睨み付ける。


「でも私」

「ああ、旅館のご主人には俺の方から話をつけるので安心してください。金で解決することも、代わりの人材を提供することも出来ます。これで問題ありませんか?」


 嫌な奴。

 そう思ったが、そこまで言われると葉月はもう拒絶する理由がなにも無かった。しいて言えば秀に仕えるなんて嫌だけど、離れ離れで苦労している両親のことを想うと葉月ばかりわがままは言っていられない。


「…………わかっ……た」

「では契約を進めましょう」


 葉月の弱々しい返事を合図に、秀はすぐさま手続きに取り掛かった。

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