第5話
名前を呼ばれた秀は一瞬驚いた顔をしたあと、静かに笑みをこぼした。
「俺のこと、覚えているんですね」
「当たり前でしょう!」
忘れるわけがなかった。上屋敷秀。父の仇。葉月の仇。高校生でありながら上屋敷ホールディングスの取締役に就任し、父の会社を滅茶苦茶にしたすべての元凶。
「あなたのせいで私がどれだけ苦労したと思ってるの?!」
「俺のせい? そうですかね」
「そうでしょう! とぼけないで!」
葉月は秀の手を振りほどいた。秀はやれやれといった様子で冷めた目を葉月に向ける。
「高校生だった俺の影響で倒産するような会社は、所詮その程度の企業だったのだと思います。違いますか?」
「なっ……な……、その程度?!」
悔しい。けれど葉月は言い返せなかった。倒産したのは事実。上屋敷秀が葉月の父よりも一枚上手だったことに違いはないのだ。
「俺はただミナモトコーポレーションの主要取引先であった株式会社竹内を買収して経営のテコ入れをしただけに過ぎません。そちらの会社が収益を一社だけに頼っていたからこうなったのではないですか? 経営戦略がなっていない。倒産は俺のせいではありません」
「でも、悪意のある買収だったと聞いたわ」
父の経営するミナモトコーポレーションは、取引先だった株式会社竹内と良い関係を築いていたと聞いている。竹内の求める製品をミナモトが製造し、互いに利益を伸ばしてきたのだ。
しかし上屋敷ホールディングス、いや、秀の立ち上げた事業部が株式会社竹内を強引に買収、子会社化。そして、すべての事業を白紙にしてしまった。まるでミナモトを廃業に追いやろうとしているみたいに――。
「あなたは金に物を言わせて、悪魔みたいにそれまでの関係を全部潰したそうじゃない!」
「そうですね」
「そうですね?」
しれっと答える秀に、葉月は苛立ちを隠せなかった。
この男が余計なことをしなければ、ミナモトコーポレーションはもっともっと成長していたかもしれない。
葉月だって高校を辞める必要はなかったかもしれない。
今とは違う人生があったかもしれない。
握ったこぶしがワナワナと震える。
「よくも私の前で平然と悪意を認められるわね。そんなにミナモトコーポレーションを、私の人生を壊したかった?」
葉月の問いかけに秀は初めて視線をそらした。肯定も否定もしない彼の姿は、限りなく肯定に近いと感じる。
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