第4話

 炊事場の仕事を終えた葉月はロビーの掃除を始めた。端に置いてある新聞ラックの新聞を今日の物に取り換える。


「……っ!」


 葉月は今日の新聞の一面に大きく書かれた見出しを読んで絶句した。


『上屋敷ホールディングス、KURODAを子会社化』


 上屋敷ホールディングス。

 葉月の父の会社、ミナモトコーポレーションを倒産に追い込んだ、まさに元凶。上屋敷秀の祖父が会長を、父が社長を務める大企業だ。


(うちを倒産させておいて、向こうは未だに成長してるだなんて)


 新聞をぐしゃぐしゃにしてやりたい衝動を抑え、葉月は唇をかんだ。

 嘆いたところで自分の生活が改善するわけではない。世の中、勝者と敗者しかいないのだ。葉月は敗者だっただけ。もう住む世界が違うのだから、気にするだけ損だ。


(でも、悔しい……)


 葉月は自分の腕をつねって無理矢理心を落ち着かせた。考えては駄目。心を無にして黙々と仕事を続ける。


 大浴場を清掃し、チェックアウト業務をし、予約管理をしながらリネンの清掃管理をして、午後のチェックインに備えてロビーとエントランスを綺麗にして――。

 数々の業務をこなし昼の一時をまわる頃、若松莊のエントランス前に黒塗りの車が止まった。エントランスの掃き掃除をしていた葉月は手をとめて様子を伺う。


(誰だろう。こんな時間に来客の予定はないはずだけど)


 姿勢の良い運転手が後部座席のドアをあけ、中から上品なスーツに身を包んだ男性が降りてきた。品のある立ち居振る舞いは普段の客層よりもワンランク上のように感じる。

 一応「いらっしゃいませ」と声を掛けようとした葉月だったが、その男性の顔を見て動きを止めた。


(嘘でしょ、あの男、まさか……)


 男性が葉月に気付き、駆け寄ってくる。


「見つけた! 源葉月さん!」


 男性は葉月の目の前まで来て、葉月の腕を掴んでグッと引き寄せた。


「なっ、やめて!」


 思わず葉月は声を荒らげる。しかし男性は手を緩めることなく葉月に顔を近づけ、力強い目つきで葉月をじっと見つめた。


「やめません。探していました、源さん。俺と一緒に来てください。俺と共に生きてください」

「は、はあ? 意味がわからない! 離して! なんで今さら顔を見せるのよ、上屋敷秀!」

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