第2話
机の上や床に、母が大事にしていた指輪やネックレスが散乱している。少し後ろを歩いていた家政婦が机の上に水を置いて、散らかったアクセサリーを片づけ始めた。母はうつむいたまま何も言わないが、動揺を見せない家政婦ならば、一体何がどうしてこのような状況になっているのか知っているかもしれない。
「ねえ、これはどういう……」
葉月が質問しようとしたところで、バタバタと大きな足音と共にリビングのドアが大きく開いた。その先には今にも倒れそうなほど顔色の悪い父が見たこともない表情で立っている。
「終わりだ」
父が言う。
「もうすべて終わりだ。何もかも。すべて」
真っ白な父の顔。葉月は唾を飲み込んだ。
「お父様? どうしたのですか。終わりとはどういう……」
腫れ物に触れるように尋ねる葉月に向かって、父は目を見開いた。
「葉月、我がミナモトコーポレーションは倒産した」
広いリビングに父の震えた声が響く。
「……え?」
「ミナモトコーポレーションは終わったのだ。会社も、仕事も、財産も、何もかも無くなった。終わったんだよ」
何を言っているのか理解できず、葉月は
「この家もすぐに差し押さえられる。出ていく準備をするんだ、葉月」
顔をそむけて言った父に、葉月は思わずしがみついた。
「ま、待ってください! 出ていくってどういう事ですか! どこで暮らすのですか?! 学校……学校はどうなるの? 私、主役になったんです。文化祭で主役をつとめるんですよ!」
幼稚園から高3までずっと主役をつとめた人は未だかつていない。葉月が史上初なのだ。そんな名誉なことを無下にするわけにはいかない。
けれど、うつむいているばかりだった母が葉月を見上げ、投げやりに吐き捨てた。
「出来るわけないでしょう、葉月。もう無理なの。高校は辞めるしかないのよ」
「や、辞める……?」
血の気が引いて、葉月は倒れそうになった。
名門白薔薇学院。ほとんどの生徒が社長や政治家の家系である。白薔薇学院に通えること自体がステータスでもあるが、同時に会社が倒産した今、葉月は高校に在籍するだけの力が無いとも言える。
「じゃ、じゃあ、私は、公立高校へ行くと言うのですか」
信じられない。由々しき事態だ。
青ざめる葉月に対し、父は首を横に振った。
――違うのかしら。私、辞めずに済むの?
そんな葉月の期待を父が打ち砕く。
「そうじゃあない。違うのだ、葉月。高校を辞めて、働くしかないのだ」
申し訳無さそうな父の顔。
泣き崩れる母。
黙ったまま顔をそむける家政婦。
葉月の視界がぐにゃりと歪んでいく。
「…………え?」
「高校にはもう通わせられない。働くのだよ、葉月」
父がだめ押しの一言を放つ。
それを聞いた葉月の意識は、真っ暗闇の中に落ちていった。
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