第5話 夜アイス

 店を出ると、ひんやりとした夜風が火照った頬を撫でた。お酒の量は自重したものの、酔う前に口にしたペースが早かったせいか、酔ってる自覚があった。


 酔っ払いが集団で前を横切る。香澄さんが僕の腕をとって自分の方に引き寄せ、ぶつからないようにしてくれた。


 触れられちゃった……。


 ますます体が熱くなる。


「お店、こっちです」


 香澄さんが指を指した方に歩き始める。僕は足がふらつくことをいいことに、香澄さんの腕を掴んだまま歩いた。




 五分ほど歩くと、カフェのような外観のアイス専門店が見えた。のぼり旗が立っていて「夜アイス」と書いてあり、旗の下部にはアイスの写真が付いている。透明カップにフレークや果物が詰め込まれれて、その上にアイスが乗り、チョコレートバーが刺さっている。アイスというよりパフェに見えた。アイスはブルーベリーの紫とチョコの茶色のマーブルで、そこが夜のアイスらしさのようだ。まさに映えスイーツ。


「結構なボリュームだけど食べれる?」


「……良かったら、二人で一個はどうですか?」


「じゃあ、そうしようか」


 本当はスイーツ好きなので、一人で一個は余裕で食べられる。でも、香澄さんとトロトロに溶けていくアイスを一緒につついて食べたかった。


 お店に入るとお客さんは他におらず、店員は二人、奥のカウンターにいた。カウンターでアイスを受け取り、手前のテーブルで食べられるようになっていた。”おすすめ”と書かれた夜アイスを注文する。さっきの飲み代はほとんど香澄さんが出してくれたので、ここでは僕がご馳走することにした。ちょっと大人になれた気分だった。



 店員から一番離れた、入り口近くのテーブルに座った。壁にはカップを置いて写真が撮れるような飾りつけがされていたが、僕も香澄さんも関心を持たなかった。それでも一応、アイス自体は思い出にと写真を撮る。


「お先にどうぞ」


 と、香澄さんが言ってくれる。お言葉に甘えて、ひとすくい。濃厚なブルーベリーの酸味が口に広がり、チョコの甘みが鼻から抜ける。


「おいしいです」


「じゃあ、私も」


 香澄さんも一口食べた。おいしいね、と言ってほほえむ。香澄さんはよく笑顔を見せてくれるから、一緒にいて安心する。


「香澄さん、今日はどうやって帰るんですか?」


「泊まりにしたんだ。どうせ明日こっちに用があるから」


「え、そうなんですか? 僕も……泊まりにすれば良かった……」


 僕たちの住んでいる場所は、ここから車で一時間くらいの街から急に田舎の景色に切り替わるところにある。裏は山。周りは見渡す限り田んぼと畑。タクシーや代行運転だとだいぶお金がかかるので、同じお金をかけるなら、泊まってしまった方が時間も気にせず遊べて良かったりするのだ。


「みのりさんはどうやって帰るの?」


「父が迎えに来てくれるんです。十時くらいならいいって……」


 六時に待ち合わせをして、まだ八時だった。


「そうなんだ。じゃあ、あまり遅くならない方がいいね」


「あ、いや……本当は……もっと一緒にいたいです……」


 みのりはプラスチックのスプーンを咥え、ほじくられて不恰好になったアイスの丸みを見つめながら言った。


「そう言ってくれるなら、嬉しいよ」


 香澄さんはどこまでも爽やかだった。


「あの……香澄さんは……男性が好きなんですか? 女性が好きなんですか……?」


 みのりは思い切って聞いてみた。


「うん……そうだよね、ああいうのばっかり書いてると、男も好きなのかな、って思うよね」


 それについては、読者のこちらもそうだ。


「自分でもよくわからないんだ。今まで男を好きになったことはないし、女の子にも興味を持ったことはなくて」


「え……じゃあ、香澄さんて……誰とも付き合ったことないんですか……?」


「うん、そうなんだよ。三十過ぎてもそれって、おかしいよね」


 香澄さんは恥ずかしそうに笑った。


「そんなことないです! 僕も、まだ、誰とも付き合ったことないんで!」


 酔った勢いで声が大きくなる。


「あ、うん、ちょっと、店員さんびっくりしちゃうから、静かにしないと」


 香澄さんが身をかがめて言った。


 焦ってる香澄さん……可愛すぎ……。僕が攻めなら、もう速攻ラブホに詰め込みたい。


 香澄さんは気まずくなったのか、アイスを大きく切り取って口に入れた。


「香澄さんの新作……すごく良かったです……。経験がないのに、どうやって書いてるんですか?」


「それは、まあ、他にも本は売ってるし動画もあるし、それを単にイメージして書いてるだけだよ」


 そうなんだ……。安心したような、ちょっと残念なような。


 みのりはアイスの下にあった苺を掻き出して、口に入れた。


 とはいえ、そういう資料にあたっているときは、香澄さんだって興奮しているに違いない。あの作品集には、香澄さんの願望が隠れているはず……。


「香澄さんは……どんな人なら付き合ってもいいなって思うんですか……?」


 香澄さんは、うーん、と唸りながら、スプーンをとんとんて唇に当てている。まだ誰にも奪われていない唇に。


「一緒にいて、幸せを感じられる人かなぁ……。私、ケンカとか苦手だから、穏やかな人がいいな」


 穏やか……。僕もケンカは苦手だから……そういう面では合格かな……?


「エッチするなら、受けですか? 攻めですか?」


 香澄さんは口を横一文字にした。僕もよくこんな大胆な質問ができたと思う。


「そうだね、どっちだろう。気が弱いから、受け……かな……」


 気が弱いの? じゃああの作品内の攻めの言葉はどこから? まあ、作品だし、そんなことを考えてもしょうがないかもしれないけど。


 香澄さんが受けだとしたら、僕は攻めをやらなくてはいけない。今まで可愛がられるだけを考えてたけど、それだけじゃダメだ。香澄さんがドキッとするような攻めのカッコ良さを持たないと!


「もう一件、飲みに行きませんか?!」


「い、いいけど、どうしたの? 急に……」


「せっかくお会いできたんで、もっと香澄さんのこと知りたくて!」


「わ、わかったよ。でもあんまり無理して飲まなくていいからね」


 僕は、カップに残ったドロドロに溶けたアイスとフレークが混ざったシェイク状のものを飲み干した。唇にも液体がついて、ティッシュで拭ったが、簡単には甘みは取れない。唇に甘みが染み込んだかのようだ。

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