第7話.初めてのボス戦
エリシアが引き連れてきた魔物たちを殲滅し、無事4人は合流を果たした。
アクトは肩で息をしながら、ずっと借りていたガンブレードをエリシアに手渡そうとした。
「いいよ、今はアクトの方が必要でしょ、それ」
エリシアは顔の前で手をひらひらと動かし、アクトが持っているように言ったのだ。
それはその通りなのだが、それなりに高価であろう武器を扱うのは少々引け目があった。アクトは心情的に、支給品の鋳造武器で十分だったのである。あくまで心情的な部分だけだが。
「うむ」風神が頷いた。
「では行こうかの。目指すは変わらず上階じゃ」
「良いけどさ。罠避けアップグレードしてよね」
「抜かりないわ」
2人は随分仲良くなったようだとアクトは驚いた。
一応敵同士で、しかもこの状況の元凶だった筈だが。
ぼんやり眺めていたアクトだったが、突然彼女がこちらを見た。透き通った瞳に射竦まれ、心臓が一瞬跳ね上がった。
「な、なに?」
「何じゃないよ。前衛なんだから前歩け前」
「おら、雷神貴様もじゃ」
アクトは指で指図されながら、雷神は足を蹴られ並んで歩くことになった。
「……」
「……」
「――でさあ」
「なんじゃそりゃ。王国はケチじゃのぉ」
前衛と後衛で、見えない壁があるようだった。
気まずい沈黙が続く前衛と、話の弾む後衛である。
この場合正しいのは前衛だが、アクトは後衛が心底羨ましかった。
「……ガンブレード」
「え?」
アクトは思わず聞き返した。
まさかこの男から雑談を仕掛けてくるとは思わなかったのである。
雷神もまあ、後ろで騒がれている分少し歩み寄ろうと思ったのである。
しかし聞き返されたので萎縮してしまった。敵だった時にはあんなにテンション上げられたのに、不思議なものである。
アクトもしまったなあ、という思いがあったので、脳内回路をフル稼働して彼の言葉を予測した。
多分、ガンブレードについて知りたいのだろうと彼の脳みそは弾きだした。
「えっと、ガンブレードというのは古代アーティファクトから復元された銃という武器の機構を――」
「仕組みは知っている」
遮られた。アクトの予想は外れていたらしい。
雷神は舌打ちし、忌々し気に言った。
「お前は普段ガンブレードを使っていないのか?」
「ああ……」
アクトは理解した。
「普段は普通の剣を使ってる。使ったのは初めてだな」
「それにしては使いこなせているようだな」
「うん。意外だけど指に馴染むんだ」
「ほう。大概の者はそのグリップで躓くというが――」
何だかんだで、2人は友人になれそうだったのであった。
*
4人は順調に進み続け、話も弾み、もう完全に仲間みたいな距離感になった辺りで立ち往生することになった。
彼らがいるのは、階段を登った後直ぐにあった小さな小部屋。がらんとした空間に宝箱が1つ置かれている部屋だった。
宝物庫である。
迷宮には地中に埋まった価値のある資産を、定期的かつ自動的に宝箱に収める機能があるのだ。
そして宝物庫は階層ボスの直ぐ先の部屋にあるのが通例である。
彼らの前にも堅牢な扉があった。
アクトと雷神はその扉に手をつき、力の限り押していたが。
「……無理そうかな?」
扉がビクともしなかったのである。
通常はボスを倒せば開くが、逆走中の彼らはボスに会わずに宝物庫に到達してしまったのである。
宝箱に収められていた王冠を被り風神が呟いた。
「迂闊じゃったなぁ。逆走すればこういう事も起きるか」
「はぁ」雷神が扉から手を離し息を吐いた。
「壊すか? それ以外選択肢は無いと思うが」
「宝物庫の扉は特別強固じゃが、他の冒険者を待つ余裕もなし。仕方がないか」
このメンバーで最も火力が出せるのは雷神である。
しかし溜めが必要らしく、彼は雷撃を纏いながら静止した。
「壊せば直ぐにボスが来るじゃろう。各々油断するなよ」
風神が場を引き締める。
高レベル迷宮のボスは、エリシアとアクトにとっては初めての相手だった。
自然緊張が走り、固唾を吞み込む。
「準備完了だ。カウントするぞ」
雷神が3秒から始め、秒数を数えていく。3,2,1……
「ハッ……!!!」
雷神が叫び、暴力的な雷撃が放たれる。
それは扉の中心を穿ち、ものの見事に破壊した。
雷神の硬直を埋めるようにアクトが彼の前に滑り出し、剣を構えた。
未だ電気を帯びる扉の残骸を飛び越えて、四足かつ中型の魔物が飛び出してきた。
全高2m、全長6m程度の燃え盛る体毛を持つ狼である。
体毛から熱への強い耐性を持つことが推測された。
風神は彼我の戦力を分析する。
(ハウンド種か。それにしてはかなりの大型だが、ボス補正かの。素早い魔物は前衛の足止め力が鍵になるが、アクトでは少々厳しい。我らの手札的に、イフリートの攻撃は無意味か)
「エリシア、イフリートに全魔力を注ぎ足止めさせよ。儂は詠唱に入る。一撃で決めるぞ」
風神の言葉にエリシアは従い、イフリートの援護に全力を注いだ。
(ファイアハウンド、炎纏っちゃてまあ)
エリシアはひっそりと笑みを浮かべた。
(楽勝だね)
火炎無効。しかし炎を纏っているからこそ、対処が容易だった。
エリシアは召喚能力について3人に説明をしているが、言っていない事がいくつかある。
その1つが、イフリートの持つ火炎吸収能力である。
3人――というか他人には、イフリートは火炎無効という話しかしていない。
だが実際には、火炎を吸収し強化することが可能なのだ。
恐らくあのサイズを吸収すれば、あの魔力量の魔物なら一撃で葬れる程度の強化を得られる。
火炎は苦手だと相手に錯覚させるため、あくまで無効までに話を収めていたのである。
まあ、普通は火炎魔法を使わなくなるだけなので、今回みたいなケースに限った話だが。
それは万が一の事態への備えとして、今は正攻法で戦おう。
エリシアはイフリートでのサポートに徹した。
ハウンドとイフリートの膂力に大きな差は無いようだ。互いに纏った炎は意味をなさず、力と力のぶつかり合いの様相になっていた。
しかし流石はハウンド種。その本領はスピードにあり、イフリートが僅かに力を緩めた瞬間に大きく跳躍した。
向かう先は風神である。野生の直感というやつか、嫌な相手を的確に突いてくる。
「アクト! 雷神!」
「分かっている!」雷神が叫んだ。
直接接触は危険と雷神は判断。黄色の魔法色が轟き雷がハウンドに伸びた。
しかしタメが足りず先ほどの一撃による気怠さも残っている。多少怯んだ程度で、ハウンドは止まらなかった。
アクトは歯を食いしばった。
彼には遠距離攻撃の手段が無い。だから己の体をぶつける決意を固めたのだ。
「――リミット5!」
5秒間に絞った強化。
炎耐性を獲得できるわけではないが、多少は耐えられるようになる筈だ。
「くっ……」
斬撃を振るった僅かな瞬間で、アクトの肌は強烈な熱を帯び、汗がどっと噴出した。
強烈な斬撃にハウンドは引いたが、アクトの全身はヒリヒリと軽度の火傷を負っていた。
込めた魔力量自体は3分の1。タイミングさえ合わせられるなら、秒数ももう少し減らせるだろうが、残念ながらアクトにはそこまでする自信は無かった。
アクトは今更ながらに痛感する。この場で最も役に立っていないのは自分だ。
だからこそ思考を回さなければならなかった。
自分にはいったい何が出来る?
(……精霊術)
そうだ、今自分がこの状況に置かれる事になった元凶。
それこそが唯一手つかずの才能だった。
精霊術はアクトにとって未知の魔法だ。
僅かなヒントを過去から引きづり出す。
思い出すのは彼に精霊を授けたディアナの言葉。
『お気付きになったようですが、精霊は取り込むだけで基礎力を向上させますわ』
……これでは無い。既に恩恵は受けており、それだけでは足りないのだ。
既存の力ではなく、全く新しい力。
確か、彼女は先の言葉の後に、まだ何かを言っていた筈だ。
『精霊由来の固有能力も使えますが――――』
「……これだ」
アクトは呟いた。
精霊由来の能力。この詳細不明の力を操る必要がある。
精霊は己の内に存在する。
必要なのはなんだ? 何をすれば力を貸してもらえる?
「俺の内に棲まう精霊よ。力を貸してくれ」
彼は真摯に自らの精霊に問いかけた。
彼が精霊の力を借りる正しい手順を知る筈は無いのだが、しかし行動は完膚なきまでに正解だった。
精霊に愛される者がいる。
それは産まれながらの素質というだけでなく、こういった無意識での振る舞いも含まれるのだろう。
「あ、やば。ごめんまたサポートよろしく!」
エリシアが叫んだ。
ハウンドが再び風神の妨害に動くが、今度は雷神もエリシアと共に戦っていたために、対処できるのはアクトだけだった。
アクトは目を見開いた。
そして彼の全身から、橙色――ではなく。黄色の魔法色が轟く。
これこそ精霊術の真髄。
取り込んだ精霊の力を、まるで固有魔法のように操る事が可能となるのだ。
彼の精霊は雷を司る。
故にその能力も当然雷。雷への耐性と、そして操作である。
霊墓での戦いで、アクトが雷神の雷に耐えられたのもこれが要因だった。
彼の精霊は粗治療ではあるが、受けた雷撃により、より彼に馴染んでいたのである。
故に今、精霊に呼びかけた彼は十全に精霊の力を扱うとこができた。
アクトの全身から雷がハウンドへと伸びた。
それは雷神が咄嗟に放った一撃とは比較にならない威力だったが、ハウンドを倒すには至らない。
ハウンドは雷に耐え、少しずつだか前進し始めていた。
火力が足りない。
彼に込められた5%の精霊では無理があったのだ。
雷神が叫んだ。
「避けるなよ!」
果たして彼は、あろうことかアクトに雷撃を放ったのだ。
アクトは避けなかった。
僅かな付き合いだったが、ここで裏切るような人間ではないと理解していたのだ。
アクトは雷撃が当たった瞬間、僅かに体をこわばらせた。
「……?」
衝撃は無かった。
むしろ力が滾ったのである。
これぞ精霊の力。
彼らのみが唯一持つ属性吸収能力である。
アクトと雷神、2人の集結させた全魔力が、ひと際大きな雷撃を生み出した。
爆音を伴った雷がハウンドにぶつかり、壁まで吹き飛ばしたのである。
「うむ、上出来じゃぞお主ら」
緑色の魔法色が、風神の手のひらの上に浮かぶ魔核から迸る。
未だ言霊は発せられていないにも関わらず既に周囲の気温は冷え、結露さえ発生していた。
そして風神は腕を伸ばし、言霊と共に魔法を解放する。
「
空間を塗り替えるほどの冷気が満ち、ハウンドとの直線状に氷山とも見間違う氷の道が現れた。
氷は未だ雷撃に怯んだハウンドに直撃し、瞬時に炎を消滅させ氷漬けにした。
エリシアは全身を襲う冷気に身を震わせ、白い息を吐いて呟いた。
「……勝った?」
風神が頷いた。
他の面々も、ひとまずの勝利により息をついた。
アクトが言った。
「とりあえず、寒いし次の部屋に――」
言葉が最後まで紡がれることは無かった。
咆哮が――倒したはずのハウンドと同じ獣の雄叫びがボス部屋から響いてきたのである。
――――ボスは2体いた。
それに気がついた時には、既にもう一体のファイアハウンドが部屋に侵入してきていた。
誰もが油断していた。
ただ戦うために存在する、忠実なる守護者、召喚獣イフリートを除いて。
ハウンドとイフリートがぶつかり合う。
しかしハウンドは万全で、イフリートは大きく消耗していたために押し留められている時間は僅かだろう。そして消耗した彼らには最早2体目を相手取る余力は無く、残された最後の時間といえた。
その残された僅かな時間に、エリシアは決断することができた。
「イフリート、
エリシアの呼びかけにイフリートは能力を発動する。
それは属性吸収能力。炎を司るイフリートはファイアハウンドの炎を吸収したのである。
「…………何じゃと?」
風神の呟きをよそに、イフリートの炎がひと際大きくなり、腕も倍以上に膨れ上がった。
圧倒的な腕力により、ハウンドはイフリートにより持ち上げられ、掲げられたような体勢になる。
「オ、オオオ――!」
イフリートが吼えた。
そしてハウンドからブチブチと筋線維が断裂する音が響き始め――
「オオオオォォオオォオオ!!!!!」
イフリートの頭上で、真っ二つに裂けた。
降り注いだ血は瞬く間に蒸発し、赤い霧がイフリートを陰らせた。
イフリートの勝利の咆哮が響き渡る。
これにて、2体の大型ファイアハウンドの討伐が完了した。
*
地上には先ほどのファイアハウンドのボス部屋を最後に、ボスは居なかったようである。
一行は無事地上に生還し、ここでようやくその迷宮の名前を知った。
風神がため息をついた。
「世界一深い迷宮『無限迷宮ヴォイド』か。ツイてるんだかツイてないんだか分からんのぅ……」
最終到達層50階と言われる未攻略迷宮である。
費用対効果が悪いのであまり人気が無いのだとか。
「北へ進めば街がある。そこで大使館にでも駆けこむが良いじゃろう」
「あれ、普通に帰しちゃうんだ」
エリシアはてっきり今から戦うものとばかり思っていたので、肩透かしを食らった気分だった。
「儂は疲れたわ。今日はもう帰る」
そう言って風神は東へと歩き出した。
あっちが彼女達の拠点かは不明だが、わざわざ追う必要もないだろう。
疲れているのはエリシア達も同じなのだ。
「じゃーねー」
「おう、達者でなぁ」
4人は意外なほど穏やかに別れた。
それなりに歩いた後、雷神が言った。
「良かったのか?」
「お主はもう魔力があるまい。儂とエリシアの戦いになるだろうが、ちと気になる点があるでの」
雷神にも心当たりがあったのか、ぼそりと呟いた。
「吸収能力か」
「うむ。それに名前もな」
「名前?」雷神には思い当たる節が無かったのだろう。不思議そうに聞き返した。
「伽藍洞。ガランドー。偶然と片づけるべきか、悩みどころではあるが――」
一瞬、風神は過去に思いを馳せ、すぐさま「ホホホ」と笑った。
「ともすれば、精霊適合者を狙うよりも、ETG計画に近いやもしれぬぞ」
――――こうして、無事エリシアとアクトは学園への帰還を果たした。
そしてそして、期末テストは消化したので、学園は夏休みへと突入したのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます