第6話.偶然の友情
「ファックだね」
「全くじゃな」
エリシア、偽ディアナが言った。
彼女達は転移事故により見知らぬ土地に飛ばされたのである。
均一なレンガの壁で囲まれ、床には罅一つない石畳が敷かれていた。
明らかに人工物だが人の気配は無く、濃厚な魔力に満ちていた。
それらの特徴からダンジョンだろうと推測された。
本来なら脱出のために力を尽くすべきだが、2人にはそれができない理由があった。
「どうすんだよ、これ」
エリシアは下半身が壁に。
「どうするんじゃろなぁ……」
偽ディアナは床に肘から先が埋まっていた。
転移事故である。
2人は建物に埋まっていた。
迷宮の壁や床は壊せないことはないが、非常に堅牢である。
特に2人が埋まっている壁や床は他の迷宮と比べても堅く、ここが高レベルな迷宮であることも察せられた。
状況は悪いが、顔が埋まっていないだけマシだと2人は支え合っていた。
「下手に暴れても魔物が寄るだけじゃ。機を待とうや」
「そだね。魔物来たらどうする?」
偽ディアナが「ふむ」と考えだし、
「臨機応変で」
「ファックだね」
「全くじゃな」
冒頭に戻った。
エリシアは「はあ」と溜息をついた。
「ところでアンタ何者さ、いつまでその姿で居るの?」
「おん? ああ、確かにこの姿はないの。儂の美意識にも反するし」
「分かる」エリシアは同意した。
偽ディアナの全身が緑色の魔法色で覆われる。
すると見る見るうちに体が縮んでいき、髪色も黒に染まっていった。
まるで日本人形みたいだなとエリシアは思ったが、口にはしなかった。この世界に日本はないし。
「あ、腕抜けた」
「おい!」
体が縮んだので隙間ができ、スポリと少女の腕が床から抜けたのだ。
「うっかりしとったわ。そりゃあ体のサイズ変えたら抜けるわな」
そして「ホホホ」と笑った。
「助けたろか?」
「靴舐めましょうか?」
「…………えぇ……」
エリシアがあまりにも間髪入れずに媚びを売ったものだから、少女も流石に面食らったようだ。引いたとも言う。
「ま、まあ靴は舐めなくて良い。助けてやろう」
「あざっす! サイコーっすね姉さん!」
元より助けるつもりではあったのだ。
何せここは推定高レベルダンジョン。1人では少々分が悪い。
エリシアは一度子供まで小さくなると穴から這い出し、そして元のサイズに戻った。
体をひねりながら調子を整え、エリシアは質問した。
「で、どうすんの?」
「敬語辞めたな。現金な奴よのう。まあ良いが」
少女は一呼吸置いた。
助かった後どうするかは色々あるが、まずは現状の打破に全力を注ぐために意識を切り替えたのだ。
「このダンジョンの雰囲気から見て恐らく地下じゃな。上を目指すぞ」
「男どもはどうする?」
「儂とお主の距離は転移前とズレていた。座標をそのままスライドさせたのではない以上、現在位置は不明じゃ。探すのは非合理的じゃな」
「壁に埋まっている可能性もあるしの」と少女は補足した。
「私武器ないから前衛は無理そう。お前は?」
「儂は魔法使いじゃ。索敵に重きを置いて慎重に進もう。会敵したら召喚せい」
そうして2人は歩き出そうとし、少女が思い出したように足を止めた。
「お主、名前は?」
「伽藍洞エリシア。お前は?」
「伽藍洞? 変な家名じゃのう。儂は風神とでも呼べい」
「風神さんに変とか言われたくねーわ」
エリシアと風神と名乗った少女は歩き出した。
ダンジョンからの脱出を目指して。
*
一方その頃アクト達もまた同じ迷宮に飛ばされていた。
彼らは特に壁にめり込んでいたりは無かったので自由に動けた。多分日頃の行いが良かったのだろう。
「……」
「……」
しかし互いに無言。
男は怪我の治療をしているし、アクトも手のしびれを確認していた。
そんな状況でも離れていないのは、2人もここが迷宮だと理解しているからだ。
協力が必要だった。
しかし言葉を交わす機会も得られなかったのだ。
けれどもここは危険がいっぱいの迷宮。契機はすぐに訪れた。
爬虫類型亜人種の魔物が2人を発見したのだ。
アクトが借りっぱなしのガンブレードを構える前に、男が魔物を切り裂いた。
「レプティリアン。上位ダンジョンか」
そして男はアクトに向かって言った。
「ふん。遅いな」
アクトは当然ムッとした。
男は親睦を深めるつもりだったのだが、出てきた言葉は皮肉である。
素直じゃない男だった。でも男はみんなツンデレだしこんなもんだよね。
「……虚勢だな。随分と俺がつけた傷が痛むらしい」
俺が、を強調してアクトが答えた。
再び場を沈黙が支配した。
空気はより悪くなったが、2人は未だ離れていない。理性はあるのだ。理性は。
男は舌打ちして歩き出した。アクトも距離を置いて追従する。
舌打ちはアクトに自分の行動を気付かせる為のものだったので、意図は正確に伝わっていたと言えよう。それと協力できるかは別問題だったが。
互いにチラチラと目配せをしながら(ただし目が合えば逸らす)、迷宮を進んでいった。
歩いている中、不覚だが男は迷宮とは関係のないことを考えていた。
(あれは違う……)
思い起こすのは、白い魔法色を持つ召喚士。
あの女は目的の人物ではないと、冷静になった今強く感じていた。
あまりにも弱すぎるからだ。
魔法色が被ることはあるのだから、起こりえることだが、それでも彼は落胆を感じざるを得なかった。
もしも彼の思い描いた通りの人物だったなら彼は今生きていないだろうが、彼の執着心はそんな事実を覆い隠していた。
心ここにあらずではあったが、時たま会敵しつつも2人は互いの邪魔にならないように迷宮を進み、上階に進んでいった。
意外にも順調な進行だった。ちょうど二階層ほど進んだ辺りで、迷宮に破壊痕が目立ち始めた。
そこまで来ると、流石に2人もある程度は距離感が近づき始めたので、互いに声を掛ける程度には会話が成り立っていた。
「これ、エリシア達のかな」
「……ふん」
男は答えなかったが、異論は無いようだった。これが今の2人のコミュニケーションである。
やにわに迷宮の気温が上がった。
次いで爆音が響きわたったのである。硬質な物が激突する音が空気を震わす。
「うぎゃあああああ!!!!!」
「あ、エリシアの声」
悲鳴は悲鳴だったが余裕がありそうだったので、アクトは内心ホッとしていた。
「風神も近くに居るのか……?」
「多ぶ――――風神!?」
「ぬはあああああああ!!!!!!」
「え、うわ……!」
多分風神とはあの偽ディアナの事だろうと当たりをつけ納得する間もなく上空から悲鳴が響き、アクトは空から降ってきた少女に押し倒された。
アクトの上で風神が叫んだ。
「なんでこんな時に限って落とし穴ばっかなんじゃ!?」
「風神、生きていたか」
「雷神生きとったんか我ぇ!」
感動の再会を果たした2人だったが、エリシアの悲鳴は変わらず流れていた。
雷神が他人事のように呟く。
「近づいてきてるな……」
「おー、あやつ先に落とし穴に落ちてな。運のない奴よの」
自分も落ちてきたので人の事は言えない筈だが、完全に棚に上げていた。
罠避け魔法は掛けていたのだが、利便性を考慮し落とし穴は例外設定にしていたのだ。2人は逆走というレアな行為中に落とし穴に掛かるという、これまた特殊な事例に遭遇していた。
ドッと、曲がり角からエリシアが駆けだしてきた。
「アクト!」
「エリシ――」
アクトの呼びかけが止まった。
引き連れていた魔物がちょっと、想定以上に多かったからだ。通路を埋め尽くさんばかりの魔物たちがエリシアを追っていた。
「あれはモンスターハウスに落ちたようじゃな……」
風神が呟いた。
アクト達の感動の再会はどうやら、あの大群を倒し尽くしてからになりそうである。
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