第5話.罠と出歯亀女

 王国魔法学園には地下霊墓がある。


 初代校長の埋葬された霊墓は冷たく重たい空気が流れ、静寂の中に重々しい荘厳さが漂っていた。

 壁に架けられたランタンから淡く青白い魔法の光が漏れ出し、薄暗い空間に柔らかな影を落としている。


 中央には棺が1つ安置されていた。純白の大理石で作られたその棺は、まるで眠る者を守るかのように静かに佇んでいた。棺の周りには地下でありながら色とりどりの花が咲き、彼の旅路を彩っている。


 その花の前に、一組の男女が佇んでいた。


 ディアナに変装している何者かが言った。


「死してなお消えぬ魔法が存在するそうですよ?」


 意図の読めない発言にアクトは小首をかしげた。

 話があることは理解していたが、それは自分の処遇についてだと考えていたからだ。


 しかし口をはさむにはまだ早い。アクトは黙して続きを待った。


「この遺体もそうです。緊急用のある魔法を保持していて、その起動鍵は国王が握っているのです」


 アクトは未だ話が読めなかった。まだまだ待つ。


「しかしそんな小細工も、古代アーティファクトの前では無意味」


 そう言ってディアナの偽物は、ダンジョンコアを取り出した。

 アクトもここに来てようやく異常に気付く。


「ダンジョンとして再構成すれば、鍵など関係ないのう!」


 ダンジョンコアが光り輝いた。この霊墓が迷宮へと姿を変えようとしているのだ。

 アクトは光に目をやられ、たたらを踏んだ。


 ディアナの偽物は難なく目的を達しようとし――天井から降ってきたエリシアに阻まれた。


「お、おぎゃあ!?」


 偽ディアナは素っ頓狂な悲鳴をあげ斬撃から逃れた。

 間抜けな声だったが、回避行動そのものは軽やかで、余裕を感じられた。


 エリシアは腕くらいは切り落とすつもりだったので、彼我の実力差に舌打ちした。


 ところで何故エリシアがこの場にいたかというと、彼女は一度は2人を逃がしたが執念で追いかけた上、見つからぬよう天井を這って移動していたのだ。抜け道を使ってまで。これも全ては嫌がらせのためである。


「あ、あの馬鹿は何をしておるか!」


 そうとも知らず悪態をついた偽ディアナは、次にエリシアに向け言った。


「だいたいお主もお主じゃ! 友に刃を向ける奴があるか!」

「私は友であろうと斬れる女……。だいたいディアナは友達じゃないし、あんたはディアナですらないでしょうよ」


「ぐぬぬぅ!」偽ディアナは歯ぎしりした。「何をしておるか! 早く来い!」


 霊墓の入口から、コツン、コツンと。硬い靴底が石を叩く音が響いた。


 降りてきたのは隻腕の男。鋭い眼光を飛ばし、大剣を掲げるように振り上げた。


「アクト、私イマイチ状況把握してないけど、ピンチでいいんだよね? 私たちの」


 アクトはエリシアの問いに肯定するように頷いた。


 抜け道は逃走しながらでは少々狭く後ろから斬られるだけだろう。よって今使える唯一の出入口は男が塞ぎ、背後には偽ディアナが騒いでいる形になる。

 霊墓にはあまり人が来ないので、偶然誰かが通りかかるということも期待できないだろう。


 エリシアは一歩前に出た。

 アクトは精霊の力により強化されているが、それでもエリシアは自身が上だと自負していた。


 アクトは偽ディアナの方を向き、2人は背中合わせの形になる。


「な~にをカッコつけておる! はよ邪魔者を始末せんかい!」


 偽ディアナが指示を飛ばし、男は無言で構えた。カッコよさを大事にするのは変わりないようである。


 エリシアは達人ではないので見ただけで相手の実力を測ることはできないが、敵が強そうで、またコンティニューもできない状況なのは理解していた。


 だから彼女は初手から全力を出すことにした。


 魔法色が爆ぜる。


「――――召喚獣『イフリート』」


 熱気が辺りに立ち込め、棺の周囲に咲いていた花が一瞬で萎れてこうべを垂れた。


 そして炎の中から獣人にも似た炎の魔人が姿を見せたのである。


 男は少しの間呆然とし――何故か呆けていたのは召喚前からだったと思う。次の瞬間狂気じみた笑い声を上げた。


「ハ、ハハハハハハハ!!!」


 狂った笑みを貼り付けたまま、意味不明な叫びを上げて駆けた。


「見つけたぞォ!!!!!」


 イフリートもまた咆哮し、二体の怪物がぶつかり合う。

 エリシアもガンブレードを構えて戦線に加わっていった。


「お主は良いのかえ?」


 偽ディアナがアクトに向け言ったが、彼女が背後から襲い掛かって来ぬよう見張る必要がある。アクトは押し黙ったまま剣を構えた。


「儂は戦わんよ。ちょいと気になる事があるでの」


 当然信じられる発言ではない。

 それは偽ディアナも理解してだろう。続けて言った。


「勝てんぞ、あの娘は。決断すべきじゃな、お主が」


 アクトは視線を偽ディアナから離さず、体を半回転させ、注意深く戦闘を視界におさめた。


 召喚獣のイフリートの体術と炎が絶え間なく男に襲い掛かり、その合間を縫ってエリシアが斬撃を振るっていた。

 男は異常な体捌きと膂力で凌いでいたが、攻勢には出られていない。


 戦いは互角のように思われた。

 男が使


 固有魔法は容易く戦局を塗り替える。

 現状で互角なら、勝つのは男なのはアクトにも良く理解できた。


 その点において偽ディアナは正しいが、果たして放っておいて良いものか。


(何より、俺が割り込んで何とかなるだろうか)


「お主体に精霊を取り込んだじゃろ。それを今活かさず何時活かすんじゃ」


 偽ディアナの挑発は続く。


「ええのか? お前がこのまま傍観し続ければ友……女が死ぬぞ?」

「ッ……!」


 アクトは下唇を噛んだ。決断を迫られる。


 分かってはいるのだ。この女は何をしでかすか分からない。目を離すべきではない。それでも戦局を何とかできるのは、アクトだけだ。


 アクトの脳内にはグルグルと選択が渦巻いていた。

 だけれど、しかし――――


 戦闘に動きがあった。

 男が大剣を薙ぎ払う。


 その斬撃が――――


「痛っ」

「――――ッ!」


 ――――――――気がつけば、アクトは駆けだしていた。


「――――リミット50!」


 言霊と共にアクトが橙色の魔法色を纏う。

 その瞬間アクトが急速に加速した。


 彼の固有魔法は時間制限付きの肉体強化。

 込めた魔力に比例し、唱えた秒数に反比例した強化を自身に付与するのだ。


「ム……!」


 アクトの斬撃を男が受ける。

 不意打ちだったが、余裕を持って止められた。実力に大きな差があることをアクトは改めて実感した。


 しかしアクトの攻撃により男は動きを止められたのだ。

 その隙を見逃すエリシアではなかった。


「死ねぇ……!!!」


 イフリートは炎を吐き出し、エリシアも斬撃を加えた。アクトも力を込め、出来うる限り拘束する。


 攻撃――それも致命傷を受ける瞬間――――黄色の魔法色が轟いた。


「ガッ――――!!!」


 アクトは全身に衝撃を感じ視界が点滅した。

 体が上手く動かなかったが、何をされたかは理解できた。


(雷の固有魔法……!)


 未だ男は帯電しているようだった。

 大剣も同様であり、迂闊に鍔迫り合いすら出来ない。


「イフリート!」


 雷を避けたエリシアは自らの召喚獣に呼びかけ、背後に回る。

 剣による援護を辞め、より多くの魔力をイフリートに渡したのである。


 しかし炎の魔人といえど雷に触れればダメージを受ける。

 故に強烈な火球を吐き、接近戦を避けて攻撃をしたのだ。


 アクトは全身に力を込め、何とか剣を握り直した。


「ぐっ……」


 アクトの固有魔法は肉体強化であり、一般魔法も苦手だ。

 相手が雷を纏おうと剣で戦うしかなかった。


「はあっ…………!」


 アクトは斬撃を繰り出したが、雷により軽く剣に触れるだけで動きが止まってしまった。


 痺れて動かない体で後悔がアクトの脳裏をよぎった。


(威力が足りない! もっと秒数を減らしておけば!)


 慣れからか痺れる時間が減ったが、それでも状況は変わらない。

 接触後は力が入らないのだ。だから勢いよく、どんな守りも破れるほどの力を予め込める必要があった。


「アクト!」


 エリシアが叫んだ。

 同時に彼女は自らの武器であるガンブレードを投擲した。


 それは男に向けた攻撃ではない。

 彼女もまたアクトと同じ結論に辿り着き、より威力の出る武器をアクトに渡そうとしたのだ。


 ガンブレードとは本来、トリガーと斬撃を合わせることで絶大な威力を齎す武器である。

 しかしタイミングを合わせるのが難しく、エリシアは普段二撃目の攻撃として運用している。


 初めてでタイミングを合わせるのは現実的では無い武器だ。


「――――ふう」


 それでもアクトは息を整え、ガンブレードを受け取った。

 銃床のような柄は握り辛い。無理やりトリガーに指をかけ、アクトは剣を振りかぶった。


 アクトの耳から音が消え去り、視界からは色が消滅した。




 ――――――――それはまさしく奇跡だった。


 アクトは熟練度という壁を乗り越え、極度の集中状態が僅か数%の可能性を手繰り寄せたのだ。


「ガッ、アァ……!?」


 男の雷を、大剣をまさしく弾丸のように打ち抜き。

 アクトの斬撃は男の肩に食い込んだ。


「う、おおお…………!!!!!」


 アクトと、そして男が叫んだ。片や剣を更に打ち込もうと、片や剣から逃れようと必死の形相で争っていた。

 雷が周囲に散った。閃光が霊墓全体を照らし、石床に雷が当たり焼かれた。


「情けないやつじゃな――――ま、時間は稼げたがな」


 閃光に目を細め偽ディアナは言った。

 彼女の手には活性化したダンジョンコア。


 彼女はアクトの懸念通り、監視から外れたことで企みを行っていたのだ。


 それは当初の計画通り、ダンジョンコアにより遺体を迷宮化し、遺体の固有魔法を発動させる事。


 遺体の固有魔法――それは転移。

 僅かな時間で護衛を撒き、拠点へ帰還するためのワイルドカードである。


 エリシアが気がついたが、転移の方が速い。

 妨害が無いことを確信し偽ディアナは高らかに笑った。


「ホ、ホ、ホ、 ホァ!?」


 笑い声は悲鳴に変わった。

 周囲で暴れていた雷がタイミング良く偽ディアナの手に当たり、ダンジョンコアが彼女の手から落ちたのである。


「こ……!」


 あまりにも間抜けだが、妨害は成功した。

 しかし最早転移は止まらない。


 それでも――――


「この大バカ者ーーーーー!!!!!」


 

 偽ディアナすら、どこに転移するか分からなくなってしまったのだ。



 ――――――――まばゆい光が、霊墓全体を覆いつくした。

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