第4話.精霊術
外はサンサンと陽が降り注いでいたが、魔法実習室は空冷が効いていて快適なものだった。
エリシアはここが中世ファンタジー的な世界でありながら、魔法の恩恵をフルに使っていることに心より感謝し、隅の方で椅子に座っていた。
実習室ではアクトがディアナ監修のもと、精霊術の手ほどきを受けるらしい。
エリシアも興味があったので見学する事にした。あと何かあったら妨害するために。
ディアナが言った。
「アクト様の精霊適合率は30%ほどですが、精霊との相性、アクト様の熟練度によって前後しますわ」
ディアナは重厚な鞄から瓶を取り出した。瓶の上部にはダイアル付きの蓋が取り付けてあり、一度に出せる量を調整できるようだった。
中身には液体のような、気体のような、不思議な黄色の物質が入っていたが――。
「最初は5%で行きましょう。少ないようですが、私のような常人にはこれでも限界値なのですよ」
会話から察するに、あれが精霊か。
言葉のイメージに反して随分とぞんざいな扱いのように思える。
ディアナはダイアルを回し、瓶を傾けた。
最初は表面張力で瓶に張り付いていたが、宙に落ちると、今度はシャボン玉のように空気に揺れながらアクトの手の平に落ちた。
そして精霊は溶け込むようにアクトの手に吸収されていった。
「グッ……!」
突如としてアクトが胸を押さえ苦しみだした。
体をくの字に曲げ、額からは玉のような汗が流れだしたのだ。
エリシアは思わず口を出した。
「ちょ、それ大丈夫なの?」
「初めては精霊が体に慣れるまでに時間が掛かるのです。アクト様の適合率ならば、5%では何の問題もありませんわ」
ディアナはそう答えるが、アクトは尋常でない苦しみ方だった。
「……ちなみに、適合率が低かったらどうなるの?」
「通常であれば爆発四散しますわ」
「うわあ……」
エリシアはドン引きした。
精霊術が流行らない理由が分かった気がする。事故の元でしかない。
エリシアは精霊術に手を出さないことに決めた。
「はあ、はあ、はあ……!」
そんな話をしていたら、アクトがようやく苦しみから解放されたようである。
エリシアは彼の姿を見て目を見開いた。
「ほ~ん」
アクトの内包魔力量が爆増したためだ。なるほどあれが精霊の力。
「お気付きになったようですが、精霊は取り込むだけで基礎力を向上させますわ」
ディアナは鞄に瓶をしまい、ガチリとロックした。
「精霊由来の固有能力も使えますが、今日のところはお休みください。
それと精霊は3日で体から抜けますので、あまり過信はしないように」
「あくまで借り物という意味ですわ」とディアナは締め、実習室の扉を開いた。
「あら?」
ディアナが呟いた。
エリシアも廊下の様子を伺う。
何やら妙にざわついていたのだ。
「お、真理アンだ。何かあったの?」
「あ、伽藍洞さん」
彼女が言うには――。
先日おかしくなった迷宮が機能停止したらしい。
原因は調査中と言われているが、噂によるとダンジョンコアが盗まれたのだという。
「何か大事っぽいね。午後の授業は?」
「それは自習だって」
なら良いか。
エリシアにとって重要な事は目下それだった。所詮他人事だし。
ディアナはエリシアとアクトの3歩後ろを歩きながら呟いた。
「良くはありませんが、現状は様子見になりそうですね」
ディアナは険しい顔をしていた。
彼女の任務はセレスティア教国へ護送する本隊の到着まで、アクトを守り切ることだ。
王国との交渉が必要なので到着までは最悪1ヶ月はかかる。
敵の動きが想定以上に速かったため、外交問題にならない程度の援軍を要請中だが、それもいつになる事やら……。
恐らく迷宮の問題も敵――エレメンタル・ガーディアンズが関与している。
表向きは精霊信仰している宗教団体だが、実態はただ力を求めているだけの悪の組織でしかない。
アクトを連れ去り、非合法な人体実験により精霊適合率の秘密を暴こうとしているのだ。
彼の身を守るためにも、絶対に渡すわけにはいかなかった。
「ディアナ様」
ディアナが決意を固めていると、彼女に話しかける者が出た。
ディアナは既知の――しかしこの場には居ない筈の声に驚き振り向いた。
「アイリーン? 何故貴女がここに?」
アイリーンと呼ばれた小柄な少女は、ディアナの故国の後輩である。
2人は素早く物陰に身を隠すと、小さな声で話し合いを始めた。
「援軍ですよ。お困りでしょう?」
「まあ……」
随分と早い到着だ。それほど上層部も重要視しているという事だろう。
「別働隊も郊外に待機しております。あまり派手に動けないので、まだ街中には入れませんが」
「まだ交渉の最中ということですか。ですが心強いですわ。実は――――」
ディアナは今起こっている事件について話した。
アイリーンはコクリと頷きこう言った。
「理解しました。別働隊にはディアナ様から直接お話した方がよろしいかと」
「そうね」
今後の動きも相談したい。
であるならば、彼女の言うようにディアナが直接向かうのが良いだろう。
幸い単純な戦闘力ならばディアナよりもアイリーンが上だ。
短時間ならば護衛を任せても問題ないだろう。
「貴女は姿を見せず護衛してください。1時間で戻ります」
「お任せを」
ディアナは場所を聞き出すと、すぐさま目的地に向かった。
アイリーンは瞬く間に過ぎ去った背を見送りながら、あの速さならば1時間も掛からないだろうが、問題はないと結論付けた。
計画に支障が無いことを確認したのだ。
「ホホホ……」
そしてターゲットの後を追った。
アクトと、そしておまけの彼と親しいと思しき女生徒。
その女生徒――エリシアが彼女に向かって言った。
「あれ、ディアナどこ行ってたの?」
「お花を摘みに。――――それよりアクト様」
ディアナ――否。無論アイリーンと呼ばれた少女でもないだろう謎の女は、エリシアを押しのけアクトに言った。
「少しお時間よろしいでしょうか。大事なお話が」
手を握るとアクトは露骨に頬を染め、目を逸らした。
そしてしどろもどろに「う、うん」と言った。
彼らの間にエリシアが割り込んだ。
「おいお~い、内緒話なんてズルいじゃないか。私も混ぜろよ」
「なんじゃぁ……あ違った。何ですか貴女は」
妙な口調にエリシアは怪訝な顔をしたが、深くは追及しなかった。むしろ化けの皮が剥がれたと喜んだ。
エリシアは態度をさっと変え、今度はアクトに向け言った。
「私とアクトの仲でしょ? 良いだろ混ぜろよう」
「い、いやあ。それは……」
アクトは自分が置かれた状況――自身が狙われていることを知っている。
彼は頭が悪いわけではないので、ディアナが2人きりで話すというならそれについてだろうし、極めて善良な人間なので、クラスメイトを巻き込みたくなかったのだ。
だから今にも腕を絡めようとしてくるエリシアに期待を寄せつつも、気合と根性で振り払ったのである。
「ご、ごめん!」
そして走り出した。未練を振り切るように。
後を追うディアナの偽物に対し、エリシアは呆然としていた。そして意識を取り戻すと同時に叫んだのである。
「まるで私がフラれたみたいじゃんかーーーーー!!!!!!」
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