第3話.闇夜に潜む者たち
色鮮やかな明りが、緑色の魔法色を伴い夜空の下で街を飾っていた。
街の外周部は石造りの建物が密集し不規則に並んでいた。その合間を石畳の道が迷路のように絡み合っている。
そういった古い建物は中心部に近づくにつれ数を減らし、代わりに魔導鋼材により支えられた高層ビルが目立ち始める。
しかし中心にそびえる城は太古の昔から変わらず姿のままで。隣接する学園もまた古風な佇まいだった。だが内部は最新技術の結晶といえるのを、通う者は良く知っていた。
アンバランスとも云える街並みを、学園の尖塔から見下ろしている者たちがいた。
黒衣を纏う、闇に溶け込むような2人の男女。
女は分厚い辞書のような魔導書を両手で抱えていた。塔の縁に座り、足を所在なさげに揺らしている。
男は隻腕だった。片手で振るえるとも思えない大剣を背負い、しかし巧みなバランス感覚で危なげなく立っている。
女が古風な喋り方で言った。
「この国も変わったのう。代替わりした程度でこうまで変わるか。未だ王血の権威は健在ということかの」
そしてホホホ、とフクロウが鳴くような笑い声を上げた。
男は一切の愛想笑いを浮かべず仏頂面を維持していた。そして彼女の言葉を無視するように話題を変えたのだ。
「器の回収に失敗したようだな」
責める調子ではなく、ただ事実を羅列するような、冷めた口調だった。
女は愉しげに答えた。
「うむ。あの女、力はないがやり手よの。ダンジョンコアを暴走させよったわい」
昨日、エリシア達が迷宮に入っていた時、黒衣の女もまた迷宮に潜んでいたのだ。
目的は精霊の器――アクトの誘拐だ。アクトの高い精霊適合率に狙いをつけていたのである。
それを阻んだのがディアナだ。
彼女は黒衣の女からアクトを守るためダンジョンコアを暴走させ、変異した迷宮の力により女を阻み、そして人を呼び込んだのである。
「儂もこれにはちょおっとイラついた。だから、ほれ」
女は二やつきながら、懐から正八面体で、薄い水色の透き通るクリスタルを取り出した。
男は目を丸くし、「ほう」と呟いた。
「ダンジョンコアか。未だ迷宮は健在のように思えるが」
「今はの。儂の作ったダミーを置いておいたが、じきに割れるじゃろうな」
イタズラに思いを馳せるように女は笑いを漏らすが、しでかした事は人智を超えた行いである。
ダンジョンコアとは未だ解明されていない古代のアーティファクト。
それを僅かな間とはいえ、模倣するなど人間業ではない。
それも固有魔法ではなく一般魔法の延長――誰もが使える技術だというのだから驚きだ。
「しかし」男は言った。
「任務はどうする。増援を呼ばれる前に強襲するか?」
警戒された上に護衛付き、更には精霊術の手ほどきも受けるのであれば、穏やかな誘拐劇は難しいだろう。
であるならば、本国からの精鋭部隊を呼ばれる前に、片を付けるのが上策に思えた。
女は笑いを止め、凍えるような瞳を向けた。
「最悪王国と事を構えることになる。そのリスクは負えんよ」
そして今度はにやりと揶揄うような笑みを浮かべた。
「腕白小僧よ。いくら暴れようと、おぬしの腕を奪った怪物は現れんじゃろうて」
「…………ふん」
10年前。
男はこの国へ現在の王である第一王子の暗殺へ来ていた。
懇意にしていた第二王子の一派に恩を売るためである。
当時の事を男は思い出す。
――――月の無い夜だった。
宮殿の庭園は闇に包まれ、冷たい風が音も無く石畳を這う。
中庭の片隅に、影のように男が降り立った。男は慎重に宮殿の壁に身を寄せ無音で移動した。
護衛の巡回パターンは完璧に把握しており、その合間を縫って進んだのだ。
宮殿の内部はまるで時間が止まったかのように静まり返っていた。男は無駄のない動きで進み、目指す寝室の前に辿り着いた。
扉の前で一瞬息を整え、冷静に周囲を確認する。彼の計画は完璧だった――――その筈だった。
扉を開けようとした瞬間、何者かが彼に刃を振りかざしたのだ。
男は己の大剣を翻しその攻撃を受け、闇夜に火花が舞った。
照らされた姿は小さく、その者は子供のように思われた。
オレンジの火花が去った後も、その者はぼんやりと白く光っていた。固有魔法の魔法色だろう。
その者は子供とは思えない剛力で、つむじ風のような俊敏さだった。
男は瞬く間に追い詰められ、右腕を犠牲にして命からがら逃げ延びたのだ。
……正体は今でも分からない。王子の護衛にあのような者が居たなど聞いたことが無いし、闖入者にしてはあまりにも意味が分からなかった。
王子暗殺の失敗により王国への影響力は落ちたが、男にとってはどうでも良い事だった。
――願うのは再戦のみ。それさえ叶えば全てを投げ打っても良かった。
恐らく、年齢は精霊の器と同程度だろう。
だから今回の任務で僅かに期待をしていたが、残念ながら器の戦闘力はあの時の子供の遥か下だった。
期待は外れたが、特に問題はない。
頼りは白い魔法色だけだが、彼にはそれだけで十分だった。
「回想は済んだか?」
女が言った。
見透かすような態度は不快だったが、それも己の不覚として怒りを飲み込んだ。
「愛い奴よのう」
女はまたホホホと不気味に笑った。
ひとしきり笑った後、女はダンジョンコアを覗き込みながら言った。
「計画じゃがな、無論考えがある」
階下から射した光がダンジョンコアにぶつかり屈折し、きらりと男の目に掛かった。
男は目を細め、「計画とは?」と聞いた。
「儂も何の考えもなくこれを盗み出した訳じゃない」
女はダンジョンコアを握りしめた。
光から遮断されたというのに、暗い夜では考えられない程の光が手の隙間から漏れていた。
女が言った。
「迷宮が産まれる瞬間を見たことがあるか?」
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