第2話.決闘の顛末

 16か月ぶりの決闘が、グラウンドで始まろうとしていた。


 ギャラリーが見守る中、10mの空間を隔てて中央に立つのは2人の少女である。


 そのうちの1人、エリシアは改めて対峙するディアナを注視した。


 指定制服を纏うのみで、硬質のプロテクターは装備していない。

 手に持つ錫杖からも前衛ではなく後衛タイプと推測できた。


 守りは魔道具タイプの緊急防御機構だけだろう。標準的な護りならば通常攻撃3撃で突破できる。

 決闘のルールにより、その護りが切れた時点でエリシアの勝利だ。


 問題は固有魔法だが、これは見てからでないと分からない。



 ディアナもまたエリシアを注視した。


 指定制服の上から装着しているのは魔導製の合皮プロテクター。


 そして得物はリボルバー機構の銃に対して、銃身の代わりに巨大な刃を取り付けたガンブレード。


 使い手が少なすぎてイマイチ理解が足りていないが、構造上銃撃は不可能。勝手は通常の剣とそう変わらない筈。


 何にせよ、問題は固有魔法だろう。

 ディアナはエリシアと近い結論を下し、錫杖を掲げた。


「双方! 用意は良いか!」


 審判が叫んだ。

 ギャラリーが雑談をやめ、静寂が場を支配する。


 エリシアはクラウチングスタートをするように姿勢を下げ、剣を上段に構える。

 ディアナは杖を掲げたまま、魔力を魔法へと構築する。


 緊張感が広がる。誰かが固唾を飲んだ。


「――――――始め!!!」


 審判が叫んだ。

 エリシアが駆けるが、先制攻撃を仕掛けたのはディアナである。緑色の魔法色が一瞬煌めき、火花へと変質する。


中級火炎魔法メガフレイム!」


 一般魔法による炎撃。

 エリシアは立ち止まり、巨大な火球に斬撃を放った。


 炎とは不定形のエネルギーそのものである。

 刃を通過せようとも、避けるように炎が通り過ぎるだけだ。直撃は避けられず、数瞬後にはエリシアを高熱の炎が襲うだろう、


 ――――無論、それは通常の炎だった場合の話である。


 斬撃が中央に達した瞬間、炎が霧散したのだ。


(魔核を破壊した!? 器用な真似を)


 一般魔法には魔法を維持するための魔核が内部に存在する。

 魔核は繊細であり、ちょっとした衝撃で破損してしまうのだ。


 とはいえ狙って破壊できるものではない。

 高速で飛来する魔法の中、どこに魔核があるかを見分けるのは至難の業である。


 ディアナは警戒を引き上げた。

 しかしそれはエリシアも同様である。


(速度、威力共になかなかだね。面倒だな)


 多分学園でも一二を争いそうである。多分。


 ディアナは魔核の保護のため、物理的に硬度のある土属性の魔法に切り替えた。

 エリシアもこれは回避する他なく、大きく迂回するためにディアナに近付けないでいた。


 エリシアの体力が切れるのが先か、ディアナの魔力が切れるのが先か。

 ギャラリーが長期戦に備え息を抜こうとした時、それは起こった。


 エリシアが地面に剣を突き立てたのだ。


「どりゅー……」


 そして腕に力を入れ、トリガーを引いて叫んだ。


「せん!」


 火薬の代わりに魔力が詰められた弾薬が爆ぜる。そのエネルギーは通常弾頭を発射する為に使われるが、ガンブレードはその限りではない。


 爆ぜる力は刀身を押し進めるエネルギーとなり、そのまま土塊に運動エネルギーを付与したのだ。


 簡易的な遠距離攻撃ではあるが、無いと思い込んでいたディアナに隙を作るには十分な攻撃だった。

 一般魔法による攻撃が途絶え、エリシアの接近を許してしまう。



 エリシアの振り下ろしの一撃を、ディアナは錫杖を盾にして受けた。


 金属同士がぶつかり、こすれ合う異音が響き渡る。


 ディアナは膝をつきかけるが、何とか踏ん張り鍔迫り合いの様相になった。


 エリシアがフッと笑った。


「受けていいの?」


 ディアナは目を見開いた。

 ガンブレードの機構。トリガーによる、密着状態からでも撃てる二撃目を思い出したからだ。


 爆音と共に剣が大きく押し込まれた。


 しかしトリガーを引くために動きが僅かにブレ、更に魔道具による防御にも助けられ、ディアナは辛うじて斬撃から逃れた。


 折れ曲がった錫杖を放り捨て、ディアナは蹴りを叩き込んだ。


 回避ではなく攻撃。

 その選択はエリシアの意表を突き、ダメージは少ないながらも大きく後退させた。


 再びディアナの間合いとなった。

 エリシアは舌打ちし、この繰り返しでは勝機が薄いと判断した。


 つまり、自らの魔法を使う決意を固めたのだ。


「仕方ないな……!」


 の魔法色が爆ぜる。


 一般魔法は緑色の魔法色だが、固有魔法は千差万別。

 発動方法も、効果範囲も、何もかもが出鱈目なのだ。


 ある者は雷雨を呼び込み都市機能を破壊し、

 そしてある者は不可逆の変化さえ治癒する。


 一般魔法とはそれら奇蹟を模倣しているだけの劣化品に過ぎない。

 故に戦闘者達の本質とは、固有魔法に根ざしている。


 では伽藍洞エリシアの固有魔法は。


 それは言霊を以って発現する、幻想の具現化。その名も――――



「――――――召喚――ンン!? アツーイ!!!!!?」


 腹痛により魔法が乱れ、魔法が不発となる。


 エリシアの腹部には見たこともない奇妙な文様が浮かんでいた。


「チェックメイトですわ」


 ディアナが赤色の魔法色を纏い言った。


 効果の程は不明。しかし、この腹に浮かぶ熱を持つ文様は明らかに固有魔法で、何かの準備で――


「ちょっ!? 嘘、待っ!!!???」


 カチン、という何かの外れる音とともに、エリシアの腹部が爆発した。



 ――ディアナの固有魔法は、触れた物を爆弾に変える能力だ。

 今回爆発させたのは魔道具による防御魔法そのものである。


 ルール上防御魔法が破れた時点で勝敗は決するため、威力に関係なく爆発させた時点で勝利確定である。

 実戦ならば威力を上げるため、接触時間を増やす必要があった。ルールに助けられた形になるだろう。


 何はともあれ。

 無傷のディアナと、腹を抑えて「ぎにゃぁぁぁ」と転げまわるエリシアを見れば、どちらが勝者かなど一目瞭然だった。




 *




 保健室に運ばれたエリシアの元に続々と冷やかしが集まってきた。


 そのうちの1人、ルミナがどこかから持ち出してきた木槌を叩き言った。


「え~、今回の反省点ですが」


「いきなり反省会ですか」エリシアは呟いたが、取り合われる事は無かった。


「いっつも思うけど、エリシアちゃんは油断し過ぎなんだよね。そんなんだから一番になれないんだぞ」

「そーっすね」


 固有魔法抱え落ち(奥の手を使わずに死ぬ行為)という無様を晒した手前、反論はし辛かった。


「ですが」とディアナが反論した。


「警戒したからこそ使わせなかったとも言えますわ」

「なんでお前がいるんだよ」


 さも当然のように、エリシアを保健室送りにした女が仲間面してフォローしていたのだ。


「当然ですわ。私が怪我をさせてしまったのですし」


 そう言ってディアナは、エリシアの包帯巻きの腹部に視線を向けた。


つもりだったのですが、無事なようで何よりです」

「殺意込めてたの?」


 エリシアの脳内は怒りよりも先に疑問が支配していた。

 無意識が恐怖を押さえ込もうとしたのかもしれない。


 ちなみに抉っても全治一週間程度だろう。治療魔法は現代医学を部分的にだが越えている。

 当然魔法をかけた場合の話なので、放っておけば死に至る怪我というのは変わらない。


「嫌な女だな! ごめんねマリあ~ん。席は守れなかったよ」

「あ、そのことだけど」


 アンは申し訳なさそうに言った。


「席は、そのままという事になったんだ」

「おん?」


 どういう事だと視線を向けたら、ディアナがずいと身を乗り出してきた。


「良く考えれば、あまりにも失礼な態度でしたから」


 よく考えるまでもないだろ、というツッコミをエリシアは喉元で抑え続きを待った。


「私も考えを改めまして、席はそのままにさせていただきました。アクト様との仲は別の時間で深めますわ」

「そう、それ」


 じゃあ怪我損じゃねえかというツッコミも抑え、気になる情報に喰いついた。


 特段意識していたわけではないのだろう、ディアナは「何ですか?」と疑問を口にしていたが、他の女子もその点を気にしているようだった。


「アクトと君って昔馴染みか何かだったの? 婚約者ってどういう事さ」

「いえ昨日が初対面ですが」


 じゃあどういう事だと目で訴えると、ディアナは「少々込み入っているのですが」と前置きした。


「精霊をご存じですか?」


 どこかで聞いたことがある気がする。

 前世ではなく……そう、確かボケちゃったお爺様が精霊について話していた。


「自然現象に宿った魔力生命体だっけ?」

「よくご存じで。補足しますと――」


 悠久の時の中で魔力が、自然が放つ波動に同調し、更に生命体を模倣した者が精霊だ。

 人間とはスケールの違う膨大なエネルギーを持っており、かつては自然の代弁者として信仰の対象でもあったのだとか。


「我々が着目しているのは、力の一端を借りられるという点です」


 精霊の膨大な力をだ。

 確かにお爺様もそんなことを言っていた。


「しかし借りるには、特殊な才能が必要となるのです」

「はは~ん」


 話が見えてきた。


「アクトにはその才能がある訳だ。それで君らの陣営に引き入れたいと」

「その通りですわ」

「うわ、政略結婚を恥ずかしげもなく!」


 一切の引け目を感じさせない、素晴らしい返事だった。


 普通政略結婚には思う所があるものではないだろうか。

 エリシアは疑問に思い、自分が転生者だからかと疑ったが、ルミナとアンの険しい顔を見る限り、自分の感性が正しいのだと思い直した。


「それってアクトも知ってるんだよね?」

「勿論ですわ」


 ディアナが明晰に答えた。


 アクトは困ったように笑っているが、満更でもない様子。

 まあ、美女に好かれて悪い気は起こさないか。この糞やろう。


 なら仕方がない――――――――とでも言うと思ったか!


 エリシアはにこやかに笑った。


「そ。まあ最終的にはアクトの意思が大事だけど、頑張ってね」


「応援ありがとうございます」とディアナは答えたが、エリシアは全力で妨害してやると心に決めた。

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