魔法学園迷宮科召喚士エリシア
PSコン
第1話.王立魔法学園迷宮科2年8組伽藍洞エリシア
「う~わ!!!」
前世ならばプライバシーの侵害で炎上しているだろうテスト結果の貼り出し掲示板を見て、
一般魔法科目の点数順を示す長い紙。その中でエリシアの名前は一覧の遥か下、ご丁寧に赤文字で記されていたのである。
つまりは赤点、追試である。
「うへぇ……」
エリシアの隣で、ローテンションながらも同じような意味を持つ声を上げた男がいた。
セルフカットの嫌疑が掛かっている雑な黒髪の男。中肉中背で如何にも普通ですよ。と主張しているがエリシアは知っている。こいつは馬鹿なのである。
名前は
「へへ、低空飛行(赤点ギリギリ上を狙う行為)失敗してやんの」
「エリシアもだろぉ……」
アクトは分かりやすい程肩を落とし落ち込んでいた。
それなりに勉強していたことが窺えるが、残念ながら結果は振るわなかったようだ。
エリシアはどうかというと。
彼女は完全にサボりが原因である。授業中は内職(授業と関係ない事を行う行為)に精を出してもいた。
「だいたいさあ。固有魔法があるのに一般魔法とか馬鹿らしくない!?」
「そんな事ないと思うけどなあ」
「いいや、ある!」エリシアは断言した。
2人は追試の説明を受けるため職員室に向かっていた。
ちなみに赤点は(一般魔法については)2人だけだったので、これで追試フルメンバーである。
エリシアは隣の不届きものにビシリと人差し指を立てた。
「産まれつき備わり個々人によって異なるけれど、その分強力な固有魔法!」
次に中指を立てる。
「そして誰でも同じように扱えるけど、効果の低い一般魔法!
どっち鍛えるべきかなんて火を見るよりも明らかでしょう!?」
アクトはエリシアの二本指を苦笑しながら避けて言った。
「でも、回復魔法とか、探索魔法は絶対に必要だろ」
「そんなのはパーティーで1人覚えてたら十分! やりたい奴がやればいいの!」
エリシアの言葉にアクトは唸って口を閉ざしてしまった。
どちらかというと勢いに押されただけかもしれない。アクトの人柄が察せられた。
エリシアは「論破~、ロンロン論破ぁ〜↑」と楽しそうに歌っていたが、頭に落ちたノートにより黙らされた。
「職員室前で騒ぐなや劣等生ども」
彼女達の担当教師、数学担当のふとっちょが目だけは険しく、口元は半笑いで立っていた。
「痛てーなデブ」
「お前なあ、またリーダ先生に怒られるぞ」
「ま、数学は出来てるから俺は許すけどな」ふとっちょは教師としてアレな事を口走り去って行った。
数学は前世とあまり変わらないので、エリシアにはイージーだったのである。
その分前世には無かった魔法や、明らかに異なる歴史は壊滅的だったが。
――――エリシアは転生者という奴である。
会社員として働き、その日もいつも通り寝た筈だったが、気がついたらこうなっていた。
多分隕石が落ちたか、某国のミサイルでも直撃したのだろう。
この世界には前世の世界の情報が無かったので分からないし、正直それほど興味もない。
両親のことはちょっと気になるが『何が何でも帰るぞ!』という気はしなかった。
だって面倒くさい。頑張りたくない。
私は前世の経験を活かして楽に生きると決めたのだ。
まあ、残念ながら、経験を活かすにはあまりにも世界観が違ったのだけれど。
「――――というわけだ。しっかり勉強して挑むように」
眉間のしわがデフォルトになっているであろう、一般魔法担当のヤセギミ魔法使いが説明を終えた。
各々の返事を聞き終えた後、ヤセギミが「それと」と言った。
「東、お前は戦闘実習も赤点だ。担当教員の元に向かうように。伽藍洞、お前は――今回は一般魔法だけだ。帰って勉強しろ」
歴史は大丈夫だったらしい。
緻密な計算の基に立てられた、赤点回避プロジェクトは一定の成果を収めたようで。
「じゃあお先ぃ~。頑張れよアクト!」
アクトは愛想笑いを浮かべ、エリシアを見送った。
戦闘実習の先生は既に部活に顔を出しているようだったので、アクトは運動場に向かうことになった。
トボトボと歩いている間、考えるのは先ほど別れた伽藍洞エリシアというクラスメイトについてだ。
輝くような銀髪を肩まで伸ばし、色鮮やかな三つ編みのエクステをいくつも付けた美少女である。
容姿はクラスでも一番と云って過言ではないだろう。本人が言っていたことだが、アクトにも異論をはさむ余地は無かったように思える。
しかし口も授業態度も悪い。当然の結果として赤点の常連である。
アクトが初めて会話したのも、補習を通してだった。
その時も一般魔法科目であり、2人だけの補習だった。
夕陽が差し込む教室で、2人だけが肩を並べてペンを動かしていた。
魔法学園という名が示す通り、一般魔法は多くの生徒も力を入れている科目である。非常に重視されているのだ。これで赤点を取るのは特殊な生徒だけだ。
特に戦闘を行う学科は、これが最も重要だと考えている者も多い。
『だいたいさあ。固有魔法があるのに一般魔法とか馬鹿らしくない!?』
先ほど彼女が言っていた言葉は間違っている。
多くの人達は、固有魔法一本で戦えるほど強くはないのだ。
(だから戦闘実習も赤点だったんだよなあ……)
アクトは努力をしていたが、どうにも一般魔法の素養がないらしく、戦闘実習でも赤点だった。
彼は悪い形での特殊といえよう。
「リーダ先生」
「む、東か」
筋肉隆々な壮年の男、戦闘実習担当のリーダが答えた。
彼は陸上部の顧問であり、真面目だが少し忘れっぽいところがある。
現に追試の件も忘れていたようで、心底申し訳なさそうに「すまん」とアクトに謝った。
誠実なので生徒からも結構な人気がある。抜けているところも加算ポイントなのだとか。
「追試は迷宮探索だ。地下3階まで潜るから、用意しておくように」
より実践に近い形という事だ。
追試という小人数の試験だからこそ出来ることだろう。これは却って得をしたかもしれない。アクトのレベルでは迷宮には自由に入ることが出来ず、また許可も取り辛いのだ。
アクトは胸の鼓動が速まるのを感じた。
「1人でですか?」
「班員は3名だ。1人は同じく追試の砂羽。もう1人は戦闘成績上位10名の中から声をかけろ」
「班員探しも貴重な経験だ」とリーダは言った。
しかし上位10名から選ぶとなると、本当にこの追試はお飾りみたいなものだ。そのランクだと3階程度なら何の障害にもならない。
これはどちらかというと、人を集められるかを見ている気がする。
「砂羽と協力しなさい」リーダはそう言って運動場をぐるりと見回した。「おーい、砂羽!」
そういえば彼女は陸上部だったか。
リーダの呼び声に
陸上部とは思えないふくよかな体を揺らし、ルミナは妙な足取りでアクト達の元に走ってきた。アクトは視線を逸らした。リーダも僅かに目線が逸れているように思える。
「砂羽、お前も戦闘実習赤点だったようだな?」
「え? そうだったんですか?」
リーダは苦い顔をした。ルミナが嘘をついていないと分かったからだ。
成績を気にしない者もいるが、自分が赤点に近いとなれば気にせざるを得ない筈。
しかしそんな常識は彼女の中に無く、追試をすっぽかし(というか知らずに)追々試を受けさせられたレジェンドである。
ちなみに追々々試もあるらしい。基本的に受かるまで続くようなので、退学とかそういうのは無い。
帝国と違い、王国の学園はかなりゆるゆるだった。
「部活は休んでいいから、東と一緒に追試対策をしろ」
「はーい」
砂羽は赤点だと知ったばかりなのに呑気な返事をして、アクトに向けこう続けた。
「着替えちゃうから、ちょっと待ってね」
それが良い。汗で張り付いた体操着は、あまりにも目に毒だった。
そしてたっぷり30分待った後、フローラルな香りを漂わせたルミナがアクトに話しかけた。
「お待たせ~、じゃあ行こうか! アクト君!」
ルミナは一歩踏み出し、ピタリと止まった。
「……何をするのかな?」
アクトは苦笑し、追試についての説明を行った。
「10位かぁ~」
ルミナは呟いた。
そして「10位、10位」と続け次のように結論付けた。
「多分エリシアちゃん入ってるよね? 仲間になってくれないかなぁ」
エリシアは6位なので問題ない。
アクトとしても知り合いなので第一候補だった。
「今どこに居るか知ってる?」
「あれ、知らないの? エリシアちゃんはこの時間はだいたい――――」
ルミナが意外そうに言った。
彼女はアクトとエリシアが友人以上恋人未満の関係だと思っていたので、当然自分が知っていることは知っていると思っていたのだ。
しかし実際は、アクトはエリシアと話す機会が多いというだけで、特別仲が良いという訳ではなかった。
2人は学園を後にし、街に出て、更に大通りを通り過ぎ小さな路地へと歩を進めた。
路地に入ると夕方だというのに、薄暗い影が建物を覆い尽くしていた。
足元は古びた舗装が無造作に敷かれ、その間には不気味な水たまりがたたずんでいる。
右手に続く路地には重みさえ感じる空気がずっしりと漂い、左手にあるせり出した建物は一見すると見捨てられているように朽ちていた。
路地の奥には、黒く塗られた木製の扉が陰影に溶け込んでいた。
その扉には金色の塗装の取っ手が嵌められていたが、随分と使い込まれているようで、手の触れるであろう箇所が無残に剥げていた。
その扉の隙間から微かに光が差し込み、何やら軽快な音楽が漏れ、扉の先はまるで異世界のように錯覚させられた。
不気味な路地にアクトは立ちすくんだが、ルミナは軽やかな調子で扉を開けた。
扉がゆっくりと開かれると、その中からはまばゆい灯りと共に、大きな音色が溢れ出てきた。
ひと際大きな音が響いた。
「みんな、今日も来てくれてありがとう~♡!!!」
わっ、と。その声に釣られて野太い歓声がひと際響いた。
壇上に立つ1人の少女。
その直下で覗き込むような男達。少し離れた位置から手に持った何かを力の限り振る男達。後方で酒を飲む男達。
――――そう、ここは所謂ライブ会場で。
壇上に立つ少女こそ、見間違える筈もない、目的の人物である伽藍洞エリシアだった。
*
「あ~、しんど」
水筒の水を飲み干す勢いでエリシアは喉を鳴らし、ついでに愚痴を漏らした。
「アイカツね。もっと楽だと思ったんだけどね。これ意外と大変だったわ」
ひらひらとフリルの付いた服をめくるエリシアに、アクトは絶妙に視線を逸らして言った。
「校則違反なんじゃ?」
「多分ね。確認してないけど」エリシアは何でもないように答えた。
「じゃあバレたら大変だねえ~」
ルミナは悪戯気に言ったが、エリシアは半笑いのままだった。
「いやみんな知ってるっしょ。公然の秘密的な」
「だから交換条件には使えないんだな」とエリシアはこちらの目的を見透かしたように言った。
アクトの動揺が伝わったのか、エリシアは「まじ?」と呟いた。
「大マジだよぅ。かくかくしかじかでね――」
ルミナの説明に、エリシアは「そういうことね」と納得を示した。
「別に3階程度なら良いけどさ。私もタダ働きはごめんなわけよ」
尤もである。アクトも一応交換条件に使えそうな案は持ってきたが、どれも残念ながらエリシアのお気に召さなかったようである。
最終的にはルミナの限定スイーツドラムプリンという案に落ち着いた。
「アクトは貸し1だね」
「私のお陰だし、私にもアクト君貸し1ね」
「え? 俺がお金出すって話なのに?」
極めて理不尽な貸付だったが、悲しいかな、アクトは男女比の暴力により承認せざるを得なかった。
そして追試当日。3人は大きな扉のついた真四角の建物――迷宮の前にいた。
3人組のチームが3チーム。同じ班分けなら6人の赤点組が居ることになる。
(ま、戦闘得意じゃないとどうしてもキツイよね)
エリシアは落伍者たちに同情の視線をこっそりと向けた。
彼らのうち何人かはトータルの成績ではエリシアを上回っていたが、そんな事実は棚に上げて優越感に浸っていた。
「それではこれより追試を開始する!」
リーダが良く通る声で説明を始めた。
「事前に説明した通り、『王都人工迷宮プラクティス』の地下3階に置かれた、宝箱の回収をしてもらう!」
プラクティスは最も標準的な地下遺跡型の迷宮である。
全10階層から成る迷宮で、迷宮探索の練習用に設置されたのだ。
しかし迷宮の機能――ダンジョンコアそのものは本物の古代アーティファクトそのものである。
――そもそも迷宮とは、古代文明が作り出した物で、その影響か古代の遺物が多く埋没している。
その遺物は大概オーバーテクノロジーであり、学術価値を抜きにしても、莫大な富を齎してくれる。
……まあ、迷宮も長い歴史の中で凡そ狩りつくされてしまったのだけれど。残っているのはちょっと個人では手の出ない高難易度ダンジョンだけなのだが、それでも学生たちには大人気である。
(迷宮探索は既にレッドオーシャン。でもダンジョンコアは欲しいんだよなあ)
膨大な魔力を内包し、今なお解明されていない物質変換能力を持つアーティファクト。
これさえあればガッポガッポ間違いなしな筈だ。
(まあ、単純所持自体が極刑ものなんだけどさ)
「なお宝箱は3つ用意されている。決して他のグループの妨害をしないように!」
リーダは最後に釘を刺した。
そして彼の号令の下、3グループの探掘家がのろのろと迷宮の扉を潜ったのである。
「俺が3グループ分パパっと取ってきてやろうか?」
迷宮に入るなり、順位4位の男が言った。
「ううん、監視されてるかもしれないし、やり直しも嫌だから普通に行こう」
「それもそうだな」
意識の低さが素晴らしい方向に向いていた。
エリシアは心地よい空気を感じながらも、ならばと発言した。
「じゃああれかな。一応別れた方が良いのかな? 試験だし」
「言えてる。みんなで行ったらカンニングだもんね」
ケラケラ笑いながら他のグループと別れ、エリシア達はのんびりと迷宮探索を開始した。
迷宮内は地下一階ですら薄暗く、均等に積まれたレンガの壁が閉塞感を生み出していた。
「この壁って一応その気になったら壊せるんだっけ?」
「みたいだけど、割に合わないみたいだ」
壁が厳しいなら床はどうだろうか。
(階段、結構長いんだよな)
だとすると床は相当分厚いことになるので、やっぱりこっちも採算取れない、というより無理か。
と、そんな事を考えていたら、床をのっそりと芋虫みたいな、しかし大きさは50cmほどもある魔物が這ってきたのである。
これも迷宮の特徴の1つだ。
自衛機能として、魔力から魔物を生み出し迷宮を守る。
こいつらはいっちょ前に生殖機能を持っているので、迷宮内外で繁殖する。現在地上で見られる魔物も、全て迷宮を起源とするのだとか。
「どうする? 私が片づけちゃおうか?」
「いや、待ってくれ」
アクトが前に出て、鋳造の安価な剣を構えた。
流石に赤点と云えどこの程度の相手ならば問題にならない。
予測通りアクトは何のアクシデントもなく芋虫の魔物を処理した。
順調に探索は進み、3階に着いた。
しかし最初に見つけた宝箱は空。その次も空だった。
ビリだったらしい。
談笑しながら探索を続け、3つ目の宝箱も発見した。しかしそれもまた空っぽだったのである。
「誰か取って行っちゃったのかな?」
ルミナが疑問符を浮かべた。他のチームの嫌がらせという線も考えられるが――
(そんなやる気のある奴はいないか)
ぐでっとした雰囲気を思い出す。
悪意とはいえ、頑張るという感じはしなかった。
宝箱を見つけたら直帰していくだろう。そんな連中だった。わざわざ他の宝箱を探しにはいかない。
「どうしよう?」
「別に宝箱は見つけたから良いんじゃない? 事情話せば」
心配する2人をエリシアは宥めた。
こういう時こそ人生経験が物を言うのだ。
「大方連絡漏れで、事情を知らない誰かが持って帰っちゃったんでしょう」
だから大丈夫大丈夫。
上層へと向けてエリシアは歩き出した。
「え、あれ?」
だというのにアクトが何故だか立ち止まり、首を左右に振り戸惑っているようだった。
ルミナが声をかける。
「どうしたの?」
「いや、声が……」
ルミナがエリシアを見た。エリシアは首を横に振った。
「幻覚系の魔物が出るなんて聞いたことないよ。気のせいじゃない?」
「いや、でも……」
そう言ってアクトはふらふらと歩き出し――唐突に姿を消した。
「は?」
「え!?」
エリシアとルミナは互いに顔を見合わせ、次いでアクトが消えた地点に向かった。
しかしそこには何もない。土色のタイルが張ってあるだけだ。
「え、何?」
「え、と……
ルミナが一般魔法を起動した。
緑色の魔法色が輝き、魔法の核である魔核が床に触れる。
「どう?」
「う~んと、落とし穴かな?」
落とし穴は時としてボーナスとして機能する迷宮のトラップである。
しかしこの迷宮では発現しない筈だった。つまりは――
(非常事態だね)
これは私達の手に余るとエリシアは判断した。
「……下は4階だし、アクトでも十分対応可能なはず。とりあえず私達は地上に戻ろう」
「え、大丈夫、なの?」
ルミナは今にも泣きだしそうだった。
正直アクトの無事は分からないが、それは私達も同じであるとエリシアは考えていた。
ルールの変わったこの迷宮で、地下1階から3階が安全という保証は何もないのだ。
(特にルミナは冷静じゃないし、普段の迷宮でもちょっと不安)
「とりあえず、帰るよ。いいね?」
「……うん」
そして私達は地上に戻り、程無くしてアクトも戻ってきた。
――――見知らぬ女に連れられて。
*
「へいナイスガイ! 一体全体どういうことか説明してもらおうか!?」
翌日何事もなく登校してきたアクトの机をエリシアはドンと叩いた。後ろでルミナも「そうだそうだ」と追撃をしている。
昨日、アクトが帰ってきたのは良いのだが、私達とは一言も話さず教師に連れていかれ、そしてそのまま帰宅したようなのである。
アクトは困ったように笑っているが、困らされたのはこっちである。
「じ、実は俺も何が何だか……」
と、アクトは言った。
エリシアはアクトの頬を掴む。そしてぎゅうっと力を込めた。
「な、に、が、あっ、たのか、言えや~……!!!」
「わ、わひゃったから……!」
彼が語るには――――
私達と逸れた後、何とか合流しようと彷徨っていたのだとか。
そして歩いているうち、何と亜人系の魔物――おそらくはゴブリンに出逢ったのだという。
あの迷宮ではポップしない魔物である。やはりダンジョンコアに異常があったのだろうか。
今も迷宮は閉鎖されているので、信憑性がありそうだった。
それはさておき。
アクトでは少々厳しい相手である。彼は非常時ながら冷静だったようで、逃げることにしたようだ。
とはいえマッピングしていない迷宮での逃走は最悪に近い選択だ。
アクトは袋小路に追い詰められ、ゴブリンも二体に数を増やしていたのである。
「そこに颯爽と現れた美少女に救われたと」
アクトは罰が悪そうに頷いた。
男のプライドという奴だろう。理解はできるが共感はしてやらない。
ルミナは口をへの字にしていたが、エリシアが視線を向けるとにこりと笑った。
「でもその子って何者なのかなぁ。見たことなかったけど」
「ああ、それは――――」
アクトが答えようとしたところでチャイムが鳴った。同時に担任のふとっちょが教室に入ってくる。
「デブ今日に限って早いよ~」
「うるさいわ。はよ席に着け」
全員が席に着くと、ふとっちょが「え~」と前置きして言った。
「昨日はちょっとトラブルがあったみたいやけど、普通に授業するから安心してほしい」
「「「えー」」」クラス中から不満の声が上がったが、ふとっちょは無視して続けた。
「そんな皆様にうれしいお知らせがあります。何と転校生が来てくれました」
「「「おー」」」今度は感嘆の声が上がった。ふとっちょは満足げに笑った。
「では入ってきてください」
ガラガラと扉が開いた。
夜の砂漠を思わせる流砂のごとき金髪を靡かせて、颯爽と教室に1人の女が入ってきたのだ。
整った顔立ちだが、ピンと張った眉と、深い湖のような瞳から放たれる強い視線が、どことなく鋭利な印象を形作っていた。
刃のような女が、イメージに違わない鋭さを持った声を響かせた。
「ディアナ」そこで何故か言い淀んだ。「ディアナ・コーレットです。よろしくお願いします」
それだけだろうか。
僅かな静寂の後、散発的な拍手が起こった。
フォローが必要と判断したのか、ふとっちょが補足した。
「コーレットさんは遠い異国からの留学生となっております。皆さんよく交流し親睦を深めてくださいね」
――――遠い異国。
コーレットという名前からして、セレスティア教国の人間だと思うが――――
エリシアが考えに耽っている間に自己紹介が済んだのか、ディアナは彼女の隣を通り抜け、そして後ろで何やら騒ぎを起こしていた。
「――――ですから、席を譲ってくださいませんか?」
「え、いや、ええ……?」
どうにも特定の席に執着しているようである。
絡まれている不幸な少女は
「な、なんでぇ……?」
「決まっています」
ディアナが言った。
「それは私がアクト様の婚約者だからですわ。当然の配慮でしょう?」
その言葉が吐かれた瞬間、あらゆる音が消えた。
しかし静寂は続かない。
「は」
「はぁ~~~!!!!!!?????」
エリシアは思わず大声を上げていた。
「な、な、なあ!?」
アクトは!
アクトは私が先に唾を付けた男だ!
そりゃあ、さえないし。所詮はキープ君でしかないが!
私が先に目を付けた男を横からぶんどるなんて信じられない!
「何ですか、あなたは?」
「黙れ!」
エリシアはディアナの前まで行き、そして無視する様を見せつけるようにアンに向き直った。
「譲る必要ないから。というか席替えの時間じゃないからね」
「う、うん、そうだね……そうだよね?」
「ちょっと……!」
まだ文句があるらしきディアナにエリシアは露骨に舌打ちして答えた。
「何だよ。これから授業なんでぇ、おとなしく空いてる席に移動してくれません?」
「だから! 私はアクト様の隣の席に――――!」
暫くギャーギャーと言い合っていた2人だったが、お互いに譲る気がないので話は平行線を辿っていた。
ちなみにふとっちょは事なかれ主義なので限界まで口を出さないし、クラスメイトも敢えて火中に飛び込もうとは思わなかった。アクトはおろおろしていた。
話し合いはエリシアが机を叩いて終わった。
「上等だコラ!? 決闘してやんよ!!!」
「決闘!?」
ディアナがヒートアップした勢いのまま叫んだ。
――――決闘である。
この学園にはファンタジー世界特有の決闘制度があるのだ!
「伽藍洞エリシア! お前の席を懸けて、決闘を申し込む!!!」
エリシアはディアナに人差し指を突き付けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます