無能な王の美術鑑賞

 絵画鑑賞にやってきました。


 展覧会のタイトルは『ルロワ王宮の光と闇 ー近世サンテネリを彩った王と王妃たちー』

 会場は勝利広場から徒歩10分、光の宮殿パール・ルミエです。

 開催期間は9月11日10時〜11時。


 本邦初公開の”あの名作”が見所!

 題して『皇帝の娘』


 本日は、協賛の帝国より駐サンテネリ王国帝国大使にご臨席いただいております。




 ◆




 つまり会場はぼくの家。

 光の宮殿パール・ルミエには5つの大広間があって、それぞれ壁から天井からド迫力の絵画で埋まってる。

 そのうちの一つ、外国要人の接待や大使謁見に使用される広間の大きな椅子にぼくは座っています。

 部屋はいつもの面々高官達で大盛況。ご家族連れもちらほら。


 玉座に座るぼくの前に、帝国大使が恭しく進み出てる。

 青い布を被せた絵画を両手で持って。


「”正教の守護者たる地上唯一の王国”の主グロワス13世陛下へ、”正教の威光のもと諸王を束ねる権威を与えられた人界の君主が領する地”の主にしてエストビルグ国王ゲルギュ5世陛下より、こちらの絵画を贈呈いたします」


 ぼくは大きく頷く。

 その仕草を確認した大使がゆっくりと布を取り去る。

 彼の半身ほどもある大きな絵画が全貌を現した。


「”正教の威光のもと諸王を束ねる権威を与えられた人界の君主が領する地”の皇帝位正統保持者にしてエストビルグ国王ゲルギュ5世陛下が長女アナリース・ヴォー・エストビルグ皇女殿下のご尊顔にございます」


 おおっ、と会場にどよめきが走る。

 角度からいって明らかに見えてないはずなのに感嘆の声が上げる。

 これはつまり、肖像画に対する歓声ではない。

 サンテネリとエストビルグが積年の不和に終止符を打つ。その一事に対するものだ。


 正直に言うと距離が遠すぎて、ぼくにも絵がほとんど見えない。

 ぼんやりと判別できるのは豊かな茶髪のみ。


 あらかじめ定められた手順に従い帝国大使が従僕に絵画を手渡す。従僕さんがぼくの目の前にそれを運んでくれた。


 アナリース・ヴォー・エストビルグ。

 ライトブラウンの髪を結い上げ、微かな微笑みを浮かべた16歳の少女。鳶色の瞳は笑みの中にも隠しきれない意志の強さを感じる。

 こういう畏まった場で考えることでもないけど、うーん、マンガとかによく居る高校の真面目な委員長といった感じだろうか。これ、成長するとメアリさんみたいなバリキャリ系になるパターンか。

 何はともあれ可愛いです。


 お姫様達に美形が多いのって、まぁ納得できるんだよね。

 中央大陸って側妃制度があるでしょ。側妃と愛人の違いは生まれた子どもが継承権を持つかどうかなんだ。側妃の子に継承権があるということは、その子が次代の王として即位する、つまり王家の嫡流になる可能性があるということ。そして側妃に必要な身分要件は正妃と比べてかなり緩い。だから嫡流に色々な血が入る。

 ようするに、ちょっと身分的には足りなくても絶世の美女であればなんとかなるポジションが側妃。そんな絶世の美女たちの血が混じるのが第一。

 次に、健康状態良好。

 栄養面に不安がないから発育がいい。そして清潔。

 あ、我らが中央大陸には入浴の習慣ちゃんとあります。むしろ皆大好きです。中世ヨーロッパのような入浴習慣を弱める諸々の出来事——宗教や疫病の迷信——があんまりなかったからね。


 そんなわけで、お姫様たちは基本的に可愛いし、王子や王も顔が整っている人が多い。

 まぁ男はね。血の気が多いと戦場でうっかり突撃して片目なくしたり耳なくしたりとかいるけど。


「帝国大使殿。お役目ご苦労だった。アナリース皇女殿下のお美しさはこの世のものとは思われぬ。このような中央大陸随一の貴婦人を正妃として迎えられる私は幸せ者だ。皇帝陛下によろしくお伝え願いたい。なにしろ——私は皇帝陛下の”義理の息子”となるわけだから」

「国王陛下のお言葉、帝国を代表して厚く御礼申し上げます。アナリース皇女殿下はそのお美しさをエストビルグのみならず帝国全域に謳われております。正教の信仰篤く心根優しい、まさに清純な乙女の理想のごときお方にございます。そんな帝国の至宝たるアナリース皇女殿下が、大陸にその名も轟く英明にして精悍な国王陛下の元にいらっしゃることを、お父上である皇帝陛下もことのほかお喜びでいらっしゃいます」


 敬語って難しいね。日本語なら身内には基本謙譲語だけど、ここサンテネリではそうもいかない。身内も上げつつ相手も上げる。


「私は二重に果報者だ。まず、帝国の至宝と夫婦になれること。そして、ルロワと御家エストビルグの間に親密な関係を築く切っ掛けとなれること。これ以上の幸福はもはや望むべくもない——大使殿。ご苦労であった」


 エストビルグ大使は優雅に一礼し、広間を去って行く。従僕がアナリースさんの肖像画をご臨席の皆さんに見せて回る。


 儀式がやっと終わった。




 ◆




 さて、ここからが本番です。

 ぼくと皇女の婚約のニュースはここシュトロワから始まり、大体1ヶ月かけてサンテネリ全土に知れ渡ることになる。

 何が起こるかな。


 国民の皆さんの反応はあまり芳しいものではないだろう。何しろ帝国は積年の敵。漠然とそう考えているだけの者もいれば、実際に戦場で帝国兵と殺し合った兵達もいる。その家族達も。

 ちなみにサンテネリ西海の島国アングランも超敵国です。というか、敵国じゃない国がほぼありません。よってサンテネリは結構国際結婚にうるさいお国柄なんです。


 まぁ排他的だよね。

 ”我こそは中央大陸の中心だ”って思ってるからね、サンテネリ人。教養人は表に出さないけど、心の底では微妙に他国を見下してる。

 中央大陸の外交公用語はサンテネリ語だし、文化や思想、ファッションの中心地はここシュトロワなんだから「我らこそ一番」と思い込んでしまっても無理はない。

 そんなシステムはないけど、もし仮に支持率調査があったら現政権ぼく、支持率がかなり落ち込むだろう。お、総辞職秒読みかな、みたいな。

 逆にゾフィさんあたりと結婚すれば支持率あがるよ。

「王はサンテネリ女の良さを分かっておられる!」とか、新橋駅前でインタビューに答えるおじさんいそう。赤ら顔でね。


 そういうのを全部分かった上で今回の和約を進めた。

 大陸の二大巨頭が手を組んだ以上、アングランは黙っていないだろう。恐らくプロザンを盛んにけしかける。

 逆にもしサンテネリがプロザンと手を結んでいたら、彼らはエストビルグに接近しただろう。どっちに転んでもそのパターン。あの国は大陸をかき回すことに命賭けてるからね。


 本当に、いっそアングランを攻め滅ぼしたいよね。歴代サンテネリ王アンケートで嫌いな国第一位も夢じゃない。

 まぁ無理なんだけど。


 海があるからね。




 ◆




 さて、今日は光の宮殿パール・ルミエ美術館を出て、付属の庭園を散策してみます。

 美術館からの庭園巡り。そして夜はレストラン。

 ちょっと上品な婚活デートコースかな?


 ぼくはめでたくご成婚が決まったのでデートはしません。

 庭園散策に伴うのは内務卿のおじさんです。


 クレメンス・エネ・エン・プルヴィユ。

 東部シュトー地方の軍伯に出自を持つプルヴィユ子爵家当主。

 シュトー地方って帝国と東部国境を接するあたりでね、帝国諸侯シュトゥヴィルグ王国も広義のシュトー地方に入る。シュトーってシュトロワと音が似てるでしょ。

 シュトロワは元々シュトゥール・エン・ルロワの縮約形だって説明したことがあるね。

 で、シュトゥール・エン・ルロワは「ルロワ城」。シュトゥールはサンテネリ語で「城」を意味する。じゃあシュトー地方は? 「城」地方。


 あのあたり、山城というか要塞というか、そういうのが林立した地方なのよ。

 なんでそんなのが多いかと言えば、たぶん修羅の国だったんだろうね。昔。


 で、そこの軍伯に始祖を持つクレメンスさん、細身の長身で頬がこけた40代後半。ヤクザ映画に出てくる雰囲気ある。ガイユール公爵は大企業の社長(意識高い系)的な迫力。クレメンス内務卿は知的ヤクザ(意識高い系)の迫力。

 右を向いても左を向いても迫力だらけだ。


「プルヴィユ殿、現状はどうかな。やはり民は反発するだろうか」

「いたします。大方針の転換ですので、無風というわけには参りません」


 誤解しようのない断言。おまえ覚悟の上で決断したんだろ、そう言外に述べている。


「実際に動きはあるか?」

「摘発は日々。ただ、まだ組織だった動きは見られません。酒場で盛り上がる程度のものです。しかし今後の推移は予断を許しませぬ」


 内務卿の職務範囲はかなり広い。流通、インフラ、文教環境、地方行政。つまり国交省と文部科学省が合体したようなところ。最後の地方行政は分かりづらいけど、要するに各地の行政担当者を管理監督するところだ。

 江戸時代の天領代官的な何か。ただ、サンテネリのやっかいなところは中規模の貴族領までは大体政府の代官が行政回してるんだよね。本来自領の管理をするべき貴族達はもうただの地主。みんなシュトロワに住んで毎月上がってくる地代で生活してる。子ども達は官僚になるか軍人になるか学者になるよ。官僚になると代官として地方に赴任したりする。このへん面白いね。

 自分の領地は他の貴族が代官として管理して、自分は他の貴族の土地の代官やったりするんだから。ちなみに官僚も軍人も学者も貴族の占有職じゃない。平民にも門戸は開かれてる。ただし上澄みの一部にだけど。


 あ、内務卿の管轄、もう一つあるね。「警察」。なかでも秘密警察。


「憂さ晴らしならよいが、一本芯が通るとやっかいだ」

「主だったものは居場所も行動も把握しております」

「アングランからの横やりは?」

「当然ありえますな。一度状況をまとめまして陛下にご説明差し上げたいと存じます。数日内にお時間をいただけますれば」


 怖いのは憂さ晴らしの放言に思想的な軸ができること。組織化すること。ぼくも内務卿もそれを警戒している。


 剣呑な話をしながら、ぼくたちはふらふらと庭園の小道を歩く。

 手入れの行き届いた芝生の所々に大木が植わっていて、陽光を遮る日傘の役割を果たしていた。

 歩道の脇に不規則に並んだ天然の日傘のもとには、身なりの良い家族やカップルが布を敷いて思い思いに過ごしている。


 ここはぼくの家だけど、同時に国立公園でもあるわけだ。

 だから色々な人がやってくる。貴族も平民も。

 建物に入るためには複雑な許可がいる。一方庭園は比較的自由に出入りできる。

 ”身なりがよければ”。


 実は服って非常に重要なんだ。

 ちゃんとした格好をしている、つまり男性であれば上質の上着に大判布ネクタイ、女性は鮮やかな染色の施されたカジュアルドレス。たかが服かと思いきや、安い既製品が存在しないサンテネリにおいて、それらを身につけていることは富裕層の証なんだ。

 現行型の高級車(変な改造とかしてないやつね)に乗っている、みたいな感じかな。ある程度の財産があることの証明になっている。

 車と違って服は他人から借りるのが難しい。全部オーダーメイドだからね。様々なサイズを取りそろえた貸衣装屋もあるけどレンタル料は結構高い。レンタルスーパーカーが数時間で10万円とかするのと同じ。たぶんもっと高い。

 実はこういうことは全部、この内務卿に教えてもらったんだけどね。


 まとめると、”そこそこの”服装をしている人間なら大体この庭園に入れる。逆に服装的にアウトだと入れてもらえない。


 王って意外と開放的なんだよ。


「これは陛下! ごきげんよう!」


 ぼくを発見したカップルが遠くの木陰から叫ぶように挨拶してくる。


「ああ、ごきげんよう!」


 ぼくも大声で返す。それで終わり。いちいち走り寄ってきたりとかはしない。すれ違う程度なら大したことない。この間のブラーグさんのように直々に呼び出したりすると大変なんだけどね。超畏まられる。日本でも同じだよね。政治家であれ芸能人であれ、遠巻きに見てる分には「おー、いるいる」ぐらいの感覚だけど、いざ一対一で話すとなったら結構緊張するはず。


 ちなみにこの庭園開放はぼくの施策ではありません。もう3世代くらい前からの慣習です。

 王はサンテネリ国民の「お父さん」なのだという強いイデオロギーの産物。


 実際危険もまずない。彼らは平民といっても上澄みの人々なので。

 超高級ホテルのロビーで街の半グレに因縁付けられたりしないでしょ? それと同じ。少し距離をとって警備の人たちが付いてきているので、万が一のことがあっても安心。


 今度暇があったら日陰でくつろぐ彼らにインタビューしてみよう。


「政府が先日示した外交政策の転換にあなたは不安を覚えますか?」

 ・とても不安

 ・どちらかというと不安

 ・不安

 ・賛成する

 ・よく分からない


 これは次の日新聞に載るね

「市民の7割が政府の外交政策に不安」みたいな見出しで。


 総辞職かな?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る