ぽんぽん、来い来い

蘭野 裕

昭和の子供の奇妙な遊び

 小学生の頃、クラスの女子の間で奇妙な遊びが流行りました。

 コックリさんのように何かを呼ぶのでもなく、霊などのキーワードも出てきませんでしたが、何処かオカルトめいた……強いて言えば催眠術に近いように思います。


 一定の手順を踏み、他人の身体を本人の意志によらず動かす……というと何やらご大層ですが、実際することといえば「目を閉じて直立した相手の、両腕を少し斜め前に上げさせる」という他愛ないものです。

 それでも、薄気味悪くも不思議な現象に子供たち、とくに女子は夢中になりました。


 この遊びには通りのいい名前もなかったように記憶しています。催眠術と言われてもいませんでしたが、仮に「催眠腕上げ」としましょう。


 誘われてやってみるまでは、いや、やってみても意味不明な遊びでしたが、クラスの女子皆が面白がっているのだから気になります。


 手順はこのようなものです。

 最低二人必要で、便宜上、被験者Aと施術者Bとします。施術者側は複数いても良いです。

 Aは力を抜いて目を閉じ直立します。

 BはAの正面に立ち、まず両手で空中に半円を描きます。つぎにAの両手をとり、両腕を交差させて元に戻します。これを、右腕を上に交差するのと左を上にするのと、両方行って1セット。繰り返すほど効果が高まると考えられていました。

 その後BはAの正面向きを保ったまま離れます。

 施術者はポンポンと2回手拍子します。そして実際は無言ですが、来い来いというように両掌を上に向けて手招きを2回します。


 ポンポン(来い来い)

 ポンポン(来い来い)


 繰り返すうちに徐々に被験者の両腕が斜め前や横に上がってゆくのです。

 適当なところで施術者が被験者の両肩を軽く叩いて終了。


 この「催眠腕上げ」には手拍子しない静かな方法もありましたが、手拍子が主流でした。タイトルの「ぽんぽん、来い来い」をそのままこの遊びの仮の名前にしなかったのは、手拍子しないやり方もあるためです。


 ある日、私も被験者になりました。施術者のほかにもギャラリーがいます。

 目を閉じてている私に一連の動作が行われ、手拍子が聴こえてきました。


 ポンポン(来い来い)

 ポンポン(来い来い)


 すると不思議なことに、私の腕に、持ち上げようとするかのような力が加わり始めたのです。

 まるで私の胴体も両腕も磁石の同じ極になって反発しあい、かつ、肩を支点に胴体から離れようとする前腕が、斜め前に誘導されているような……?


 と言ってもその力は、無視しようとすれば容易く無視できるほど微かなものでした。しかし意地を張って動かずにいては、このささやかな変化が無かったことにされてしまうでしょう。

 それより、今はその力に乗っかるほうが面白そうです。


 私は半ば不思議な力に反応し、半ば自分の意思で、両腕を斜め前に少し浮かせました。

 ギャラリー大ウケ。もちろん面白いのは現象そのものであって私ではありませんが。

「ね! そうなるよね!」とYちゃん。

「自然な感じでしょ?!」とMちゃん。

 先に体験した子たちから異口同音に共感の言葉が降り注ぎました。


 こうして私も「催眠腕上げ」ブームに加わったのでした。

 しかし、この遊びを繰り返すうちに、無いと言えば無いようなものを大袈裟に表現することに後ろめたさが芽生えてきました。

 そのうち皆の間でも、もっともな疑問が生まれます。


「手拍子の音を聞いて演じているだけなのではないか? 不思議な力が本当にあるなら、音が聞こえなくても両腕が浮き上がってくるのでは?」


 そこで、今まで主流ではなかった静かな方法の出番です。

 目を閉じた被験者の腕を交差させたり戻したりするまでは同じ手順ですが「ポンポン来い来い」に相当するところで施術者は長いロープを両手で勢いよく手繰り寄せるような仕草をするのです。


 何かの潮目が変わりましたが、私は上手く立ち回る知恵も、みんなの幻想を打ち砕く勇気もありませんでした。


 ある日の催眠腕上げ遊びで、私はまた被験者になりました。ギャラリーのなかにYちゃんとMちゃんもいます。


 ポンポン(来い来い)

 ポンポン(来い来い)


 いまさら正面切って否定する気にもなれず、いつものように少し両腕を斜め前に浮かせます。


 取り巻きたちが囁き合いました。何を言っているのかは分かりませんが、ヒソヒソ話の息遣いは聞こえます。


 手拍子の音が止みました。


 何が起こっているのか想像はつきますが、その想像が正解かどうかは分かりません。

 私はある意味で本当に実験台になったのでした。

 

 腕の動きを止めつづけるのに疲れ、薄目を開けてみると、案の定、ロープを手繰り寄せる仕草が行われていました。

 そうしている幾人かの中にいたMちゃんと目が合いました。


「うそつき」


 この一言は私はもちろん、この場にいた女子たちをはじめほとんどの子らにとって「催眠腕上げ」ブームの終わりの合図でした。


 たしかに嘘も演技もありましたが、まるきり嘘だけでもありません。

「私が嘘つきなら皆も嘘つきだ」と言いたかった。

 あのとき感じた微かな力にも何らかの科学的な説明がつくのでしょう。


 子供の遊びに流行り廃りは付きものですが、あの釈然としない気分は今も覚えています。私は子供のころから世渡りが下手だったようです。



(了)

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ぽんぽん、来い来い 蘭野 裕 @yuu_caprice

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