異世界に行った親父

@ku745

親父、逝く

 僕の親父は地方の銀行マンだった。バブルの最中に就職して30年間ずっと働いてきた。

 今みたいに簡単に休みが取れない時代だったから、親父は幼稚園の卒園式や小学校の入学式にも来なかったし、学校でいじめがあった時も、親父は母にずっと投げっぱなしだった。

 だからといって僕はそんな親父が嫌いだったわけではなく、週に何度か弟とスーパー銭湯に連れて行って貰うのが好きだった。

 母は銭湯が嫌いなので留守番をしている、だから男三人で色々な所に行って、話しながら風呂に浸かるのだ。

 僕が大学を出て就職した頃、親父は家の近くの支店を転々とするようになっていた。

 僕と弟で父の送り迎えをするとき、決まって親父は会社の事を聞いてくるのだ。


「彼女の一人でも出来たか?」


 そんな野暮な事は聞かない。だって僕たち兄弟はモテないのだ、弟は車やアニメのオタクでありすれ違う車を見ては型式番号やら、整備ネタを話し始めるし、僕はというと職場と家を往復するだけのミリタリーオタクで、時間があれば本屋に行って本を買うか、イベントに行くくらいで女っ気が無い。事務所に女の子達がいたけれど、彼氏持ちや既婚者ばっかりで恋愛とかそういう物とも無縁な非モテが手を出す相手じゃない。

 弟は中学時代に同じ塾の女の子に好意を持っていたが、振られてしまって男ばっかりの工業高校に行ったから恋愛とは無縁で、親父は「チヨリちゃん」ネタで茶化して中二の弟にキレられた事を覚えていたのか、色恋話は話題に出さなくなった。

 また親父はデリカシーが無く、テレビの女性芸能人を見て「この子はブーちゃんブサイクやな」とか言って母によく怒られていた。

 僕がアラサーになって、親父も50代後半で定年秒読みとなったくらいから、親父はアニメにハマった。昔から家に持ち帰った仕事を真夜中にやっていたが、深夜アニメを見ながらやるようになり、翌朝7時には出勤するという生活になった。

 母は「録画してるんだから、夕方に見たら良いじゃないの」と言ったけれど、親父にとっては仕事の合間の楽しみだったようで、僕たちはそんな親父の姿に懐かしさを感じた。

 僕たちも子供の頃、こっそり居間のテレビで深夜アニメを見ていたのだから。親父が深夜帯の特別感、可愛いキャラクター達が織りなす物語に魅了されてしまったのはよくわかるのだ。

 親父のアニメの好みは、学園もの、異世界もの、ラブコメで、休みの日には僕の加入した動画サイトでよく見ていた。

「今日もアニメで一日終わってもうたな」と言い、僕たちより放送中のアニメに詳しい。何年の夏アニメとかがサラリと出てくるから驚いた。

 アニメの他にはドライブが好きで、家族4人で毎週土日には道の駅まで走って、地元の農産物を買って帰るのだ。

 運転は弟と僕、親父の交代で色んな所に行った。山奥から海辺の町まで毎週数百キロを走っていた。

 僕が転職して家を出たあと、親父は定年退職を迎えた。

 退職金で家のローンを完済して、時間も出来たから「よし、再就職の前に道の駅巡りをするぞ」と意気込んでいた。

 弟と母も親父の定年後の気晴らしに付き合って、隣県の道の駅に行っていたらしい。


 知らせは突然だった、夜中に電話が来て「親父が、死んだ」という弟の涙声に理解が追い付かなかった。翌朝、始発のバスに乗り新幹線に飛び乗った僕は大阪に帰って来た。出迎えは弟と母のふたりだけで、親父はいなかった。家を出てから帰省するときには必ず3人でいて、親父は車の後部座席で土産話を聞こうとするのだ。僕は言葉と内容を選びながら体験してきた事を話した、愚痴じみたものもあったが親父は「うんうん」と聞き、母が口を出す。弟はハンドルを握り「でも俺は……」と自分の経験談を始める。家に帰るたびにそんな時間が流れていた。

 親父のいない車内はどんよりと重く、口を結び黙々とハンドルを握る弟、どこか無理をした母の声だけがして、ひどく寂しかった。

 いざ、葬儀社の会館にたどり着いてしまうと、思ったより静かな時間が流れていた。


 「親父、寝てるなあ」


 無意識のうちに呟いていた。畳の上に布団が敷かれて横たわっていたのを目にして僕はそう言ったらしい。


 「お父さん、だいぶ顔色よくなったのよ」


 母が言った。まあ見た目はちょっと顔色悪いかな、日焼けして黒いかなというくらいであり土気色という表現をするにはまだ色があった。親父の死に際にいたふたりは心不全と共に血が頭に登って赤くなり、目が飛び出んばかりの表情を目にしたのだからそう思ったのだろう。

 僕は「うん」とも「そうか」ともつかぬ声を出して、スマートフォンを見た。

 職場の上司から「忌引き休暇」扱いになったこと、葬儀と通夜の日程、弔電の送り先を確認するメールが届いており、これから葬儀社のスタッフと打ち合わせをするとだけ返信した。

 神道であるから神主さんを呼び、焼香などは使わないかわりにお供え物の準備がある。

 親父の通夜祭、遷霊祭はあっという間にやって来て、父の元職場の皆さんと祖父、祖母、叔父が参列してくれ、気づけば祝詞が終わって玉串奉納という状態だった。

 魂を体から抜く祝詞のさなか、僕は不意に霧のようなものを見た。それはドライアイスを撒いたかのように床の上を漂い、すうっと風が吹くと抜けて祭壇の方へと消えていくのだ。

 僕だけの幻覚かと思いきや母も見ていたらしい、弟は意識が急に遠くなったそうだ。

 翌日の葬場祭は花と親父の好きだった桃、道の駅のパンフレットを入れて送り出した。

 僕は一緒に入れられた足袋、烏帽子と笏を見て「平安時代かよ、きょうび流行らねえな」といった。

 母が親父の愛用していた「識別帽を代わりに入れるか」なんて言ったから、僕は言った「それなら僕の時にやってくれ、なんなら木銃を入れてくれると嬉しい」と。弟は「あの世に行っても戦争する気かよ」と苦笑いした。聞く人が聞けば不謹慎だというだろうが、僕たちはしょうもない事を言って現実逃避をしていたのかもしれない。

 火葬が終われば、忌引き休暇も終わって僕は職場のある四国へと戻る、あっという間の一週間だ。僕の置いていったパソコンの動画サイトの視聴履歴をみると、途中で途切れていたアニメの数々があり、親父は最終話を見ることなく逝ってしまったということを実感し、涙が出た。

 帰り際に母は「お父さんが見守ってくれるからしっかりね」と言ったので僕は言った「いつまでもこんな所にいてたまるか、さっさと転生してくれ」と。

 弟も涙声で言う「親父、向こうで可愛い女の子やエルフっ子と会えたらいいな」と。

 母は「そうやね。私が死ぬまでに『王家の紋章』終わるかな」とつぶやき、年季の入ったオタクであるなあと実感した。

 

 そうして、親父が死んで四十九日。僕は変わった夢を見た。

 異世界系のアニメよろしく僕はよく分からない森を行き、手には着剣した小銃がある。

 僕含む6人のパーティーメンバーは悲しいかな、男ばかりで同級生や職場の同僚がメンバーにいた。

 予備自衛官の迷彩服やサバゲーで使ったアメリカの迷彩服といった装備だ。これじゃ戦国自衛隊だ。

 僕と同僚のAとBは着慣れた戦闘服に身を包んで64式小銃を持っている。同僚のふたりは89式小銃で

 ある。僕は少し年代が上で、思い入れのあるのが64式だからだと思う。

 同じ高校や中学の同級生は河原や空き地でサバゲごっこをしていた時の迷彩服で、実家のガラケーに残っている写真そのものの装備だ。

 手にはMP5機関拳銃と木刀、あるいはM-16A1という銃を持っていて「電動ガンじゃないよな?」とBに聞くと「本物さ……5.56㎜、フルメタルジャケット!」とにたりと笑って言った。

 “微笑みデブ”は今の状況的にやめてほしいのだが、Bはベトナム戦争映画大好きなやつで高校時代からM-16A1やらボディーアーマー集めてる気合の入ったオタクだから仕方ない、今は世界史の教員をやっていたはずだ。

 S君は剣道部だったが、よく僕たちのサバゲーにやって来てMP5の18禁電動ガンで無双していた。当初、威力も連射速度も桁違いで驚いていたが、親に内緒でコッソリ18歳以上用の電動ガン、ガスガンを買うと勝負は互角へと持ち込めるようになり、僕たちが大学生になってサバゲサークルを作るきっかけとなった。

 高校時代、S君とB、僕は親父に車を出してもらって空き地の山や河原へ行った。卒業と共に連絡しなくなったけれど、ふたりは今も元気にしているだろうか。

 演習場のような森の中をしばらく歩いていると、先頭を行く同級生のS君が「クマがでた」と騒ぎ出して同僚のAが「小隊長を呼ぼう」という。

 僕は背負っていた無線機を使って「20ニーマル、こちら02aマルニアルファ、熊出現。熊警報。送れ」と無線を送ると藪を見た。

 02aは僕たちのいる小銃分隊を表すコールサインで、小隊本部を呼び出して異常を告げるのだ。


 「……ァ、感悪し、再送。送れ!」

 

 無線が通じない、肝心な時に使えないクソ広多無コータムが!

 すると藪を跳ね飛ばして現れたのは電車くらいありそうな龍だった。

 寺か城かで見た装飾の龍だったかもしれない。現れたそいつは黒々とした鱗でニシキヘビなんかの蛇を思わせる。

 パラパラと撃った小銃は役に立たず、先頭にいたS君が尻尾で跳ね飛ばされて即死、Aが重症、Bが僕と共に必死で走っていたが転倒して喰われる。中学校の同級生のH君とM君は逃げる最中に見失ってそのまま行方不明だ。

 木々の中を走り抜け、転んでも前方回転受け身をとって走り出し、斜面を転がり落ちる。

 最後、僕一人となり、「もうおしまいだ」と思ったとき、中学生の頃のがバットを持って飛び込んできた。


 「危なかったな」

 「えっ」


 よく見たら、似ているけど違うところがあった。学生服が黒くて、髪型が七三分けっぽいのだ。僕は天然パーマで中学生当時は無造作な感じだったが、現れた少年は見覚えのある髪型でなおかつ、野球をやっていたのか金属バットを構えていたのだ。僕は帰宅部で野球なんてやっていない。


 「親父?」


 かつて、アルバムで見た親父の学生時代の写真と僕はよく似ていたのだ。祖母がよく似ていると言っていたし、祖父の家には少年野球のトロフィが3つ飾っていた。叔父と親父の物だ。

 髪型は遺影にもなった親父の最期の髪型で、黒い学生服は親父の通っていた市立中学校の物だったのだ。

 荒れ狂う龍をバットで殴りつけて、手を振って森の中へと笑って去っていった彼は親父だったのかもしれない。


  夢から覚めて、母に電話すると「久々に大学の頃の夢を見たわ」と言っていた。

 親父は母と三十数年ぶりの下宿生活をやってから、わざわざ異世界に旅立っていったのである。ご苦労なこった。

 弟はその数週間前に祖父宅へ遺品整理に行った晩、一緒にドライブする夢を見たのだという。

 まあバットで殴るっていうアニメテンプレの剣も魔法もない登場しかただが、親父だしそういう事もあろう。自分の身内のチート美少女ハーレムを間近で見るのはきついのでこれでいいのだ。


 親父がいなくなった後の夏休みは、つまらない。

 僕は、あの日で視聴が止まった異世界転生もののアニメを見て思う。

 親父は異世界で活躍しているはずと。そうでなきゃ、寂しいじゃないか。

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