第10話味方を魅了して狂わせる。相手の心を狂わして壊す。そんな存在の選手だと思った…
帝位高校野球部監督の九条は軽く悩みながら電話の相手に受け答えをしていた。
「申し訳ないです。うちの神田への取材はお控えください。
彼は一年の今から既に中心メンバーです。
取材に時間を割かれて練習に集中できなくなると困るのです。
何よりも神田は口下手ですし期待に添えるような回答はしてくれません。
誘導する様に質問されて実際の受け答えとはまるで違う言葉を…
さも神田が言ったように記事にされるのも困りますので…
今回も残念ですが取材の許可は出来ないですね。
重ね重ね言わせていただきますが…
保護者や学校関係者に無許可で帝位高校の生徒に取材を行った場合は…」
九条が電話口で話す言葉を相手は理解したらしく…
そのまま流れるような形で通話が切れる。
「また取材の申込みですか?やはり嫌でも注目を集めてしまうものですね」
久米が口を開き木梨もウンウンと何度も頷いていた。
「まだ一年の六月に入ったばかりだというのに…
父親が有名人だとか…
取材する側はもうそんなこと気にしていないみたいだ。
吹雪を今から未来のスター選手だって決め込んで取材を申し込んでくる。
高校生の一選手に取材が殺到するって…
もうスター選手の様なものだな…」
九条は軽く嘆きの様な言葉を口にしており…
端で見ていた私は指導者室の様子をくまなく観察していた。
指導者陣が嘆きの言葉を口にしたいと思う理由もなんとなく理解できる。
一年生の数名の注目選手をきっかけにチームが崩壊寸前だと連絡を受けた時はかなりの衝撃を受けた。
指導者として名将の名を縦にしている帝位高校監督九条。
彼のような有能な指導者ですら悩んだ末に私の様な外部の若輩者に託すことがあるとは…
光栄でもあり…
それと同時にかなりの緊張感がある仕事に思えてならなかった。
「それじゃあ森岡さん。こちらが私共が集めた選手の聞き取り資料です。
これから上級生を中心に客室に連れてきますので…」
「えぇ。ありがとうございます。資料を参考にしつつ再度聞き取りを行い…
メンタルケアの時間に宛てたいと思います」
「左様ですか。この様な出来事は監督に就任してから一度もなく…
困り果てていた所でした…
未熟な指導者陣で不甲斐ないばかりですが…
是非、うちの選手の心を軽くしてやってください。
よろしくお願いします」
「はい。ではここで失礼して…客室に案内して頂いてもよろしいでしょうか」
私は指導者陣一人一人にに視線を送って…
九条監督がコーチの一人に声を掛けていた。
私は久米コーチに連れられて…
広すぎず狭すぎない客室の中に入室していくのであった。
眼の前に座る男子生徒は二年生で…
どうやら先日行われたという練習試合で大きなミスをした選手だそうだ。
指導者陣の話によれば…
彼がことの発端だということらしい。
彼は数週間に渡って練習を休んでいたらしく。
どうやら現在も休部状態であるようだったが…
話を聞くにそれでもどうにか復帰したいと思っているみたいだった。
ただ…一度長期的に休んでしまったせいで…
高校野球の厳しい生活から離れて…
楽な生活を知ってしまった彼は復帰するか…
このまま辞めてしまうべきか…
その狭間で悩み続けているみたいだった。
故に今回も監督からの呼び出しに応じて…
今もこうして私のカウンセリングを受けているということだろう。
「うんうん。帝位高校野球部に入部できるぐらいなんだから…
きっと幼い頃からずっと野球をしてきたんでしょ?
小学生入学と同時に習っていたんだとしたら…
約十年に渡って野球を中心とした生活をしてきたわけだ。
凄いね。
幼い頃からずっと直向きに一つのことに集中する生活。
しかもそれを投げ出さずに十年間も続けてきたんだ…。
本当に凄いよ。
嘘偽り無く尊敬する。
大人だって一つのことを十年間も直向きに続けるのは辛いよ。
子供を馬鹿にして侮っているわけではないけど…
きっと辛いことは何度も経験してきたと思う。
それでも投げ出さなかった貴方は凄いし尊敬に値する存在だよ。
でもきっと…
帝位高校野球部に入部出来た選手は…
少なからず皆んなそういう存在なんだろうね。
同じ様な経験値を積んできた選手が沢山いて…
皆んな同じ様な気持ちでプレイしているから負けたくないんだろうね。
どんな世界でもそうだと思うけど…
年下に追い抜かれたり自らで負けたって実感することほど辛いことはないと思う。
簡単に認められなくて心の中はいつでもぐちゃぐちゃ。
そういう子を私も沢山見てきたよ。
それこそカウンセラーになる前の学生時代から…
本当に沢山。
でもそこから這い出るのは思いの外にも難しい話じゃなくて。
もうその事実を認めるしか無いんだよね。
それでも自分は負けたくないって同時に思って。
自分に出来ることを精一杯にやるしか無いんだよ。
勝負の世界で生きるって本当に大変だよね。
相手チームに勝つことももちろんだけど…
味方同士で席を奪い合ってさ。
限られたメンバーしかグラウンドに立てなくて…
ベンチ入り出来るメンバーの人数にだって上限がある。
学生の頃からこんな残酷な世界が広がっているんだって…
私は外野から見ている大人だから…
無責任にもそんなことを考えて思ってしまう。
全員が試合に出られるような制度は無いのかと…
私の考えは甘いかもしれないけれど…
高校生の三年間を掛けて一生懸命に努力した選手たち全員に…
報われるようなスポットライトが一人一人に当たるようなチャンスは無いのかと…
私の学生時代はぬるま湯に浸かっている様な生活だったからね…
勝負の世界に居る人から見たら甘い考えかもしれないけれど…
どうしてもそんな事を考えてしまうよ。
思い返せば私も本格的に専門的な勉強を開始してから…
本当に大変だった記憶しかないよ。
そこからは本当に必死で…
貴方達にとっては幼い頃からし続けているような努力を始めたんだ。
今になってみればあの頃の経験は意味のある生活だって思えるけど…
当時は本当に辛かったよ。
今の余裕のある生活もあの頃に頑張ったからだって思える。
なにせ今…
かの名将である九条監督から要請があり…
選手たちのカウンセリングを行っているぐらいだからね。
世間からの多少の評判の良さがあるから…
超有名校である帝位高校野球部の監督に仕事を振ってもらったわけだからね。
大人が事ある毎に何度も口にして子供は耳タコだと思うけど…
今行っている努力は未来で必ず役に立つ。
ここで諦めたとしても努力の仕方を知っている人間は将来大丈夫。
そんな言葉を幾度となく言われたと思うよ。
ここでその努力が報われないとしても…
そういうことを言う大人は多いよね。
でもここでこそ努力が報われてほしいって思うのが当然の思考だと思うよ。
だからこそ…!
今の自分の心が奮闘したいって…
沸々と煮えたぎるマグマのように熱い闘志が宿っているのであれば…
もう一度踏ん張って…
スタメンになってグラウンドに立つ未来を想像して…
今まで以上の努力を続けるのもありだと思うわ。
でも全ては自分次第よ。
もう無理だって心がへし折れているのであれば…
諦めて別の道を選択したって良いのよ。
貴方の人生…
今はそう思えないかもしれないけれど…
野球だけが全てではないのよ。
例えば高校三年生になって野球部を引退して…
大学では野球を辞めたとして…
貴方の人生…
この先の進路とか生活の方がもっとずっと長く続くの。
いつしか野球は休日の昼間にテレビで観戦するぐらいになっていったり…
草野球チームに所属してプレイしたり…
過去のチームメイトと一緒にバッティングセンターに行ったりキャッチボールをしたり…
春や夏に甲子園の中継を観るぐらいに落ち着いていく。
自らの人生や生活を別方向に舵を切っていく人が殆どでしょ。
誰しもが大学野球や社会人野球。
または独立リーグやプロやメジャーに進めるわけじゃない。
今まで以上にもっともっと倍率の高い世界で限られた選手しか…
この先の野球を中心とした生活を送ることが出来ない。
でも…!
今の自分に足りないものがあるって分かっていたとしても…
自分自身が野球を中心とした生活を諦めたくないって思ったのであれば…
この先も全力でやるしか無いわね。
沢山の言葉を重ねて様々な選択肢を与えられたと思ったかもしれないけれど…
実際は二択でしか無いわよ。
やるかやらないか。
それを私や周りが判断してくれることはないわ。
今日のカウンセリングを活かして…
また自分で悩むしか無いの。
だから…後悔のない選択をしてね。
どんな選択をしても…
貴方の未来や将来は明るいって…
先を生きる大人の私が断言しておくから。
何も心配せずに…
自らの心を偽らずに答えを出してね。
では私からは以上だけど…
まだ何か伝えておきたいことはある?」
私の長い演説のような言葉に眼の前の男子生徒は首を左右に振って立ち上がる。
そのまま感謝の言葉を口にして…
彼は客室を後にして…
その後も続々と客室を訪れる野球部生徒のカウンセリングは続くのであった。
一年生を除く二、三年生のカウンセリングは終了して…
私は軽い目眩のようなものを感じていた。
複数名の選手が口にしていたことを思い出して一度目頭を押さえていた。
「盤面をコントロールして守備力が得意ではない選手の所にわざと打たせる…?
そんなことが可能なの…?
しかも入部して二ヶ月ほどの一年生が味方の上級生を陥れる様なことを積極的にするとは思えない。
だって夏の大会は非常に厳しいもので…
名将である九条監督が上級生よりも経験値の浅い一年生を中心にスタメンを組むとは思えないし…
いいや…あるのか?
九条監督は一年生の神田吹雪選手を幼い頃から気にかけており…
彼を中心としたチームをずっと構想していたわけだ。
神田吹雪選手の実力に見合う同級生を全国から血眼になって探した…
そういう可能性を捨てきれない不気味さが今の野球部に存在しているみたいな…
上級生の話を聞くとそんな感想を抱いてしまうわね。
明らかに二、三年生と一年生では毛色が全く違うと言う上級生の言葉…
それが本当であるとしたら…
やはり九条監督は…
ここからの三年間を一年生中心のチームにしようとしている?
先に入部していた上級生の席を用意することもなく…
そんな目に見える贔屓をする監督だっただろうか…
まさかとは思うけど…
神田吹雪という剥き出しの才能の塊によって…
名将九条監督もその魅力に魅了されてしまったと言うのだろうか…
今からそれほどの選手だとは…
味方選手や指導者陣や周りの大人達まで魅了して狂わしてしまう…
神田吹雪選手はこの先も信じられない程の実力者になっていって…
数多くの味方や相手の心を狂わして壊していって…
今からその片鱗を見せていて…
このままいくと将来どんな選手になってしまうと言うの…
大丈夫なの…?
このまま進んで…
帝位高校野球部はこの先の三年間…
本当に大丈夫なの…?」
私はソファの背もたれに身を預けながら天を仰いで居た。
脳内や心の中には余計かもしれないが様々な杞憂が渦巻いていて…
私は各選手や指導者陣を含めて…
例えようのない不安を覚えているのであった。
「須山くん。貴方の率直な意見を聞かせてほしいのだけれど…」
休憩時間が終わって…
現在は一年生のカウンセリングに入っていった。
「はい。カウンセリングに必要な質問であれば…どうぞ」
「本格的に必要とは言えないけれど…参考にはなるから質問をするわね。
例えば捕手が投手や相手打者を利用して盤面を完全に掌握してコントロールすることは可能だと思う?」
「えぇっと…そうですね。かなりの高等技術が必要だと思いますが…
可能だとは思いますよ」
「そう。では貴方にはそれが可能?」
「どうでしょうね。やってみないとわかりませんが…
完全に掌握は厳しいと思いますけど…
ケースによってはそういったサインを要求して配球を組み立てることもあります。
けれどそれが毎回完全に成功することはないです。
打者だって本気で真剣に打ちに来ているわけですから。
どれだけ盤面をコントロールしようとしても毎回確実ではないですよ。
それが出来るようになったら捕手として相当凄い選手だと思います」
「なるほど。一つ聞くけど…
それは味方を思っての行動だったら難しいってこと…?」
「????どういう意味ですか?
プレイ中は味方を思っての行動しかしないでしょ。
勝つためには当然です。
プレイ中はそういう思考しか無いですよ」
「例えば負けても良い練習試合で味方を陥れようと考えてみて…
負けるために…
味方のエラーを誘うために…
そんなマイナス方向にそういう能力を発揮することは可能?」
「………えっと…?
負けても良い練習試合ってなんですか?
そんな試合は存在しませんし…
味方を陥れる?
ありえませんよ。
僕らは同じ高校の野球部に入部した瞬間に味方なわけです。
そんな味方を陥れる行動をして…
何の意味があるんです?
無意味ですし何の生産性も無い行為と言い切れます。
僕だったら味方が不利になる行動を捕手として絶対にとりませんよ」
「………そう。分かったわ。
それじゃあカウンセリングを始めたいんだけど…」
「いいえ。僕は何も問題ありません。
これ以上のカウンセリングの必要もないですし。
夏の予選まで一ヶ月程しかない状況で全体練習を休みにしてカウンセリングって…
本当に夏の大会を制覇するつもりがあるのか懐疑的です。
今は余計なことに時間を割くよりも練習第一でしょうに…
一つでも多く練習試合をして…
予定がなければ紅白戦などの実践形式の練習をして…
今はとにかくチームが一丸になって全体練習をするべきでしょ?
なんて部外者のカウンセラーに愚痴っても意味がないんですけどね…
申し訳ありません。
早々に終了して自主練に向かいたいので。
失礼します」
一年生の須山は客室を後にして…
残された私は彼の心の内に潜んでいる真っ黒な悪魔的な思考を覗いてしまった気がしていた。
彼の言葉は薄っぺらく自らで考えた言葉ではない気がしてならなかった。
問い詰められた時に言うべき言葉を事前に用意していたような…
そんな感覚を覚えてしまった。
ということは…
上級生が訴えていた言葉に信憑性が増してしまい…
しかしながら彼がそんな行動に出た理由が理解できない。
そしてそれが真実だったとして…
例え指摘したとしても…
彼はエラーして結果を残せなかった選手の実力不足や練習不足を訴えてくるのだろう。
彼の現在の心境や思惑などはどういったものなのだろうか。
嫌な想像が幾つも幾つも脳内には浮かんでは消えて…
私は軽い頭痛に苛まれながら…
一度ポーチから頭痛薬を取り出すと口に含んで水で流し込むのであった。
残すこと最後の一年生のカウンセリングを行うことになる。
事前に重々注意をして接するように伝えてきたのは指導者陣と一年生だった。
既にチームの中心選手と言うのもあながち間違いでは無いようで。
明らかに一年生と指導者陣に大事にされて重宝されているようだった。
客室にノック音が響いて…
私は入室を許可するように返事をする。
「失礼します」
客室のドアを頭を下げて屈むように入ってきた彼を見て…
私は圧倒的な存在感のようなものを感じ取ってしまう。
「あぁー…確かにこういう人が将来世界的なスーパースターになるんだなぁ…」
なんて外野で観戦している他人事のような感想が思わず脳内に浮かんでいた。
見惚れてしまうほどガチガチに鍛えられた全身。
脚が長くモデル顔負けのスタイルやビジュアルの良さ。
世界中のスポーツ選手が羨むほどの体格や筋肉質な体つきに…
素人でも思わず目が奪われてしまう。
そんな圧倒的な存在感を放つ人間だと肌で感じていた。
「どうぞ。掛けてください」
「失礼します」
対面のソファに腰掛けた彼に私はカウンセリングを開始していった。
「何か悩みはありますか?唐突な質問ですがご了承ください」
「悩みですか…そうですね。ここ最近身長が伸び悩んでいまして…」
「えっと…失礼ですが何cmほどあるんですか?」
「今は198cmですね」
「大きいですね…今以上を望むんですか?」
「当然です。最低でもあと2cmは欲しいんです」
「そうですか…今でも恵まれた体型かと思いますが…」
「そうでしょうか?海外のバスケット選手やバレーボール選手にもっと大きい選手は居ますよね?」
「そうですけど…貴方がプレイするのは野球では?」
「そうですね。欲を出すともう少しばかりほしいわけです。大は小を兼ねるでしょ?」
「そうかも知れませんが…大きすぎてパフォーマンスが下がるとか…」
「無いですよ。毎日的確に運動して身体を慣れさせていって。
今よりもパフォーマンスを下げることはないです。
下げることは絶対になく…
今以上のパフォーマンスを発揮させますよ」
「凄い自信ですね」
「当然です。幼い頃から上や先しか見ていないので」
「過去を振り返ることは?」
「一度…いいや…一瞬だけ気の迷いからありましたが…
帝位高校に入学する前にその点も改善済みです」
「自分で?他人の力を頼らずに?」
「多少は今の仲間の力も借りたと思います」
「帝位高校の仲間?以前から知り合いの人がいるの?」
「須山とは中学が一緒ですし代表でも仲間でした」
「須山くんね…彼はどういう子?」
「どういった質問でしょうか…?」
「何か問題を抱えていると思ったことはない?」
「人間ですからね。何かしらの欠点を抱えているものでしょ?
完全なる存在だったら…
それは神様ではないでしょうか?」
「あら…意外と洒落た受け答えもするのね。
先程指導者室で指導者陣が取材を断っていたけど…
貴方を口下手な子なんだって言っていたけど…
今の受け答えを聞くに取材も難なくこなせそうだと思ったわ」
「………ですか…」
「もしかしてだけど…須山くんの問題に気付いていて…
それを隠そうとしているとか?」
「何のことでしょうか…僕も須山も…他の一年だって…
もっと言えば上級生だって問題を抱えていると思いますが…
それに何か問題があるんですか?
人間なら当然でしょう?
世界中の誰もが問題を抱えている。
それでも今日を生きる。
そうじゃないんですか?
それに間違いがあると思いますか?」
「そういうわけじゃないんだけどね…何かを隠している様に思えるのだけれど…
一年生は誰も口を割ったりしないみたいね。
思った以上に貴方達は一枚岩のようで…
何かを企んでいるように思える。
でもきっと悪いことを考えているわけじゃないわよね。
だって貴方達は甲子園優勝を目指して日々努力を重ねる高校球児だもの。
何も心配は無いのだけれど…
この資料に目を通して貰っても良い?
貴方が最後のカウンセリングで私も余計なお世話をするようだけど…
今までカウンセリングしてきた選手たちの聞き取り書よ。
これを見て…何か感じない?」
私は神田吹雪に資料を手渡していた。
本来なら極秘に管理をして指導者陣に渡すところ。
プライベートの資料であり秘密を守るのは当然だ。
しかし…私は一年生が企んでいる何かを知りたくて…
思わず好奇心に負けて…
自分でも予想外の行動を取ってしまっていた。
もしかしたら彼にこれを見せれば…
何かしらの糸口が掴める気がしたのだ。
彼は最後まで資料に目を通すと…
少しだけ砕けた表情で苦笑の表情を浮かべていた。
「上級生の妄想と切って捨てるのは容易いでしょうね。
でも全員が同じ様な言葉を外部の貴女に伝えている。
まるでSOSの様に思いました。
そうですね…
一年生の多くがスタメン入りしたいと願っているのは本当ですし。
夏の大会メンバーに一年生が多く席に座りたいと思っているのも本当です。
しかしそれに問題があるとは思っていません。
一年生が例えどんな手段を用いてスタメンやベンチ入りを果たしたとして…
それは一年生が上級生を出し抜いて席を奪ったに過ぎない話ですよね?
奪われてから苦情を言おうと時既に遅いわけですし。
実力を示した一年生に席を与えたのは指導者陣です。
そこに何の問題があるというのでしょうか。
奪ったり奪われたり。
そういうことが普通に存在する世界でしょう。
その覚悟をせずに後から文句を言われても…
正直こちらが困ると言うものです。
上級生の妄想が概ね正しかったとしても。
頭を使って状況をコントロールして盤面を動かした一年生が勝利した。
それだけのことだと思いますよ」
神田吹雪もかなりドライな性格の持ち主だと感じていた。
上級生よりも同級生を優先する。
それは当然かも知れない。
けれど…
やはり今の帝位高校野球部はかなり歪なバランスで保たれているようだった。
この状況が続くと…
いつ完全崩壊したり分裂しても可笑しくない。
私は様々な手段を考慮しながら…
「分かったわ。余計なお世話をして申し訳ないわね。
では何か伝えたいことはありますか?」
「そうですね。今年の夏の大会を楽しみにしていてください。では」
無邪気な笑顔で頭を下げる彼はそのまま客室を後にしていく。
私は今まで味わったことのない不可思議な感情に包まれながら…
多少の体調不良や吐き気…
頭痛や倦怠感の様なものを感じながら…
本日のカウンセリングを終了して…
指導者陣に聞き取り書の資料を手渡して…
報告を済ませると帰宅していくのであった。
建物を出て敷地内を歩いていると…
野球部の選手が自主練に励んでいる様子が目に入る。
上級生に見劣りしないほどの体格を有した一年生が固まって練習をしており…
その様子を確認して私は思わず諦めの言葉が漏れてしまっていた。
「あぁー…そっか…あれだけ真剣に取り組んでいるんだもんね…
レギュラーやスタメンを奪いたいって…
試合に沢山出たいって気持ちは皆んな一緒だもんね…
奪われて仕方ないとは言わないけれど…
今も残って練習しているのは彼ら一年生だけ…
そうよね…
上級生とは意識が違うのでしょうか…
今までどんな生活を送ってきたら…
こんな高い意識で日々生活できると言うのだろう…
末恐ろしい一年生ね…」
私の嘆きの言葉が思わず漏れながら…
大きな嘆息を漏らしながら…
私は敷地内を後にして…
出来ればもう二度と呼ばれないことを願いながら…
何処にも寄らずに静かな自宅に帰っていくのであった。
今回はあまり野球には関係のない話であったが…
次回から再び野球の話に戻る。
では次回へ…!
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