第8話盤面をコントロールする悪魔的正捕手の思惑
本日も早朝から全体でアップを行っているのだが…
心なしか各学年がまとまっており少しだけチーム内の雰囲気は悪い気がしてならなかった。
「吹雪。周りは気にするな。確かに今日の空気は最悪だが…
心配しなくて良い。
一年は全員俺達の味方だからな。
今日は練習試合が二試合組まれている。
一試合目はスタメンが出場。
二試合目は一年も含んだ控え選手組が出場する。
試合前に余計な心配はしなくて良い。
煩わしいことは全部俺達に任せろ。
この間も言ったが…」
それに静かに返事をした俺は引き続きアップの続きに励んでいた。
「いつの間に一年を纏めたんだ?」
俺の当然の疑問に須山は得意げな表情で口を開く。
「主に平日の学校生活でだな。各学年で階が違うからな。
秘密の話をするのにはうってつけだろ?
きっと他学年も同じ様な話し合いをしたんだろうな。
だから今日のような状況が出来上がっているってわけだ。
関係ねぇよ。
一年が殆どのレギュラーの席を奪ってやろうぜ」
須山は強気な姿勢で俺に笑顔を向けてくれて…
俺もそれに適当な表情で頷くのであった。
アップを十分に終えた俺達に九条監督は本日のスタメンを発表して…
俺と須山と峰と根本はしっかりと一試合目のスタメン入りを果たしていた。
二試合目のスタメンも発表されていて…
「すまないが吹雪。二試合目の中盤から登板してもらう。
そのつもりで準備しておけ」
九条監督の言葉に返事をした俺は今から軽く左の肩も作る用意をしていた。
須山は稲葉の投球練習を終了すると俺の投球練習にも付き合ってくれて…
「何度か受けているから分かっちゃいたが…
お前はやっぱりバケモンすぎだろ…
両投げ両打ちって…
マジで漫画みたいな選手だな。
グローブも特注品を用意しておいたらどうだ?
両利きの特別性のやつをさ。
打者によってグローブを持ち替えて…
どちらでも投げられるようにすればいいだろ」
須山は俺の投球練習に付き合ってくれると軽い冗談のような言葉を混ぜながら気持ちを解してくれていた。
「そんなことも考えたんだけどな。現実味あると思うか?」
「俺はあると思うがな。それに一試合で両方の肩を使えるんだろ?
スタミナが続けば…
普通の選手よりも片方の肩の消耗を抑えて投げられるし。
故障や怪我にも繋がりにくいんじゃないか?」
「そういうものなのか…」
「いや…まぁ…実際に出来たら凄いと思うが…
それが出来たら投手として有利だなって…
でも考えてみてくれよ?
現実に出来たらかなり強い投手だと思わないか?」
「思うよ。僕も自分が両投げだって気付いた時…
子供の頃はそんな想像した」
「気付いた?」
「あぁ。生まれつき左利きだったんだけどね。
俺がショートを守りたいって言ったのをきっかけに右投げに矯正してもらったんだ。
幼い内だったからあまり違和感なく出来たけど…」
「それで…いつ自分が左投げだって分かったんだ?」
「あぁ。海外に渡ってすぐに所属していたフェニックスっていうチームがあって…
そこで一緒にプレイしていた仲間に試しに左投げでマウンドに立ってみろって言われたのがきっかけだね。
そこで投げやすさに気付いて…
後は父さんに教えてもらったって感じだね」
「そうか。神田業選手に投球を見てもらっていたんだな。
なんとなく現役時代の面影と重なる投げ方だって思っていたんだが…
ただ真似しているだけかと思っていた。
違ったんだな」
「そうだね。父さんは自分の投げ方が最適なフォームだって思っているみたいだし」
「いや…実際にそうだと思うぞ?
神田業選手は現役時代に怪我や故障がなかった選手だ。
ケアもしっかりしていたんだろうが…
何処にも負担をかけない投げ方だったんだろ。
俺も今の吹雪の投げ方が最適だって思うぞ」
「そっか。それなら良かった」
そこから俺達は再びブルペンマウンドで投球練習の続きを行うのであった。
選手は身体を万全な調子に整えると相手チームがグラウンドに訪れる。
全員が挨拶をする構えを見せて…
不知火の掛け声とともに挨拶を交わす。
不知火は相手チームの監督の下に向かうと何やら説明をしているようで…
相手チームはベンチに一度荷物を置くと道具だけ持ってグラウンドの外に向かっていた。
戻ってきた不知火はグラブを持つと選手に声を掛ける。
「ノックの準備しろ」
スタメン選手はそれに応えて守備位置につき…
「何を話してきたんです?」
守備に向かう途中で思わず不知火に尋ねると…
「あぁ。
第二グラウンドを使用してアップやら何やらを開始時間までに済ませてくれってな。
折角第五グラウンドまであるんだ。
使わないのは勿体ないだろ?
俺達も試合直前まで体を動かしていたいし。
九条監督に進言したところ了承してもらえてな。
その代わり俺が伝えることになったんだ」
「そうだったんですね。お疲れ様です」
「ははっ。チームが今…こんな状況だろ?
だから少しでも長くチーム一丸になって練習しておきたいって思惑もあるんだよ。
でもまぁ…吹雪は気にしなくて良い。
チームのことは俺や物延や須山に任せると良い。
お前はプレイに集中しろ。
二試合目は登板も控えているんだ。
それまでにしっかりと気持ちを作っておけよ」
不知火の言葉に返事をして…
俺達は試合開始時間二十分前までノックをして過ごすのであった。
第一試合開始時間十分前にベンチでドリンクを飲んでいた。
「吹雪くん。大丈夫?
余計なこと考えてない?」
一年生マネージャーの山口響子はドリンクの補充を行いながら俺に声を掛けてきていた。
「ん?うん。大丈夫だよ」
「そっか。それなら良かった。煩わしいことには目を向けずに…
吹雪くんは自分のプレイだけに集中してね?」
「わかった。ありがとうね。それとこの間のお守りも…
今もポケットに入っている。
確実に力とか勇気を貰っているから。
ありがとうね」
俺の感謝の言葉に響子はきれいな微笑みを浮かべて頷く。
そのままベンチを抜けてマネージャーの集まるバックヤードに戻っていくようだった。
「山口のやつ…今でも吹雪にぞっこんなんだな」
須山はドリンクを取りながら世間話をするように口を開いていた。
「そういえば…須山って昔…」
続く言葉を口にしようとすると須山はドリンクを飲みながら首を左右に振る。
「もうそういう感情は無いさ。お前が海外に向かって少しして…
告ったことあるんだよ。
でもまるで相手にされなかったし…
あいつはずっと吹雪が好きだからな。
絶対に気持ちは変わらないって断言されてな…
そこからだと思うよ。
俺が野球にのめり込むようになって吹雪にも負けないって誓ったのは。
だから何ていうか負け惜しみに聞こえるかもしれないが…
振られて良かったと思うし。
吹雪にも感謝しているんだ。
強がりじゃなく本気でそう思っている。
信じられないかもしれないがな」
須山はドリンクを飲み終えると笑みを深めて俺に事実と思える言葉を伝えていた。
「いや…信じるよ。結果として今…須山は一年で帝位高校レギュラーだ。
誰が見ても俺と同じ地点にいるだろ?
代表にも一緒に選ばれて…
信じないわけ無いだろ?
誰がなんと言おうと俺だけは信じるさ」
「ははっ。ありがとうな。なんとなく報われた気分だよ。
だけどな…俺だけはお前と同じ地点にいるなんて思ってないぜ。
思えるわけ無いんだ。
成績が違いすぎるし注目度も違いすぎる。
これからも吹雪に負けないように努力するさ」
「そうか。お互いに結果を出し続けようぜ」
そこで試合開始時間がやってきて…
俺達は整列をして…
いざ、練習試合一試合目開始…!
一回表。
相手の攻撃から始まり。
本日の先発投手も稲葉だった。
準備投球を終えると守備の時間は始まり。
本日サードについているのは…
吉田の代わりにスタメン入りした二年生だった。
「サード!セーフティ警戒!」
サードの二年生は軽く不満げな表情で帽子のつばを触って応える。
須山は明らかに先輩たちに煙たがられているようで…
少しの不安を感じながら…
俺達の守備の時間は始まってしまう。
稲葉の投球は初球から150km/hを超えるストレートで攻めていて…
相手打者は明らかに振り遅れていた。
左打者の振り遅れを確認した俺達二遊間は目配せをして…
一球ごとにお互いが守備位置を変更していく。
1-1の平行カウントの状況で再び速球で押せ押せの配球を要求する須山だった。
速球に振り遅れているため俺は定位置よりもサード側に守備位置を変えていた。
もしものことがどうしても頭から離れずに…
俺の意識はサード側へと強く引っ張られていた。
一番打者はかなり振り遅れながらサードへと強い当たりを打ち…
サードはグラブを持つ左手を少し伸ばせば確実に捕球出来る当たりだった。
確かにグラブを出したサードだったが…
バウンドにタイミングが合わずにグラブで弾いてしまう。
弾いた打球が偶然にも不規則にショートの方向へと飛んできていて…
俺は全力で走り高く弾いた打球を流れるように捕球してファーストへと送球。
どうにかアウトを奪ったのは良いが…
今の帝位高校は明らかにサードが穴過ぎる状況に思えてならなかった。
ホットコーナーで強い当たりが沢山飛んでくるため…
度胸がありバウンドに上手に合わせる守備力も必要だった。
それに加えてショートバウンドしても身体で止めるような身体の頑丈さも求められるポジションだ。
どのポジションにも言えることだが…
簡単なポジションなど野球では存在しない。
守るのが難しいポジションは存在するが…
簡単なポジションはないのだ。
だからミスやエラーは簡単には責められない。
先日のプレイ放棄は話が違うが…
懸命にプレイした結果のミスであればチームでカバーするというものだ。
「ナイスショート!」
俺以外の一年三人と二年の物延と三年の二人の声が耳に届いてきていて…
俺は適当にグラブを持ち上げて応えていた。
「サードドンマイ!次に活かそうぜ!」
俺はサードの選手をフォローする様な言葉を投げかけるのだが…
「どうして吉田にはそういう言葉を投げ掛けなかったんだよ…」
サードの嘆きの言葉が風に乗って俺の耳に届いてきていて…
明らかにボソボソとつぶやいた言葉だったが…
俺も須山も稲葉もそれをしっかりとキャッチしてしまっていた。
何か言い返したい…
そう思ったのだが…
「吹雪!プレイ集中!」
須山から気持ちを切り替える様に言われて…
それに帽子のつばを触って応えると続く打者に備えていた。
続く二番打者は右打ちで…
須山はきっと再び速球勝負で攻めると信じていた。
また振り遅れれば右方向の選手に打球が飛ぶ可能性が高いからだ。
今はどうしてもサードに捕球させたくない…
野手の殆どが共通認識でそう感じていると思っていたのだが…
しかし…
須山が初球から要求した球はチェンジアップで…
速球を捨てて遅い球を待っていた二番打者は思いっきり引っ張ってサードに強い当たりを打っていた。
「須山…なんで…」
俺の嘆きの言葉とともにサードは打球をグラブにしっかりと掴むことが出来ず…
再び弾いてしまう。
一瞬の出来事だったが…
サードはボールの行方を見失っているようで…
その間に打者は一塁に到着していた。
「わざと遅い球を要求した…?」
俺は須山の邪な思考を感じ取っていて…
もしかしたら須山は二年生を…
または三年生もだが…
先輩たちを一人ずつグラウンドから排除しようとしているのかもしれない。
「イージーだよ!次はしっかり!」
須山はサードの選手に残酷な言葉を弾ける笑顔を浮かべて口にしている。
まるでフォローをしている皮を被って…
完全に責め立てているようだと思ってしまう。
「くそ…今のが捕れないと…」
少しずつサードの選手の表情が曇っていき…
徐々に俯き加減になっていくようだった。
三番打者が打席に入って。
次は左打者だった。
須山は初球から速球を要求しており…
やはり須山の嫌な思考を…
俺は嫌な形で感じ取ってしまう。
速球を振り遅れたがフルスイングした当たりが再びサードに強襲する。
「ゲッツーコース!二つ狙えるよ!」
須山の指示が的確に…
と言うよりも予期して用意しておいた言葉を誰よりも早く口にしているようだった。
サードは捕球がままならず…
三打席連続でファンブルしてしまっていた。
連続エラーに焦りを感じているサードは…
今度はボールの行方を見失わずにすぐに拾うとファーストへと送球。
だが…焦りが出ていたのだろう。
ファーストへ高く暴投してしまい…
二塁に進んだランナーはそのまま三塁を目指していた。
一塁ファールゾーンのフェンスに当たり不規則な方向へと弾いていくボールを…
セカンドの物延がしっかりとカバーするが…
打者走者は二塁まで進塁していて…
ワンナウト二塁三塁という最悪な状況が出来上がってしまう。
「ピッチャー良いよ!ちゃんと抑えているよ!」
須山の悪魔的な言葉がグラウンドに響き渡っており…
サードは明らかに自らのミスで今の状況が出来上がっていることに焦りを感じているようだった。
ショート定位置から少しだけ移動してサードに声を掛けに行こうとしていると…
「吹雪!プレイ集中!」
須山に再び釘を差されてしまい…
俺はなんとも言えない表情を浮かべて次のプレイの準備をしていた。
四番打者は右打者で。
須山は再び遅い球を要求するのでは…?
などと最悪なシチュエーションを予想してしまう。
だが俺が思ったような展開にはならず…
須山はそこからリードを変更して…
後続の四番、五番を三振に抑えてベンチに戻っていった。
「稲葉さん。良いですよ。球も走っていますし不調な感じはまるでありません。
このままいきましょう」
「あぁ。この後のリードも頼む」
俺以外の選手は須山の思惑に気付いていないようで…
それも全て偶然にもアウトに出来る打球が飛んでしまったのが原因だと推察できる。
サードへの打球が完全にヒット性の当たりだった場合…
須山のリードが責められていただろう。
けれど須山は相手チームの打撃力を…
サードの守備力を…
悪い意味で信用したのだろう。
自分はまるで悪者にならず…
サードの選手に完全にヘイトを向けることに成功していた。
俺だけが気付いてしまっている…
須山の真っ黒な裏の顔を…
ドリンクを飲みながらそんな嫌な想像をしていると…
「吹雪。お前は余計なことを考えるな」
須山は近付いてくると静かに口を開いていく。
「まさかとは思うが…」
俺が口を開くと須山はすぐに首を左右に振って…
「早くネクストで準備しろよ」
須山は複雑な表情で無理矢理にも笑みを浮かべて…
俺の尻を軽くポンと叩いて来る。
それに頷くと俺は準備をしてネクストに向かった。
「嫌な流れだな。こういう試合は負ける可能性が高いぞ」
ネクストに向かうと不知火は俺にこっそりと言葉を漏らした。
「そうですね…」
「完全に嫌な雰囲気だ。こういう空気だと相手が調子づく…」
「ですね…そう思います」
「どうにか流れを断ち切るように…打っていこうぜ」
それに返事をしたところで投球練習は終了する。
不知火は打席に向かい…
打つ気満々と言うように大きく声を上げていた。
一番打者の不知火は初球打ちをあまりしない打者である。
完全に相手投手の情報を知り尽くしている場合はその限りではないのだが…
もしくは相手投手のクセを理解した場合は初球打ちもするだろう。
カットが上手で初回の一打席目から相手投手の球種を全て丸裸にするような好打者の印象が強い。
チームを思っての行動が多い。
流石は主将だと言える選手だろう。
しかしながら何も思ったのか…
きっと少しの焦りがあったのだろう。
幾ら好打者の不知火でも…
今日の試合…
今のチームの雰囲気に焦りを感じているはずだった。
初球から放られた難しい球に手を出して…
バットの先に引っ掛けてしまった当たりはサードに飛んでいく。
相手のサードはしっかりと捕球してそのままファーストへストライク返球。
ワンナウトの状況が出来上がり…
皮肉なことにこちらのチームのサードとは打って変わって上手に捕球と送球をして見せていた。
きっと味方サードの心境はかなり複雑だろう。
それに加えて味方選手のヘイトも心の中で徐々に高まっているようだと感じていた。
俺は余計な雑念を排除しながら打席に向かうのだが…
捕手が審判に声を掛けており…
俺は申告敬遠で一塁に向かう。
三番の須山に塁上からサインを出す俺だった。
須山はそれに了解してくれて…
俺は須山の二球を貰って三塁まで盗塁を果たしていた。
0-2と追い込まれている須山はクサイコースに投げられた変化球に手を出していた。
高く打ち上がったフライは外野の深い位置まで飛んでいく。
ライトは右手でフェンス確認するぐらいの後方で止まっていて…
どうやら伸びが少しだけ足りずに犠牲フライになるようだった。
本日の風向きは右方向に吹いていたが…
それ以上の伸びは無く…
ライトがフライを捕球した瞬間に三塁ベースをスタート。
そのままノースライでホームに帰塁。
先制点を奪ったのは帝位高校だった。
続く物延の打順。
四番の彼は右中間の深い所に長打を放ち…
そのまま三塁打を打った物延だった。
後続の五番打者である峰がしっかりと安打を放ち追加得点。
六番の根本が二塁打を放ち…
その間にランナーの峰が好スタート好走塁で更に追加点。
だが帝位高校の打線の欠点は未だに払拭できず…
七番ファーストの福井が凡打で倒れて…
スリーアウトチャンジとなり…
俺達は守備につくのであった。
二回表。
相手チームは六番打者から始まり。
右打席に入った選手を確認して…
俺は思わず定位置をサードよりに変更しており…
明らかにそれを須山は確認していた。
初球から緩いボールを要求する須山だった。
稲葉は完全に須山のリードや配球を信頼しているようで…
サインに首を振ること無く緩い変化球を投げ込んでいた。
相手打者は明らかに速球を捨てていると須山は理解しているようで…
それを理解しているというのに…
須山は緩い変化球を要求していて…
初球から打者は思いっきり引っ張るような形で緩い変化球を捉えていた。
サードが好反応を示せば打球に追いつくことが出来ただろう。
しかしながら半歩スタートが遅れてしまったようで…
グラブに掠ることもなく打球が抜けていく。
俺が定位置よりもサード側に守っていたことを知っているのは須山と外野手。
それと物延だったことだろう。
サードよりの場所に強い打球が飛んでいて…
逆シングルで捕球するか…
それとも滑るように勢いを抑えて正面で捕球するか…
そんなことを考える余裕もなく…
俺は本能に従って…
逆シングルを選んで…
最短の動きでファーストへと送球。
審判がアウトをコールしていて…
安堵とともに息が漏れる。
打者の走力がもう少し高ければ…
きっとセーフをコールされていたことだろう。
全国のチーム相手だった場合は今のようにはいかない。
かなりの焦りを感じるワンプレイだったように思える。
それはチーム全体が感じ取っていたことだろう。
「サードの守備を鍛えなければ…」
全員が共通して感じ取った意識だったことだろう。
「ショートナイスカバー!ワンナウト!」
須山が選手全員に声を掛けていたが…
チームの雰囲気は物延以外の二年生を中心に徐々に悪くなってきていた。
もしかしたら…
そろそろ俺以外の味方選手にも須山の思惑が透けてきているのかもしれない。
特に一年生に恨みの様な感情を抱いていて悪感情を持っているサードとファーストの二年生…
この二人を中心にチームの雰囲気は確実に悪くなっていた…
その後も本当にギリギリの守備の場面が幾つもあり…
特に二遊間の俺と物延が好守備をするという場面がかなり多く思えてならなかった。
それもこれも須山が裏で糸を引いていて…
盤面をコントロールしているようだった。
須山は良い方向に盤面を動かすことも出来るレベルの高い捕手。
故にその逆も容易いと言うことだろうが…
もしもそんなことを考えたとしても…
チームのためを思って実行しない捕手が殆どだろう。
須山は今…
本当に何を考えているのか…
一年の中で俺だけが須山の思考を理解できずに居るのであった。
試合が終了したのは開始から三時間が経過する頃だった。
いつも以上に疲れた試合だった気がしてならない。
全てのプレイに全力以上で立ち向かい。
殆どの選手がその難易度の高さにどうにかついていけたが…
サードとファーストの二年生は試合が終わると指導者陣に厳しい言葉を投げ掛けられていた。
「サード、ファーストの細かいプレイミス。
そういった場面が幾つもあったように感じる。
もっと簡単にアウトを奪えてチェンジできる場面もあっただろう。
余計な疲労を感じた試合だったと思う。
稲葉が六点を奪われる状況は本当に珍しい。
相手チームも強豪校で格下に見ているわけではないが…
六点も奪われる試合ではなかった。
確かに打線は水物だが…
吹雪が完全に勝負してもらえない状況で…
本日の試合内容はまるで良いものではなかった。
一年生に加えて上位打線がどうにか打ってくれていたが…
それでも五得点しか奪えずに敗北。
今日の試合内容は何だ?
下位打線はノーヒットと不甲斐ない結果だったな。
夏の大会まで背番号は白紙と言ったな。
特にサードとファーストで実力を証明した選手は積極的に試合に使う。
現在のチームではこの二つのポジションが明らかに実力不足の状況だ。
打撃でも守備でも走塁でも貢献できると思った選手は…
一年生だろうとしっかりとアピールしなさい。
では食事の後…
二試合目の準備に向かいなさい。
以上」
九条監督の厳しい言葉を受けて…
選手たちは疲れた表情を浮かべながら食堂で存分に食事を摂るのであった。
食事を食べ終えると選手たちは室内練習場でいつも通り食休みをしていた。
俺の傍にはスタメン四人の一年生が固まっており。
「負けたな。何か疲れる試合だった…」
俺の率直の感想を受けて須山は苦笑するように微笑んだ。
「二試合目に登板が控えているのに…すまなかった…」
須山は静かな声で謝罪の言葉を口にしてくる。
「須山は悪くないだろ?チームの明らかな欠点を浮き彫りにしてくれたんだし」
峰が悪気の無い声音で残酷な言葉を紡いでいき…
「そうさ。実力者がスタメンに入るべきなんだ。
一年の中にも良い選手が沢山いる。
上級生から起用するような監督ではないことは分かっているが…
俺達以外の一年にも目を向けてほしいし…
チャンスを平等に与えてほしいと願ってしまう。
同じ一年として…そう思うだろ?」
根本は全員の意思を確認するような言葉を口にしていて…
俺以外の全員は何かを知っているような表情で頷く。
「一試合目…特に二遊間には助けられた。
本来だったらもっと失点する試合展開だったな。
本当にありがとう」
須山は俺に感謝を告げていて…
しかしながら俺はなんとも言えない表情を浮かべざるを得なかった。
「とにかく二試合目の準備しようぜ。付き合うよ」
須山は時計を確認すると立ち上がる。
俺も同じ様に立ち上がると道具を持ってブルペンマウンドに向かう。
「吹雪。お前が今日試合中に感じたことや思ったことは口に出さないような。
俺達も悪意があっての行動ではないんだ。
実力のあるものをスタメンに置きたいっていう…
純粋にチームの為を思った行動だ。
だから…分かってくれ」
須山はそれだけ言うとブルペンマウンドから離れていき…
マスクを被って定位置に座るのであった。
俺達はしっかりと二試合目に向けて準備を整えると…
二試合目は今にも開始しそうなのであった。
俺は二試合目。
一番ショートからスタート。
「吹雪を中心にしたチームだが…
他の選手もしっかりと実力を証明しろ。
自らの選手としての存在価値を示しなさい。
この試合で力を示したとしたら…
レギュラーチーム昇格もあると思って全力でプレイしなさい。
五回から吹雪が登板する。
先発投手はそれまで力を出し切るぐらい…
全力投球で励みなさい!
では以上。
試合まで身体を冷やさないように」
九条監督の言葉を受けて…
選手たちの目には燃える闘志が灯っていた。
数分後に試合開始時間が迫っていて…
俺達は整列を行うと…
いざ、第二試合開始…!
次回…
練習試合二試合目からスタート…!
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