第7話春季大会明け初の…崩壊しそうな紅白戦
春季大会優勝校。帝位高校の夏の甲子園に掛ける想い。
大会を通して筆者だけでなく多くの観客が感じた圧倒的チーム力。
新一年生を多く起用した九条監督の采配が光る。
U-15代表選手である新一年生二人の活躍と確かに浮かび上がったチームの欠点や弱点。
全てのチームが今後の課題を確かに感じ取った春季大会。
本記事は春季大会優勝校帝位高校野球部の内情に迫る。
大会を通して主将の不知火を中心に上級生の活躍が期待された春季大会だったが…
遊撃手と捕手を新一年生が務めると言った異常事態に帝位高校野球部監督である九条監督をよく知る人物は懐疑的な心境だったという。
「扇の要である捕手を一年生に任せるのは少しばかり驚きましたよ。
新一年生は入部して一週間程しか練習に参加していないわけでしょ?
投手や野手と上手にコミュニケーションが取れるとは思わないじゃないですか。
ただまぁ…そこは流石帝位高校と言った感じですね。
プレイ中に上下関係などの余計なしがらみが存在しません。
ですから新一年生でも遠慮なく意見を言える環境が整っていたのでしょうね。
あえてもう一つ挙げるとしたら…
守備の中心選手である遊撃手が新一年生だったことでしょうか。
ただ試合会場に見に行って正直驚きましたよ。
ショートを守っていたのは神田吹雪選手だったんです。
あぁーそれなら納得だな。
なんて思いましたし…
皆さんご存知でしょうから正直に申しますと…
神田吹雪選手は帝位高校野球部の練習に小学生の幼い頃…
ほんの少しでしたが参加していたんですね。
その頃から明らかに異常な才能やセンスが垣間見えていまして…
垣間見えていたと言うと語弊がありますが…
もう明らかに剥き出しの才能の塊だったんですよ。
九条監督もその頃からずっと神田吹雪に声を掛け続けていたんです。
高校生になったら帝位高校に入学して野球部に入学してほしいと。
その時には遊撃手の正ポジションの席を空けると約束していたんですね。
試合会場で観戦していた観客は驚いたと思います。
高校球児で大きな選手は数多く存在しますが…
彼は別格ですね。
身長もさることながら身体の大きさも凄かったですね。
高校生初公式戦で二打席連続本塁打を打ったことで実力も確かなものだと世間に知らしめたと思います。
そこから続く試合では敬遠が続きましたから…
本来の活躍を観ることが出来なかったのは残念で仕方がありません。
ですがあの様な強打者を相手にしたいバッテリーは存在しないのも事実で…
現時点から明らかに世代最高選手と断言できるのではないでしょうか。
ここから先もたゆまぬ努力を続けてほしいと…
一ファンである私は思いましたね。
守備でも様々な好プレイを見せてくれまして…
本当に今年からの帝位高校も楽しみで仕方がないです。
ただまぁ…弱点と言うか欠点も完全に浮き彫りになったように思います。
新一年生の台頭によって…
残念ながらそれが浮かび上がったというのが…
印象に残ります。
春季大会は優勝しましたが…
もしかすると夏の甲子園までに対策を打たれると…
中々に厳しい試合が続くかもしれませんね…」
果たして九条監督を帝位高校野球部をよく知る人物の杞憂は的中するのだろうか…
続いて有識者のコメントを幾つか抜粋しておく。
「一、二番を申告敬遠してクリーンアップで勝負したほうが良くないか?
打率的にも得点圏打率的にも。
今の帝位高校と対戦するならば五点は取られる覚悟で挑む必要があるだろう。
一、二番とは確実に勝負を避けたほうが良い。
クリーンナップのほうがまだ抑えられる可能性がある。
正直な話をすれば下位打線はそこまで怖くないかも。
エースの稲葉から点を取るのは難しく感じるかもしれないけど…
時々甘いコースに失投する場面が多い投手だと思う。
普段は高い制球力を誇る投手だから…
失投した時はわかりやすいんだよね。
他校のチームはそこを狙って叩くのが攻略法の一つだと思うな」
「色々と付け入る隙はあると思うんだ。
センターラインを守る選手は春季大会でノーエラー。
二遊間は好プレイを連発して安打の当たりをアウトに仕留めたり…
特に遊撃手の神田吹雪は信じられないスーパープレイをまぐれではなく…
確実に再現性高く連発させていた。
センターラインを守る五人の選手は完全に仕上がっているように思えたが…
残りの選手は正直な話をすれば物足りなかった。
大会終盤…代打で途中出場した二人の一年生。
どちらも二塁打を打ち活躍をしていたように思える。
その後の守備にもついて…
あの二人の一年生も高いレベルの選手だと思った。
レフトとライトを新一年生に変えたほうが良いように思う。
そうすれば打線にも厚みが出るし外野の守備力も向上する。
センターの不知火だけに頼り切った外野の守備では無くなるだろう。
主将であり打線でも中心的な選手である不知火の重荷を少しは降ろしてやらないと重責に潰れないか心配だ」
「ホットコーナーのサードも少しばかり頼りない。
チームに大打撃を与えるようなエラーはなかったが…
帝位高校の中では身体が大きくない選手で…
どうしても見劣りすると言うか不安を払拭できないイメージ。
見ていて心配になる」
「同じ様にファーストもだね。
五、六番を打つ二人だけど…
上位打線に比べて打席で冷静さを欠いているように思える。
だから正直な話をすれば五番から続く打線はあまり怖いイメージがないんだよな。
全ての打者が恐怖の対象にならなければ全国は厳しく思える…
外野からのお節介な意見だが…」
等など概ねこの様な不安要素を孕んだコメントが散見された。
筆者も概ね同じ様な意見であるが…
今年の夏も帝位高校には全国で大暴れしてほしいと願い…
今記事をここで終わりとする。
記事を読んでいた指導者陣は眉をひそめていた。
九条監督を始めとしたコーチ二人も同じ様に険しい表情を浮かべていた。
「不知火、吹雪の一、二番は今後相手にされない状況が続く可能性が高いですね。
そうなると三番を務める須山は責任重大です。
一年生にその様な重責を課してしまって良いのでしょうか…」
試合に同行していたコーチである
「須山には経験を積ませたい所ではある。
新一年生の中で周りを一番見えているのは須山だと私は思っている。
吹雪は思った以上にプレイ以外のことに興味関心がないようだ。
以前は吹雪をキャプテンに据える構想を練っていたのだが…
それも白紙に戻そうと思っている。
吹雪にはプレイ以外の余計な思考を持ってほしくないと監督として一大人として思ってしまう。
やつには煩わしいことを押し付けないほうが良い。
吹雪のためにもチームのためにもだ。
そんな中で吹雪ともしっかりとコミュニケーションが取れる…
同じ中学出身の須山にはしっかりとチームをまとめるような経験を積ませておきたいんだ。
捕手としてもクリーンナップで重要な場面を任すことが出来る…
キーマン的な存在に成長して欲しい。
これから須山には数多くの試練がやって来ることだろうが…
どうにか乗り越えて超一流の選手へと成長してほしいと願う。
このまま一番から四番までは固定といきたい。
しかしながら…やはり五番以降だな。
代打起用した根本と峰は確かに好成績を収めた。
大会終盤で相手も強豪校と言う中で良く打ったと思う。
守備もスタメンを務めた先輩よりも上手だったように思う。
単純に肩が強いのもそうだし…
打者一人一人をしっかりと研究しているように映った。
毎球守備位置を修正する姿は全てのことを怠らない全力の姿勢だと思ったな。
試しに二人を五、六番に据えて経験を積ませるか…
本日昼からの練習は紅白戦にして…」
九条監督はそこで一度言葉を詰まらせると…
グラウンドで全体練習に励んでいる選手たちを横目で確認しながら…
指導者陣は昼の紅白戦に備えて準備を進めるのであった。
選手たちは食堂で昼食を存分に頂くと休憩と共に室内練習場で寝転がっていた。
食休みを兼ねた柔軟やストレッチを負荷なく行い。
しっかりと食べた物の消化に努めていた。
たっぷりとした休憩時間を各々が取り…
一人また一人と立ち上がって残りの休憩時間を自主練へと宛てていた。
俺は昼休憩を誰よりもしっかりと取っており…
付き合う形で隣には須山の姿が存在していた。
「大会終盤では不甲斐ない結果を残したと思っている。
お前の後ろを任されていると言うのに…
情けない結果を残してすまない。
吹雪の期待に結果で応えられなかったと思っている…」
須山は大会明け初めての休日練習である本日…
少しだけ元気がないと思っていたのだが…
どうやら理由は今彼が言った通りのことらしい。
「いやいや。それでも大会打率五割だっただろ?
期待以上の成績だろ」
「そうだろうか…俺が打ち損じた場面では確実に物延さんに助けられていた。
もっと俺も打撃能力を上げないといけないと思ったよ…
本当に不甲斐ない…」
「うーん。須山は代表戦の時もそうだったけど…
打席では冷静だしバッテリーの思考や思惑を上手に感じ取る事ができる好打者だと思うよ。
でもそれが故に難しい球に手を出しがちだよな。
わかるよ。
バッテリーが自信を持って投げるウイニングショットを打つことが大事な理由も。
後続の打者にも打ちやすいようにそういう工夫をしてくれているのも理解できる。
チームのために献身的に活躍してくれているって端から見ても察することが出来る。
でもそれが理由で自分の打率を下げるのは…な…
本来だったら配球やリードを読んで簡単に打てる場面は幾らでもあったと思う。
今は一年生の春だ。
もっと自分勝手な思考で打席に立っても良いと思うな。
二年生や三年生になって後輩ができて…
チームメイトにも頼られるような存在になった時に初めてそういう打ち方をすればいいのにな。
って俺は外から見ていて思ってしまったな…
勝手な意見だけどさ…」
俺の思いを耳にした須山は苦笑の様な柔和な笑みのような複雑な表情を浮かべていた。
俺の言った言葉が図星だったのか…
少しだけ気まずそうな表情にも思えてならなかった。
「そうだな。確かに吹雪が言うように思うように打って良いかもな。
出来るだけ心に留めておくよ。ありがとうな」
「どうってこと無いよ。俺は自分のためだけにプレイしているから…
須山ももっと自分勝手でいいと思ったんだよ。
俺達以外にグラウンドに立っている選手は七人もいるんだ。
殆どが先輩の中でプレイできるのはきっとこの一年しか無い。
だから自由にやろうぜ」
「時々思うが…お前は自分が思う以上に味方のことを考えていると思うぞ。
よく周りも見えていると感じることがある。
それを少しでも表に出して表現したら…
きっとチームメイト全員に好かれる選手になると思うんだが…」
「良いんだよ。俺が認めた選手や俺を認めてくれる選手を大事にしたいから…」
「チームメイトでお前を認めていない選手はいないさ」
「そうだと良いけどね…」
「アカデミーでの出来事を今も引きずっているのか?」
「多少はね。簡単に忘れて割り切れるような出来事ではなかったから。
チームスポーツなのにチームメイトがいないと錯覚するほどだった。
そんな中でプレイすることがどれだけ苦痛か…」
「まぁそうだな。俺だったら考えたくもない」
俺達は休憩時間を目一杯に使って食休み兼柔軟ストレッチに時間を使うのであった。
「ホワイトボードに第一から第四チームのメンバーを張り出しておいた。
春季大会が終わった今…背番号は一度白紙に戻す。
全員がしっかりとプレイでアピールをすること。
自らを控え選手などと思わずに全力でプレイしなさい。
では第一チームと第二チームは第一グラウンド。
第三チームと第四チームは第二グラウンドへ行きなさい。
自分のチームを確認後アップなどを行い準備に努めなさい」
九条監督のミィーティングが終わると選手たちはホワイトボードを確認していた。
第一チームのレフトに峰の名前があり…
同じくライトには根本の名前がある。
「おい。峰、根本。お前ら第一チームだぞ!
新一年生が四人も第一チームだ!
これは凄いことだぞ!
ここは帝位高校野球部で…
俺達…かなりの快挙を果たしたんじゃないか!?」
須山は新一年生を集めると発破をかけるように声を掛けていた。
「あぁ。俺達もやっとフルタイムで試合に出られる。
紅白戦でも遠慮なく活躍するぜ」
峰の笑顔を受けて須山は嬉しそうに彼の尻をポンと叩いて同じ様な笑顔を浮かべて応える。
「俺も出来ることは全てやる。
だが峰が五番でクリーンナップなのは少しだけ納得いかないがな…」
「何言ってんだよ!それでも根本は六番だぞ!?
確実に期待されている打順だろ!
もっと自信持って良い!
とにかく俺達…やったな!」
須山を全員の尻をぽんぽんと叩いてはしゃいでいて…
俺達は苦笑のような表情を浮かべていたが…
実際はしっかりと実力を褒められて認められてくすぐったかったのだろう。
「吹雪も…紅白戦だから敬遠は無いだろ。好きなだけ暴れてくれ!
俺の前でランナーがいなくても構わない。
そこからまたチャンスを作って広げてみせる!
今回も言うようだが…ちゃんと俺の活躍を見ておけ!」
「もちろん。期待している。
………チームメイトとして同じチームとして当然だが…
峰と根本も期待している。
大会終盤で見せた打撃も守備も…
ちゃんと俺は覚えている。
お前ら二人にも期待している…」
俺の不器用に思える言葉を耳にした三人は顔を見合わせて…
思わず吹き出すように笑った三人だった。
「なんだよ吹雪!今日は俺以外の一年とも喋るんだな!?」
須山は誂うような言葉を口にしていて…
峰と根本は未だに笑っていた。
「ごめんごめん。バカにしているわけじゃないんだが…
動画の中で大活躍していた選手に期待しているなんて言われて…
流石にドキッとしたんだ。
その後は今の発言が信じられなくて…
可笑しくて笑えてきたんだ。
悪気はないし他意もない。
ただあの神田吹雪にそんな言葉を言われたら…
期待に応えるしかないよな!?」
峰は笑みを深いものにしながら根本に問いかけている。
「当たり前だ。
俺だって幼い頃からずっと動画で同い年の吹雪の活躍を見てきたんだ。
全てを自分の糧にするように…
実力の差で感じた悔しさなどの全ての感情を自分の練習の糧にして…
いつか必ず俺達の活躍で試合に勝利したと…
吹雪に言わせてやる。
だが…それは脇に置いておくとして…
エールを贈ってくれて感謝する。
俺達も当然吹雪の活躍を期待するし頼りにしているからな!」
根本の言葉を受けて俺はなんとも言えない柔らかい気持ちでそれを耳にしていた。
そんな俺を見ていた須山は軽く背中を叩くと笑みを深くして…
「良かったな」
なんて短い言葉に沢山の意味が籠もった言葉を贈ってくれる。
俺はそれに頷いて応えると…
「皆んなで軽くアップしようか」
などと誘う言葉を口にしていた。
彼らはそれに嬉しそうに応えると俺達は外野に向かってアップを行うのであった。
第一チームはファースト側のベンチに集合しており…
中心には不知火が居た。
「グラウンドに立ったからには年齢は関係ない。
思ったことは全て言っていくぞ。
ここにいる皆んなも春季大会には少なからず心残りがあると思う。
優勝したことは通過点でしか無いと思ってもらわないと困る。
これぐらいで浮かれてもらっては困るんだ。
一ヶ月と少ししたら夏の予選は始まる。
そこまでに幾つもレベルアップしてもらわないとな。
特に七番以降の下位打線だが…
打撃力向上に努めてもらわないと困るぞ?
福井と吉田は打順を下げられたんだぞ?
練習から紅白戦からもっとアピールして存在感を示せ。
などと俺達三年生が二年生を責めるのもお門違いではあるのだが…
俺と稲葉以外に三年生が第一チームに居ないのは由々しき事態でもあるな。
特に一年生が四人も第一チームに居る現状を黙って静観するほど…
俺は今まで共に切磋琢磨してきた三年生や二年生を甘く見積もっていない。
一年生に席を譲るのかと…
奪われたら奪い返すぐらいの気力を見せて欲しいところだな…
とにかく現状の第一チームには一年生が四人も占めている。
最下級生に頼る情けない先輩だと今は思ってくれても構わない。
夏までに上級生たちが何クソ根性で這い上がってくることを…
チームのために俺は願っている。
第一チーム全員気を引き締めろ!
指導者陣は危ういポジションにいる選手はすぐにでも取っ替え引っ替えするぞ。
打順だってそうだ。
すぐに上げたり下げたりするからな。
一プレイ一プレイしっかりと考えて思考を回して挑もう。
よし。
では紅白戦だからといって手を緩めるな。
全力で相手を迎え撃つぞ!」
「「「「おぉー!」」」」
第一チームは不知火の言葉で一丸となって試合に望む姿勢を示した。
俺達は先攻で紅白戦はスタートしたのであった。
一番打者の不知火から始まる攻撃だった。
第二チームの投手が準備投球をしている間…
普段の俺達はタイミングを合わせて素振りをしているところだが…
不知火はネクストにいる俺の下を訪れる。
「どう思う?」
不知火は唐突に意味深な質問をしてきて…
俺は思わず問い返していた。
「どう思うとは?」
その質問に不知火は思わず苦笑すると投手に目を向けた。
「二年の控え投手なんだが…
今年は稲葉がいるからな…
スタメンもそれほど先発投手に不安がないはずなんだ。
絶対的エースがいるチームはかなり心強いだろ?
だが来年は今のところ絶対的エースが不在だ。
その点につていお前の意見がほしい」
「うーん。二年生投手ならここから成長するでしょう。
あと一年ほどありますし…
そこまで不安は…」
「楽観視しすぎじゃないか?俺達三年は夏が終われば殆どが引退するぞ?
俺や稲葉はプロから声が掛かっているし進路も確実性が高い。
きっと夏が終わっても練習には顔を出す機会が多い。
そんな稲葉が後輩の面倒を積極的に見てアドバイスをすると思うか?
その先の進路は俺だって不安なんだ。
自分のことで精一杯になるだろう。
指導者陣が上手に投手を育成してくれるか…
お前は不安じゃないのか?」
「そう言われると…確かに不安は残る。
俺はショートを守りたいが…登板する機会が増えそうだな。
なんて余計な不安を覚えたな…」
「だろ?だからとは言わないが…
これから何度も行われる紅白戦で…
二年生投手を徹底的に打ち負かすぞ。
現状では何もかもが足りていないと…
今に慢心させないためにも。
俺達打線でコテンパンにする。
それでへこたれることは無いと信じたいし…
もしもへこたれたら一年生投手の台頭に期待するしか無いな…」
「あぁ。今の内から一年生投手にも目を向けておく」
「お前に出来るのか?後で須山にも伝えておく」
それに返事をした所で準備投球は終了して…
一回表の攻撃は不知火から始まるのであった。
左打席に入った不知火は打つ気満々な威勢の良い声を上げる。
サインが決まって投球モーションに入った投手だった。
二年生投手は左投げで…
それだけにこれからの成長に期待してしまうのだろう。
初球から左打者にぶつかるほどのスライダーが投げ込まれていた。
このままアウトコースまで逃げていくような初球のスライダーを不知火は逆らわずに流し打ちしていた。
レフト線上に勢いよく駆けていく打球を確認しながら不知火は二塁まで進む。
余裕で初球から二塁打を打った不知火はベンチにガッツポーズを送る。
続く二番打者である俺は右打席に入る。
二年生投手は確実に打ち頃の投手に思えてならなかった。
初球から勝負を避けるようにアウトコース中心の投球は続いていた。
ギリギリ入っていないコースに投げ続けるバッテリー。
きっと手を出してもファールにしかならない様なコースに上手に制球していた。
ただ…このままいくと明らかにフォアボールで終わってしまう。
紅白戦でそれはお互いの成長の為にまるで意味がないように思えてならなかった。
3-0まで追い込まれてもバッテリーはアウトコースに構えており…
ボール一個分外れる場所に投げ込まれた速球だった。
ただ俺は海外でプレイしていた経験があり…
向こうでは今投げ込まれている場所はストライクゾーンなのだ。
見送ればストライクをコールされる。
それなので俺はアウトコースを打つトレーニングを昔から何度もしていた。
日本に戻ってきたのでなるべくこちらに合わせたストライクゾーンで勝負していたのだが…
このままフォアボールになるよりかは良いと思いバットを繰り出して…
フルスイングをしていた。
思いっきり引っ張っても良いような打ち頃の球であったが…
確実性を持ってセンターへときれいに打ち返していた。
練習中は木製バットを使用している俺はしっかりと真芯を捉えていた。
いつもの如く当然のようにバックスクリーンに運んだ打球を眺めることもなく…
俺はダイヤモンドを一周して帰塁した。
「ナイス!海外での経験値が活きたか?」
不知火の言葉に肯定的な返事をすると三番打者で控えている須山に声を掛ける。
「俺達一年は警戒されているから。
三年の不知火さんに打たれてもダメージは少ないが…
一年の俺達に打たれたら評価が下がると思うはずだ。
須山にもアウトコース攻めで来ると思うぞ。
代表戦決勝戦で相手投手が投げてきたコースを思い出せ。
日本の審判はボールをコールしていたが…
相手バッテリーは納得いっていない表情だったろ?
海外ではあそこはストライクだから。
アウトコース一個分外に放られたと思っても積極的に打つ方が良い。
きっと俺の予想だが…
須山も将来はメジャー志望だろ?
今の内に…
練習や紅白戦から打つように心がけると良いぞ。
須山なら打てる」
「あぁ。助言ありがとうな。相手投手が勝負に逃げ腰なら…
完全に逃げ切ったと思ったコースを打ってやるさ。
見てろよ?」
「もちろん。期待している」
ベンチに戻った俺は須山に伝えたことを峰や根本にも共有していた。
彼らは納得したような表情で返事をくれる。
一年生を警戒しすぎて勝負を避けるような配球をしてくるのであれば…
それを叩くしか無い。
俺達の意識が共通なものになると…
須山から続く打線は連続で安打を放ち続けていた。
しかしながら今回も…
打線が続いたのは根本までだった。
七番、八番、九番と凡退するとスリーアウトチェンジ。
ランナー二塁残塁の状況で…
続くチャンスを活かせないでいたのであった。
一回裏。
稲葉の準備投球が終わると俺達は打者に集中していた。
第二チームよりも明らかに自信を持って投球する稲葉。
その理由は表の攻撃で五点をもぎ取っているからもあるだろう。
その他にも須山の強気な配球が稲葉の背中を押しており…
かなり心強い捕手に思える。
投手の闘志すらも自在に操るような須山は既に帝位高校の正捕手と言っても過言ではないだろう。
バックを守る俺達も安心しきった表情で守備についている。
しかしながらそこに相手をナメて気を抜く感情など微塵もなかった。
一番打者の左打者が軽快にセーフティをかましていた。
サードライン上ギリギリに転がった打球をバッテリーとサードが追い求めて走り込む。
警戒していたサードが走り込んできていて…
守っている俺達から見ても…
どう考えてもサードが処理する場面に思えた。
投手のスタミナ面を考えてもそうだし…
確実性に重きを置いても…
どう考えてもサードが処理する場面。
捕手の須山もサードの吉田に声を掛けており…
処理するように指示していた。
その指示が聞こえていたはずなのに…
サードの吉田は何故か投手の稲葉に任せるような及び腰の姿勢を見せていた。
捕手からの指示をしっかりと耳にしていた稲葉はボールを追いかける速度を落としていたというのに…
サードの判断ミスが原因で一番打者を一塁に到着させてしまう。
「なんで今…指示を聞かなかった!?
キャッチーが一番周りの状況を確認できていたんだぞ!?
指示を聞いた投手が速度を落としたの…
見えてなかったなんて言わないよな?
そこまで周りが見えていないんだとしたら…
続く打者もサードを狙い撃ちされるぞ?
しっかりしてくれ」
須山はサードの吉田に厳しい言葉を投げ掛けている。
吉田は俯き加減で謝罪をするだけで表情は一向に晴れない。
「一打席目のこと後悔しているとか言わないよな?
今は守備の時間で切り替えてもらわないと困る。
それに打撃なんて打てない場面が多くて当然だろ?
打席を離れてベンチに戻るまでに反省は済ませるものだ。
いつまでも引きずって守備に支障をきたすなんてあってはならない。
それぐらいの意識は持っていてほしいんだが…」
「お前たちにはわからないさ…」
吉田はそこまで言ってサードの定位置に戻っていく。
須山は明らかに口論する構えを取っていたのだが…
「須山。プレイを再開しなさい」
第二チームで指揮を取っていた九条監督に窘められて…
仕方なく定位置に戻りマスクを被った須山だった。
二番打者は明らかな穴を見つけたかのように…
初球からセーフティ気味の送りバントをする。
再びサード線上に転がった打球を目にした須山は投手である稲葉に指示をする。
「ピッチャー!一つで!確実にアウトを取って!」
稲葉は流れるように捕球するとファーストへ送球。
しっかりとアウトを奪って…
ワンナウトランナー二塁。
三番打者も穴をつくようにバントの構えを取っている。
明らかにサードの吉田は及び腰に思えてならなかった。
ランナー二塁の状況でバントの構えを取られているのに…
彼は前進守備すら取らない。
サードで刺すつもりでいるのかと問われれば…
そういう風にも映らない。
もう殆ど戦意喪失しているようなやる気の見えない不貞腐れた態度に見える。
三塁ベースとホームベースの中間で立ち尽くしているような…
何にも参加しないと言わんばかりの投げ出した態度だった。
それを確認できていたのは俺と物延と須山…
後は外野手だろうか。
本来であれば俺が二塁ベースに向かうケースだ。
だが今回の特殊なケースで柔軟に対応することが求められていた。
状況を確認した俺はセンターの不知火に声を掛ける。
「センター!二塁カバー!」
その言葉で全てを理解した不知火は全速力で走って二塁ベースのカバーに向かってくる。
完全にがら空きになる三塁ベースに俺は向かいながら…
再び初球からバントをしてきた相手打者。
またサードに転がると誰もが警戒心を強くする中で…
打者はしっかりとサードに転がしていた。
セオリー通りのバントが行われていて…
それでもサードの吉田が捕球してくれると信じていた…
だが吉田はまるで動くこともなく。
須山は自分で動くと転がった打球を捕球して…
「三つ!まだ間に合う!」
ランナーよりも早く三塁ベースに到着して声を掛ける俺の言葉が耳に入った須山は…
最速の動きでサードに送球。
強肩である須山の矢のようなストライク送球をグラブで掴むとスライディングしてくるランナーのスパイクにタッチ。
どうにかアウトがコールされて一安心する第一チーム。
だが…俺達は誰も納得がいっていない。
「おいサード。やる気がないなら抜けろ。
折角第一チームに選ばれたのに何が不満なんだ。
俺からしたらお前のようなやる気のない選手は邪魔でしか無い。
ナインの荷物になっている自覚があるか?
プレイを放棄するようなやつは邪魔だ。
今すぐ抜けてくれ」
プレイが止まりタイムを掛けると俺はサードの吉田に声を掛ける。
第一グラウンドではピリピリした空気が流れていた。
「お前たち一年にはわからないよな…
下からとんでもない突き上げがあって…
打順を下げられて…
二年は物延しか期待されていない。
俺達は結果が残せずに荷物扱いだ…
吹雪…お前みたいに打席に立てばホームラン。
勝負を避けられて敬遠。
塁が空いていれば盗塁を確実に成功させる。
須山…お前もそうだ。
吹雪の実力が異常で埋もれている意識があるかもしれないが…
俺からしたら十分バケモンだ。
春季大会の打率は五割。
新一年生のお前がだ。
俺はチャンスでまるで打てず…
沢山のネット記事のコメントで俺は荷物と書き込まれている。
こんな評価をされるために今まで頑張ってきたんじゃない。
お前たち一年に尊敬されるような実力のある先輩になりたかった…
お前たちがもっと下手なら…」
吉田の理不尽な嘆きを耳にして俺は思わず激昂しそうだった。
「知らねぇよ。お前の今までの努力とか…俺の成績とか須山の成績とか…
今は関係ねぇだろ。
プレイを放棄する理由なんて野球のプレイ中に存在して良いわけねぇって話だろ?
話を逸らして論点をずらして自分語りするなよ。
自分が劣っているって思っても腐らずに努力するしか無いだろ?
それを放棄するなら現状からの進化は一向にない。
これで良いって思うなら好きにしろ。
これじゃ嫌だって思うなら今から◯ぬ気で努力するしか無いだろ。
全てに置いて誰よりも負けないだ努力をするしか無いだろ。
それ以外に何かあるのか?
ある日突然上手になることなんて無いんだ。
毎日ひたすらにコツコツと努力した人間だから…
一年でも活躍しているだけだろ。
自分の努力不足を棚に上げて…
もしもの未来ばかりを妄想して…
現実から逃げて何になるんだよ。
気持ちいいのは一瞬だけじゃないのか?
苦しい現実と直面しても…
勇気を振り絞って立ち向かうしか無いじゃないか…
本当にそれ以外に何があるんだよ…」
俺の言葉を耳にした吉田は…
「お前にはわからねぇよ。俺の様な出来ない選手の気持ちなんて…
誰もがお前の様になれると思うなよ…
俺はお前らを見るのが怖い…
お前に俺の気持ちなんてわからねぇ…
お前の理想を押し付けるな…お前にだけはついていけねぇよ…」
最後に捨て台詞を口にした吉田はそのまま九条監督のいるベンチまで向かい…
「辞めます。一年が入部してきてからストレスや不安が凄いんです…
このままここでプレイしていると…
大好きだった野球を一生嫌いになりそうです。
もう限界です…
ごめんない…もうこれ以上は無理なんです…」
吉田は九条監督に言葉をかけながら…
子どものように泣きじゃくっていて…
俺は正直な話をすると意味がわからずにぽかんとしてしまう。
呆れた表情でマウンドの稲葉にボールを返球するとショートの定位置に戻っていく。
「分かった。今日はとりあえず久しぶりに実家に帰りなさい。
両親としっかりと話し合い…
母親の作る温かいごはんを食べてゆっくり休みなさい。
また後日事務所で話し合おう」
吉田は帽子を取って頭を下げるとそのままグラウンドを抜けていった。
二塁ベースで状況を見守っていた不知火は俺に声を掛ける。
「こういうことが起きる心配はしていたんだがな…
想定よりも早すぎたか…
起こったとしても夏前だと思ったんだが…
今年いる二、三年は不作の年なんて言われててな。
今の三年で初めから期待されてスタメン出場していたのは俺だけだった。
稲葉は腐らずに努力を続けて今ではエースだが…
今の二年が一年の時はもっと厳しかったと思う。
物延がセカンドでスタメンになって…
来年に入学してくる吹雪が遊撃手を務めることは確定している。
なんて九条監督に言われて…
今まで遊撃手でプレイしていた選手は全員コンバージョンかサブポジションにつくように言い渡されてな…
やつらのそんな行き場のないくそったれな感情をお前達一年がわからないのは当然だよ。
だが気にするな…
と主将としては少しだけ酷な事を言うようだが…
辞めたいやつは辞めれば良いんだ。
俺達は誰かに強制されて野球をしているわけじゃない。
努力も研究も試行錯誤の毎日も…
野球に繋がる全ての行為を自分のために行っているんだ。
限界だって思うなら辞めれば良いんだ。
人生には野球以外の別の道が幾らでもあるんだからな…」
不知火は主将らしくない言葉を口にしていて…
しかしながら俺も同感と言った所で頷いていた。
第一チームはサード不在の状況になり…
「試合続行は不可能だな。
全部員にチャンスを与えるために控え選手の上級生は第二グラウンドに多く配属したんだ。
第一第二チームは今いる最小限のメンバーで構成したからな…
仕方がない。
このままシートバッティングに切り替えて練習をしなさい。
不知火が中心になって練習再開すること。
私は指導者陣と話し合いを行うのでここを離れる。
不知火…後は任せたぞ」
九条監督の言葉に返事をした不知火はそのままサードに第二チームの選手をつかせる。
シートバッティングは早々に開始されて…
俺達は再び練習に向かうのであった。
練習とミィーティングが終了して。
俺と須山と峰と根本は四人で道具の片付けと整備をしていた。
「先程の紅白戦では一年の僕らが生意気を言いました。
グラウンド整備と道具の片付けを僕らにやらせてください!」
須山がミィーティングの時に声を上げて…
俺達四人は居残りでグラウンド整備と道具の片付けや整備に時間を費やす。
「峰と根本は巻き込んですまん。
ただ…一年でスタメン候補の四人で内緒の話し合いをしたかったんだ。
付き合ってくれるか?」
ボール磨きを行いながら須山は口を開いていく。
「別に俺は構わないぜ。さっきの吉田さんの行為は許されるものじゃない。
誰も言わなかったら俺が言っていた」
峰はボールを磨きながら相槌を打つように返事をする。
「俺も峰の意見に同意だし…吹雪の喝でチームはピッとしたと思っている」
根本も同じ様にボールを磨きながら肯定的な返事をしていた。
「吹雪。これから先…ああいった場面があったとして…お前は口を開くな」
須山は俺に視線を向けて口を開くが…
その視線は厳しいものではなかった。
「言いたいことがあっても言わないでくれ。後でそっと俺に伝えるんだ。
今日は最悪なパターンだった。
お前が吉田さんの最後の引き金を引いてしまったんだ。
吹雪はそういう選手になっては駄目だ。
なんでかわかるか?
お前はいずれ世界的なスーパースターになるだろう。
吹雪はプレイで魅了する選手であることは間違いない。
だから周りの選手に極力嫌われるな。
世界一の選手になるとして…
チームメイトや周りの選手や関係者や観客や国民が認めておらず嫌っている選手だった場合…
きっと世界一の選手なんてなれないぜ?
だから今から周りに嫌われる役を買おうとするな。
お前はチーム一の実力者だ。
全ての言葉が他の選手の心に深く刺さってしまう。
それが正論だとしても…
もう口にしないようにしろ。
嫌われ役は俺が務める。
一年でスタメン候補の四人である…
俺達の誰かが嫌われ役を担わないといけないんだ。
この中では吹雪と一番付き合いが長い俺がその役を全うする。
理解してくれ」
須山は優しい口調と眼差しを俺に向けていて…
何か言おうと口を開きかけると…
「須山だけには任せない。俺もそれをやる」
「俺もだ。水臭いこと言うなよ。一人だけ抜け駆けはずるいぜ」
峰と根本は須山に向かって笑顔で口を開くと軽く肩を叩いていた。
「そう言ってくれるか…頼りにするが…頼むな?」
「任せろ」
「もちろんだ。俺達の代の中心選手はこの四人だろうからな。
吹雪を支える三神将みたいでかっこいいな!」
根本が冗談交じりな言葉を口にして…
しかし須山はそれに納得するように微笑んで頷いた。
「吹雪はプレイでチームの先頭に立て。
あとの面倒事は器用な俺達に任せろ。
お前は昔からずっと不器用なんだからさ」
「須山…峰…根本…何から何までありがとう…」
俺の感謝の言葉を彼らは全力で受け取って…
「さて。明日からどうなるか…俺達に風当たりが強くなりそうだが…
他の一年でも実力があって向上心や意識が高いものに声を掛けておこう。
俺達の代がやって来るまでにチームを一枚岩にしておくぞ!
吹雪に降りかかる面倒事は俺達が全て排除する。
こいつが面倒事を抱えて不調になんかなったら…
チームの損失は計り知れないからな。
今から来年以降のことも意識の中に入れて行動しようぜ」
俺達はそれに返事をして…
その後も遅くまで道具整備に時間を費やした。
その時間で俺達四人の絆を深くして確かなものにするのであった。
道具整備が終わると俺はいつものように走って帰宅する。
居残り練習の様相はと言うと…
不知火と物延は二人で素振りを行っていて…
また別の場所では…
一年生の須山、峰、根本が三人で居残り練習に性を出していた。
二、三年生は吹雪を初めとした一年に負けない意識で…
一年生の三人は二、三年生から席を奪い…
来年、再来年に入部してくる新入生や新チームのことに意識を向けて…
結果的に全員が誰にも負けたくない。
という意識のもと深夜になるまで敷地内で自主練習に励むのであった。
激動の次回へ…!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。