新章 第一章 孤独な遊撃手編  高校生 帝位高校一年生編

第1話超越者となった吹雪の現在地

元KINGは日本で言うところの高校生の年代だった。

彼と過ごせた時間はほんの数年だったのだが…

俺と元KINGはかなり波長の合う選手だったように思える。

彼と俺は何度も何度も対戦を重ねた。

元KINGがアカデミーを卒業してメジャー契約を結ぶまでの数年間の限られた時間で…


彼は俺と対戦することに喜びを感じいたようだし…

僕も歳上の好投手と何度も対戦できることが嬉しかったように思える。


投手主体の投球は鳴りを潜めて…

捕手と一対になったお陰で彼は一段と強くなった。


最初の対戦のように簡単に打てることはなく…

かなり打ちあぐねながら…

それでも最終成績は俺に軍配が上がっていた。


元KINGは捕手を始めとした全ての選手と積極的にコミュニケーションを取るようになり…

アカデミーは独裁的な野球ではなくなっていた。


入団当初俺は選手たちに何度も感謝されて…

救世主のように扱われていた。


アカデミーの選手は俺よりも歳上の人ばかりで…

一年に数回の感覚で新人が入ってきた。

しかしながらその人達も大体が歳上だった。




時が流れ続けて…

俺の身長が周りの人間よりも頭一つ…

いいや…二つ三つ大きくなった頃…

初めて同年代の新人が入団してきたのだが…


俺はその頃からアカデミーでは完全なる中心選手だった。

ショートを守るスラッガーでもあり投手をさせても一級品。

打席に入れば勝負をしてくれる投手は少ない。

俺の評判は世界中で轟いている状況だった。


現在の俺は日本で言うところの中学三年生になったばかり。

小学一年生から中学三年生までの約八年間…

俺は毎日トレーニングを行い…

食事の量は日に日に多くなり…

大食いタレントもびっくりなほどの食事を一日に五食取っていた。

父が設定した自宅で行う自主的なトレーニングメニューも日に日に増加していった。


身体がこれ以上大きくならないと言わんばかり…

周りの人間に比べて大きくなりすぎていた。


身長が既に190cmを超えていて…

体重が100kgに届きそうだった。

体脂肪率は8%ほどで殆どが筋肉で出来ていた。

故に運動神経が落るわけもなく。

走力を始めとした運動能力も俺はチーム一だった。

チーム一というか…

誰にも負ける気がしなかった。


「アカデミーのショートには絶対に打つな」


対戦するチームが確実に行ってくる戦法。

故に右打者はライト方向に流し打ちを行い…

左打者もライト方向に全力で引っ張っていた。


ショートに打球が飛んでこない代わりに…

セカンドやファーストやライトは一試合に何度も打球が飛んできていた。


ミスが許されないアカデミーの野球では全員が向上心や高い意識を持っていたはずだと思いたい…

本当に心の底から思いたかったんだ…


だがしかし…

もしかしたらチームメイトは俺と言う存在のせいで…

毎日絶望感を感じていたのかもしれない。


俺が孤独な遊撃手と言われるようになったのはこの頃からだった。


とある遊撃手の独壇場はここから始まった。


日本で言うところの中学三年生。


俺の本当の意味での…

本格的な野球物語はここから始まろうとしていた。






アカデミーに入団して約八年が経過していた。

俺はチームメイトに孤独な遊撃手などと言う呼び名を陰で言われていた。

それも仕方がないことだと少しだけ諦めている状況だった。


「集合!」


監督の声掛けにより俺達選手はベンチ前に集まっていた。


「お前たちも理解していると思うが…

フブキの打順が周ってくるまでに塁をすべて埋めなさい。

言っている意味がわからない者はいないと思っている。


一応説明しておくが…

四番を任されているフブキは直近の20試合殆どの打席で敬遠されている。


どうしてか…

そんなことはチームメイトであるお前たちが一番わかっていることだろう。


普通に対戦してしまえば…

同年代の投手など相手にならないからだ。

フブキにとってはバッティングピッチャーのように打ち頃の投手に思えてしまうのだろう。


簡単に本塁打を放ち…

対戦をすればほぼ間違いなく点を取られる。


故にフブキの打席の前でランナーを塁に全て埋めれば…

相手バッテリーは対戦せざるを得ないはずだ。

さすればアカデミーは一挙四得点の希望的観測が生まれる。


もしも相手投手がそれでも敬遠を選んだ場合…

こちらのほうが明らかに賢い選択だと思うが…

一失点で抑えることが出来る可能性があるからな。


故に五番を任される打者は強打者でなければならない。


フブキが対戦してもらえない状況はこれからも続くだろう。

そういう時にしっかりとランナーを帰せる選手を五番に置きたい。

その可能性が高い選手をお前たちの中から選びたいわけだ。


今日から五番打者を順番に務めてもらう。

打率と得点率が一番高かった者を五番に定着させる。

必ずランナーを帰塁させることを第一に考えなさい。


野球は0点で抑えることももちろん大事だが…

得点を取らないことには勝利もないのだ。


とにかく攻めて攻めて攻め続けなさい。

大量得点を奪う打線でありなさい。


今年は好打者や強打者しかいない最強打線を目指す。

フブキが中心の新チームなんだ。

歴代最強チームを目指すぞ!」


監督の言葉に選手たちは返事をしていて…

俺は適当に息を吐くと外野に向かっていた。


「また始まったぞ…いつも通り足並み揃え無い…」


「言葉数少なすぎるよな…

先輩たちも所属年数的な話をするとフブキの後輩だからな…

何も指摘できなくても可笑しくないよな…」


「反則級の選手だし…あいつは早くメジャーに行ってほしいわ…

俺達の数年間は暗黒期確定だぜ?」


「フブキのせいで…右方面を守る選手は地獄だろ?」


「まぁ…お陰で守備は上達していると思うよ…」


「そうか?フブキに指摘されていたろ?


捕ってからの動作が遅い。

予備動作が多すぎる。

最適で最速の動きをしないと俊足が売りの打者をアウトに出来ない。

お前のワンミスでピンチを招いたら…

どう責任取るつもりだ?

アカデミーの優勝記録をお前が止めて良いと思っているのか?


とかとか…

散々詰られていただろ?

二遊間でフブキとコンビを組んでいるお前は災難だな…」


「そうでもないさ…フブキのお陰で以前よりも確実に野球が上手くなったと思う。

まぁ…楽しくは無くなったけどね…」


「本当にな…俺達だってアカデミーに来るまでは殆ど無双状態だったのに…

ここに来て…フブキと出会って…

俺達の今までの努力とか実績とか…

天才って言われ続けてきた過去とか…

全部否定された気分だよ。


無双状態で楽しかった野球が…

今ではまるで楽しくない。


何をしてもフブキに否定されて…

あいつの要求する水準に俺達はまるで届いていないようだ…


フブキは何処を目指しているのか…

ってメジャー以外…見ていないに決まっているよな…


俺達も…あいつにはついていけないって思い始めている。

アカデミーは完全にあいつだけのチームだよな…

俺達はフブキがプレイするための数合わせに過ぎない…


そんな感覚…

皆んなも少なからず抱いているだろ?」


「そうだが…フブキに負けないように…って意識のやつはいないよな?」


「いるわけ無いだろ。あいつの要求に応えられるとは思えない。

まだ成長途中の俺達に要求するレベルじゃない」


「確かにな…言っていること殆意味不明だし。

自分の親父が元メジャーリーガーで…

世界最強の投手だったって…

そんなことは分かっているよ。


でもさ…

イメージの世界ではいつでも業と戦え…

って意味わからないだろ?


だって実際に勝負するのは業じゃない。

様々なタイプの投手がいる。


そうやって口答えすれば…

業と毎日勝負していればどんな投手も問題なく打てる。


言っている意味分かったやついるか?

イメージの世界ってなんだよ…


それよりも実践のほうが意味あるだろ?

実際に生きたボールを打つことに意味があるんだろうが…

あいつの考えはまるで意味不明だ」


「まぁな。イメトレだけで打てるようになるのであれば…

世界中の野球選手がもれなく全員やっているっての…


お前が特別な存在だってだけで…

俺達に強要しないでほしいよな…


大体なぁ…俺達は全員が四割以上の打率を誇っているわけで…

十分強打線だろ?


あいつの成績が異次元なだけで…

俺達は十二分に優れた選手だと思うんだがな…

あいつに散々詰られる謂れはないと思うんだ…」


「でもな…あいつは実際結果を残しているわけで…

俺達が打ちあぐねる投手からも毎回打っている。


何度敬遠される場面を目にしたことか…

申告敬遠を含めて…

あいつと勝負したがるバッテリーは殆存在しない。


フブキの実力は既に世界が認めている。

チームメイトとして誇りに思うことが当然なんだろうが…

あいつの本質的な性格を知っている人間は素直に褒めることが出来ないはずだ。


フブキの性格が…

実力が異次元過ぎて…

同じチームになったら息が詰まるってものだ…」


「だよな…それなのにフブキは学校でかなりの人気者だぜ?

特に女子に…

今から将来が確定している選手だから…

早い内に取り入ろうって考えのやつが多いんだ…

俺達からしたら見ていて最悪な気分だぜ?」


「それは仕方ないにしても…あいつもここで野球していて楽しいのかね?

独りで野球しているようなものだろ?

本当の意味での味方も仲間もいない状況で…

何が楽しくて野球しているんだろうな…」


「天才の考えることは理解できないが…

俺達もあいつに引きずられずに…

自分の将来のために精進しようぜ」


「そうだな。それしかないよな…」



そうしてチームメイトはフブキから距離を取ってアップを行っていた。

離れた場所で陰口を叩きながら…

吹雪がそれに気付いていることに気付きもしないで…







毎日…

誰よりも活躍し…

誰よりも向上心を持って練習に取り組み…

誰よりも意識を高く持って行動し…

誰よりもユニフォームを汚し…

誰よりも汗をかき動き続けている。



そういう自負があるからこそ…

俺とは完全に違うチームメイトに物足りなさを感じてしまっている。

全員が俺と同じ様に野球に全振りしてくれたら…

何度そう願ったことだろうか。


小学生の頃に所属していた先輩たちはあまりにも歳の離れていたお兄さんたちだった。

下からの突き上げが凄ければ多少の不安や焦りを自動的に感じてくれた。

彼らは俺がする自主的な練習を誰に言われるでもなく参考にして取り組んでいた。


歳上の彼らと一緒に過ごす日々は快適だった。

全員が向上心を持って高い意識の中で野球をしていたのだ。


毎日毎日チームメイトに負けないように…

その思いを糧にして全員で切磋琢磨していた。


そう完全に言いきれるほど…

素晴らしく高水準の環境でプレイできていたのは明白だった。


しかしながら同年代の選手が入ってきた頃から…

少しずつ何かが崩れていく音が聞こえてきて…


今では仲間たちとの間に少しばかりの不和やすれ違いで済まないほどの溝が出来ていると感じていた。


俺達はチームであって…

本当の意味ではチームではないのだろう。


いつまでも分かり得ない平行線の関係が続くことは目に見えている。


俺も彼らのレベルに合わせるつもりはなく…

彼らも俺と同じ高みに追いついてくれるわけもなく…

俺達は互いに歩み寄ることもなく…


永遠に分かり合えない関係なのだろう。


それを理解した俺は既にチームメイトに見切りをつけている状況だった。

彼らに助けられて救われる日など…

今後一生訪れない。


そう割り切って…

試合の全てを俺が独りで決める。

そこまでの傲慢な考えに至っていた。


俺は奴らが言う通り独りで野球をしているのだろう。

それでもいい。

同じ意識でいてくれないチームメイトを頼りにするわけがないのだ。


俺の安寧の場所は…

いったいいつになれば見つかるというのだ。


心が休まるほど全てを任せることが出来る仲間が…

俺を何処かで待っているのだろうか…

最近はそんな考えが脳裏に浮かび続ける毎日だった。


俺だって積極的に独りを選んだわけではない。

チームスポーツなのだ。

一人の選手が出来ることは限られている。


その枠を飛び越えて…

俺は手のつけられない選手になっていることだろう。


俺に味方や仲間がいたら…

少しは楽に楽しく野球をプレイできているのだろうか…


それがいつかの未来でやってくるかはわからないが…

今日も今日とて俺は独りで野球をプレイするのであった。





「本日の練習試合ではスカウトの人間も来ている。

世界中から注目されていることを今から忘れるんじゃない。


殆どがフブキを見に来ているはずだが…

フブキ以外にも活躍すれば目に留まるはずだ。

しっかりとアピールしていけ。


スタメンはダグアウトのホワイトボードに書いてある。

全員がしっかりと見ておくこと。


試合まで体を冷やさぬようにな。

まだ四月だ。

気を抜かぬように。

怪我や故障だけは必ず避けてくれ。


では以上」


監督のミィーティングが終了すると選手全員がダグアウトのホワイトボードを眺めている。


当たり前の様にショートで四番を任されている俺。


本日の練習試合の相手は…

相手投手のことを思い出しながら俺はベンチを抜けてグラウンドに出る。


アップは完全に終了しているが…

俺は再び外野に向かってポール間を全速力で走っていた。


明らかに邪魔な思考や邪念を吹き飛ばすように…

試合開始までに頭の中を空っぽにするために走り続けていた。


「なぁ…試合前に体力消耗するって…誰か伝えてこいよ…」


「勝手にやらせておけよ。

打席でも守備でも自分の出番はやって来ないようなものなんだ。

俺達が思う以上にフラストレーション溜まっているんだろ。

ああやって全力疾走することで発散させているのさ」


「だとしてもだな…試合中は何があるかわからないだろ?

大事な場面で使い物にならなかったら…困るだろ?」


「フブキに限ってはあり得ないだろ。あいつの体力は無限ってほど底が知れない」


「確かにな。同じ学校のやつは知っていると思うが…

シャトルランってあるだろ?

体育教師が用意してきた機材で音楽を再生させてさ…

アカデミーの選手は平均的に100回を超えるぐらいの好成績を収めたんだ。


けれどフブキはずっと走り続けて…

曲が停まったというか…


あいつ…最後まで走りきったんだぜ?

しかもまだまだ余裕そうでさ…


体育教師の間の抜けた表情は傑作だったが…

女子の黄色い歓声とか男子のドン引きとか…

あいつは異常だって全員が悟ったよ。


14、5歳の体力とは思えないというか…

シャトルランでも世界記録を樹立出来るんじゃないか?


クラスの男子は全員が苦笑して…

皮肉交じりにそんな事を言っていたよ。


だからあいつの体力の心配はいらないよ。

好きなだけ走らせてやれよ。


試合も暇で仕方がないんだろ。

俺達のせいでもあるんだが…察してやろうぜ」


「そうか…わざわざ海を渡ってきたっていうのに少し申し訳なく思うが…

もしかしたらフブキのやつ…

日本に帰るつもりなんじゃないか?」


「どうしてそう思う?帰ってくれたら…正直助かるがな…」


「だって…向こうには本当の意味での仲間や味方が存在しているかもしれないだろ?

ここで苦しそうにプレイしている意味をそろそろ見出だせなくなっているかも…?

そんなことを考えてしまう。

あいつにとって今の環境が正しいか…

俺達にももうわからない…」


「そうなったとして…アカデミーの上層部が…

もっと言えばメジャーの関係者が許すと思うか?

ここはあいつを手放すような場所ではないだろ?」


「そうだが…

離れたいと思っているやつを無理矢理つなぎとめることは出来ないだろ?

自由を重んじるはずだ。


だから俺達は…あいつをつなぎとめるために…動かないと駄目なのかもしれない。

あいつを手放すことは大きな損失になるだろ?

アカデミーにとっても…俺達にとっても…


うざったいやつだけど…

将来的に必ずスター選手になって球界の宝なるだろう。


だから…俺達はあいつをここに縫い留める存在にならないといけない…

近い将来…そんな注文が来る気がするよ…」


「かなり面倒だが…あいつがいるといないじゃ…

チームとしての底力に雲泥の差があるからな…

それは将来の話でも同じはずだ…

俺達があいつの本当の仲間や味方にならないと…

あぁー…考えるだけで憂鬱だぜ…」


「もう割り切るしか無いだろ。

あいつと同世代に生まれたことを嘆いたり恨んでも仕方がない。

もう受け入れるしか道はないだろ?


同じチームになってしまったんだ…

もう嘆く時間やターンは終了したと思うしか無い。


最近のフブキの様子は明らかに異常だ。

ここにいることに窮屈さを感じているように思う。


日本に帰って…仲間とプレイしたいと思っている可能性は否定できない。

俺達があいつを失望させて絶望を味わわせるわけにはいかないだろ?」


「だな…今日の試合から意識を塗り替えていこう。

手っ取り早く…深いイメージをして素振りでもしますか」


「仕方ねぇからな…やりますか」


チームメイトはバットを手にするとベンチ前で広がっていた。

そこから全員が現役時代の業をイメージして…

全力で素振りを行うのであった。







本日の練習試合は10時にスタートした。


アカデミーは先攻だったが…

一番打者が安打を打ったところまでは良かった。


しかし続く二番打者が併殺に終わり。

三番打者が三振に倒れて…


敢え無く一回表の攻撃は終了した。



一回裏からチームのエース(仮)が投げていて。

いつも通り右方向にばかり打球が飛んでいく。


俺のポジションはショートとしてあまりないほど二塁側に寄っていた。

万が一センター前に抜ける当たりを打たれた時の対処だった。


これだけ極端なシフトを敷いていると言うのに…

打者が左側を…

空いているショートの方へと打ってくることは無かった。


もしも飛んできても瞬時に移動して捌ける自信があったし…

相手チームも打者本人もそれを理解していたのだろう。


本日も俺に打球は飛んでくることは無さそうだった。


エース(仮)がしっかりと無失点で抑えると二回表の攻撃は始まる。


俺から始まる打順で…

ヘルメットを被ってバットを持つと準備投球をしている投手のタイミングに併せて本気のスイングをしていた。


チームメイトも相手チームも俺のフルスイングを見て…

明らかに怖気付いているように思える。


準備投球が終わると相手チームのバッテリーはベンチに居る監督のサインを確認していた。


捕手が審判に声を掛けて…

俺は申告敬遠で一塁に向かう。


こうなったらやることは絞られて限られてくる。


俺は投手のタイミングを完全に盗むと…

一球目から盗塁。

その後の二球目も完全にモーションを盗んで三盗。


バッテリーは五番打者に集中出来るようになり。

三塁ランナーの俺には意識を割かないことを決めて徹底しているようだった。


狙えるのであればホームスチールも視野に入れて…

味方のバットを信じるよりも俺が本盗したほうが確実だと思っている。


五番打者がかなり粘ってフルカウントの状況が出来上がっていた。


投手のクサイコースに放った球を見逃した五番打者。


審判がストライクをコールして…

三振に倒れる選手…


それに意気揚々としているバッテリーは…

きっと三振を奪った喜びで気が抜けていたのだろう。


誰も責めることが出来ない様な状況を俺は決して見逃さない。


ランナーの存在を少しでも頭に入っていれば…

きっとバッテリーは一瞬も気を抜かなかったはずだ。


ただし俺というランナーを注意しながら投球できるほど…

相手投手の実力は卓越していなかったのだ。


完全に気の抜けた返球を思わずしてしまった捕手を誰が責めることが出来ただろうか。


ふんわりとした返球が投手の元に投げられた瞬間…


俺は絶対にこの好機を見逃さない。

サードベースの角を陸上選手が使用するスターティングブロックに見立てて…

やまなりのボールが放られた瞬間を確認して…


いざ、スタートを切った。


相手バッテリーの慌てた様子が横目に入ってきていたが…


初速のスピードもさることながら…

全開の加速で一気にホームベースを目指し…


投手が捕手からの返球を捕球して…

ホームに返球する構えを取り…


俺は一応潜り抜けるようにスライディングをして…


アカデミーの先制点をもぎ取っていた。



六番打者が珍しく俺にハイタッチを求めていて…

軽い苦笑を浮かべてそれに応える。


「得点したから良いものの…

怪我するからホームスチールはやめろよ。

そんなことしなくても俺達が絶対に帰すから…」


本当に珍しいことが起きている。

チームメイトが俺に声を掛けるなんて…


「絶対に帰す?

自分たちの打率、出塁率、得点率を分かっていて言っているとしたら…

夢の見過ぎだと言わざるを得ない。


現実的に考えてお前たちに頼るよりも自分で得点したほうが確実だろ?


お前らの夢見がちな夢想を押し付けてくるな。

それに柄にもないことを言うのはやめろ。


お前たちが俺を嫌っているように…

俺もお前たちには何も期待なんかしていない。


得点は自分で奪う。


お前たちも勝手に得点に繋げてくれればそれでいい。

そして失点しなければ勝つだけだ」


「おい…!お前何様だよ!チームスポーツの自覚ないのか!?

お前一人で野球やっているわけじゃあ…!」


「お前たちこそ何を言っているんだ?チームスポーツ?

そう主張したいのであれば…

少なくとも全員が同じレベルであってくれよ。


誰かが誰かの尻拭いをするって…

それがお前たちの言うチームスポーツなのか?


そうじゃないだろ?

全員が全員のお陰で相乗効果で高め合える。

それがチームスポーツの醍醐味であり大切なことだと思うが?


誰かが誰かにおんぶにだっこ状態がチームスポーツだと思っているなら…

その認識は今の内から改めたほうが良いぞ?」


「言わせておけば…!お前にチームスポーツの何がわかるっていうんだよ!

毎日一人でプレイしているお前に!


チームのこともチームスポーツのことも何一つ分かっていないのはどっちだよ!


良い気になるなよ!?

お前一人で野球しているなんて自惚れたこと考えてんじゃねぇぞ!


ここにいる全員いなかったら…

そもそもお前の大好きな野球だって出来ないんだぞ!?


その意味…本当に分かっていないのは…お前だろ!」


「はっ。お前たちは本当に口だけは達者だな。やることを毎日やりもしないで…

文句だけは一丁前だ。


お前たちの言葉は本当に響かないよ。


悪いが机上の空論や理想論を俺に押し付けないでくれ。

聞いているだけで鳥肌が立つ。


根拠のない持論を展開して気持ちよくなるのはよして欲しい。

同じレベルで語り合えるようになってから口を開いてくれ。


俺は今までお前たちに何度も言ってきたよな?

俺の経験値をおすそ分けするように分け与える様に何度もアドバイスしたよな?


それに聞く耳を持たないで本気に受け止めなかったのはお前らだろ?


都合の悪いことには目を瞑って…

キツく辛い練習や現実から目を背けたのはお前たちだ。


俺の期待を先に裏切ったのはお前らだ。

今更耳心地の良い理想を語るんじゃねぇよ。


俺はお前らをチームメイトだなんて思ってない。

お前らもそうだろ?


だから好きにやらせてもらう。

お前らもそうすると良いさ。

結果的に勝てば良いんだから。


それ以上のことを求めるのはナンセンスだと思わないか?


勝者が勝利以上のことを求めるなんて…

敗者に失礼で傲慢な考えだ。


お前らの砂糖菓子みたいに甘い理想を俺に押し付けないでくれ。


チームとか仲間とか…

同じレベルの人間が集まれば自ずとそういう関係になるだろう。


でもお前らとはそういう関係が想像もできない。

甘っちょろい理想を俺に求めないで欲しい。


俺が思うチームとか仲間とか味方の定義や形はお前らとはかけ離れている。


そういう認識でこれからも頼む。


何があったか知らないが…

俺にお前らの望む理想を求めるな」


「お前には…マジでついていけねぇよ…本当に何様だ…

野球の神様に選ばれたとでも思っているのか?


自分が世界一正しいって思っているだろうが…

お前になんか一生仲間や味方は出来ねぇよ!

何処に行ってもお前は煙たがられ嫌われ排除される!


お前はその度に逃げるんだろ!?


ここは自分のいるべき場所じゃないって!


そうやって言い訳を幾つも重ねて!

ここからも逃げていくんだ!


国に戻ってもお前の居場所なんてねぇ!


お前みたいな勝手なやつ…

誰も何処も受け入れてくれるわけねぇんだ!


本当に勝手にしろよ!

理想ばかり語っているのはお前のほうだろうが!

そんなこともわからないで…!」


「わかったわかった。

自分の出来ないことに理由をつけて逃げる言い訳を幾つも用意しているお前らに…

何かを期待した俺が間違っているな。


早く打席に立て。

悔しかったらホームランの一本でも打って…

お前の言うチームに貢献しろよ。

俺以上にな」


「クソが…!少しでも優しくしようとした俺達の間違いだったぜ!

お前は本当に孤独な遊撃手だよ!

くそったれ…!」


六番打者が打席についたが…

俺は彼の活躍を見ることもなくダグアウトに向かう。


素振りの出来る鏡張りの控室に入室すると…

今さっき行われた嫌なやり取りを全て忘れるように…

何度も何度もフルスイングで素振りを行っていた…


しばらくして攻撃の時間が終わると俺は守備に向かうのであった。


結果的な話をすると…

彼らは二回表で得点をすることが出来ないでいた。

俺の取った一点を守る形でその後も試合は進行していった。





そして…四打席連続で申告敬遠になった俺は

毎回三盗で三塁まで向かう。


五番打者に何も期待していない俺でも…

一点目のことを忘れるわけもないバッテリーは返球にも気をつけていた。

ただし…後逸を狙いながら…

俺は相手のミスを誘って自らで得点に絡む。


そんな俺の活躍にチームメイトは何も言えるわけもなく…

けれど俺とチームメイトのやり取りをベンチで全員が見ていたわけで…

俺はチームメイトとの溝を以前よりも果てしないほど深いものにしていた。




試合が終了して…

個人練習の時間がやって来る。


俺は一人でトレーニングに努めていて…

先程言われたことを思い出していた。


「国に帰るか…帝位高校…九条監督は俺の席を空けてくれているんだとか…

父さんが以前言っていたな…


ここで俺はこれ以上の成長をするのか…?


帝位高校に入学したとして…

そこで成長ができるのか…?


俺の驕り高ぶっている思考や鼻っ柱を明かしてくれる存在は現れるのか…?


いいや…あり得ない…。

そんな人間は何処にもいない…

もう諦めている…


誰もが野球に全振り出来るわけではないんだ。

何処かでつまずいたり嫌になったり絶望したり…

皆んなが皆んな…同じ様に…俺みたいにはなれない。


俺は逆に不幸なのか…?

小さい頃からずっと一番で…

自分よりも優れた選手は父さんしかいなくて…


俺を律して先に導いてくれる人なんて…


俺はこの先どうしたら…


俺の苦悩なんて…

誰にも理解できない…


俺は本当に孤独なんだな…」


いつも以上にナーバスな思考が脳内を占めている。


それでも俺は毎日の日課をサボることもなく…

完全に意味のあるトレーニングを行う。


どんな選手にも悩みや苦悩が少なからずある。


俺の傲慢な思考も驕り高ぶった態度も…

良くないことは分かっている。


けれど…どの様な態度や接し方をすれば…

彼らも考えを改めてくれるのか…

それがわからないんだ。


不器用といえばそうかもしれない。

性格が悪いといえばその通りだろう。

だが俺にも譲れない部分があるんだ。


「俺も…本当の意味でのチームメイトとか…味方とか…仲間とか…

本当は…欲しいに決まっているだろうが…!」


俺は泣きじゃくりたい気持ちを押し殺して…

今日も孤独に野球というスポーツを行っていた。


本来であればチームで切磋琢磨し高め合う素晴らしいスポーツを…

俺は今日も独りでプレイしていたのであった。




次回へ…!

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