第7話ここも安寧の場所ではなく…定着した居場所が見つかるのは…いつになるやら…
「フブキは冬の長期休暇で何処か遊びに行くの?
もし良かったら私の家でクリスマスを過ごさない?
クラスメートが沢山参加してくれるホームパーティなんだけど…
フブキの話を両親にしたら…
是非誘いなさい…って言われて…
私も一緒に過ごしたいって思っているの。
参加する皆んなもフブキに来てほしいって言っているよ…
もし何も予定がなければ…」
海を渡って転校してきた俺はかなりの人気者的な存在になっていた。
その理由は…
「駄目だよ。フブキはこの冬…僕らとずっとトレーニングなんだから。
寒い中ずっと修行するんだ。
だから遊んでいる時間はないんだ…」
俺の代わりにアレックスが返事をしていて…
何を隠そう俺を人気者へと押し上げてくれたのは…
アレックスだった。
アレックスはフェニックスで活躍している俺のことをクラスメートに言って聞かせていたらしく…
俺の人気は彼のお陰で日に日にうなぎのぼり状態だったのだ。
「えぇー!でも一日ぐらい休んでも…
それに私はアレックスに聞いているんじゃないんだけど!?
フブキに聞いているの!」
女子生徒はアレックスの言葉を否定するような言葉を口にして…
そのまま俺に視線を向けてくる。
「どう?一日ぐらい休めない?」
伺うような態度で俺に接してくる女子生徒に…
「申し訳ない。誘ってくれたのは本当に嬉しいけれど…
冬は身体づくりに専念するから…
トレーニングを一日も欠かせたくないんだ」
「そっか…でもトレーニングって時々休んだほうが良いんじゃないの?
お姉ちゃんが鍛えているからよく耳にするんだけど…
筋トレをまるまる一日休む日?
超回復って言うんだっけ?
クリスマスをその日に設定すれば…
参加できるんじゃないの?」
女子生徒はトレーニングについて詳しいことを知っているようで…
「うん。超回復の日は他にやることがあるんだ。
素振りにタイヤ叩きに投球練習にフォーム確認。
筋肉を酷使しない練習を本格的にする日なんだ。
だから…超回復の日でも完全オフの日は殆ないんだよ。
ごめんね」
俺はしっかりと理由を説明すると女子生徒は諦めてくれたようで…
「フブキってフェニックスで一番良い打者なんでしょ!?
前に球場でたまたま見たんだけど…
大人からホームラン打ってよね!
アレックスが言うように本当に凄い選手なんだね!
凄いよ!」
女子生徒はそこから世間話を交えて…
俺を沢山称賛してくれていた。
他のクラスメートも僕らの下に集まってきて…
休み時間の数十分の間…
話に盛り上がっていたのであった。
放課後がやってきていた。
アレックスとともに俺は校舎を抜ける。
「フブキはトレーニング順調?」
俺はアレックスとは別のメニューを行っていて…
「うん。アレックスは?」
「父さんと一緒に打撃フォームの改善とスイングスピードの向上。
それと全身を満遍なく鍛えているよ。
毎日かなり苦しいけど…
この苦行を乗り越えた後の春の練習試合が楽しみだ」
「春の練習試合か…この間のようなことは無いと良いな」
「あぁ…試合放棄の件?僕はあまり気にしていないけど…
相手選手や相手監督の心を完全にへし折ったわけだし。
僕たちの実力が相手チームと雲泥の差があったってだけ。
そう割り切って気にしないようにしているよ。
僕たちは何度も経験してきたでしょ?
何処に行っても嫌な態度で出迎えられてさ。
父親が元メジャーリーガーだってだけで…
僕らの実力の一端を見たら…
「周りの子供達が自信を失うからもう去ってくれ」
そんな心無い言葉を何度も掛けられてきた。
フブキも向こうではそういう境遇だったから歳上に混じって練習していたんでしょ?
フェニックスの仲間は少なからず皆んなそういう経験をしてきた。
だから傷つくことに慣れていると言うか…
もう気にしなくなってしまったんだ。
フブキもこの間の件はあまり気にしすぎないほうが良いよ。
これからもああいうことがあると面倒だけど…
ケインを始めとした父親陣が相手チームの見極めをしてくれる。
僕らはただ全力でプレイするのみ。
そうでしょ?」
俺を慰めるような言葉を口にしてくれるアレックスに笑みを返すと…
何度も頷いて応えていた。
「じゃあ今日も球場で。また後でね」
僕とアレックスは別々の帰路に就いていた。
自宅までのそこそこ長い道のりで俺はこの後のトレーニングのことを考えていた。
「今日も苦しい時間が始まるな…意味のあるトレーニングにしたいけど…
タイヤ叩きを楽しみにして乗り越えるか…」
独り言の様な言葉が自然と漏れてきていて…
眼の前で俺を待ち伏せしている不審な人物に気づけずにいた。
「フブキカンダって君だよね?」
考え事をしていると不意に声を掛けられて…
俺は視線を上げる。
大きな身体をしたスーツ姿の大人に声を掛けられていて…
一瞬固まった後…
適当に頷いていた。
「フェニックスでの練習は君にとって良い刺激になっているかい?」
俺はそれに頷いて応えるのだが…
「本当かい?君は海を渡ってくる前…
帝位高校野球部一軍に混じって練習していたと聞いたが…
どうしてその環境を切ってフェニックスに入団した?
あそこは年齢もバラバラな選手が集まる草野球チームのような場所だぞ?
もちろん父親達が元メジャーリーガーで資金力も経験値もある。
だから環境が整っているのも理解できる。
ただ…彼らは一流のプレイヤーだったが…
それが同時に一流の指導者だと言う証明にはならないだろ?
君のような…既に一流の選手は一流の指導者の下で練習をするべきだ。
そう思わないか?」
眼の前の大人は果たして何が言いたいのだろうか…
俺は父親達を否定する眼の前の大人の発言に首をひねりながら…
どの様な返答をするべきか悩んでいた。
「俺は…今の環境に満足していますよ。
これ以上無い環境だって思っています。
チームメイトも少なからず同じ様な境遇の選手ばかりで…
居心地も良くて楽しめています」
俺の返答に眼の前の大人は呆れるように嘆息していた。
「なんだその答えは…
同じ様な境遇の選手と傷を舐めあって戯れることが楽しいのか?
君はその様な低レベルの選手だとは思っていなかったんだが…
見込み違いだったか…
それともその様な環境に身を置くことで…
本来持ち合わせている感覚が鈍ったのだろうか…
どちらにせよ俺が言えることは…
君はフェニックスを抜けるべきだ。
抜けて…」
眼の前の大人はそこから具体的な進むべき場所を口にして…
名刺を手渡して来る。
「父親と一緒にしっかりと悩みなさい。
良い返事を心待ちにしているよ。では」
大柄なスーツ姿の大人は黒塗りの高級車に乗り込んで…
僕の前から姿を消すのであった。
帰宅した俺は帰宅途中の出来事を父に伝えて…
手渡された名刺をテーブルに置く。
父は明らかに険しい顔つきをしていて…
「とにかく今日もトレーニングだ。ユニフォームに着替えて間食を取りなさい」
それに返事をした俺はすぐに自室でユニフォームに着替えると…
母親の作ってくれていた間食を思う存分に食すのであった。
食休み後のいつものルーティンを終えると俺と父親は家の外に出る。
軽い準備運動を行うと10km走は始まった。
父は何処か不機嫌そうな顔つきで…
いつもより走るスピードを上げていた。
俺も少しずつ慣れてきていた長距離走だったが…
本日のスピードはかなりのものだと思われた。
どうにかついていき…
ずんずんと前に進んでいく父親の影を見失わないように…
ゴールまで懸命に食らいつくのであった。
10kmを走り切ると軽いウォーキングをする。
その後は十分な柔軟やストレッチを行って…
いつも通り室内練習場を目指していた。
「ケインに挨拶してくる。鍵を渡しておくから先に始めていなさい。
メニューはいつも通りだ。
二人で行うものは後回しにして…
一人で出来るトレーニングを中心に進めていなさい。
後で向かうから…
何処までやったかチェックを付けておくこと。
では後でな」
父は少しだけ慌てたような…
かなり不機嫌そうな表情を浮かべながら球場入口から中に入っていった。
俺はその足で室内練習場に向かう。
鍵を開けて中に入ると…
まずは何から始めようかと思考を回している。
一番に目に入ったタイヤを見て…
俺は金属バットを道具倉庫から取り出していた。
タイヤ叩きから初めようと俺は軽い素振りを行う。
準備運動が済むと早速タイヤの傍に向かい…
「こっちではアウトコースにストライクゾーンが広いとか…
インコースはあまりストライクをコールされないって言うよな…
それに高低差にも違いがあるって聞くし…
それでも向こうでプレイしていた経験があるから…
インコースに放られたら逆に打ちやすいし…
アウトコースに広いならもっと踏み込めるわけだ。
高低差のトレーニングは少しだけど帝位高校で学んだよな。
ストライクゾーンがかなり正確だって評判だから…
逆に打ちやすい気がしている…
これは僕が打席に入るとバッテリーに意識の殆どを向けているからだろうか。
もっとストライクゾーンや上下左右のコースなど…
もっと沢山のことを意識したほうが良いのだろうか…
それで打てなくなっては元も子もないか…
こう考えると打席でも沢山の思考が回転しているんだな…
深い集中に入っている時は無意識に出来ているのだろう。
ただそれが切れてしまった時…
例えばこの間の父さんとの対戦。
三打席目以降は集中が切れていたわけで…
そういう時に打てないで終わるわけにはいかないよな…
集中が切れた時だからこそ無意識ではなく意識的に思考を回せるようにならなければ…
全ての場面で集中できるようになるのが第一だが…
それが切れた瞬間のことも考えておかないとな…
日常生活からもっと沢山考えて生活をしないと…
集中できない場面はこれからもやって来る可能性がある。
どんなことにも必要以上に思考することを癖付けないとな…
本当に奥が深いスポーツだよ…」
俺は心の中で沢山のことを思考しながら…
タイヤ叩きに性を出していた。
イメージの世界で俺は何処にどの様な打球が飛んでいるか…
正確なイメージを持ってタイヤ叩きを続けるのであった。
「代表選手をこれまでに数多く排出してきた…
超特別選手育成プログラム専用野球アカデミーの連中が吹雪に接触してきた。
名刺を渡して勧誘してきたそうだ」
俺はチームの事務所でケインと対面して話し合いを始めていた。
「アカデミーか…上層部は特にフェニックスを毛嫌いしている…
そんな中で吹雪を引き抜こうとしているのか…
吹雪は本当に世界的に注目される選手だな…
それで?業はどうするつもりだ?」
ケインは時折グラウンドに視線を送ったり…
俺に視線を向けてきたり…
所在なさ気な態度を取っていた。
「俺は…フェニックスにいることが吹雪のためになると思っている。
こんなに好条件な環境は他にないだろう。
チームメイトは皆同じ境遇で…
吹雪もいい具合に刺激を受けている。
チーム全員で切磋琢磨していると言い切れる。
これ以上吹雪に環境の変化を与えるのは…
きっと得策じゃないと思っている」
俺の本音を耳にしたケインは少しだけ苦笑気味な表情を浮かべていた。
「精神衛生上の話をすれば…きっとフェニックスにいることが得策だよな。
でも最近の吹雪はチームの皆んなをどんどん引き離しているように思えないか?
なんて言ったって業から…
俺達バッテリーからホームランを打ったんだ。
確かにあの時はギアが上がりきっていない状況ではあったが…
それでも業からホームランを打つなんて予想もしていなかった。
それを簡単に打っていたように思える。
あの活躍が続くようだと…
吹雪はフェニックスでも物足りなくなりそうだって危機感を感じたよ。
そして今の話を聞いて…
吹雪がアカデミーに行くか…
もしそこに行ってもどんどん先に進んでいき…
そこでのチームメイトも置き去りにして…
もっと先へと進んでいってしまう。
そんなイメージが出来てしまう。
何処に所属していてもチームメイトを置き去りにして先に進む。
吹雪は純粋に先に進みたい一心で大きな一歩を毎日踏みしめているのだろうが…
全員がそういう存在ではいられないよな…
成長速度だって成長内容だって人それぞれだろ?
どうしたって全員が一緒なわけ無いからな…
俺達は吹雪やチームメイトの未来を守り考えないといけない。
どうするべきか…
沢山考えて答えを決めないとならない。
業も意見をくれ。
他の父親陣にも声を掛けて話し合おう」
ケインはそう言うとスマホを手にして…
何やらチャットを送っているようで…
全体グループチャットに事務所集合の旨が記載されていて…
俺達はその後…
元チームメイト全員で散々話し合いを行うのであった。
「俺はアカデミーの連中にも激しく忠告した!
これは明らかな違反行為だ!
法的措置を視野に動いても良い事案だと思わないか!?
業や吹雪の生活を脅かそうとしていると言って同義だろ!?
どうして皆んなは冷静に話を進めようとしている!?」
ケビンが激しく抗議をしていて…
反比例するように他の元チームメイトは至って冷静な態度だった。
「正直な話をすると…息子が自信を失いかけている状況だ。
業や吹雪を責めるつもりは微塵もない。
クリスの今までの努力が…
俺の指導力が…
明らかに神田親子に劣っていたと言える。
それでも少年の内に積極的に絶望を味わってほしいとは思わない。
クリスにもだし…
他の子供達にもだ。
吹雪をフェニックスに入れたことは間違いだとは思わない。
全員にとってかなりの刺激となる存在だ。
チームの主要選手だし…
これからも先頭に立ってチームを引っ張る選手だと思っている。
だが…それでも…
吹雪の才能や努力や能力値は…
残酷にも味方に絶望を与えかねない存在だ…
元チームメイトで大事な仲間である業を目の前にして…
この様な言葉を口にするのは本当は間違っているのだろう。
それでも言わないとならない。
俺達は今後も良い関係で居たいから…
どれだけ残酷に思える事実でもしっかりと口にしておく。
神田親子には恨まれても仕方がないって思う。
それでも俺は自分の息子であるクリスの将来のほうが大事だし…
輝かしい未来で活躍する姿を想像したい。
そのためには…こんな所で深い絶望を味わってほしくない。
そう思うのが本音なんだ。
勝手を言っている自覚はある。
本当に申し訳ないと思うが…
その話に…乗っかってほしいと願ってしまう。
そんな心が弱い俺を罵ってくれ。
申し訳ない」
ネスは正直な気持ちを包み隠さずに俺に伝えてくれていた。
元チームメイトはしっかりと話しを受け止めていて…
俺も言いたいことが理解できていた。
確かに逆の立場だったとして…
チームに味方に絶望を与えるほどの実力がある選手がいたとして…
吹雪が絶望を味わうのは避けたいと願うだろう。
しかしながら…
吹雪なら負けじと食らいついて…
いつかは並び立ち追い抜くのだろう。
吹雪は…
息子を贔屓するような言葉が幾つも思い浮かんで…
自らのことを本当に親バカだと感じていた。
それでも吹雪なら…
どんな逆境でも心が折れたりしない。
絶望も感じないだろう。
楽しく心が踊る環境だとプラスに考えて…
全てを吸収し誰よりも強くなるのだろう。
俺はフェニックスにいるどの選手よりも吹雪が上を目指し続ける優れた選手だと確信してしまう。
もしかしたら吹雪は本当に…
俺と同種の人間なのかもしれない。
形振り構わず野球に全てを掛けることが出来る…
そういう限られた特別な存在。
普通の人間には理解できない…
そういう別の種類の生き物。
その可能性が殆ど確信の形で俺の心を覆い尽くしていた。
元チームメイトでも本当の意味では分かり合えなかった…
通じ合え無かった本質的な部分で…
俺は息子の吹雪にだけ同じ素質を感じてしまう。
「ネスの意見は全員の総意だと思って良いのか?」
俺は半ば決意のような物を固めた表情で問いかけていた。
「俺は違うぞ!息子はいないしだな…
吹雪のことは自分の息子のように感じているんだ!
これからもフェニックスでプレイして欲しいと思っている!
当然だろ!?
チーム一の最高なプレイヤーをみすみす手放すなんて間違っている!
皆んなどうしたんだよ…!
吹雪は確実にチームにプラスな選手だろ!?
追い出すなんて可笑しい!
ネスの言っていることはどれもこれも間違っている!
吹雪のお陰でいずれ全員が上を目指すことに貪欲になる!
常勝思考の最高なチームが出来上がる未来が俺には見えている!
何を絶望する必要があるんだ!
チームメイトなんだぞ!?
強い選手が集まったほうが良いだろ!?
何が不満なんだ!」
ケインは先程の憂慮を引っ込めて…
心の内にある正直な気持ちを口にしてみせるが…
元チームメイトの表情に変化はなく。
全員が何処か曇った表情を浮かべていた。
「悪いな。カイザーですら軽い絶望を味わっているんだ。
この間の紅白戦が一番のトリガーになった。
業から豪快な二塁打に本塁打。
点をもぎ取ったの吹雪だけだ。
クリーンナップを任されているフォルテにカイザーにマイケル。
彼らが打ちあぐねていると言う中で…
吹雪だけが打った…
年下の吹雪だけが打ったんだ。
味方が絶望しても可笑しくない実力だって…
外で見ていて思ったよ。
打った後のベンチの様子を見ていなかったのか?
野手は誰も素直に称賛できていなかっただろ?
あの光景を皆んなはどの様に捉えただろうか?
俺は子供達が吹雪の実力に完全に萎縮して絶望しかけていると悟ったよ。
吹雪は正直チームメイトと実力の差がありすぎる。
こちらに渡ってくるまでここまでの差があるだなんて想像もしていなかった。
だから入団を許したし…
注目選手である息子のカイザーが抜かれるだなんて想像もしていなかった。
だが…正直あの紅白戦の内容を見て…
俺もカイザーも軽く絶望をしたよ。
もう吹雪に抜かれていて…
追い抜こうと努力するのも少しだけ億劫。
そう感じていると軽く想像した。
丁度良く冬のトレーニングに入ってくれて…
本当に良かったって思っている。
皆んなが吹雪を避けてトレーニングしていることに気付いていたか?
見たくないんだよ…
眩いほど輝かしく当然のように毎日努力し続ける姿を…
間近で見続けることが出来るほど…
子供達のメンタルはまだ出来上がっていない。
このままだと吹雪はチームメイトに煙たがられる存在になる。
今はまだ隠している感情を…
吹雪にぶつけてしまう可能性があるんだ。
仲間同士で傷つけあってほしくない。
だから俺も吹雪にはアカデミーに行ってほしいと願ってしまう。
息子のことしか考えておらず…
神田親子には本当に申し訳ないがな…
この話は全員にとって良い話だと思ってしまう」
カイザーの父親であるギネスが口を開いて…
ケイン以外の元チームメイトは同意するように頷いていた。
俺はそれを見て…
仲間たちとの間に不和を生むぐらいならと…
身を引いて話に乗ることを決めてしまう。
「分かった。皆んなの気持ちは理解した。
今度アカデミーの上層部と話し合いをしてくる。
これまで短い間だったが…
フェニックスの練習に参加させてくれたこと…
本当に感謝する。
離れてからしばらくしたら…
また皆んなで集まってBBQでもしよう。
俺はお前たちと再び疎遠になることを望んでいない。
皆んなが投げ掛けてきた全ての言葉を俺は悪い方向に受け止めない。
いつまでもチームメイトだと思っている。
では…明日以降俺達親子はスタジアムに顔を出さないようにする。
子供達にも伝えて欲しい。
今後は吹雪が来ないから…
伸び伸びプレイするようにと伝えてあげてくれ。
いつか俺達の子供がメジャーでプレイすることを夢見ているし願っている。
これ以上の言葉は無粋だから。
じゃあな。今まで本当に世話になった…ありがとう」
そこまで言うと俺はチームメイトに深く頭を下げて…
事務所を後にした。
その後を追いかけようとしているケインだったが…
元チームメイトに止められて…
ケインは悔しそうな表情を浮かべたまま…
両手を強く握り歯を食いしばりながら…
椅子に腰掛け続けるのであった。
「吹雪。片付けて帰るぞ」
室内練習場に入ってきた父は唐突に口を開くと道具を片付け始める。
「どういうこと?」
「あぁ。明日からここに来ることもない。
少しの間だが…また俺と二人で特訓の日々だ」
「え?フェニックスをやめるってこと?」
「そうだ。アカデミーの連中と話し合いが終わるまで…
吹雪は自宅で練習に励んでもらう」
「急だね…なんでまた?」
「ん?ここよりも上のレベルでプレイできるんだ。
喜ばないのか?」
「ここよりも上…そんな場所ってあったんだ…」
「もちろんだ。吹雪は選ばれた。チームメイトの中で吹雪だけが。
これがどういう意味かわかるか?
もうここの皆んなとはレベルが違うってことだ。
自分に合ったレベルでプレイしないとな。
吹雪は上を目指し続けるだろ?」
「もちろん。上のレベルか…どんなやつがいるか楽しみだ」
吹雪のあっけらかんとした表情を目にして…
俺の張り詰めていた感情は一気に緩和していく。
「フェニックスから離れること…寂しくないのか?」
「ん?どうして?皆んなとは学校とか…そういう所で会えるでしょ?
僕だけ上に行くのは悪いと思うけど…
もっともっと実力が上がるなら…
僕は喜んでそこに向かうよ。
今から楽しみでしか無いよ」
「………そうか。流石は俺の子供だ。強くて助かる」
「そう?父さんもたまには変なこと言うんだね?」
「どういうことだ?」
「え?上に行けるなら…僕が上機嫌で喜ぶって思わなかったの?」
「ふっ。そうだよな。俺達はそういう存在だよな。良かったよ。同じ思考で」
「それはそうでしょ。親子なんだし」
そんなあっけらかんとした呑気な言葉を交わし合うと…
俺達は片付けを済ませる。
父は最後に戸締まりをすると事務所に鍵を返していた。
「じゃあ走って帰るぞ」
それに返事をして…
俺達は10km走を再び行って帰宅するのであった。
帰宅すると俺は不完全燃焼の状態だったため庭で素振りを始める。
父は家の中で母と話しているようだった。
俺は次のステージに進むことを今から…
心の奥底から楽しみにしていたのであった。
「吹雪はフェニックスを追い出された…
この様な言い方になるが…結果的にそうなった。
そして勧誘してきたアカデミーに進むつもりだ。
今度話し合いをしてくる。
こちらに来ることを決意して…
生活も一変して…
やっと定着してきたっていうのに…
本当に申し訳ない。
これからも苦労をかける」
俺は妻である星奈に正直に伝えて頭を下げていた。
だが星奈は…
「なんで申し訳無さそうなんです?
吹雪が高いレベルでプレイできるんですよ?
もっと私達も喜びましょうよ。
私は出来る限りのサポートをさせて頂きます。
野球に関しては業さんが吹雪の面倒を見てくださいね?
あの子を…
業さんよりも凄く…
有名な世界一の選手に…
育てるなんてだいそれたことは言いませんが…
私達も一緒に成長していきましょう。
親として…
子供を世界一の選手に育てると言う意識を共有して…
いつまでも全力でサポートしましょう。
吹雪がもしも…
やめたいと言うまで。
いいえ…吹雪がやめたいなどと言う思考に陥らないように…
私達が環境面やメンタル面など全てのことに関してサポートを徹底しましょう。
大丈夫ですよ。
私と業さんの息子なんですから。
何も心配いりません」
心強い妻の言葉に俺は完全に救われてしまう。
張り詰めた心は完全に解れて…
俺は感謝と共に返事をして…
庭で素振りをしている吹雪の下へと向かうのであった。
まだもう少しだけ冬のトレーニング(修行編)は続き…
業がアカデミーの上層部と話し合いを行ったり…
様々なことが終わってから…
次章へと続くのであった。
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