第5話十一月最後の紅白戦。十二月からはトレーニングの日々が待っている

冬の寒さが顔を覗かせている十一月下旬。

僕ら親子が海を渡ってから二ヶ月以上の月日が流れていた。


毎日の練習に自主的なトレーニングメニュー。

自主的な素振りや食トレのお陰で俺の体は以前より明らかに大きくなっていた。


練習終わりには左投げの投球練習を欠かさずに今ではかなり様になったフォームで投げられていた。


現在は十一月最終週の日曜日だった。

紅白戦が行われる様でホワイトボードにはスタメンが張り出されていた。


「一番ショートか。定着してきたな」


独り言のような言葉を漏らすと二遊間のコンビであるアレックスに声を掛けていた。


「アレックス。各打者のポジションについて話し合っておこうぜ」


「そうだね。そろそろ親父達の鼻を明かしてやりたいし」


「ははっ。アレックスは顔に似合わず強気な性格だよな」


「フブキだってそうだろ?負けることが一番キライじゃないか」


「フェニックスの皆んながそうだろ?負けることが好きな選手はいないはずだ」


「そうだけど…追加でストレッチしながら話し合おう」


「OK。外野に向かおう」


俺とアレックスはベンチを抜けると外野の広い空間でストレッチをしながら…

一番対戦している相手を分析するように話し合いを行うのであった。





「ハリスの登板は五回まで。リリーフでカイザー。八回まで。

クローザーに吹雪。

俺達も容赦しないからな。

そのつもりで挑むこと」


それに返事をした俺達は数分後に行われる紅白戦を楽しみにしていた…。





いざ、試合開始!


一回表。

コイントスの結果…守備から始まった俺達だった。

一番から九番までずっと強打者の打線を相手にするため…

誰も気が休まらない状況が続く。


ハリスは打線に簡単に捕まってしまい…

初回から三点をもぎ取られていた。


「タイムお願いします」


マルスは審判にタイムを要求するとマウンドへ向かっていた。

内野手も集まるようにジェスチャーを送られていて…

俺達はマウンドに集まっていた。


「ハリス…調子悪そうだな…何かあったか?」


マルスはマスクを外して心配そうな表情で問いかける。


「いや…」


ハリスは明らかに言い難いことがあるようで…

完全に口を噤んでいた。


「ハリス。後ろから見ていて思ったんだが…

いつもより沈めていないような気がする。

下半身から力が伝わっていない。

所謂手投げのような状況になっている」


俺はショートで見ていて感じたことを伝えて見せる。

ハリスは急に観念したような表情で懺悔する。


「すまない…フブキの言う通りだ。

連日の下半身トレで筋肉痛なんだ。

オーバーワーク気味だった可能性がある…

言い訳になるが…申し訳ない」


「ストレッチや柔軟を怠ったのか?」


マルスは険しい顔つきで問いかけていて…

ハリスは苦し紛れな表情で頷いた。


「クソ…!お前…実践練習は十一月までなんだぞ!?

今日が最後の紅白戦になるんだ!

その意識を持って今日を迎えたんじゃないのかよ!


皆んな同じ意識だと思っていたんだがな…

バッテリーとして残念すぎるぜ!


今日がどれだけ大切な休日か分かっていないのかよ…!

最悪な気分だ…!」


マルスは激昂しておりハリスに対して失望しているようだった。


「マルス。言い過ぎだぜ。ハリスにだって言い分があるだろ?

サボりたくてサボったわけじゃないだろうし…

話を聞いてからでも責めるのは遅くない。


それにだな…

幾ら責めた所でハリスの筋肉痛がいきなり解消されるわけじゃないんだ。

お前ら正バッテリーに不和があるようではこの先困るぞ。


それで?ハリスの言い分は?」


チームメイトに一目置かれているカイザーが話に割って入る。

マルスは言いたいことを理解したようで仕方なく受け止めていた。

内野手はハリスに視線を向けていて…


「すまない…最近では投手として…

カイザーやフブキの追い上げが凄くてな…

不安をかき消すために自宅でも下半身トレを行っているんだ。


昨夜も自室で追い込みを掛けていたら…

疲労から来る眠気に負けて…

そのまま眠ってしまったんだ。


本来ならストレッチや柔軟をして眠らないといけないのに…

俺の過失だ…

明らかに大切な行動を怠った結果だ。


責めるなら幾らでも責めてくれ…

チームにそれぐらいの迷惑をかけたと思っている…

本当に申し訳ない」


ハリスは俺達に頭を下げて申し訳無さそうな表情を浮かべていた。


「どうするよ。このままハリスに投げさせて良いのか?

親父達は見逃してくれるような甘い連中じゃないぞ?

俺達の攻撃は一向にやってこない可能性がある。


三点取られて未だにノーアウト…

現状がハリスを降板させろと物語っている。

皆んなの意見を聞かせてくれ」


サードのマイケルが内野手全員に問いかけていて…

意見を求めていた。


「俺は交代に一票。このまま投球していてもチームのためにならない。

それにハリスの怪我にも繋がると思う。


万全な準備が出来ていない投手をマウンドに上げるのは間違っている。

ハリスでなくとも控えの投手はいるだろ?

皆んなの意見は?」


俺が一番に意見を口にすると…


「俺もフブキの意見に同意だ。

ハリスをこのままマウンドに立たせる理由が無い。

このままでは負けるために試合をする様なものだ。

厳しいことを言うようだがな…

今日はもう降りてもらいたい」


カイザーの厳しい言葉が追加で投げ掛けられていて…


「僕も二人の意見に同意だな。今のままでは試合が楽しくない。

守備についていても内野は暇で仕方がない。

悪いけど準備不足のハリスは降板して欲しい。

チームの為を思ってね」


アレックスも僕らに同意するような言葉を口にしていて…


「俺もだ。受けていて楽しくないし…

このままだとどの様に組み立てても打たれるイメージしか沸かない。


ハリスは頭を冷やしてこい。

後ろからの追い上げに焦っているようでは…

圧倒的エースには程遠いぞ。


ケインに頼んでメンタルトレーニングを冬のメニューに組み込んでもらう。

しっかりしろ」


マルスもバッテリーとして厳しい言葉を口にしていた。


「じゃあ全員同意見と言うことでな。ケインに交代を宣言してこよう。

このままでは試合にならないって」


マイケルがまとめる言葉を口にして…

ハリスは最後に謝罪をしてマウンドを降りていく。


マルスが相手ベンチにいるケインに理由を説明していて…

了解を得たのかマルスはベンチにいる控え投手に声を掛けていた。


「ビリー。肩出来ているか?久しぶりの登板だが…いけるだろうか?」


マルスはベンチで試合の様子を眺めていたチームメイトのビリーに声を掛けていた。


「俺に出番?ケインは許してくれたのか?」


「そうだ。謹慎処分は解除だと」


ビリーに何があったのか…


俺が海を渡る前に事件は起きたらしい。

学校で素行不良な生徒だったらしく…

喧嘩に明け暮れる日々を送っていたようだ。


平日練習に顔を出すこともなく…

毎日のように街で騒ぎを起こしていたそうだ。


遂には警察沙汰となり…

両親やケインなどの保護者が迎えに行き…


ビリーは当分の間…

謹慎処分を言い渡されていたそうだ。


「もう三ヶ月以上謹慎していただろ。

マウンドに立たせてもらえなくてフラストレーション溜まっているんじゃないか?

投球で見返すチャンスだぜ?

全力投球で頼む」


「あぁ。任せろ」


ビリーはグラブを持つと静かな足取りでマウンドに向かう。


ボールを手にしたビリーは数球の投球練習に入る。

右投げ投手でハリスとは違い強気なピッチングのようだ。

年齢にしては球速も中々で球種も多いようだ。


投球練習が終わって…

ノーアウトランナー満塁の状態で試合は再開されたのであった。





驚いたのはビリーの投球。

相手が父親陣であるからだと思うが…

明らかに打たせて取るピッチングを心掛けていた。

きっと強気な投手であるビリーは本来なら三振を量産する投手なはずだ。


しかし相手が格上だとわかると投球を変化させたのだろう。

打者が狙っている球の裏をかいてバットの先や根本に当てて凡退を誘っていた。


ノーアウト満塁の状態から…

ピッチャーゴロ…ホームゲッツー…

後続の打者をセカンドゴロ。

失点すること無く抑えると一回表はやっと終了するのであった。




一回裏。

先頭打者である俺は本日もマウンドに立っている父と対戦することになる。

右打席に入ると投球練習の間にタイミングを完全に併せた。


一球目。

このバッテリーが甘い球から入ることは絶対にない。

失投も殆無くまぐれで打てるような投手ではないのだ。


「一球目…一球目は…インコースから軽く逃げていくツーシーム…

もしくは…アウトコースから内側に入ってくるカットボール…

いきなりスプリットの可能性も…

もしくはフォーシームを渋いコースに…」


思考がまとまらずに俺は打席に入りながらブツブツと独り言を漏らしていた。


投球モーションに入った父を見て…

俺はあらかじめステップを踏んだ体で構える。

軸足に体重を乗せて溜めを作っている。

腰も既に捻っており…

投げられたらタイミングを合わせてきれいに回転して打つだけ。


「何が来る…」


集中が完全に深いところまで潜っていて…

この打席に全てをかけるような思いだった。


完全に速い球でも早い変化球でもクサイコースでも打つ気でいる俺の…

打ち気をそらすような…

タイミングをずらすような…

遅めのチェンジアップが放られている。


スクリュー気味に右打者から逃げていく…

そんな初球の勝負だった。


俺はどうしてか慌てずに溜めを作れたままで…

明らかにタイミングが合ってしまい…

真芯を捉えて流すように打てていた。


木製バットの真芯を捉えたボールは…

ファーストの頭上を越えていく。

そのままライト線上を駆けていく打球。

俺はそれを確認しながら二塁まで向かっていた。


ライトがクッションボールを捕球して素早く返球動作に入っていた。

俺は既に二塁にスライディングをしていて…

ライトはセカンドの中継にボールを返球すると…

俺は初めてぐらいの感覚で…

父親との対戦で完全勝利を収めていた。


得も知れない感情が心の中で渦巻いている。

ベンチに視線を送ると…

エールが送られていると高を括っていた自分を恥じた。


彼らは唖然とした表情で二塁でガッツポーズを取っている俺を眺めているだけだった。


「おいおい…チームメイトが打ったのに…そんな反応かよ…」


二塁ベース上で独り言が漏れると…

二遊間を守っている父親チームの二人が声を掛けてくる。


「業から打ったんだ。皆んな唖然として当然だろ」


「フブキは自分が思った以上のことをしたんだぜ?自分を誇れよ」


それにヘルメットのつばを触って応えると…

二番打者のアレックスの打席に集中するのであった。






二番打者であるアレックスの上手なバットコントロールのお陰だろう。

ボテボテのセカンドゴロの間に俺は三塁に進塁する。


だが…

三塁ランナーを背負った父はギアを上げたようで…


三番打者であるフォルテと四番打者であるカイザーを二者連続三振に収めていた。


失点を許すこと無く…

俺達は父の本来の姿であるピッチングを初めて目の当たりにしてしまう。


「三塁にランナーを背負ってからが完全体かよ…

一塁か二塁にランナーを溜めて長打。


それ以外に点数取れる未来が思い浮かばない。


皆んなはどうだ?

完全体の業からヒットを打てる自信がある者?」


三振で倒れたカイザーがベンチに戻ると味方に尋ねていた。

全員が絶望の表情を浮かべて首を左右に振っていた。


「だよな。俺とカイザーは打席で直接相対したから絶望して当然だが…

ベンチや塁で見ていたお前らも絶望するほどだもんな…

今はまだ完全体の業を相手にするイメージは捨てよう。


さっきカイザーが言ったように一塁、二塁にランナーを溜めて…

一か八か長打。

そういうプランでいくしか無い」


同じく完全体の父に三振で倒れたフォルテが口を開いて…

俺達はそれに納得すると二回表の守備につくのであった。





ビリーの投球は見事にハマっていたはずだが…

上位打線はいとも簡単に打ち崩してくる。


コンパクトスイングでも大きな当たりを繰り出して…

追加点をもぎ取ってくる。


勝負は下位打線。

そう思っていたナインの心を挫くように下位打線も爆発してしまう。

守備の時間が明らかに長く感じているナインだった。


しかしながら…

ビリーは打たれてから徐々に尻上がりの様に調子を上げていき…

長かった守備の時間を急に終えるように何段階かギアを上げた。


やっと守備が終わり俺達はベンチに戻る。


「ビリーは球数が増えると調子が上がるタイプ?」


ベンチに戻る最中にビリーに問いかけてみる。


「ん?あぁ。それだとスロースターターと思われるからな…

なんていうか…打たれると俄然やる気が出るタイプなんだよ。

可笑しいだろ?」


ビリーは自嘲気味に微笑みながら自らの癖に呆れているようだった。


「そう?負けている時こそギアが上がる選手っていると思うよ」


「………理解してくれたやつは今まで…そんなにいなかった。

嘘だとしても…そう言ってくれてありがとな」


「嘘じゃないよ。それに打たれてへこたれるタイプより全然いいでしょ?

完全にチームのためになる投手だと思うよ。


特にハリスが先発して…

今日みたいにこてんぱんに打たれる。


そういう時にビリーが出たら…

かなり心強いだろ?


さっきだってノーアウト満塁の場面で無失点だった。

ビリーは心強い投手だよ」


「ふ…ありがとうな。お前も味方投手からしたら…

最高に心強い打者だぜ。


そんな最高の打者が先頭張っているんだ。

後続の打者もやる気が増すってものだろ?


皆んなお前に感化されて…

本当にいつも助かっていると思うぜ?」


「ありがとう。ビリーのためにも点を取らないとね」


「業相手に本気で言っているのかよ…」


「点を取らないと勝てないだろ?」


「そうだが…思いの外…楽天的なこと言うんだな…」


「そう?無理だったらこんな想像しないし…言葉にもしないよ」


「ふっ。強気なやつだ。じゃあ点取るのを楽しみにしているぜ」


「あぁ。任せてよ」





二回裏。

六番打者であるマルスから打順は始まる。

父はギアを戻していたようで…

それでもマルスは振り遅れてバットの根本で詰まらせて…

ピッチャーフライの凡退で倒れる。


続けて七番打者のクリス。

インコースに甘く入ったと思われた球をすくい上げていた。


甘く入った球ではなく…

俺の一打席目と同様にチェンジアップを投げられていたのだ。


真芯を少しだけ外れて…

右打者から逃げていくスクリュー気味のチェンジアップがバットの先に当たったようだった。


すくい上げた打球はサードフライとなって凡退する。



八番打者のミラーの打席。

ここ最近…ミラーは自重トレに性を出していた。

明らかに体つきに変化が訪れていて…


追い込まれてから投げられた…

左打者から逃げていくスイーパーに食らいつくようにバットを繰り出して…


しっかりと芯を捉えた打球はサードとショートの間を抜けていく。

レフト前ヒットとなり一塁ベースでミラーはガッツポーズを取っていた。


自重トレに励む前のミラーならショートゴロだったはずだ。

パワーが増してしっかりと強い打球を打てるようになっているように思える。


トレーニングの結果が出たミラーは本当に嬉しそうだった。

トレーニングに付き合っていたアレックスも同様に喜んでいて…



だが…次のバッターは投手のビリーだった。

九番打者のビリーはあまり打てそうな打者の構えではない。


威圧感もなければバッテリーはまるでマークしていない。

そんな打者に思える。


初めて打席に立つビリーの感想は概ねその様なものだった。

父も俺と同様の思いだったはずだ。


まるでマークをしていない。

けれど捕手であるケインは気を引き締めるようにジェスチャーを送っていた。


それならばビリーは好打者なのだろうか。

俺も父も少しの疑問を抱きながらビリーの打席を見極めていた。


どの様な打者なのだろうか。

少しのワクワク感と…


もしも塁に出た場合は…

得点を取るには全責任が俺に伸し掛かる…

確実にプレッシャーを感じていたことだろう。


点を取るには俺が長打を打たなければならないのだ。


ドキドキ感を自らの血肉やパワーに昇華させるように…

今の状況を大いに楽しむことに努めていた。




ビリーは父の豪速球にもついていくようにバットを繰り出す。

上手に何球もカットを重ねていた。


フルカウントになるまで何度も何度もしつこく…

投手なのに…打席でもしっかりと貢献する姿は過去に素行不良だった少年とは思えない。


チームのために献身的な態度でプレイするビリーは…

まさにエースの風格に思えてしまう。


ハリスを引き合いに出して比べるわけではないのだが…

明らかに投手として選手としてハリスよりもメンタルが強く…

自分が紛れもなくこのチームのエースであると主張しているようだと思った。


もしかしたらビリーは思った以上に責任感の強い選手なのかもしれない。



フルカウントからクサイ球を見送ったビリーの選球眼はピカイチだった。

審判がボールをコールして…

父は紅白戦で初めての四球を出す。



ツーアウト一塁二塁。

打席に立つのは俺だった。

父は三塁にランナーがいないため完全体ではない。

それでもバッテリーは一打席目を打たれたことで警戒心を強めているはずだ。



父は一度首を回して深呼吸をするとセットポジションに入る。


本日父の決め球はチェンジアップに思える。

一打席目に俺が二塁打を打っただけで…

後の打者の多くはチャンジアップで抑えられていた。


きっと一打席目に俺が打ったことで…

バッテリーがムキになった可能性がある。


それならば俺にも再び初球からチェンジアップを放ってくるだろう。

必ず本日の決め球で俺のことも仕留めたいと思うはず。


「チャンジアップ…チャンジアップ…絶対にそうだ…」


しっかりと溜めを作ってタイミングを図っていると…

投球モーションに入った父…

何か様子が可笑しいケイン。


「まさか…俺はバッテリーにハメられている…?」


もしかしたらバッテリーは俺の二打席目の為にチャンジアップを多く投げていた可能性があり…

もしかしたら長い時間を掛けて俺に張った罠…?


「思考の裏を読まれている…?」


俺の思考は父が投げるまでのほんの一瞬で高速回転している。


「速球だ…!」


頭の中で幻聴のような声が聞こえてきて…

俺は一瞬にしてタイミングをチャンジアップからフォーシームに切り替えた。


インハイに投げられる豪速球。

俺の思考はドンピシャにハマって…


きれいに肘を畳んで繰り出したバットの真芯を捉えていた。


殆ど感触がないが…

それでもフルスイングして…


打球を目で追いながら俺は一塁に向けて全速力で走っていた。



二塁ランナーと一塁ランナーも思いっきり走っている。

三塁コーチャーが腕をぐるぐる回しており…

俺は再び打球の行方を追いかける。



レフトのネスはフェンスまで到着すると右手で柵を掴んでいた。


しかし…

ネスは右手を柵から離すと諦めるように打球の行方を眺めている。


レフトスタンドに突き刺さったボールを見て…

球場全体が一気に静まり返る。



あり得ないことが起きている。

全員がその認識だったことだろう。



業がホームランを打たれた…

完全に信じられない光景に全員が口を噤む。



ただ…父親と俺の視線が交差して…



「よくやった。今のは完敗だ」



父はダイヤモンドを一周する俺に静かに称賛の声を掛けていた。


ホームに帰塁して…

ベンチに戻ると仲間は未だに唖然としている。


しかしながらビリーだけが俺のもとにやってきて…


「有言実行以上の成績だ。約束通り点を取ってくれてありがとうな」


ビリーはヘルメットの上から俺の頭をポンポンと叩いて称賛する。

笑顔を携えているビリーは唖然としているチームメイトに声を掛けていた。


「お前ら…サイレント・トリートメントのつもりか?

それとも本気で唖然としているのか?

紛らわしいからちゃんと褒めようぜ」


ビリーの言葉で我に返ったチームメイトは…

俺を何度も称賛する言葉を送ってくれる。


俺はそれを上手に受け止めていると…

二番打者であるアレックスは三球三振で凡退していた。


チェンジになり俺達は守備につく。


ホームランを打って浮かれないために…

俺は気を引き締めるために一度大きな声を上げると守備の脳に切り替えるのであった。





三打席目から父は…

俺に対してだけランナーがいなくても完全体の状態で投球をする。


まるで対応することが出来ず…

本来の姿であるバッテリーに良いようにやられた俺は…

続く四打席目と二打席連続で三振に倒れた。



投手としての成績はあまり気分の良いものではなかった。



ハリスは初回に三失点。

急遽登板したビリーは五回まで投げて五失点。

続くカイザーは八失点。

最終回に投げた俺は…

散々な内容だった。



登板した投手は必ずと言っていいほどに本塁打をお見舞いされていたし…

俺に関してはクリーンナップに三連続本塁打を打たれると言った内容だった。

後続を抑えることも出来ずに…

最終回の一回しか投げていないというのに九失点と…

投手の成績はダメダメで終わる。



「正直全員打ち頃すぎるな。球速もそうだし吹雪はストレートしか放らない。

俺達からしたらバッティングピッチャー感覚だった。

同い年の選手にとっては厄介な投手であることは変わりないだろう。

けれどそのレベルで安心するな。

ずっと高みを目指して進むこと」



父が俺達に声を掛けてケインも同じ様に頷いていた。



「吹雪にはツーシームぐらい教えてやれよ。

今は握り方と縫い目だけを教えてさ。


ストレートと同じ投げ方なら良いんだろ?

変な癖はつかないだろうし…

肩も肘も手首も故障の心配がない。


ストレート一本で俺達の打線を相手にするのは…

何と言うか可哀想だ。


打者側がミスしない限り延々と打たれるところだったんだぞ?

息子の投手としての将来を潰すつもりか?」


ケインは父に問いかけるように声を掛けていて…

父もそれに応えるように頷いていた。


「そうだな。握りだけ教えておくよ。時々投げさせてみる。

だが今日はもう投手を努めたものはノースローで。


アイシングの後…柔軟ストレッチ。

それが終わったらハリス以外は下半身トレ。


ハリスは先に上がりなさい。

帰ってしっかりと湯船に浸かって筋肉痛をほぐすこと。

食事をしっかりと取って早めに就寝。

良いな?」


ハリスはそれに返事をするとベンチを抜けていった。

残りの選手は各々の向かうべき場所に向かい…

各々の課題に取り組むのであった。





完全に日が暮れて…

練習が終わるとケインは全員を集合させてミィーティングを行った。


「十二月からは本格的にトレーニングの日々に切り替わる。


投手陣は走り込みのメニューも増えるし地獄の日々が始まる。

毎日帰宅したら筋肉痛を明日に持ち込まない努力をして欲しい。


それでも筋肉痛は残ることもあるだろう。

その時はしっかりと申告すること。


そのまま放っておいたら怪我や故障につながる。

冬は身体づくりや体力づくりに努めることになるんだが…

その間に不調になったら元も子もないからな。


しっかりと気を抜かずに意識をしてトレーニングに努めること。


父親に相談して自らの課題に目を向けるのも良いだろう。

とにかくこの冬でまた一つ強くなるぞ!」


ケインのエールで俺達は意識を共有するように声を上げたのであった。





父の運転する車で帰宅する俺達親子。


「ナイスホームランだった。度肝抜かれたよ。

まさか俺とケインの思考を読んでいたのか?

二打席目までに俺達が順調に張った罠に気付いていたとは言わないよな?」


「やっぱりそうだったんだ。二人も負けず嫌いだと思ってさ。

一巡目にチェンジアップが多かった気がしたんだよね。


今日の決め球になりつつあったし…

打たれたのは俺が打った一本だけでしょ?


二打席目も必ず俺にチェンジアップを投げてくると思っていた。

それで抑えないと二人は気が済まない。

そう思っていたんだけど…


ふっと気付いたのは投げられるまでのほんの一瞬の出来事だったんだ。


今までの打席全てが俺に対する布石だって…

それに気付いたら脳内で幻聴がしてね。


ストレートだって気付いたら…

後はタイミングを切り替えて合わせることに集中して…


バットを繰り出したら真芯に当たって…

後は全力でフルスイング…


あそこまで飛んでいって…

ホームランになるとは思ってもいなかったんだけどね…」


俺はそこまで言うと満足したのか…

完全に疲労のピークを迎えたのか…

助手席でうとうとしだして…

眠りについてしまうのであった。





助手席で眠っている息子を俺は歴代の偉大な選手たちのように思っていた。

誇らしい自慢の息子に頬が緩むというもの。


しかし…

息子はこのままでは…

完全に目標や導を失ってしまうのでは…?


俺の心には大きな不安が過っていた。


俺達が導けなくなった場合…

吹雪は何処に向かえば良いんだ。

誰を何処を目標に進むのだろうか…


そんな不安が一気に過ると…

俺は一度深呼吸をして覚悟のようなものを決めるのであった。



次回へ…!

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