第3話サレンダーな練習試合

学校終わりに球場を訪れることは、ほぼ毎日の日課になっているチームメイト達。

俺も当然のように毎日練習出来ることに喜びを感じていた。

最近は打撃練習と守備練習が終わると俺はマルスと共にブルペンを訪れていた。

当然指導してくれるのは父だった。


「下半身の体重移動。何度も言うようだがしっかりと溜めを作って…

腰の回転を強く意識。

腕をしっかりと振らなければならない。


野手投げではなく…

しっかりと上半身の力を抜いて腕をしならせるように振る。


幾つも同時に言うとこんがらがるかもしれないが…


投手として正しいフォームで投げるには必要なことだ。

打席に立っている時も沢山事を考えて同時並行で身体も使うだろ?


その意識で投球にも挑んでくれ」


少しずつ慣れ始めていた投球練習だったが…

父に言わせてみればまだまだのようだった。


指導された言葉を脳内で反芻して…

俺はブルペンマウンドで繰り返し投球練習に励んでいた。


「段々慣れてきたら打者も立たせるからな」


父の指導を受けながら俺は日が暮れるまで投球練習を継続するのであった。






翌日の昼過ぎも練習に性を出していた。


「言い忘れていたが…日曜日に練習試合を組んだ。

全員がそのつもりで準備しておくこと。


先発投手はハリスで行く。

リリーフやワンポイントとして全員がマウンドに立つことを頭に入れておくように。


もちろん吹雪も投手として出番の可能性があるからな。

ショートを守りながら心の準備をしておくように」


練習が始まる前にケインはチームメイトに練習試合の告知をしていた。

俺達は心を弾ませながら…

本日の練習も意味のあるものにするのであった。




平日練習を当たり前のように過ごして。


土曜日の早朝から俺達は球場を訪れていた。

しっかりと全員がアップを済ませると父親達のチームと紅白戦が行われた。

マウンドには父が立っており…

俺達は軽い絶望を感じていたことだろう。


「この投手からは打てない…そう感じてしまうほどの人物だよな。

けれどこの間と同じであれば六回、七回辺りで降板する可能性が高い。

後続の投手を確実に仕留める意識でいこう。


逃げ腰に思うだろうが…

業から打てるイメージは誰も沸かないだろ?

打てたら儲け物ぐらいの感覚で打席に立とう。


今日打てなくてもいつか打てるようになる。

その時まで業の投球をちゃんと勉強しようぜ。


明日の投手は業ほどでは無いのは明らかだ。

今日は明日に向けて調子を崩さないように努めよう。


とにかくこの紅白戦で各々が何かを掴むように。

では早速行こうぜ!」


扇の要であるマルスが全員をまとめ上げるような言葉を口にしてベンチを出る。


俺達の先攻で紅白戦は今始まったのであった。




父との勝負が初回から行われている。

結果だけ伝えることになって申し訳ないのだが…

現在は七回表で…

父親はマウンドを降りていない。


父親の成績は無安打、無四球を貫いていた。

誰もバットに当てることも出来ず…

悔しさを携えたまま残り二回も気を抜かずに攻める姿勢を崩さなかった。


ただしハリスは七回まで投げて…

八失点の成績だった。

元世界最強チーム相手に八失点なら上出来だろう。


父親が七回もマウンドに立つのは少しだけ予想外ではあった。

それでも俺達はどうにか立ち向かわなければならないのであった。




最終的に父は九回までマウンドに立ち…

俺達を完全に抑えてしまった。

完全試合で試合が終了して…

俺達は軽く項垂れていた。


「気にするな。はっきりと言うが…

今回の紅白戦はお前たちの鼻を明かすために行われたものだ。

業が九回まで担当したのもそういう理由だ。


明日の試合も慢心せずに望みなさい。

俺達ほどの相手が出てくるわけではない。


初の練習試合でも緊張などしないだろう?

毎日のように俺達と対戦しているんだ。

楽勝だと言う気持ちを心の隅に秘めながら…

それでも油断せず気を抜かずに挑みなさい」


ケインの励ましの言葉によって俺達は俄然やる気になっていた。


「それでは今の試合で溜まったフラストレーションを発散させるために…

久しぶりにマシーンを使って打撃練習に励みなさい。

フォームの確認と調子向上のために自由に好きに打ちなさい。

明日に向けて完全体に仕上げること」


俺達はそれに返事をするとマシーン打撃に向かうのであった。






目を覚ますと日曜日の朝がやってきている。


朝食をしっかりと取ると父の運転で俺は球場に赴いていた。


各々がしっかりとアップを済ませると練習試合に向けて準備を整えていた。

イヤホンをしていつもより長めにランニングに励む者。

力を抜いた素振りと全力の素振りを交互にして力の緩急を確かめている者。

外野グランドで遠投に励んでいるの者。

ベンチで雑誌を片手に飲み物と軽い朝食を取っている者。

各々が最高な状態で試合に挑むために完全にリラックスしていた。


ケインや父親陣がグラウンドを訪れて俺達に集合をかけていた。


「スターティングメンバーを発表する。


一番ショート 吹雪

二番セカンド アレックス

三番ライト フォルテ

四番ファースト カイザー

五番サード マイケル

六番キャッチャー マルス

七番レフト クリス

八番センター ミラー

九番ピッチャー ハリス


この打順このメンバーで行く。


本日のノルマは…

必ず勝利すること。


簡単だろ?

完全試合をしろとか二桁得点しろって無茶を言っているわけじゃない。


ただ勝てば良いんだ。

どんな形でも勝つこと。


全力で向かってくる相手に全力以上の力で挑むこと。

勝利できなかった場合のこともよく考えておくことだ。


よし!

試合は一時間後だ!

全力を引き出せるように準備を整えておくこと!


解散!」


ケインの言葉を受けて俺達は各々の準備に取り組むのであった。






相手チームがグラウンドにやってきて。

俺達はベンチで休む者とベンチ前で素振りをする者に分かれていた。

バッテリーの二人もベンチの近くで肩を温めておくために軽いキャッチボールに努めていた。


「おい。あいつってこの地区で有名な左の変則投げだろ」


チームメイトの誰かが声を上げてベンチにいた選手たちは向こうのベンチに目を向ける。


「あぁ。確か…フランツ?だったかな。

オーバーからアンダーまで打者によって投げ方を切り替えるってやつな」


「俺達は確実に対策されているぞ。フランツが地区で有名なら…

俺達は国中に注目されている少年選手のようなものだからな」


「確かに。対策されていようが打つだけだが…

知らないとしたら…最近こっちに来たフブキのことぐらいじゃないか?」


「そうだな。けれどフェニックスに所属している選手ってことで…

絶対に気を抜かないで来るだろうな…」


「変則の左は面倒だな…。何がトリガーになってフォームを変えてくるか…

はっきりと言って分かってないんだよな…」


「打者によって変えてくるんだろ?」


「そうなんだが…まるで法則性が掴めないって話だ」


「なるほど。投げるまでわからないと…確かに厄介だな」


「打てば良いのさ。それこそ実践なんだから…来た球を打つでも良いだろう」


「実践だからな…練習試合だけど…」


「フェニックスって正式に登録されているチームじゃないだろ?

草野球チームと言うか…

団体に所属しているチームではないだろ?


俺達は年齢もバラバラだし…他のチームに居場所なんて出来るわけもない。

そうして集まって練習しているハグレモノの集まり…


ただ注目だけは嫌でもされる。

元メジャーリーガーの父を持つ子供ってことで。


練習試合なら幾らでも組んでくれる。

俺達で腕試しをするんだろう。


だから俺達は…

確実にぶちのめすのみだ。


行こうぜ!」


俺達は意識を向上させると試合の時間を心待ちにするのであった。






試合は始まり…一回表。

フェニックスの攻撃から始まる。

変則投げの左投手を相手に一打席目に入った。

右打席に入る俺は投手の出方を伺おうとして…


「いいや…違うな。この思考は間違っている…」


そんな独り言を漏らすと初球から打つことを決めていた。

例え練習試合だとしても…

公式試合のない俺達にとっては非常に大事な対戦なのだ。


準備投球が終わると早速勝負は始まる。

出鼻を挫くような一発を初回の一打席目から打つ。

少しは投手のメンタルを削れるだろう。

一番打者として最高の仕事をすることを心がけて…



一球目。

初球ストライクを取って安心したがっている投手はオーバースローで確実に投球する。

確実に入れるために変化球はないだろう。

あったとしても変化量の少ないツーシーム。

それを理解、予想していた俺は…

打席の前の方へと寄ってミートポイントを前に設定していた。

例えツーシームを放られても変化する前に真芯に当てる算段だった。


ミートポイントを前に設定したお陰で…

俺は真っ直ぐ放られた初球をしっかりと真芯で捉える。


球速は120km/h後半辺りだっただろう。

今まで対戦してきた投手よりも…

球もかなり軽かった。


フルスイングで仕留めた球は大きな当たりとなってレフトスタンドへと一直線に飛んでいく。

レフトは明らかにスタンドの方へと向いてグラブを下げている。


初回先頭打者ホームランとフェニックスは上々の立ち上がりだった。


続くアレックスも安打で塁に出る。

三番、四番、五番のクリーンナップも簡単に…

確実に長打を放ち…

初回から五得点を奪っていた。




一回裏。

俺達の守備の時間がやってきていた。


「ハリス。沢山打たせていけ。守備を信用しろよ」


正捕手であるマルスの声掛けでハリスの表情は柔らかくなっていた。


一番打者から三番打者まで三人でしっかりと抑えるハリス。

ベンチに戻る際に指先を気にしているようだったが…

指の掛かりでも悪いのだろうか?


少しだけ心配していたが…

ハリスはベンチに戻るとマルスに相談しているようだった。

マルスはハリス専用のカバンを取り出していた。


「爪だろ。なんで昨日の内に整えていないんだよ。

すぐに違和感に気付いてくれて助かったが…

爪でも割れて怪我されたら…

今日は投げられなかったんだぞ?

ケアはしっかりな」


ハリスは頷くと爪切りを行い…

やすりでしっかりと爪先を整えていた。

最後は透明なネイルを塗って乾かしていた。




二回表。

打者一巡して再び俺から始まる打順だった。


投手は俺を目にすると苦い表情に変わる。

一打席目の嫌な印象が脳裏にこびり付いているのだろ。


変則投げの本領は二打席目からの可能性が高い。

一打席目を参考にして二打席目からしっかりと抑える。

打席に入る前からバッテリーの作戦が薄く透けてしまっていた。


警戒心をしっかりと抱きながら…

俺は二打席目に入る。


右打席に入ると…

再び様子見する思考が過っていた。

それに先程と同じ様に首を左右に振る。


「そうじゃない。チャンスや甘い球は一打席に何度も来るわけじゃないだろ…

練習試合は結果を重視して打席に入らないとだな…


打撃練習とは違うんだ。

思考を止めないけれど…

わざわざ難しい球に手を出す必要ない。


それはもしも追い込まれてからでいいんだ。

難しい球を打てることは自分でもわかっているだろ…

甘く入った球を確実に仕留める。


そうやって実践経験を踏まないと…」


俺は心や頭で思考を回転させて…

答えにたどり着くと打席でルーティンを行った。



二打席目…初球。

変則フォームで左のアンダースローから放る投手。


先程よりも球速が30km/h程遅い気がしてならない。


ゆっくりと放物線を描いて捕手のミット目掛けて放られた球は…

右打者から逃げていくようなボールだった。

スクリューだっただろうか…


あまりにもゆっくり過ぎて…

十分以上に溜めを作りながら…

しっかりと踏み込む。

引き付けて引き付けて…

腰の回転を意識して…


フルスイング。


しっかりと真芯を捉えたボールは再びレフトスタンドへと飛んでいく。

レフトは全速力でフェンスまで向かい…

右手をフェンスで確認しながら打球をしっかりと目で追っていた。


しかしながらどうにかフェンスを越えて…

二打席連続ホームランとなる。

ダイヤモンドを回りながら俺は首を左右に振っていた。


「ネスが守備についていたら…今のはレフトフライだ…

球の威力がなさすぎたか…


もう少しパワーを上げないと今度は取られる可能性がある…

もっと圧倒的な飛距離を出すために…

スイングの量も増やさないと…


木製バットに代わって…

まだ少しだけ違和感があるのは否めない。


スイングスピードも落ちたはずだし…

とにかく帰宅後のメニューを見直さないと…」


ダイヤモンドを一周してベンチに戻ると…


「ネスだったら取られていた」


「タラレバの話はよそうぜ。結果はホームランなんだし」


「そういう問題じゃないだろ?仮想する相手はいつでも親父達じゃないと」


「眼の前に敵がいるのにか?」


「当たり前だ。相手のレベルに併せて試合をしても俺達の能力向上にならない」


「それじゃあ…この練習試合って意味なくないか?」


「はっきりと言って俺達にはない。相手にとってはあるんじゃないか?」


「そうか…なんか複雑な気分だな…」


「そうならないためにも。俺達は親父達を仮想して試合に挑むべきなんだ」


「まぁな。俺達の見据える先はメジャーだもんな」


「そういうこと。誰もここや少し先で終わることを想像していない」


「とにかくフブキ。今のはレフトフライだぜ。次は圧倒的な当たりでな」


俺は味方の言葉をしっかりと受け止めると…


「丁度そう思っていたところだよ」


肯定的な言葉を口にして味方の叱咤激励に応えていた。


続くアレックスもきれいに安打を重ねていた。

後続の打者…

クリーンナップもしっかりと大きな当たりを重ねていた。


追加点がしっかりと入り…

俺達の勝利は少しずつ近づいてきていた。



二回裏。守備の時間。

ハリスは力まない投球をしっかりと意識できていた。

確実に打者を抑えることに意識を向けているバッテリー。


守備についていても暇な時間が続いていた。

集中だけは切らさずに構えているが…

一向に前に打球が飛んでこない。


二回も三者三振で終了すると俺達はベンチに戻る。



三回表。

再び俺の打順から始まった。

投手は確実に拒否反応を示している。

準備投球を終えたバッテリーは審判に声を掛けている。

どうやら申告敬遠で俺は一塁に向かうことになる。


二番打者のアレックスが打席に入る。

投手はセットポジションから投球して…

俺は投手の足が内側に入った瞬間にスタートを切る。

余裕で二塁に到着して…

捕手は投げることすら諦めていた。


アレックスに対しての二球目。

フォームを完全に盗んでいる俺は三塁まで盗塁を行っていた。


ボールに外れていたが…

俺のスタートの方が抜群に早かった。


三盗を成功させると…

アレックスのカウントは2-0だった。


三塁にランナーが居ることにより…

投手は明らかに投げ難そうにしていた。

甘く入った球をアレックスはしっかりと捉えて…

きれいな安打を繰り出すと俺は余裕でホームに帰塁した。


そこから後続の打者が追加点をもぎ取っていき…

ノーアウトの状態で再び俺に打順が回った時のことだった…


唐突に事件は起こってしまう。


相手の監督はベンチから出てくると審判に声を掛けている。

審判の困り果てた顔を見たケインはベンチを抜ける。


何事かと話し合っていたが…

相手の監督は選手をベンチに引き下げていた。


ケインは何度も言葉を重ねて引き止めているようだった。


しかし…

相手の監督は意見を曲げずに…

そのまま選手とともに球場を後にしてしまう。


ケインは最後まで食い下がったのだが…

どうやら試合は途中で終了してしまった。


実際の試合ではあり得ないような…

サレンダーのような状況が出来上がっていた。


困惑する俺達選手のもとに…

珍しく怒りの表情を浮かべて戻って来るケイン。


「相手チームはどうしたって言うんだ?」


マルスが先陣を切って口を開く。


「気にしなくて良い…あのチームとは今後一生…

絶対に練習試合を組まない」


「試合放棄ってことか?」


「そうだ。その理由も一方的なものだった。


お前たちのレベルが高すぎるだの…

元メジャーリーガーの子供を集めたチームは反則だの…

うちの選手を壊して楽しいか…などなど…


お前たちは気にしなくて良い。

ただ全力でプレイした相手を貶めるような言葉を吐く監督だった。


レベル差があるのは当然だ。

初めから理解してもらえていると思ったんだがな…


フェニックスは今後…歳上のチームとしか練習試合を組まない。


またこういうことがあると…

お前たちも士気が下がるだろ。


俺も簡単には受け入れられない。


今回はこれで試合終了だが…

今後は俺達がしっかりと相手を見極める。


今回は申し訳ない」


「なんだ。別に気にしてないぜ。俺達が強すぎた。それだけだろ?」


「そうだが…」


「とにかく。練習の準備しようぜ。打撃練習でいいよな?」


「あぁ。フラストレーションを全部ぶつけてこい」


俺達はそれに返事をすると打撃練習の準備をするのであった。





練習がすべて終わると…

俺は本日もブルペンマウンドに立っていた。

父の指導を受けながら…

日が暮れるまで自主練習に励むのであった。





完全に日が暮れて…


「フブキ…左投げの調子はどうだ?」


異なる言語だったが少しずつ理解できる様になっていた俺は言葉を返していた。


「まだ難しい。投手としてマウンドに立つと…ややこしく感じるよ」


「そうか…アドバイスなんだが…余計なお世話だろうか?」


ハリスは父と俺を交互に見つめていた。


「先輩からの有り難いアドバイスだったら歓迎だ。吹雪に伝えてくれ」


父は俺よりも先に答えていた。

ハリスはそれに笑顔をで応えると…


「フブキはマウンドに立つといつもより難しい顔をしている気がする。

もう少し頭を空っぽにして投げるのもいいだろう。


意識していないと思いの外…簡単に投げられたりする。

意識の外から得られるものもあるぞ。

それだけだ。


じゃあまた明日な」


ハリスは俺達に別れの言葉を口にして自分の父親の元へと戻っていった。


俺達は車に乗り込むと…

父はエンジンを掛ける。

母親は先に帰宅していて家で食事をの準備をしているようだ。


「ハリスの今のアドバイスだが…

悪くない話だと思う。


だが本当に行き詰まった時に試してみると良い。


考えすぎてイップスになるより…

様々なことを試すのもありだよな」


父は珍しく外からのアドバイスを受け入れていた。

俺は返事をして夕食のことを考えていたのであった。





帰宅すると肉中心のメニューで身体づくりに励んでいた。

食後に素振りを多く行うと…

クールダウンをしっかりと行って…

風呂に入り柔軟を済ませる。



ベッドに潜った俺は本日の打席の全てを思い出していた。

かなりの手応えに幸福感を覚えながら…

そのまま眠りにつくのであった。

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