第三章 小学生・元メジャーリーガーの父を持つ子供・海外編
第1話歓迎!初めてのマウンド…初めての左投げ!
一度帰国して…
家に戻って様々な準備を整えた俺達親子は向こうで住む手続きなどを済ませたようだった。
両親が全てやってくれており俺は特に何かをした覚えもなく…
夏休みが終了して二学期が始まった日に学校へと向かうと別れの挨拶だけを済ませていた。
「野球留学って…お前…良い気になるなよ…」
いつもの男子グループに嫌味の様な言葉を投げかけられていた。
俺は柔和な笑みを浮かべて適当に応えていたことだろう。
「くそ…!いつまでも俺を認めないんだな…!その態度…本当にムカつくぜ…!」
思い当たる節がなさすぎて俺は再び首を傾げていたことだろう。
柔和な笑みを崩さずに応えていると…
「いつか絶対に…認めさせるからな…!その時まで覚えておけよ…!」
急に宣戦布告のような言葉を投げかけれたが俺は適当に頷くだけだった。
「海外で本格的に野球に専念するんだね…凄くさみしいけれど…
いつかまた会えるよね?
ずっとこっちで応援しているから…
吹雪くんの活躍が海を越えて…こっちまで轟くことを期待しているよ」
山口響子の別れの言葉を受け取った俺は握手をするために右手を差し出していた。
彼女はそれを受け取ると…
「凄い手…お兄ちゃんよりも…本当に頑張ってね」
それに頷いて応えると俺は教室を後にして…
両親が駐車場で待っていたため車に乗り込んで帰宅するのであった。
帰宅してからすぐに空港に向かう僕たち家族だった。
この間と同じ慣れた手付きの両親に続く形で俺も飛行機に乗り込む。
ここから再び長いフライト時間を掛けて海の向こうに行くことになる。
「学校はチームメイトが多くいるところを選んだから。
言語は慣れるしか無いわ。
子供だし…吸収も早いでしょ?
皆んなと仲良くなりたかったら沢山コミュニケーションを取りなさい。
話す毎に言語を習得していくから」
母親は機内で僕にそう告げると嬉しそうに微笑んだ。
父は既に目を閉じていて向こうについて時差ボケが無いように調整しているようだった。
俺もイメトレの世界に入り込むと勝手に眠ることを期待して目を閉じるのであった。
どれぐらいの時間空を飛んでいたのだろうか。
何度か機内食を食べた僕は気付くと数回眠っており再び彼の地に降り立った。
「フブキー!」
チームメイトである友人が僕を空港まで迎えに来ていた。
一生懸命に発音をして名前を読んでくれていた。
「アレックス!」
彼はこの間の紅白戦でセカンドを守っていた選手だ。
僕と殆ど変わらない年齢で初めて出来た同性の友達と言えるだろう。
試合後にケインの家の庭で行われたBBQではチームメイトとかなり打ち解けた気がしていた。
眼の前のアレックスの表情を見るに…
俺が再びこちらに来ることを心待ちにしていたことが伺える。
「業!星奈!吹雪!迎えに来たぞ!」
弾ける笑顔を浮かべて嬉しそうに声を掛けてくるケインはこちらに駆け寄ってくる。
父親がケインと握手の後ハグをして再会を喜んでいるようだった。
母親も父親と同じ様な行動を取っていて…
俺も流れるように挨拶を交わす。
「家まで送るよ。俺達仲間で掃除しておいたんだぜ?
何年もそのままにしてあったから荒れ放題だったぞ?
感謝は夕食とお酒で良い」
ケインは最後の部分をジョークのようにして言うと笑顔を崩さない。
「ありがとう。本当に助かったよ。もちろん夕食をご馳走させてくれ」
「おぉー!ジョークのつもりだったんだがな!言ってみるものだ」
「仲間には本当に感謝している。特にケインには…
吹雪に居場所を作ってくれて本当にありがとう」
「俺は特に何もしていないさ。
アレックスを始めとしたチームメイトが吹雪を歓迎したに過ぎないだろ?
な?アレックス」
アレックスは殆ど親戚の叔父さんに近いケインの問いかけに澄ました表情で応えていた。
「ケビンは野暮用があって来れなかったんだ。
だから代わりにアレックスのお守りをしているってわけ」
「ケビンは仕事か?」
「まぁ…そんなところだな。気にする必要ないさ」
ケビンとはアレックスの父親である。
ケインは子供達の親戚の叔父さん的な役割をしているようで…
子供達は皆んなケインに懐いていた。
ケインの車が停まっている場所まで向かうと僕らは早速乗り込んだ。
目的地は以前父と母がこちらで購入した家だそうだ。
僕はその道中でアレックスと沢山のコミュニケーションを取っていたのであった。
「そんなわけで業と星奈と…その子供がこっちに戻ってきた。
だが勝手にコンタクトを取るのは勘弁して欲しい。
話がしたいのであれば…俺の許可を必ず取ってもらう。
もう業を巻き込んだり刺激するのはやめてくれ。
やっと業は家族と一緒に過ごせて幸せを享受している。
あんたらの勝手で家庭をぶち壊すようなことはしないように。
一応警告はしておいたからな。
では」
ケビンは至るところに赴いて忠告や警告をしていた。
元チームメイトであり仲間で友人の彼らは業のことを深くまで考えていた。
もう二度と友人を失わないようにと…
細心の注意を払って彼ら家族を全力で守ろうとしていた。
「アレックスは吹雪と上手に話せているだろうか…
この間の紅白戦の後…
あんな表情で笑う息子を初めて見たんだ。
どれぐらいの衝撃が走ったか…
この感情は俺と君にしかわからないだろ?」
車に戻ったケビンは妻であるリリーに声を掛けていた。
「そうね。もう何年も塞ぎ込んでいたわね。
チームに加入して少しは笑うようになったけど…
吹雪が来てからは目に見えるほど表情に変化があったわね。
本当に嬉しい限りだわ。
流石は業の息子ってところね。
味方や仲間の視線を全て集めて…
何処に居ても注目の的になることでしょう。
私達も全力で彼らを守ってあげましょう。
彼らのことを全て理解できるのは私達元チームメイトだけなんだから」
「そうだな。星奈のフォローはリリーに任せるよ。
母親同士にしか分からない問題もこれから出てくるだろう。
リリーが先頭に立って母親を集めてくれても良い。
休日のスタジアムで…
スタンド席で集まるだろ?
そんな時に悩みの共有とかしておくのも良いだろう。
俺は口を挟まないけれど…
リリーに任せる。
世話を掛けるが…どうか頼む」
「そんな水臭いこと言わないで。私も皆んなの役に立ちたいし…
何よりも星奈は私の友達でもあるんだから。
ケビンに言われるまでもないわ。
私は仲間たちのためにやれることをすべてやるつもりよ」
「そうか…本当にありがとうな」
ケビンはエンジンを掛けると車を発進させる。
妻であるリリーとともに集合場所である神田家に向けて長い距離をドライブするのであった。
父と母が昔住んでいたという家は…
かなりの豪邸に思えてならなかった。
ケインの家も筆舌に尽くしがたい程の豪邸だったが…
この家も負けず劣らずの豪邸に思えて仕方がなかった。
広い庭にはプールが存在しており…
明らかにブルペンと思われる場所も存在している。
BBQするにも最適で…
かなり広い庭ではチームメイト全員が集まっても全然余裕があるほどだった。
「フブキ!」
アレックスは僕の名前を呼ぶとバットを手にして見せる。
何が言いたいのか直感的に感じ取った僕は彼の近くまで向かう。
「見てて!」
と言わんばかりのジェスチャーを交えた言語で僕に笑顔を向けるアレックス。
彼は左打ちの素振りをして見せて…
豪快だがきれいなスイングを見た僕は驚きの表情を浮かべていた。
「次はフブキ!」
そう言う様にバットを僕に手渡すアレックスだった。
僕も彼と同じ様に左打ちの構えを見せて…
目一杯にフルスイングをして見せる。
アレックスも僕と同様の表情を浮かべて…
かなり驚いているようだった。
大げさなほどに拍手をして見せるアレックスに俺は照れくさそうに微笑んだ。
この間の紅白戦で二番手に出てきた投手は右投げだった。
そのため僕は左打席に立っていたのだ。
俺がスイッチヒッターであることをチームメイトは知っている。
左打ちで二本のヒットを打ったため…
アレックスはもしかしたら左打ちの僕を見たかったのかもしれない。
何故ならば彼も左打ちであるからだ。
僕のフォームを見て何かを感じ取り…
参考にできる箇所を吸収しようと思っていたのかもしれない。
そんなことを思うとかなり光栄に感じてしまう。
僕らのやり取りを見ていた父とケインが近づいてくる。
母親は家の中に入ると細かい荷物を運んでいた。
大きな荷物は父とケインが既に運んだようだ。
「吹雪。こっちで活躍するなら…もう少し本格的に身体を大きくしないとだな。
身長も伸ばしつつだから…
あまり無理な負荷が掛かるトレーニングは避けたいが…
ケインはどう思う?」
父に急に話題を振られたケインは少しだけ悩むような仕草を取っていた。
「この間…業が言っていた通りだろ?
他人よりも睡眠時間をしっかりと確保すること。
食トレはもちろん…身体にあまり良くない食事は避けることだな。
子供達は既にメジャーを見越しているんだ。
今の内から野球のためになることは出来るだけ全てやっておくのが良い。
引退してしまえば…
現役中に出来なかったことを何でも出来るようになる。
少しの辛抱だと思って我慢するんだな。
身体にあまり良くないものは引退してから好きなだけ飲み食いしないさい。
ただ…現役時代の習慣で一生口にしないなんて話も聞くが…
自分のためだ。
しっかりと身体のことを考えて過ごすことを心がけるといいだろう」
ケインの言葉に父も同意するように頷いていた。
「とにかくだな…こっちに来たからには食トレの量が増えることだろう。
量が増えるということは必然的に体を動かす量も増える。
故に疲労も以前とは比較できないほど溜まることだろう。
しっかりと入浴中に身体のコリを取って…
入浴後はストレッチと柔軟を行うこと。
夏休み中にじいちゃんばあちゃんに教えてもらった…
食休みを兼ねたストレッチも同時並行だな。
これから本格的に野球漬けの毎日になるだろうが…
覚悟は固まっているか?」
父は再確認するように僕に問いかけて…
僕はそれにしっかりと頷いて返事をすると決意の表情を浮かべていたのであった。
続々と家に集まってくるチームメイト達。
歓迎するような挨拶を繰り返し行うと僕ら子供はブルペンに集まっていた。
順々に投手と捕手と打者を務めていく。
全員があらゆるポジションを試しているようだった。
今のポジションは(仮)の様なものだった。
僕は絶対に遊撃手を務めたかったのだが…
どうやら肩の強さを買ってくれているチームメイトは僕に投手をやるように言っているようだった。
試しにマウンドに立って構えを取ると…
「業と同じ左投げじゃないのか?」
その様な言葉を投げかけられていると感じていた。
俺は今まで右投げしか経験がなく…
投手をする予定がなかったので左投げを経験してこなかった。
それをどうにか伝えてみせると彼らは何度か頷いていた。
「一球投げてみてよ」
仲間の一人がその様な言葉を投げかけてくれて…
俺は生まれて初めてマウンドで構えを取る。
不慣れな手付きの俺は座る捕手目掛けて投球モーションに入っていた。
「やっぱり様になっているな。本当に初めてか?」
「流石は業の子供って感じ。凄い迫力だ」
「威圧感あるな。闘志溢れる現役時代の業みたいだ」
「確か業は右投げも出来たよな?何かの企画で右投げを披露していた」
「あぁー!俺も動画で見たことあるぞ!」
「業は野球に全ての能力を完全に振り切った選手だって思ったけど…」
「息子のフブキもそんな感じだね。試しに左投げも教えてみなよ」
「ハリスが指導するのが良いだろう。左投げで現時点でエースだし」
「教えるのは良いが…エースを奪われないか?」
「無いだろ。フブキはショートをやりたがっているわけだし」
「それなら…この後…教えるよ」
俺が投球モーションに入って今にも投げると言った数秒の間で彼らは何やら話していた。
それに気を取られることもなく…
俺はしっかりと投球して見せる。
捕手の構えた所にきれいに収まったボールを見て彼らは苦笑気味だった。
「やっぱり投手にも向いているよな」
「父親が投手だったんだ…やりたいと思わないのかな?」
「リリーフとか二番手候補で少しずつ鍛えていくのはどうだ?」
「そうだな。ショートを正ポジションにして…
時々フブキに悟られないような形でブルペンにも立たせよう」
「あぁ。投手の枚数が多いのは俺達にとっても有利だ」
「だな。ハリスもうかうかしていられなくなったな」
「うるさい。確かに右投げは様になっていたが…
いきなり左投げが出来るわけ無いだろ」
「フブキなら…」
「業の息子だからな。やりかねない」
チームメイトは再び口を開いて何やら話し合っている。
僕らよりもお兄さんのハリスが僕の下へ訪れると左投げの投球モーションのお手本を見せてくれる。
真似するように指示されて…
俺はそれをなぞるように左投げを模倣していく。
ハリスはウンウンと笑顔で頷くと再びマウンドに立つように指示しているようだった。
俺は成り行きで左投げを試してみることになり…
構える捕手に向けて投球をして…
「やっぱりな…元は左投げだ」
「ショートを守りたがったフブキの為に業が右投げに矯正したのかもしれない」
「本当に初めての左投げか?130km/hは出ていないにしても…
それぐらいの球速と球威だったな…末恐ろしいぜ」
「でも今の投球だったら簡単に打てるだろ」
「そうだけど…論点はそこじゃないだろ?初めての左投げであれなんだぞ?
素直に凄いって認めないと先はないぜ?」
「そうだが…幼い頃に左で投げたことがあるんじゃないか?」
「フブキはまるで記憶に無いようだったが?」
「じゃあ天性の才能だな。僕らも少なからずそういう子供だけど…
フブキも負けず劣らずって感じだな」
「父親が元メジャーリーガーなんだ。
少なからず俺達は初めからアドバンテージが有るようなものだろ?
遺伝子レベルで才能を証明されているようなものなんだから」
「そうだな。でもそれだけじゃないぜ?
生まれてからすぐに目標を決めた奴らばかりだろ?
それに見合う人間になるように努力を続けてきたわけだ。
それもかなりしんどい努力を重ねてきた。
フブキも向こうの高校生に混じって練習をしていたようだが…
すぐに相手にならなくなったようだ。
普通の小学生ではあり得ないことだ。
それでも俺達のような子供ならな…
あり得ると断言せざるを得ないな」
「とにかくフブキには今後とも左投げの特訓をだな…」
チームメイトが相談し合っており…
俺は少しだけ蚊帳の外だった。
家の中から慌てた様子で父親が出てきて…
「吹雪。少しだけ見えたんだが…左投げしたか?」
滅多に見せない父の慌てた様子に僕は困惑していた。
チームメイトは誤魔化すような言葉を父に投げていたが…
父はチームメイトに英語で何かを伝えていた。
チームメイトも理解したようで柔和な笑みを浮かべている。
「吹雪。左投げを覚えたいのであれば俺に言いなさい。
他の人を参考にしたり指示を受けるな。良いね?」
「わかった。今のは試しに投げてみてって言われただけだよ」
「そうだとしても。今後は断りなさい。俺がしっかりと指導するから」
「でも…投手をやるつもりは…」
「いずれ…いいや…確実に投手を任される機会がやって来る。
その時のためにもしっかりと指導するから。
吹雪がやらないと言っても…
確実に投手を任されるようになるのは明白だ。
何を隠そう俺の息子なんだ。
否が応でも期待されてしまう。
その時は確実にやってくる。
だから俺が鍛える。良いね?」
それに返事をすると僕はチームメイトの下に向かう。
彼らは全力で謝罪するような言葉を投げかけていたが…
僕も何故か同じ様に謝罪の言葉を吐いていた。
自宅に父親の元チームメイトと俺のチームメイトが集まると…
本日も宴会のようにBBQが行われている。
母親達はキッチンやリビングで支度を行っており…
父親達はブルペンで楽しそうに投球練習をしている子供達を眺めていた。
俺は打者を務めており…
チームメイトは代わる代わるで投手と捕手を務めていた。
俺は本当に打つわけではなく打席に立つだけだった。
「今の球は確実に打てるよ」
「今のは凄く良いコースだった」
「簡単に打てないと思う」
「難しいコースだけど打てたな」
そんな言葉を幾つも投げ掛けてはチームメイトとコミュニケーションを図っていた。
日もくれる頃に母親達がお肉などを皿に盛り付けて庭にやって来る。
僕らはそれを見ると目の色を変えて…
全速力でそちらに向かう。
父親達が僕らを制止するとトングを持って順々にお肉を焼いていく。
僕らはそれを今か今かと楽しみに待っており…
このメンツで二度目のBBQも大盛り上がりなのであった。
翌日より僕は学校に通うことになる。
眠る前に少しの不安と少しの期待を胸に…
明日以降の生活も楽しみに目を閉じるのであった。
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