第8話新たな地で本当の意味での仲間を見つける
ケインが英語にて僕の紹介をしているようだった。
集まってきたチームメイトは僕の父親の下を訪れると握手やサインを求めるような格好で群がってきていた。
当然のようにここでも僕はまずは認められないのだろう。
そんなことを考えていると彼らは続けて僕の下までやってきて…
わからない言語ではあったのだが確実に歓迎されていることが雰囲気で理解できた。
邪気のない笑みに握手を求める仕草に…
俺のことを既に仲間だと思っているような彼らの対応に俺は思わず涙が出そうだった。
今までは何処に行っても多少煙たがられていた俺のことを…
彼らは全力で出迎えて歓迎してくれる。
それがあまりに嬉しくて…
差し出された右手の握手に応える形で俺は一人一人と握手をしていた。
だが握手をする度に彼らはかなり驚いたような表情を浮かべて…
はしゃぐように声を上げると仲間内で共有するように僕について何かを話しているようだった。
代わる代わるに握手をしていく彼らは…
その度に驚いた表情になって…
順々にはしゃいだ声を上げていく。
その意味がわからずに父親とケインを交互に眺めると…
「手のマメの量に驚いているんだ。
数え切れないほどの素振りをしていることを瞬時に理解したらしい。
皆んな嬉しんだよ。
ここにいるこいつらもあらゆる所で除け者にされてきた超エリートだから。
皆んな少なからず吹雪と同じ様な境遇で…
俺達が居場所を作るまでずっと独りだった。
吹雪も同じ境遇の仲間だって…
手を見て瞬時に判断したんだろ。
仲間だって。
嬉しそうにはしゃいでやがる」
ケインの満面の笑みを受けて俺は少しだけくすぐったい気持ちに苛まれていた。
しかしながらそれを上手に受け取った俺は違う言語だったがコミュニケーションを図った。
「俺にも打たせてよ!打ちたい!」
バットを振る様な身振り手振りでどうにか伝えてみせた。
彼らは嬉しそうにそれを受け入れてくれた。
父は元チームメイトに囲まれて嬉しそうな表情を浮かべている。
「吹雪。軽くアップしよう」
父に声を掛けられて…
俺達は外野に向かうと丁寧にアップを済ませるのであった。
父親とケインを交えて入念にアップを済ませていた。
本日はキャッチボールまでしっかりと行うと俺達はベンチの方へと戻っていく。
休憩がてら俺達の様子を眺めていた彼らは時々歓声のような声を上げていた。
父親が投げる度にケインが受ける度に俺がきれいに捕球する度に。
それに得も知れない幸福感や心地よさを感じた俺のモチベーションは上がっていたことだろう。
アップを終えてベンチに戻ると早速二チームに分かれて紅白戦を行うようだった。
「吹雪はショートを守っているんだ。丁度欠員があるポジションだっただろ?」
ケインの言葉を受けて子供たちは嬉しそうにはしゃぐ声を上げる。
「じゃあ子供チームが後攻で始めよう。投手は…業が務めてくれるぞ」
ケインの発表を受けて子供たちは一段とはしゃいだ声を上げた後に…
急に真剣な表情を浮かべて…
僕がするイメージトレーニングと同じ要領で素振りを開始した。
俺は彼らと同じくイメージの中の父親と対戦を繰り広げて…
試合が開始するまで入念にイメージを確実なものにしておくのであった。
俺達の守備から始まり。
投手を務めるのは先程レフトで信じられないパフォーマンスを見せてくれた歳上のお兄さんだった。
長い手足にダイナミックな投球スタイル。
運動神経の良さが伺える柔軟性に加えて自らの身体を自由自在に動かせていることが瞬時に見て取れる。
ショートのポジションから投球練習を眺めていても…
明らかに球は走っており変化球の曲がり方は今まで対戦してきた投手の中でも群を抜いている。
準備投球最後の球を放った投手。
それを受けた捕手は素早い動きで二塁まで矢のような送球をする。
ショートの俺が上手に受けてタッチ。
投手に返球をすると彼は笑顔を浮かべてグラブを上に持ち上げてくれる。
それに応えるような形で俺もグラブを上げる。
いざ、一回表が始まろうとしていた。
映像の中で観てきた選手たちが相手ベンチに控えている。
一番打者から強打者の打線に俺達の緊張感は増していた。
「セカンド!もう少しファースト側に寄って!」
俺の言語を理解しているわけではないだろう。
けれど指でファースト側に行くように指示すると彼は了解してくれる。
俺はセンター方面へと数歩移動して見せる。
セカンドの彼は言いたいことが理解できたようで嬉しそうにグラブを持ち上げていた。
それに同じ様な仕草で応えて…
投手が一球目を放る。
右投げの彼が左打者の胸元を抉るようなスイーパーを投げていた。
完全にタイミングが合っていた一番打者。
きれいに振り抜いて…
ファースト側に守っていたセカンドの頭を越えそうな当たりだと思われた。
しかし…
セカンドの彼は尋常じゃないほどのジャンプ力でそれを捕球して見せる。
守備陣が大きな称賛の拍手を送っている。
守っているナインは一気に緊張がほぐれて笑顔が多くなったように思える。
歓声のような声がいくつも上がって…
セカンドを守る彼は投手へと返球する。
そして…俺に親指を立てて…
「ナイス!」
簡単な単語で俺にもわかるような英語でコミュニケーションを取ってくれていた。
続く二番打者が投手のフォーシームにタイミングを合わせてバットを振り抜いていた。
完全にセンター方向へと抜けていく当たりだった。
しかしながら…
俺はこの打者のことも何度も映像で確認していたのだ。
二塁ベースに向けてきれいにセンター返しされた打球をしっかりと捕球して…
ファーストへと流れるように送球。
アウトで仕留めるとツーアウトの状況が出来上がる。
先程と同じ様に歓声を上げてくれるナインに応える形でグラブを上げると…
打順は三番打者のケインへ。
クサイ所に投げ込む投手の思考が手に取るように理解できる。
ケインはかなりの好打者で強打者でもある。
甘い所に入れば簡単に打たれてしまう。
クサイ所で勝負をして…
しかしながら簡単に歩かせるわけにもいかない。
何故ならば続く打者は父なのだから…
バッテリーの思考は最悪二連続で歩かせることだっただろう。
しかし続く五番打者も強打者が続くため…
もしかしたら三人歩かせて六番打者で勝負する可能性もあった。
しかしながらバッテリーは強気にも勝負を挑み…
アウトハイギリギリに差し込んだフォーシーム。
ケインは待っていたかのようにステップを踏み込んで豪快なスイングをする。
木製バットの真芯を捉えた打球はセンター方向へと高く飛ぶ。
明らかにバックスクリーンを眺めてしまっているセンターだった。
それにより俺達も打者も悟ってしまう。
ホームランを打たれて一回表から失点を許していた。
けれどナインは声を掛け合って気に病むなと言っているようだった。
ケインがダイヤモンドを悠々と回って…
続く四番打者の父…
ナインには先程までにない緊張感が流れていて…
ケインと同じ様に…
またはそれ以上にクサイ所で勝負が行われていた。
高低差や左右幅や奥行きをこれでもかと利用した投球を繰り返すバッテリー。
ストライクゾーンに入っているクサイ所…
またはボール半個分から一個分外れている所に放られるボール。
父は難なくカットをして今投げている投手のデータを頭に入れているようだった。
ショートを守りながら俺は簡単に悟ってしまう。
父はカットした全ての球をホームランに出来たはずなのだ。
しかしながら続く二打席目以降の為に一打席目から投手を丸裸にする戦法のようだ。
またはバッテリーに絶望を与えているのかもしれない。
カットされているバッテリーも気付いているはずなのだ。
今のは確実にホームランに出来たな…
そんな風に悟りながら沢山のあらゆる手段を講じて…
世界最高の打者でもある父を討ち取ろうとしていた。
父との対戦で十球投げているバッテリーの顔色はあまり優れないようで…
明らかに失投と思われる高めに抜けてしまった棒球を…
父は諦めの表情とともに豪快にフルスイング。
信じられない弾道と打球速度で放たれた当たりを全員がお手上げの表情で見上げていた。
バックスクリーン最上段に鈍い音を立てて当たる打球を観て…
父の元チームメイトは子供に戻ったかのようなはしゃぎようを見せていた。
俺達子供は軽い絶望の表情とともにそんな父親たちを眺めていた。
バッテリーはマウンドに集まると軽い打ち合わせをして続く打者に向かう。
五番打者をファーストフライでどうにか抑えたバッテリーは…
初回から二本の本塁打を許してしまう。
それでもこの元世界最強チームを相手にして二点で抑えたのであれば上出来だろう。
僕らはそういう意識でベンチへと戻っていった。
一回裏の攻撃で…
誰から打つかを相談していた。
何を言っているのかわからなかったが…
どうやら俺は一番打者に指名されていた。
準備投球を行う父の球にタイミングを合わせながら…
本日は右打席に立っていた。
父ももちろん本気の勝負ということで左投げだった。
七球程の準備投球が終わり…
俺は右打席に立って勝負を心待ちにしている。
完全に高揚している意識をどうにか抑え込みながら…
父の放る第一球目。
俺は完全にフォーシームに的を絞っていた。
何故ならばイメージの中で戦う父の一球目は大体真っ直ぐだったからだ。
的を絞ってインハイに放られる球をフルスイング。
だが…ボールに当たった感触がない。
今現在俺が使用しているバットは木製で…
当たれば感触をしっかりと理解するはずだった。
後ろを振り返って…
ケインのミットにしっかりと収まっているボールを確認する。
的を絞って予想していたフォーシームの完全に裏をかかれていたのだ。
インハイからかなりの落差で落ちるフォークボールを投げられていた。
いつもの俺だったら的を絞っても縫い目を確認しようとしたはずだ。
だが…今回は縫い目がくっきり見えることもなく…
それは父のスキルが僕よりも何千何万と上の存在だから出来る芸当なのだと理解する。
フォーシームに勘違いしてしまうほどのフォークボール。
俺の裏をかくケインの配球技術。
俺は完全に逆手に取られて一球目を空振りしてしまう。
一度打席を抜けた俺は落ち着いて冷静になるように深呼吸をしていた。
グラウンド全体を見渡して何処に飛ばすかを確実にイメージする。
続く二球目に放られる球は今度こそフォーシームであると…
フォークの印象がこびりついている俺の逆手を取って真っ直ぐを放るはずだと予想していた。
ケインの配球を読むのはまだ早いと言っていた父の言葉を思い出しながら…
それでも俺は読み取るようにして二球目を待ち構えていた。
アウトローに放られる球を見てフォーシームを確信した俺はバットを出していた。
フルスイングで振り抜いたバットの先に当たったボールは一塁側のファールゾーンへと転がっていく。
フォーシームだと思っていた球はツーシームで…
右打席に立つ俺から逃げていくその球をバットの先で引っ掛けてしまっていた。
もう少し何かが違っていれば…
今の当たりはファーストゴロで凡退だったのだ。
ケインの思考に俺は完全についていけていない。
裏ばかりを取られて完全に手玉に取られている。
このままでは確実に凡退で終わる。
それを理解した俺はクサイ所はカットと自らに暗示をかけて第三球目を待っていた。
アウトハイに放られた球の軌道には明らかな異変が見て取れる。
スライダーを投げられていることを瞬時に悟った俺は…
インコースまで曲がってくるその球を待ち構えて…
しっかりと溜めを作って振り抜いた。
きれいにバットの芯に当たった球は…
気持ちの良い快音とともに外野の深いところまで飛んでいく。
懸命に走り二塁打を目指す俺だった。
けれど…
父は打球の行方に目を向けていない。
それが不思議で仕方なかったが…
俺はなりふり構わず全力で走っていた。
一塁を蹴った当たりで外野へと視線を送り…
左中間の一番深いところまで飛んでいった打球をセンターがキャッチしている。
信じられないほどの俊足で俺の打球をジャンピングキャッチしていて…
あり得ない光景を目撃して俺は思わず信じられないと言ったジェスチャーを取ってしまう。
二塁ベースを蹴ることもなくベンチに戻る俺だった。
味方はかなり興奮気味な表情を浮かべて俺に何かを伝えようとしていた。
その表情はどれも肯定的なものだと思われた。
弾ける笑顔を浮かべたナインは俺の頭や尻を叩いて歓迎していた。
二番打者はセカンドを守っていた彼で…
左打席に入った彼は苦労していた。
父の放る数多くの魔球を目にして驚きの表情を隠そうともしない。
左打者のインコースから逃げていくスライダーに山を張っていたのか…
彼は流し打ちの要領でバットをきれいに出す。
かなりいい音を立てて鋭い当たりがサードを強襲する。
しかしながらサードライナーを難なくキャッチされてツーアウト。
俺達は簡単にアウトを二つ取られると三番打者に打順が回る。
俺よりも身体の大きいお兄さんが右打席に入って…
父の放る球を楽しみに待っているようだった。
高めに集まるスプリットとツーシームで簡単に追い込まれた彼は一度打席を出た。
深く深呼吸をして今まで放られてきた魔球の数を数えているようだった。
俺はベンチで嫌な想像をしていた。
父はまだカットボールを投げていない。
逃げるように使うカットボールではなく…
信じられないほどの変化量から繰り出されるその魔球は…
右打者のバットの根本に当てるような怖い球だ。
根本に当てられた様な錯覚に陥り簡単に凡フライで倒れてしまう。
それが予想されたのだ。
そして追い込んでから投げた球は…
俺が予想してしまったカットボールで…。
右打者のアウトコースに投げ込まれたと錯覚した打者は踏み込んでバットを出してしまう。
予想通りバットの根本に直撃したボールはピッチャーフライとして飛んでいく。
きれいにキャッチをした父がマウンドにボールを置いてベンチへと戻っていく。
僕たちナインも守備につくと二回表が再び始まるのであった。
試合の結果は俺達の完敗だった。
どうにか二桁失点をしないで済んだナインだったが…
バッテリーは納得のいかない表情でミィーティングに入るようだった。
ナインのメンバーに誘われる形で俺もその輪に入っていた。
言っている言葉は本格的に理解できていない。
しかしながら言っていることのニュアンスが理解できるのは僕らが同じ高みを目指し意識を共有しているからだと思われた。
俺はこれほど居心地の良い環境を知らない。
今までのすべての環境と異質な現状に…
期待に胸を膨らませていた。
どの様に俺の思いを伝えれば良いのだろうか…
そんなことに悩みながらミィーティングの話を聞いていたのだ。
父は六回を投げきって無四球、無安打とパーフェクトピッチングだった。
幾ら僕らでも父から完全に打つことは不可能だった。
しかしながら後続の二番手以降の投手からは数本のヒットを生み出していた。
得点に繋がることはなかったが…
僕も二安打の活躍だった。
以前戦った父とは違い…
元チームメイトが守るグラウンドでは全力投球が出来るようで…
あんなに弾けた笑顔を浮かべて楽しそうに投げる父を…
俺は映像の中でしか観たことがない。
父と同じ様に俺も嬉しそうな表情を浮かべてプレイしていたことだろう。
父親たちの生暖かくこちらを見つめる視線がやけに気になった。
嫌な意味ではない。
少しだけ照れくさくてくすぐったかったのだ。
ミィーティング中…
俺は意見を求められて…
異なる言語で一生懸命に本日の試合について話していた。
彼らも俺と同じ意識でいるからか…
話を理解しているようだった。
笑顔で僕の言葉に賛同する彼らは何度も僕に声を掛けてくれていた。
お互いに笑顔で応えて…
僕らは出会った瞬間から仲間になったようだと…
お互いが感じていたのであった。
試合が終わると父親達と僕ら子供達は集まっていた。
どうやらこれからケインの自宅でBBQが行われるそうで…
全員ははしゃいだ表情で駐車場に向かう。
ケインの運転する車内で母親が唐突に口を開く。
「楽しそうに見えたけど?こっちでプレイしてみたら?
学校やら何やらの手続きは父さんと母さんがしておくから」
母親は車が発進するなりその様な言葉を投げかけてくる。
戸惑っているわけではなかったが言葉に詰まっている俺を見て父も口を開く。
「俺もこっちに戻りたい。勝手を言うようだが…
引退した奴らと一緒に過ごせる日々はきっと最高だって思った。
そこに吹雪や星奈や皆んなの子供たちがいて…
週末は毎週のようにこうやって過ごす…
絶対に最高な日々が待っている。
吹雪も彼らを気に入っただろ?
意識も考え方も気持ちの持ちようも…
何もかもが一緒に思えたはずだ。
元メジャー選手の父親を持つ子ども同士…
完全に気があったと思う。
どうする?」
父の言葉に俺は完全に同意して…
笑顔で頷いて返事をすると…
両親はそれを嬉しそうに受け取ってくれるのであった。
こうして俺は…
小学一年生の二学期から…
海の向こうの本場の地で…
野球留学を果たすのであった。
小学生・帝位高校編 終了
次回より…
小学生・元メジャーリーガーの父を持つ子供・海外編 開幕!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。