第7話海の向こうにて…同種の仲間に出会う
「業。もし良かったら何だが…
吹雪と共にこちらに来てみないか?
元チームメイト一同が揃う機会があってだな…
久しぶりの同窓会の様な催しが開かれるんだが…
どいつもこいつも子供を連れて参加するそうなんだ。
吹雪ももしかしたら子供たちと意気投合するかもしれない。
元メジャー選手の父親を持つ子供ならではの話ができるかもしれないだろ?
吹雪も少しは心を許せる相手に出会えるかもしれない。
だからどうだろうか。
夏休みの数日だけでもこちらに来てみるのは。
あとこれは極秘で進んでいる話なんだが…
俺達が指導者になってチームを組む予定があるんだ。
そこに元チームメイトの子供を入れて…
吹雪も良かったら練習に参加してみるのはどうだろうか。
肌に合わないのであれば体験だけでいい。
もしも肌にあって性に合ったら…
吹雪もこちらで過ごすと良い。
今現在居場所がないのであれば…こっちに来ればいいさ。
業も久しぶりにこっちに来てみるといい。
星奈も連れて遊びに来ることを心待ちにしているよ」
朝起きるとケインからチャットが届いており…
俺はそれに飛び付くような形の返事を考えていた。
一度階下に向かうとリビングで朝食の準備をしている星奈にスマホの画面を見せていた。
「業さんはどの様に感じているのです?
ケインの誘いに乗っかても良いと思っているんですか?」
星奈の伺うような…
けれど優しく包み込むような彼女の表情を目にした俺は頷いていた。
「後は吹雪次第と言った所ですね。
業さんは今回の件で向こうに戻る可能性があることを理解しているんですよね?
私は業さんと吹雪が決めたことについていきますよ。
親子三人一緒なら何処でも幸せですから」
「あぁ。ありがとう。吹雪がもしも向こうを気に入ったら…
俺も向こうに戻る決意を固めるさ。
元チームメイトがチームを作るって話も…
是非乗っかりたい。
あいつらの子供と一緒にプレイしたら…
吹雪もやっと同レベルの人間に出会える可能性がある。
そうなってくれたら…
俺も一安心なんだがな…」
「吹雪はこっちを離れることに拒否反応が出ないでしょうか?」
「無いと思うな。昨日の吹雪を見て思ったが…
あいつの相手になってくれる人は…
こっちでは悲しいけれどもういないかもな。
能力的な話だけでなく気持ちの持ち方や意識や考え方…
全てが吹雪と同レベルの人間がいない。
吹雪はそろそろ孤独感を覚えていることだろう。
だから俺も出来ることは全てしてやりたい」
「そうですね。庭で素振りしているので…聞いてみてください」
「もう起きているのか?」
「はい。起きてからずっと素振りしていますよ」
「そうか…」
俺は返事をするとその足で縁側の向こうの庭で素振りをしている吹雪の下を訪れるのであった。
「おはよう。調子はどうだ?」
庭に降り立った俺は吹雪の調子を確認するように問いかける。
吹雪はタオルで汗を拭ってバットを下げると真剣な表情を浮かべて応える。
「今日はまだ一本もまともな当たりを打てていなくて…」
「そうか…イメージの中では誰が投げているんだ?」
「当然…現役時代の父さん…」
「ふっ。怖い物知らずだな。流石の吹雪でも簡単には打てないだろ」
「うん。全然打てない。バットに当たる気配もないよ」
「今からそんなにリアルに想像できるんだ。
現実をしっかりと理解できている証拠だ」
「………そうかもだけど…。早く打てるようになりたいよ…」
「そんな吹雪のことをケインに相談してみたんだ」
「へぇー。それで?何かいい返事があったの?」
「あぁ。これなんだが…」
父親は俺にスマホを手渡してくれる。
そこに記されている文言を眺めて…
「えっと…父さんの元チームメイトが集結してチームを作るの?
皆さんの子供が集まってプレイするってことでいいの?」
「そうだ。そこでなら吹雪を理解してくれる人がいるかも知れない。
俺を理解してくれたチームメイトの子供だ。
吹雪と同じ意識で野球をプレイしている子供の可能性がある」
「そっか…じゃあ…行ってみたいかも…」
「そうだな。じゃあ今日中に準備をして…ケインに連絡しておくな」
「うん。ありがとう。それまで素振りしていて良い?」
「あぁ。良いぞ。今日中に出られるかわからないからな。
決まったら報告に来るよ」
「わかった。ありがとうね」
俺は吹雪の言葉に笑顔で応えると…
縁側を通ってリビングに向かうのであった。
俺と星奈は一度家に戻るとパスポートやら必要な物をまとめて持つと実家へと再び戻っていた。
「向こうに戻るのは久しぶりですね。吹雪も懐かしく感じるでしょうか?」
実家へと戻る車内で星奈は助手席にて嬉しそうな表情を浮かべている。
「どうだろうな…あの頃はまだまだ赤子だった…記憶にないだろ」
「それでも…何処か懐かしく感じる可能性はあるでしょ?
例えば匂いとか景色とか気候とか。
肌で本能的に感じた何かを覚えているかもしれないじゃないですか」
「そうだな。覚えていたら…何ていうか…嬉しく思うよ」
「ですね。業さんの第二の故郷みたいなものですもんね」
「あぁ。あの頃は向こうに滞在を続けていたら…
勝負の世界に引っ張られる気がしたんだ。
引きずられる形で再び勝負の世界に戻ってしまう気がした。
息子ができて星奈との関係も修復できて…
勝負の世界では味わえない…
幸せをやっと手にできたのに…
俺はそれを投げ去ってまた戻ってしまう恐れがあった。
だからこっちに戻ってきたわけで…
でも今ならきっと大丈夫な気がする。
もうフラットに冷静に居られる気がするんだ」
「そうですね。今なら…向こうでの生活も十分に楽しめますよ。
とにかく今は吹雪に居場所を作ってあげたいですね」
「あぁ。俺もそればかりに思考を割いているよ」
「向こうで出会えますよ。大丈夫」
それに返事をして俺達は実家に戻ってくるのであった。
両親に話を通して俺達は翌日の便で海の向こうに渡る手筈となった。
帰ってきても吹雪は素振りを続けており…
昼食と夕食をいつも以上に食べたと思ったら…
再び庭に降り立ち深夜になる頃まで素振りに励んでいた。
もう吹雪の練習相手になってくれるのはイメージの中でしか全力投球をしてくれない現役時代の俺以外存在していないようだった。
それに多少の責任のようなものを感じながら…
俺は吹雪が納得して自主的に終えるまで素振りを観て過ごしていたのであった。
翌日。
早朝に目を覚ました俺達親子はいつものように朝食を取って父の実家を出た。
父の運転する車に乗って空港を目指す。
母は何処か浮かれ気分の様子だと思えてならなかった。
「皆んなに再会できるの楽しみですね」
母の浮かれた声を受けて父は軽く苦笑気味にだったはずだ。
後部座席でその様子を眺めている僕だったが…
早々にイメージの中に逃げ込むと脳内で現役時代の父親と対戦を繰り広げていた。
一時間もしない内に空港に到着すると大荷物を持って車を降車する。
父と母は慣れた手付きで空港内を進んでいく。
僕は何処か懐かしい光景を眺めている気がしていて…
けれどきっと気の所為だと簡単に片付けていた。
飛行機に乗ってしまえば後は身を委ねるだけだった。
初めてだと思われる飛行機内はとても快適で…
シートに腰掛けながら再びイメトレを行って過ごしていた。
何時間に及ぶフライトだっただろうか…
何度か機内食を食べて…
それ以外の時間をイメトレに費やすと…
窓の向こうには見慣れない土地が見えてくる。
飛行機がきれいにランディングしていた。
順々に降りていく客の流れに沿って俺達親子も機内から降りていった。
向こうの空港に到着すると父はスマホを持って何かを確認しているようだった。
「業!星奈!吹雪!こっちこっち!」
しばらくぶりにケインの声が聞こえてきて僕ら親子は破顔して応えた。
「長旅ご苦労さま。俺の車に乗って行こう」
ケインは非常に嬉しそうな表情で僕ら親子を出迎えてくれる。
そのまま駐車場に向かって車に乗り込むと…
「先にグラウンド行ってみるか?
業達が来るって知ったあいつらは…
待っていられなかったみたいでな…
朝からグラウンドで軽くプレイしているよ」
「皆んな来ているのか?子供たちも?」
「もちろん!専用グラウンドで楽しげにプレイしているよ」
「そうか。吹雪…どうする?」
急に父に尋ねられて…
俺はあまり何も期待していなかったのだが…
頷いて応えていた。
もしかしたら淡い期待だけを微かに抱いていた可能性もあったと思うが…
ケインの運転で僕らはチームの専用グラウンドを目指していた。
「高校生相手でも物足りなくなったって本当かい?」
運転するケインは俺に気さくな口調で話しかけてくれる。
それに返事をして応えると…
「こっちでは吹雪と同年代の子が沢山プレイしているよ。
気が合う友達も出来ると良いな」
ケインの楽観的な言葉に俺は苦笑気味に頷いていた。
「期待できない気持ちは理解できるよ。
でも全員業とプレイしていたチームメイトの子供だ。
もしかしたら価値観があうかもな。
俺は結構…色んな期待をしているよ」
ケインの言葉に頷いて応えると…
直ぐ側に立派なグラウンドが見えてくる。
「ここだよ。楽しみになってきただろ?」
立派すぎるグラウンドを観て…
俺は考えを一気にひっくり返すように…
楽しみな感情に包まれていた。
駐車場に車を停めたケインはエンジンを止める。
それを合図のようにして俺達は外に降り立つ。
そのままケインについていく形でグラウンドでプレイしている顔ぶれを目にする。
現在打席に立っている少年は俺よりも少しだけ歳上だろうか。
相手投手は明らかに大人で…
ということは父の元チームメイトなのだろう。
本気と思われる投球が行われている。
打者はステップを踏んで打つ気満々だ。
この空気を俺は知っていると瞬時に理解する。
ここにいる人間は全員俺と同種の人間だ。
それを肌で感じ取ってしまったのだ。
投手が投げた全力の球を打者はきれいに振り抜いて…
レフトスタンドへ目掛けて一直線に飛んでいくボール…
レフトを守っている大人と子供の中間ぐらいの…
歳の頃からして15歳ぐらいの少年がフェンスによじ登って…
高く飛び跳ねた。
そのままホームランボールをキャッチしてレフトフライで抑える。
俺の心や全身には完全に稲妻のような衝撃が走って…
「俺も…混ざりたい…!」
父親とケインを交互に観ると目を輝かせていたことだろう。
父とケインは嬉しそうに微笑むと早速俺を混ぜるようにグラウンドに降り立つのであった。
やっと俺に仲間や友人と呼べる人間が出来る気がした…
八月最終週の残暑厳しい異国の地での出来事なのであった。
次回へ…!
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