第6話居場所を奪われていく
「業が言うように…確かにわざと追い込まれているな。
明らかにピンチの状態を楽しんでいるように思える。
梅田との対戦で仕留めた球が物語っている。
一球目と同じ球をあえて選択してホームランにしている。
バッテリーにとってかなりのダメージがあったことだろう。
それを練習だがあえて選択して行っているように思える。
吹雪が見ている場所は明らかに今ではない。
自分が進む先が明確になったのだろう。
業の現役時代の映像を観たことにより…
自分も同じ地で活躍することをイメージできたのかもしれない。
現在対戦している相手と…
こういう言い方は良くないかもしれないが…
ハンデ無しでは楽しめなくなっているのだろう。
そんなこと言えるわけもなく…
だから自らで追い込まれているのだろう。
吹雪にとって業や俺の活躍する映像は…
良い意味でも悪い意味でもかなりの刺激になってしまったと思われる。
それでも吹雪なら先の目標を探し続けて成長するさ。
業もあまり心配しすぎるな。
だが断言しておくが…
吹雪の野球人生はこれからも苦しい時間が続くはずだ。
周りに煙たがられて…
あまりの才能に疎ましく思うものが増えてくるだろう。
今はかなりの先輩たちが相手だから優しくしてもらえているが…
近い世代と一緒にプレイするようになったら…
何があるか分かったものではない。
今の内に気持ちで負けない術と何を言われても無視をする能力を鍛えさせたほうが良いだろう。
負の同調圧力で潰されないようにメンタル面もフォローするべきだ。
業の息子だから心配はしていないが…
全てが業と一緒なわけじゃないからな。
余計な心配ではないと思うぞ。
心に留めておいてくれ」
ケインは朝方に長いチャットを送ってきてくれていた。
俺はそれに丁寧に返事をすると早朝ランニングに向かう支度を整えたのであった。
いつものように準備を整えて俺達親子は帝位高校野球部第六グラウンドを訪れていた。
梅田と仙道はブルペンで準備をしている。
真鍋がマスクを被って一人一人が交互に投げていた。
ストライクゾーンの修正を二人に丁寧に伝えている真鍋。
二人は一球投げる毎に互いが気付いた修正点を伝え合っている。
「本当に高めのボール球に投げ込んでいるみたいだよな」
「そうだな。高めに外すぐらいの認識で投げるべきだろうか。
今は深く考えすぎるのは正しくないかもな。
高めのストライクゾーンに入れるではなく…
釣り球を振らせるぐらいの感覚で投げてみるか」
「だな。釣り球のボール球として投げるなら普段からやっているわけだし」
「じゃあその意識で。また修正点に気付いたら情報交換していこう」
「そう言えばメジャーって球自体も少し違うって聞いたが…
滑りやすいんだって?」
「あぁー…らしいな。ロジン多めに付けて投げるクセも付けておくか」
「とりあえず実際の球が無いからな。対策として一応やっておこう」
二人は対策を講じる形で試行錯誤を怠らない姿勢だった。
「吹雪。お前はどう思う?高めを打つ意識を持つのは大変か?」
投球練習を遠目に眺めながら父親は不意に俺に問いかける。
その問の答えを用意していたわけではないのだが…
「どうだろう。別に難しく考えていないかも。
追い込まれて高めに釣り球の豪速球を投げられるイメージと言うか…
一度悪球打ちの要領で打った経験があったから。
そこまで大変に考えていない。
そこがストライクだっていうのなら…
難なく打てるよ」
「………そうか…。変に常識が固まる前に経験できてよかったと思うことにしよう。
きっと吹雪はメジャー挑戦を今から考えているんだろ?」
「そうだね。メジャーでプレイしたいって思ってるよ。
だから今から自分に負荷をかけ続けている」
「負荷?わざと追い込まれているのも…自らへの負荷か?」
「うん。父さんは流石に気付いているよね。
そうじゃないと打者の僕が流石に有利すぎる…
そんな風に思うようになってしまったんだ。
これって天狗になっているかな?」
「どうだろうな。でも誰にも言わないほうが良い。
自分の中だけで課している課題にしておこう。
もしも誰かに何かを勘付かれたら…
俺に言われていると言って良い。
それでわざと甘い球を打っていないと…
追い込まれてから難しい球をあえて狙っていると言うんだ。
全部俺のせいにして良い」
「………わかった…」
俺達親子は二人だけの秘密を抱えながらこれからも先に進んでいく。
今置かれている最高の状況の中で…
それでも俺達親子は早々に物足りなさを覚えていたのであった。
帝位高校スタメンに混じって俺は早速素振りをしていた。
今日も梅田と仙道と対戦する予定であり本日も俺は自らのレベルアップに努める。
スタメンは高めを意識した素振りを取り入れておりストライクゾーンの再確認を図っていた。
「吹雪。ちょっと良いか」
珍しく九条監督に呼び出された俺は帽子を取って傍まで向かう。
「梅田、仙道との対戦はどうだ?何か収穫がある練習になっているだろうか」
「はい。しっかりと意味のある有意義な練習になっています」
「本当か?俺から観たら…そう思えないんだがな…」
「えっと…九条監督は何を言いたいんでしょうか…」
「うん…吹雪…お前には今日から新たな課題を課す」
「はい。どの様な課題でしょう」
「無理を承知で言うが…全打席で…狙え」
九条監督はそう言うとスタンドの方を指さしている。
流石に無茶な注文をしている自覚があるのだろう。
明らかに苦笑気味で課題を口にした九条監督に僕は…
「わかりました。善処します」
真面目に受け取るとしっかりと返事をする俺に九条監督は思わず吹き出して笑っていた。
「ははっ!本気で受け取るか!冗談のつもりで言ったんだがな!」
「なんでそんな冗談を…」
「いやなに。昨日の練習風景を観ていて思ったんだ。
流石に大会終わって間もないっていうのにな…
選手全員が殺伐としすぎていると思ったんだ。
吹雪も居心地悪いと思って和ますつもりだったんだが…」
「いいえ。大丈夫です。
九条監督の無茶な注文を真面目に受け取ってもいいですか?」
「出来るものならやってみると良い。
フォームも調子も崩さんようにな。
全打席狙えるなら…やってみると良い」
「はい。では素振りの続きに戻ります」
九条監督の柄でもない冗談を本気で受け取った俺にスタメンはかなり苦笑していた。
「全部狙うって…無理だろ?そんなの絶対に不可能だ…」
誰かの絶望的で否定的な嘆きの言葉が耳に入ってきたが…
俺は反応すること無く素振りの続きに勤しむのであった。
本日も梅田から始まる投打特訓が始まった。
開始前の九条監督の言葉が全員の脳裏に過っているようだった。
明らかに全員がスタンドに運ぶことをイメージしたスイングをしていた。
「間違った言葉をかけてしまったかもな…
冗談を言うにしても雪城辺りに言うべきだったか…」
九条監督の珍しい判断ミスが起こした結果…
全員の心には剥き出しの闘志が宿っていた。
俺に対する冗談のような期待の言葉を全員がまともに食らってしまっていた。
一番櫛田から始まる打線は強気に攻める姿勢を保ったまま打席に立っていた。
全員が意識している本塁打に気付いた捕手の真鍋は躱すような配球を要求していた。
打者と真っ向勝負を避けるように…
それでもクサイ所に放り抑える姿勢を崩していなかった。
何人もの打者が凡退で倒れていく中で雪城はしっかりと本塁打を打っていた。
九番打者の俺に打順が回ってきて…
「打線は九条監督に何か言われたのか?
皆んなスタンドに運ぶことしか考えていないようだが…」
真鍋の独り言のような言葉が耳に入ってきていたが…
俺は深く集中するために応えることはなかった。
右打席に立って左投手の梅田を攻略するつもりだった。
本日の梅田もストレートが上手に決まっていて調子が良さそうだった。
しかしながら昨日打たれたイメージが色濃く残っているのか…
梅田は真鍋のサインに珍しく首を振っていた。
これは明らかにストレートのサインに首を振っていることは明確で…
そうなると梅田が投げたがっている球は…
と投手の思考を盗み取るように俺も思考を回転させていた。
今のところの予想ではスプリット系の球を決め球に設定すると予想されていた。
高めのクサイ所から少し落ちるスプリットでストライクを取る。
ストレート勝負を避ける梅田の思考は高めにはしっかりと決めたい。
けれど真っ直ぐでは昨日のように打たれてしまう。
そんな逃げ腰の思考であることは手に取るように理解できていた。
それを許すような真鍋ではないだろう。
けれど今すぐにメジャーに進むのは梅田と仙道だ。
真鍋が気に入らなかったとしても…
今回ばかりは梅田と仙道の思考が優先される可能性が大きい。
一度タイムを取ってマスクを取った真鍋はマウンドまで向かう。
梅田を説得するように高めに浮くストレートを再び要求しているようだった。
その利点をプレゼンするように身振り手振り多めに話している真鍋。
だが…梅田は完全に投げる気がないのか首を左右に振り続けていた。
真鍋は諦めたような表情で戻ってくるとマスクを被り直す。
「もう予想できただろ?今回も俺達バッテリーの負けだ。
梅田さん…こんな逃げ腰の戦い方で良い訳がないのにな…
これが癖付いて良いことなんて一つもないのに…
絶対にメジャーに行って苦労する…
俺のことじゃないから良いんだけど…
元バッテリーとしては全然良くないんだよな…
向こうでも立派に活躍してほしいって願っているんだが…
中々分かってもらえない。
梅田さんと仙道さんが変になったのも…
吹雪が来てからだよな…
どう責任取るつもりだよ…」
真鍋の恨み節を打席で聞きながら…
それでも俺は動揺を誘う揺さぶりの一環だと聞き流していた。
これが真鍋の本心ということにも気付かずに…
結果的な話をすると…
二球で追い込まれた俺をすぐさま抑え込もうと勝負に焦った梅田だった。
真鍋のリードを無視して予想通り高めに抜けるようなスプリットを放ってしまう。
思った以上に変化量が小さいその棒球を俺は全力で振り抜いていた。
当然のようにレフトスタンドに放り込まれた打球を観ることもなく俺は打席を後にする。
「おい。なんでわざと二球見逃した?明らかにわざと追い込まれただろ?」
完全にキレてしまっている真鍋は激昂の表情でマスクを取って俺に詰め寄る。
「一球目から打ったら…正直練習にならないので…」
「なっ…!お前…!バカにしてんのか!?」
「いえ。自らの成長のためですよ。甘い球を打って何か練習になるんですか?
夏の大会で真剣勝負をしてきた皆さんは良いですよね。
一ミリも余計な混ぜものがない純度100%の真剣勝負をしてきたんでしょ?
羨ましくて嫉妬に狂いそうなのは僕の方ですよ。
自らで自らを追い込むような練習をしないと…
はっきりと言って練習にならないんですよ。
生意気言っている自覚あります。
練習に混ぜてもらっておいてふざけたことを言っていると思います。
でも…俺の練習にならないのは何の意味もないでしょ?
両者が得するから僕はここの練習に混ぜてもらっているんですよ。
それなのに…僕にはもう殆ど得がないんですよ。
自分で創意工夫して試行錯誤して全力で練習に取り組んでいるんです。
皆さんだってそうだって思っていました。
けれど…最近はそれにも疑問を抱きます。
小一のガキ一人を抑えることも出来ないで…!」
真鍋の激昂に釣られて俺は衝突するように生意気にも言い返していた。
そこまで殆ど全ての不満をぶちまけた所で父親が制止に入った。
「吹雪。それ以上は言ってならない。
もう十分だ。お前の気持ちは十分に伝わったよ。
とりあえず今日は上がらせてもらおう。
良いですね?九条監督」
父親が割って入ると俺を掴んで選手たちから引き剥がした。
九条監督も呆れたような表情で嘆息している。
「こちらこそ申し訳ない。今日はチームの雰囲気が悪い。
吹雪は上がっていい。
他の選手は休憩を取っていなさい。
再開する頃に声を掛ける」
九条監督は選手たちに言葉をかけると僕と父と共に駐車場の方へと向かっていた。
冷静さを取り戻すように父は俺の背中を擦っていた。
悔しさと歯がゆさを携えたまま…
俺は駐車場に到着すると助手席に乗り込んだ。
少し離れた場所で父と九条監督が話し込んでいる。
俺は最近感じていたフラストレーションを発散するように…
独りの車内で悔し泣きをしていたのであった。
「神田さん…申し訳ないです。吹雪くんを追い込んだのは…俺です」
「いいや。実は夏休み中に吹雪はケインと出会ったんだ」
「ケインって神田さんの元チームメイトの?」
「そうだ。やつが散々かき乱していった結果…
吹雪は前以上に野球に取り憑かれて没頭するようになった。
あの歳で吹雪は…
現役時代に手が付けられないと言われていた俺のようになってしまった。
正直吹雪にこれ以上の環境を提供できない気がしている。
それにもう吹雪はここにも物足りなさを感じているのが明確に理解できた。
ここにこれ以上居ても迷惑かけるだけだと思うんだ…」
「そう…ですね…発破をかけて火を着けたのは僕ですが…
吹雪くんは思った以上に制御が効かない…
僕も甘く見積もっていました…
神田さんの息子がどれだけ真剣勝負に飢えていて…
野球に真剣で貪欲なのか…
吹雪くんはこのまま居場所を失くすのでしょうか…
そうなると僕は…どの様に責任を取れば良いのか…」
「いいや。九条監督には本当に感謝している。
周りの高校生の心をかき乱してしまい…
むしろこっちが謝っても取り返しがつかないことをしてしまったのでは…
と謝罪の気持ちでいっぱいだ。
彼らから吹雪は距離を取ったほうが良い。
高校生と小学生が対等に喧嘩をするだなんて…
誰も予想していなかった。
それが起きてしまったら…
もう関係を修復することは不可能だろう。
今まで本当に世話になった。
ありがとうございました」
「いいえ。こちらこそありがとうございました。
もしも吹雪くんが望むのであれば…
高校生になった時に再会したいです。
吹雪くんの為に遊撃手のポジションは空けておきますから…」
俺はそれに頭を下げて応えると運転席に乗り込んだ。
珍しく涙を流している息子に気付きながら…
それでも俺は情けないかもしれないが…
なんと声をかければ良いのかわからずに一度頭を撫でてあげることしか出来ないのであった。
帰宅すると母親は事情を察したのか俺を抱きしめる。
心配そうな表情を浮かべる祖父母は優しい言葉を幾つも掛けてくれた。
俺は一人で風呂に入るとふて寝をしたい心境だったが…
悔しくて仕方が無かったので庭に出て素振りを始めた。
俺の中にしか存在しない世界最高の投手との対戦を何時間も何時間も繰り返して…
限界が訪れて気絶して倒れるまで…
本日の悔しさを全て吹き飛ばすように…
真剣勝負に身を委ねるのであった。
「ケイン。吹雪は帝位高校を追い出された。流石にこれ以上の伝手はない。
高校卒業とともに俺はメジャー挑戦をしたため…
この先の進路を吹雪の為に提供することは難しい。
流石に行き詰まってしまった。
吹雪の才能はどんどん規格外に成長してしまっている。
もう相手になる選手がいないと錯覚するほど…
俺達親子は二人で歩み続ける選択を取らないといけない。
こんな愚痴を吐いてしまい…申し訳ない。
ただ言える相手はお前だけだったんだ。
明日から俺達親子は二人三脚で進むことになる。
長い愚痴を聞いてくれてありがとう。
またな」
深夜に元チームメイトであるケインにチャットを送った俺は…
この先が行き止まりのように感じて不安で仕方がなかった。
とにかく今夜は度数の強いお酒を嗜んで…
深く眠ってしまいたかった…
目を覚ました俺はケインからのチャットを確認して…
驚愕の返事を目にした…
俺達親子に差し込んだ一筋の光に手を差し伸べることを決めるのであった。
次回…ケインの返事とは…!?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。