第4話奴らが無傷で帰ってくる

ケインが父親の実家を訪れた翌日。

目を覚ました俺は早速朝食を楽しみに階下へと向かって階段を降りていた。


「おはよう」


普段の朝食よりもお肉の量が多く感じるのは気の所為ではないだろう。

昨日のBBQでの残りを朝食のメニューに組み込んでくれているのは一目瞭然だった。


「いただきます!」


早速席に着くと俺は手を合わせて箸を手にした。

本日はお肉が中心の朝食のお陰で白米を何度もおかわりしていた。

箸が止まらずに脇目もふらずに食事を楽しんでいると…


「凄いですね!吹雪!七歳の食べっぷりじゃないです!」


ケインと父親は庭から姿を現すとで縁側から入って来て俺の食べっぷりに驚いているようだった。

何度か頷いて…それでも食事の手を止めなかった。


「業も幼い頃から沢山食べたのかい?」


「そうでもない。食トレが本格的に始まったのは高校生からだ」


「へぇー。まさかとは思うが…それまではそんなに大きくなかったとか?」


「周りには俺よりでかい先輩がゴロゴロ居たと思うが…」


「今度こそジョークだろ?

そんな選手が居たら…当然皆んなプロになったんだろ?」


「いいや。先輩の代でプロになった人は居なかったと記憶している」


「何故だ!?業よりも大きな選手なんだろ!?」


「入学当初はって話であって。食トレを開始した俺は急激に成長していったからな」


「その理由は分かっているのか?」


「なんだろうな。他のチームメイトと違っていたのは…

睡眠時間が長かったことだけだと思うが…

よく食べてよく動いてよく休む。


深夜になるまで寮の部屋で遊んでいる選手もいたし…

一日の課題が残っており深夜まで寮の外で個人練習をしていた選手も居た。


けれど俺は全体練習で課題を残さないようにプレイしていたから。


とにかく沢山寝たな。

と言うよりも夜になるとすぐに眠くなったんだ。


あり得ない疲労感からすぐに休まないと翌日に持ち越すと危惧していた。

だから他人より多く寝たんだ」


「それで…俺と変わらないほど大きく育ったと?」


「そうとしか考えられない」


「なるほど。良い話を聞いたよ。参考にさせてもらう」


ケインと父親はその様なやり取りを行うと軽く水分補給をして母親と祖母からタオルを受け取っていた。


「どうでした?ケインは久しぶりに走ったんじゃないですか?」


母親はケインに気さくな表情を浮かべて話しかけていた。


「本当だよ。現役を引退してから久しぶりに沢山走った…

業は今でもこんなロードワークを続けているのかい?」


父親は水分補給をしながら頷いていた。


「毎日10km。業さんの日課は引退してからもずっと続いていますよ」


母親が父親の代わりに応えるとケインは大げさなジェスチャーを取るとあまりの驚きに声を失っているようだった。


「引退しても大食いで無くなるわけではないだろ?

最低でもこれぐらい走らないと不健康な体になると思うんだ」


「そうか…俺も帰るまでに習慣づけようかな…」


「それが良いぞ。いつも走っているスピードより随分遅く走ったから」


「まさか…!?本当か!?大分速く感じたが!?」


「ケインが現役時代よりも太ったことは一目で分かったからな」


「本当か…?」


「あぁ。今のまま太り続けたら…危ないぞ?」


「………善処する」


二人は水分補給を終えてタオルで汗を拭くと再び庭へと向かうようだった。


「朝食が終わったらいつも通り食休みがてらの柔軟を行いなさい。

しっかりと行ったら庭に来ること。

フォーム改造第二弾を行うからな。

ケインも付き合ってくれるそうだ」


それに返事をすると父親とケインはバットを持って庭で素振りをしていた。

仲よさげで賑やかな会話がこちらにまで聞こえてきていた。

俺は朝食の続きを満足いくまで食していくのであった。





朝食を終えると祖父母とともに柔軟ストレッチの時間を十二分に過ごした。

庭に出ると父親とケインはお互いに本気のスイングを見せあっていた。

何処か楽しげな表情で自らのスイングを誇らしく思い自慢しているようだと思った。


「吹雪。早速始めようか」


父親とケインは素振りをやめて僕の下へと集まってきていた。


「吹雪は概ね左打席に立っているようですが…

サウスポーを厄介に感じた経験はありますか?」


ケインの何気ない一言で俺は今まで戦ってきた左投手を思い出していた。

早速思い当たる人物が一人だけ存在して…

思わずその人物の名を口にしていた。


「なるほど。業ですか。確かに業は左打者の天敵でしたね。

業自身も左打者が得意だと言っていましたから。

一応尋ねますが…吹雪はスイッチヒッターですか?」


俺はどう答えたら良いのかわからずに軽く首を傾げていた。


「実践で右打席に立ったことはないです」


「そうですか。では今度左投手と戦う時にでも試してみると良いですよ。

右打席に立ってみて…

どれだけ楽に打てるようになるか実感できるはずです」


「本当ですか!?じゃあ父さん相手でも…!」


「いいえ。それは身の程知らずと言わざるを得ません。

まだまだ業と対等に対戦できるだなんて思い込まないこと。

今は眼の前の高校生投手を一人一人完全に打ち負かすことを考えなさい。

梅田と仙道から打ったことは大金星以上の何ものでもないでしょう。


しかしながら10回対戦して…

一体幾つ打つことが出来るか。


とにかく今は高校生投手との対戦を優勢以上の成績で収めなさい。


左投手は今後も沢山出てくると予想されます。

本格的にスイッチヒッターとして打てるように…

左右どちらも同じぐらいの高レベルでバットを振れるようになることです。


今日は右打ちを鍛えましょう。

幸いなことに私は右打ちですから」


ケインは俺を嗜めるような言葉を口にした後…

柔和な笑みを浮かべて助言をくれているようだった。


早速右打ちの構えを取ると数回素振りをして見せる。

ケインは昨日と同じ様に驚いた表情を浮かべてから嬉しそうに微笑む。


「本当に左右共にきれいなスイングをしますね。

イメージとしてちゃんと毎回何処に放られるかを考えて振っている素振りに思います。


何処に投げられてどの様に振れば真芯で捉えることが出来るか。

そんなイメージがしっかりと出来ていると感じます。


優れた選手は素振り一つで分かります。

吹雪の素振りは一流のそれだと言っておきます。


七歳にしてこの領域…

末恐ろしい選手です…」


ケインは感想を口にして僕の頭を軽く撫でていた。

くすぐったく感じて苦笑しているとケインは続きの言葉を口にしていく。


「吹雪のイメージの中で毎度対戦している最高の投手はきっと…業ですね?

イメージトレーニングとしては最適な投手だと思います。

ですが…残念ながらそのイメージは完璧なものではありません…」


ケインは本当に残念そうな表情を浮かべて項垂れるような仕草を取り首を左右に振っていた。


「待て…!ケイン…!」


父親は何故か必死でケインを止めようとしていて…

意味がわからずに目を白黒とさせている俺に…

ケインは父親を完全に制止させる。


「業。もう隠しきれないですよ。

それにここからも幾つも上を目指す吹雪にはそろそろ打ち明ける時です。

父親が何者なのかと言うことを…


昨日の内にご両親に確認しました。

ここには業が登板した試合の全ての映像が残っているそうです。


吹雪にはこれから長い時間を掛けて…

全て観て貰うことを強く勧めます。


高校生投手やプロの投手以上に洗練されたメジャー投手の投球を今の内から目に焼き付けさせておくべきです」


「だが…」


「隠していても何の意味もなければ…誰も得しません。

隠しておきたい気持ちを理解できない私を散々罵ってください。

ですが私は吹雪の今後を思って今すぐにでも業の現役時代の映像を見せておくことが大事だと思うのです」


「………」


それに返事をしない父親だったが…

諦めたのか適当に頷くような仕草を見せていた。

ケインはそれを受け止めると僕を連れて家の中に入る。

大きなTVモニターがある居間のソファに座ると…


「隠し切れないだろ。ケインのお陰で良い機会になったんじゃないか?

親子で隠し事があるのも気持ちが良いものでは無かったはずだ。

もう肩の荷を降ろして楽になっても良い頃だろう」


祖父は父親に優しい言葉を投げかけていて…

父もそれに理解を示すと柔和な笑みで頷いていた。


これから何が始まるのか…

俺はワクワクする気持ちと不安の気持ちをごちゃ混ぜにした複雑な心境で流れてくる映像に目を奪われ続けるのであった。






父親がメジャーで投げていた大エースで世界的スーパースターだなんて急に言われて…

どれだけの子供がそれを完全に信じるだろうか。


確かに父親は2メートル程ある高身長で身体の大きさは普通の大人とは桁違いだ。

職業は一体何だろうと疑問に思わなかった俺も可笑しかった。

元スポーツ選手でもない限りこの様な洗練されて鍛え抜かれた身体なわけが無い。


そう気付くのが当然な流れだったかもしれない。

しかしながら俺はそんな疑問を抱く前に野球にのめり込んでいたのだ。


父親の実家の大きなTVモニターでは海外スタジアムのマウンドに立っている父親の姿が映し出されている。

自分と同じぐらい大きな身体の選手を三振や凡退に倒して勝利投手のインタビューを受けている。

今までに見せたことのない表情を浮かべて楽しそうに答える父を見て…

俺は多少の不安を覚えていた。


父はまだ…この舞台に立っていたいのでは…?


そんな不安が脳裏と胸に過った瞬間…

父は何かを察したのか俺の頭を撫でて柔和な笑みを浮かべていた。


「今は吹雪に指導していることが何よりも幸せだ。何も心配するな」


俺の気持ちに気付いているようで父は先んじて答えてくれる。

その優しい笑みで安心しきった俺も応えるように笑顔を浮かべて続く映像を観て過ごしていた。


「懐かしいわねー」


祖母の優しい声が耳に届いていて…


「まさに大エースだ」


祖父の息子を誇らしく思う声が耳に届いていて…


「でもこの時の業さんは…あまり人間らしくなかったです。

野球の星から突然来訪してきた野球星人のようでしたよ。


吹雪が生まれてやっと人間に戻ったようで…

私はそれが凄く嬉しかったし…

吹雪のお陰で業さんを取り戻したと言うか…

永遠に失わなくて済んだと思っています。


だからというわけではないですが…

吹雪は私達夫婦をちゃんと繋ぎ止めてくれた宝物です」


母親の軽く涙ぐむ声が届いていて…


「ふっ。この日は湿度が高かったんだ。

やけにボールに指が掛かってくれて…好投だった記憶がある」


父親の回想するような声が耳に届いていて…


「そうだったな。正直な話をすれば…この日は変化球を要求したくなかった。

普段よりも変化量が多かったんだ。

後逸したら俺が戦犯扱いを受ける。

そんな好ゲームだったな…」


ケインは昔を懐かしみ当時の心境を伝えているようだった…


それでも俺はそんな言葉が耳から入ってきては…

逆の耳から抜けるように通り過ぎていっていた。


深い集中が俺を襲っていて…

父親の現役時代の投球を脳に刻み込んでいた。

一度戦った父親よりも何倍何十倍と好投手である現役時代の映像をずっと目に焼き付けていたのであった。






「こっちではそろそろ夏の大会が開かれる頃だろ?」


息子の吹雪がTVモニターにかじりついている間にケインは世間話をするように口を開く。


「ふっ。わざとらしく演技するのはよせ。こっちに来た目的はそれだろ?」


「バレてたか。実は良い捕手を探して来いと頼まれてな」


「チームの上層部にか?」


「あぁ。走攻守揃った若い選手を探しているんだとか」


「マイナーに有力選手は居ないのか?」


「うーん。打撃能力に重きを置いている選手は多いんだがな…

どうやら上層部はすべて揃った選手を所望している」


「どうしてだ?捕手だぞ?配球能力に長けているとか…

肩力に長けているとか…

それでいて打撃能力もある。

今まではそういう選手が多かったように思うが…」


「あぁ。ただこれから新しい時代がやってくると上層部は睨んでいる。

どのポジションを守る選手にも走攻守全てが揃った選手を求めているそうだ。


どれか一つに特化した選手ではなく…

欲張りにも全部詰め合わせセットの選手が欲しいんだと。


それを叶えてくれそうな選手を国内外を通して視察に回っている最中なんだ。


今回はバカンスがてら業に会いにきたのも本当の旅の目的さ。

でもついでに夏の大会を観て帰るのも悪くないだろ?


業は目ぼしい選手に心当たりがあるだろうか?」


「そうだな。走攻守揃った捕手と言われたら…

やはり高校NO1捕手と言われている帝位の真鍋だろう。


まだ二年生だがU‐18の代表候補最有力捕手だ。


配球センスや能力も一級品と言える。

捕手として投手の調子を把握または向上させるコミュニケーションの高さも既に伺える。


負けん気の強さと攻める姿勢。

けれど誰よりも冷静に俯瞰的に全体を見ている。


投手は負けず嫌いで癖のある選手が多い中…

先輩投手にも強気で意見できる。

そんな頼り甲斐のある捕手だ。


打撃、走塁に関しても超高校級と言えるだろう。

帝位の走塁は全員が徹底して優れている。

海外の人から観たら全員が忍者の末裔かって勘違いするほどだろう。


スカウト最有力候補に入れておくのをおすすめする。


何よりも配球能力やセンスはケインが指導してやれる。

打撃に関してもお前が指導してやればもっと伸びる。


完成されている様な選手に思えるが…

俺からしたらまだまだ伸びしろだらけの選手だ。


元捕手として鍛え甲斐のある若者だと思うぞ」


「ほぉ。業がそこまで太鼓判押すほどか?

この間…吹雪がヒットを量産させていた動画を二つ見せてもらったはずだ。

一つ目は梅田や仙道と対戦した動画。

あの時の捕手は堅実なやつだったが…

あの選手のことを言っているのか?」


「いいや。違う。二個目に見せた捕手の方だ」


「二個目は確か…五軍から二軍の投手と対戦した動画だったな。

あの時マスクを被っていた捕手か…

確かに良い捕手だったな。


だが俺だったらもっと投手陣を活かせた配球を要求していた。

まだまだ青臭い配球に思える。


まず前提として一つ上げるとしたら。

吹雪が一打席目で見せた打撃を確認したらすぐに配球を変えていた。


投手が代わるというのが前提の勝負だったとしても。

俺だったらあんな勝負はしない。


もっと弱腰の配球でも良かったんだ。

いつでも強気で攻め続けるだけが真剣勝負ではない。

本質的に真剣勝負のそれを完全に理解できていないように思う。


それは吹雪が七歳で自分たちよりも10個も下の相手だからとムキになっていたのだろう。

何が何でも抑えるとねじ伏せてやると力でゴリ押ししようとした結果があれだ。


一打席目を目にした瞬間に悟るべきだったんだ。

相手は超高校級の強打者と遜色ない実力だって…


10個も下の少年相手に認めることが出来ない気持ちは理解できる。


それでも悔しくても完全に理解するべきだったんだ。


そうすれば沢山のことを試せたはずで…

打ち取るためにはあらゆる手段や選択肢が限りなくあったはずなんだ。


あの動画で見た限りだけの話をすれば…

吹雪は捕手の配球を完全に読んでいた。

投手の投げたい球も思考も理解していた。


幾ら業の息子で野球IQが同世代の少年に比べて突出していようとも…

何も悟らせずに打ち取ることは出来たはずなんだ。


あれは捕手の怠慢で負けた勝負だと…

俺の目にはそう映った。


高校生に対して言う言葉でもないし残酷な話だがな」


ケインは長年捕手を務めてきた経験値から来る感想を口にして大きく嘆息した。


俺はなんと返事をするべきなのかしばらく迷っていたが…

きっとケインなりに真鍋を評価しているのだと遅ればせながらに気付く。


何故ならばケインという人物は大抵の人間に興味がない。

野球に関して言うのであれば…

まるで未来がない選手には全く興味を示さない。

故に簡単に批評も酷評も称賛もしないわけだ。


真鍋に関して言うのであれば…

散々な物言いでけちょんけちょんに否定の言葉を口にしていた。

明らかに興味を示している裏返しだ。

遅れてそれに気付いた俺は苦笑せざるを得なかったのであった。







映像を何本も目にして…

昼食もいつも以上に食べると食休みと柔軟をしながら未だにTVモニターの映像を眺めていた。


小一時間に渡る柔軟が終わった俺はすぐに庭に出る。

父親とケインはお昼を食べながら既にアルコールを嗜んでいた。

二人は昔を懐かしむようにTVモニターの映像を観ては談笑している。


俺はと言うとバットを手にすると一度目を瞑る。

瞼の奥には仮想敵である現役時代の父親の姿が鮮明に映し出されていた。


ゆっくりと瞼を開けると…

18.44メートル先で俺を仕留めようとしている最高の投手の姿がイメージできていた。


幻覚かの様にくっきりと俺の眼の前で投球モーションに入る若き日の父。

きっとムキになっている俺はどうしても左打席に立っていた。


信じられない魔球の数々が俺の下へと投げ込まれていく。

打つイメージを持って素振りをするのだが…

どうしても完全に打てるイメージが持てない。


一度冷静になり右打席へと向かう。

深呼吸をすると同じ要領で対戦を始めて…

それでもまだまだ打てる気がしない。


一朝一夕で勝てるような簡単な投手ではないことは明らかだった。

今まで戦ったどの投手よりも完成された世界最高の投手。


今ではイメージの中にだけしか存在しない世界最強の投手を相手に…

俺はいつか必ず勝ち越すほどの打者になる。

決意が固まった…

そんな八月一週目の昼下がりなのであった。






ケインは一週間ほど父親の実家に滞在した。

その期間中にケインは俺の右打ちのフォームを完全に改造してくれた。


「これで大抵の左投手と対戦する時。楽に打てますよ」


大きな感謝を告げてケインとの短くも濃密な夏休みの秘密特訓の時間は過ぎ去っていった。

父親には左打ちのフォーム改造を行ってもらい。

残った時間は守備の基礎練習をして過ごしていた。


本日より夏の全国大会が始まる。

ケインは大会前日に現地に赴き大会最終日まで旅館を予約しているそうだった。

昨日の夕食後にケインは父親の実家を後にしてタクシーで駅まで向かっていった。


TVモニターでは開会式が行われている。

父親は有力校を既にチャックしているようで…

本日は試合を朝から通しで観るようだった。

俺は試合の空き時間は庭にて練習に励み…

試合が開始されたら投手を中心に研究を怠らなかった。


帝位高校の初戦は三日目の一試合目だった。

初戦からいきなり打線が爆発しており…

毎イニングで相手投手から点をもぎ取っていた。


初戦の先発は烏田で。

彼は六回まで投げ無四球無失点でマウンドを降りた。


継投ではリリーフの駒井が七回、八回を当然のように無四球、無失点で抑える。


最終回に出てきた城は三者連続三振で抑えると涼しい顔を浮かべて整列に加わる。


どの投手も簡単には打たせずに得点に繋がる危機は一度もなかった。


安打や本塁打で初戦から二桁得点をもぎ取った打線だったが…

選手は誰一人として晴れた表情ではない。

むしろ浮かない顔をしていることが視聴者には不気味に映ったことだろう。


「え?帝位打線…爆発したのに不服そうなんだけど…?」


「あんだけ打っても打ち足りないってこと!?」


「今日の目標は何点だったんだ…!?」


「九条監督も浮かない顔しているけど…まさか優勝以上のことを望んでいる…?」


「先発投手の烏田くんも…リリーフの駒井くんも…クローザーの城くんも…

投手陣も完璧に思える投球だったと思うけど…

なんで不服そうなの?

今年の帝位も怖いんだけど…!」


SNS上ではこの様なつぶやきが散見されていたらしい。

父親が俺にスマホの画面を見せてくれてそれを知った。


「さて。勝利した帝位高校監督。九条監督のインタビューです!」


TVモニターには浮かない顔をしている九条監督の姿が映し出されていた。


「九条監督!初戦から打線が爆発!

キャプテンの雪城くんは今大会一号目となる本塁打を放ちましたね!

ライトスタンドに突き刺さるような打球速度は観ていて気持ちいいものでした!

高校通算本塁打の記録を伸ばし続けている雪城くんですが!

九条監督から観て本日の打線はどの様に映りましたでしょうか?」


インタビュアーの言葉を黙って聞いていた九条監督は頭頂部を左手で軽くかいてから答えた。


「そうですね…打線爆発ですか…

確かに結果としては初戦から二桁得点と上出来な結果に思えるでしょう。


しかしながら初戦の緊張からでしょうか…

それとも三連覇が掛かっている緊張からでしょうか…

選手全員が固くなっているのが私の印象です。


勝利しておいて選手たちには厳しいことを言うようですが…

もっと普段通りの動きを見せてほしかったですね。


雪城も特に一、二打席目の場面ですね。

普段なら本塁打に出来る当たりだったと思います。


それが結果としてはフェンス直撃の二塁打。

普段の実力が気持ちよく出せていないのが現状だと把握しております。


このまま意識の向上を図らずに進んでしまうと…

何処かで負ける可能性があるように思います。


二回戦からはもっと気持ちを楽に持って挑んでほしいですね」


「流石は春三連覇!夏二連覇中の帝位高校と言ったところでしょうか!

九条監督も選手達に要求するレベルが桁違いのように思います!


では投手陣はどうでしょう!?


先発烏田くんは無四球、無失点で六回まで投げきりました!

リリーフ投手である駒井くんも七回、八回を無四球、無失点!

クローザーの城くんは最終回を三者連続三振で見事に抑えました!


三投手共に好投だったように思います!


九条監督には投手陣がどの様に映りましたでしょうか!?」


インタビュアーの質問に九条監督はハンカチで汗を拭いながら黙って聞いていた。


「そうですね…結果的に好投に映っただけのように感じます。


正捕手である真鍋の要求するサインに何度も首を振る場面がありました。


真鍋はかなり気を抜かずに慎重な配球をしていたと思いますが…

投手陣が焦ってストライクを取りに行っている場面が多かったですね。


そういう場面は決まって真鍋のサインに首を振った後でした。


打者が空振りをしてくれたから助かった場面です。

焦ってストライクを奪いに行く場面では無かった。

甘く入ったストライクを捉えられていたら得点を許していた可能性が大いにあります。

相手の打線もそれぐらい強力だったわけです。


捕手の冷静さを受け取るようなメンタリティをもっと養ってほしいですね。


結果無失点で助かったと厳しいことを言っておきます」


「好投に思えた投手陣にも厳しい九条監督ですね!

毎年の様に好成績を収め続ける強豪校の名監督と言ったところでしょう!


本日出番がありませんでした…

梅田投手と仙道投手の調子はどうでしょう!?

二回戦目から登板する可能性は如何ほどございますでしょうか!?」


ハンカチで口元を拭う九条監督はインタビュアーの質問に数回頷いた後に口を開いた。


「そうですね。二回戦目から起用するつもりではあります。

準決勝、決勝は二人が多く投げることでしょう。


ですが彼らは進路が確定しているようなものですから。

不調や怪我は絶対にさせたくないわけです


二回戦目では各々三回ずつを担当してもらうつもりです。

その後はいつもの要領で駒井に継投。

城で抑える。

その方程式が崩れることは無いでしょう。


本日までに調子を上げてきた烏田を初戦から起用することは随分前から決めておりました。


二回戦目から二枚看板には大会の空気に慣れてもらい…

準決勝、決勝までに完璧な調子になってもらうつもりです」


「流石は選手層の厚い帝位高校の考え方です!

九条監督!初戦勝利おめでとうございました!

以上帝位高校九条監督の試合後インタビューでした!」


「続きましては勝利投手烏田くんのインタビューです!

六回無四球、無失点と好投でした!

如何ですか!?

初戦の先発を任された感想は!?」


「はい!課題が残る投球だったと思います!

このままでは来年の大会で悔しい思いをする。

試合後にベンチ入り二年生と言葉を掛け合いました!」


「そうですか!流石は勝利に貪欲な精神を持ち合わせた帝位高校です!

三回戦、四回戦でも登板機会があるかと思いますが!

そこの所はどう感じていらっしゃいますか!?」


「任されれば正捕手の真鍋と意思疎通を図って…

今日以上の好投で気持ちよく一日を終えたいです!」


「先発投手烏田くんのインタビューでした!

ありがとうございました!」


烏田は深く頭を下げると次の選手のインタビューへと切り替わった。


「今大会初の本塁打を打ったのは帝位高校の雪城くんです!

本日のこの成績!

ご自身でも納得の行く結果だったことでしょう!

如何ですか!?雪城選手!」


「はい。一、二打席目はかなり固くなっていました。

緊張やプレッシャーなどを強く感じていたはずです。

大会までにメンタル強化を図ってきたのですが…

やはり一朝一夕では上手くいきません。


今後試合数を重ねる中で…

もっと強靭なメンタルへと進化することが僕の…

ひいてはチームの課題です!


ホームランが出てからは身体の強張りも取れたと思います。

二回戦目の一打席目から気持ちを作る努力を怠らないように努めたいと思っております!」


「流石は帝位高校主将!今大会最注目のスラッガー雪城くんでした!

ありがとうございました!」


雪城は深く頭を下げるとインタビューは終了する。

試合のハイライトが流れてきて…

雪城の本塁打のリプレイが流れている。


「相手の左投手は明らかに雪城を恐れているな。

一、二打席目から左打者から逃げるような変化球を多用していた。


明らかに捕手のサインに首を振っていたし…

インコースに入れる勝負は避けていた。


雪城の一、二打席目は逆らうように引っ張ってしまっていたから二塁打で終わっているな。


三打席目は調子を取り戻したのか…

九条監督に助言してもらったのか…

逃げる変化球に逆らわずに打ったお陰で本塁打。


やはり夏の大会初戦はどんな選手も緊張するよな…


吹雪も今の内からよく覚えておきなさい。

一回限りしか無い勝負…

トーナメント戦では大抵の選手が本来の調子が出せない世界だ。


そこでどれぐらい普段通りの自分でいられるか。

本調子に持っていき保ち続けるか。


帝位高校のスタメンでも難しく感じているんだ。

同世代の高校生は皆んなこういう苦労をしている。


だから吹雪は今からイメージしてメンタルトレーニングしておきなさい。


あの球場に立っていることを…

全国放送されている試合の初戦初打席の緊張感をいつでもイメージしておきなさい。


緊張と緩和のイメージや感情を自らに与え続けなさい。

負荷をかけるだけがメンタルトレーニングではない。


どうすれば普段通りの心境になり落ち着けるか。

どうすれば本調子になれるか。


今の内から沢山試すんだ。

そうすればどんな場面でも落ち着いて打席に立てるし…

本調子で居られる。


それでも緊張する場面は幾らでもやって来る。

そういう時は緊張しないように努めるのではなく。

その状況を受け入れて楽しむこと。


緊張しない選手なんて居ない。

ロボットやAIじゃないんだ。

どんな鈍感な人間でも必ず緊張するってものだ。


そう割り切って状況を楽しめるようになったら…

それはそれは怖くて強い選手になれる。


今から意識して頑張ろうな」


父親の話を聞くと俺は野球ノートにそれを記入していた。

そこから続く夏の大会も俺と父親はずっと研究して観察し続けるのであった。







二回戦、三回戦、準々決勝、準決勝、決勝。


帝位高校は五枚の投手陣が本調子を取り戻す。

打線も自由に力を抜いて打てるようになる。


毎試合を二桁得点で打線が爆発。

帝位高校が出した本塁打の数は他の全ての高校を併せた本塁打の数よりも多かった。


何よりも投手陣は本調子を継続的に保ち…

帝位高校は一点も許すこと無く無傷の状態で大会を優勝してしまう。


閉会式にてメダルと優勝旗を貰った選手たちは翌日帰ってくるそうだ。


俺はTVモニターの前で沢山の投手を目にして…

仮想で対戦を何度も繰り広げていた。


それでも俺の最高の仮想敵は若き日の父親で…

俺はこの長い夏休みで確実に強い打者へと進化していた。


早く帝位高校の練習が再開されることを願っていた。


通話が掛かってきて父は何やら話をしていて…

通話を終えたのか父は庭にて素振りをしている俺の下へとやって来る。


「吹雪。明後日から梅田、仙道の相手をしてほしいそうだ。

三年生のスタメンは引退せずに次の進路の準備に入る。


三年生のスタメンに加えて吹雪には梅田、仙道の相手を務めてほしいそうだ。


これは九条監督からの直々の要請に加えて…

梅田、仙道からの熱い要望から来た提案だそうだ。


二人の進路はメジャー志望だそうだ。

少しでも慣れさせるためにストライクゾーンをメジャーのものとして行うらしい。


そんなわけで俺もその練習に参加することになる。


今の内から教えることがある。

早速明後日までに伝えておく必要があるから…

ちゃんと身に着けておくぞ!」


それに返事をして…

俺も父親も九条監督も帝位高校野球部スタメンも…

三連覇という偉業や優勝の余韻に浸ることもなく…

既に更に次のステージを見越していたのであった。



次回へ!

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